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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第4章 激闘クロッカス直属小隊編

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プロローグ・・・『聖』本部_各隊員達_お兄ちゃん・・・

 第四章、突入です。


『聖』本部にて。


 ※ ※ ※


『聖』の本部内にある多くの訓練場の一つ。

 そこでは四人の男女が倒れ込んで汗を垂らし息を切らしながら飲料水を勢いよく呑み込んでいた。全員歳は14,5の少年少女達である。

「つ…疲れたぁ……」

「容赦無さすぎだぞこら…」

「……」

「…はぁ……。おい、コスモス、数日後には重要な任務があるんだろ? もう少し危険度やペース配分を考えたらどうだ?」

 言われ、四人の男女の前で少しだけ汗を流しながらも余裕な様子の少女は、簡潔に答えた。

「必要ない」

 長く伸びた赤い髪を首のところで二つに結んで肩より前に下げた少女。表情は冷静の中に怒気を秘めたような、威圧のある雰囲気があるが、容姿そのものは可愛らしく綺麗に整っており、大人にも負けない風柄がある。身長、体型はまだ十代前半から中頃が妥当であり、この情報がなければ成人女性と間違えてしまうだろう。

 その少女『聖』第四策動隊所属・クロッカス直属小隊隊員・コードネーム「コスモス」は簡潔に答えたあと、続けて自分の考えを述べた。

「むしろ今しか機会がないの。今度の任務は失敗は許されない。コンディションを調整し終えてないなんて論外。…もちろん前日の明日は休むことに専念するつもりよ。だから、今、やらなきゃいけないの」

 狂気さえ感じるコスモスの言葉に、聞いた少年が溜息をつく。

 その少年に、もう一人の少年が汗を拭きながら、

「無駄だよプロテー。普段不真面目な俺の姉貴でさえ今は真剣に調整してるんだから。コスモスが一ミリも手を抜くはずねぇって」

 天然パーマで年齢の割に体格の良い少年、『聖』第一策動隊所属・コードネーム「ザクロ」が笑って声を掛ける。

 あっはっは、と適当そうな物言いのザクロに、その場にいたコスモス以外の一人の少女が「あ、そうだ」と声を出して、

「ねえザクロ、ブローディアさんと任務前に会う時間あるかな? 私CD貸しっぱなしなんだけど」

 黒髪ボブヘアの髪を今は汗に濡れて耳に掛けているくりっと黒目が可愛い少女、『聖』第二策動隊所属・コードネーム「ガーベラ」が首を傾げて聞く。

 ザクロは天井を仰ぎながら「んー、どうだろ」と呟く。

「明日は一日中自分の部屋で寝て過ごすって言ってたし、明後日は…任務は深夜とはいえ当日だからなー。…なんなら今日返してもらえば? この後時間がある時に……」

「ダメよ」

 そこへコスモスが簡潔に否定の言葉を投げる。

 ガーベラが「何よっ」と可愛く頬を膨らませて睨むが、コスモスの表情は変わらない。

「ブローディアはああ見えて仕事前はしっかり精神統一される人よ。そんなことで変に集中を乱さないで」

「そんなことって何よーっ。今人気急上昇中のテクノバンド『マシンワールド』はね、世界からも注目を集めていてやっと一昨日ファン待望のセカンドシングルをリリースしたのよ? それをブローディアさんがどうしてもって言うから貸したのに一日経った今も返ってこなくて…」

「が、ガーベラ…落ち着いて……」

 変に熱くなり始めたガーベラをその場にいた三人目の少女が肩を押さえて抑える。

 ゆるふわなショートヘアが似合う優和な表情をした少女、『聖』第六策動隊所属・コードネーム「クローバー」が疲労のある表情に別の疲労の色を浮かべる。

 そんなクローバーにガーベラが口を尖らせて。

「もーっ、クローバーは私とコスモス、どっちの味方なのっ?」

「え、えぇ…どっちって言われても…」

 ちなみに、ガーベラはマイペースで少し面倒な性格で、クローバーは内気な性格である。

「やめろ、ガーベラ」

 厚かましくクローバーに迫り掛けていたガーベラの首元で雷がバチっと鳴る。「ヒクっ」とガーベラが肩を上げ、頬を膨らませて犯人へ目を向けた。

 先程コスモスにも忠言した姿勢がすらっと伸びている正にしっかり者という印象の少年、『聖』第一策動隊所属・コードネーム「プロテア」が肩を竦めながら、

「この後もコスモスの訓練に付き合わされるんだ。自分にもクローバーにも、無駄な体力を使わせるな」

 プロテアは印象通り真面目でしっかり者であり、同世代の中ではまとめ役のような役割である。(クロッカス)も隊長であるがわざとふざけ、プロテアを困らせている。

 プロテアの言うことが最もと思ったのか、ガーベラは不満そうにしながら壁に背をつけて大人しく休憩を取ることにしたようだ。

「…そう言えばさ、また新しく加わるんだよな、仲間」

 ザクロがぽつりと言葉を放つ。

 コスモスが眉を一瞬吊り上げたことを知ってか知らずか、他の四人で会話が進み出した。

「ああ。淡里深恋。『憐山』の構成員で『十刀流のジスト』の娘って聞いたな。実力はA級と申し分なし。あの殺人組織の人間という点では少し不安なところもあるが、クロッカスが直接戦ってOKを出したんだ。問題ないだろう」

 プロテアの意見に反対する者はいないようだ。みんな湊を信用しているということでもある。

「…うん。凄いよね。クロッカスの『超過演算デモンズ・サイト』も欺いたんでしょ? 私、結局『完偽生動フェイク・ナチュラル』習得できなかったもん」

 クローバーがふんわりとした笑顔で賞賛する。

 それにザクロが同調した。

「だよなっ。その腕を見込んで獅童学園に残ることになったんだろ? ほんととんでもねぇ奴が入ってくることになったよなあっ」

 ザクロが子どものように目を輝かせる横で、ガーベラが温度の低い声を上げた。

「…獅童学園と言えば、カキツバタ、見破られたんだってね」

「あー、それな。別にまだ見破られたわけじゃねぇだろ?」

「時間の問題となってしまったんだ。見破られたも同然だろう」

 それを聞いてクローバーが一つの情報を告げた。

「…そのことでリリーやカラタチさんが言ってたんだけど、カキツバタが見破られたのは残念だが、今は獅童学園も色々と大変な時期になってるから、逆に正体がバレて面白い動きができるかもしれないって」

 なるほど、とプロテアが頷く。

「確かにクロッカスならその状況を逆に利用しようと考えるだろうな」

 情報を提供したクローバーに、ガーベラがにんまりと笑みを浮かべて言った。

「さすが雑用隊。そういう情報は早いわねっ」

「もうっ、それ言わないでよー」

「大丈夫大丈夫、クローバーの前でしか言わないから」

「むぅ…」

 ガーベラが茶化し、今度はクローバーが頬を可愛く膨らませる。

 女の子同士のやり取りが行われている横で。

「……見破ったのは…紅井勇士……『紅蓮奏華家』の人間か……」

「…興味あるか? ザクロ」

 プロテアに聞かれ、口元に笑みを浮かべていたザクロはその顔のまま、答えた。

「まあな。………それよりも…えっと、淡里深恋さんだっけ? 彼女も明日の深夜には来るのか? コスモスー」

 座って飲料水を飲んでいたコスモスは、水を飲んでから質問に答えた。

「ええ。どうやら彼女も『憐山』へ連れて行くみたいだからね。作戦会議をする明日は顔見せも兼ねてるらしいわ」

「…コスモス、淡里深恋さんに変な真似するなよ?」

 コスモスの様子から何か感じ取ったのか、プロテアが忠告する。

 するとコスモスが今日初めて笑った。ダークで、影のある笑みだ。

「変な真似って何よ?」

 プロテアが何か言う前にガーベラが口を開く。

「だってその人獅童学園でクローと一緒に過ごすんでしょー? 嫉妬してちょっかい出さないか心配なのよ。コスモスはクロー命だから」

 キッとコスモスがガーベラを睨み、「おーこわ」とガーベラが目を逸らす。

「…ふん、私が実力を確かめることぐらいクロッカスも承知してるわよ」

 またコスモスは影のある笑みを浮かべた。

 プロテアは「はあ」と溜息をつき、ガーベラは面白そうにクスクスと笑い、ザクロは大変なことになったなーと苦笑し、クローバーの表情にはまた別の色の疲労が浮かんでいた。



 ◆ ◆ ◆



『聖』本部にある小さな休憩室。

 そこでは二人の老人が将棋を嗜んでいた。

 一方の老人。湯呑み茶碗を啜り、穏和で柔和でのほほんとした平和を感じさせる老人が、駒の歩を動かしながら。

「…アブラナや、今日の夕ご飯、儂は魚が食いたいのう」

「そんなどうでもいい報告はせんでいいっ」

 平和老人の言葉に強く言い返しながら、強面で負けん気が強そうな老人『聖』第二策動隊所属・コードネーム「アブラナ」が駒の角を動かす。

「連れないのう。もしかすれば今度の任務で儂はついに死んでしまうやもしれんのに……ほれ、王手」

「っ!……全く、ぬしがそう簡単に死ぬたまかっ」

「ほいっと、王手」

「……おい、スターチス…これは…」

 アブラナが忌々し気に向かいの平和老人を睨む。

「うむ、詰みじゃのう」

 平和老人こと、『聖』第四策動隊所属・クロッカス直属小隊隊員・コードネーム「スターチス」は柔らかく微笑んだ。

 アブラナが駒をザーと崩しながら、スターチスをまた睨む。

「何回やっても主には勝てないなっ」

 言われ、スターチスがほほほと笑いながらお茶を啜る。

「儂がクロッカスと何百回戦って全敗してると思うとる。あの子に比べれば誰も大したことはないわいのう」

「それは分かっとるんだがな…」

 するとその時、休憩室のドアが開き、二本の抜いた状態の刀を持った男が現れた。

 歳は四十前半。筋骨隆々とした体付きで厳つさで彼より勝るものはそういないだろうと直感させるオーラを持っている。刃の見えた刀またそれを増長させる。

 その男はアブラナを見付けると、「お」という顔で近付いてきた。

「オヤジじゃねえか。またスターさんに将棋で負けてんのか?」

「フリージア……そんな刀を剥き出しにして…。隊長としての自覚はあるのかっ」

 その男『聖』第二策動隊隊長・コードネーム「フリージア」が陽気な笑顔を浮かべる。厳つさはあまり消えてないが。

「堅いこと言うなよ、たく…」

 フリージアが言いながら納刀する。納刀してから、そう言えばとスターチスに目を向けた。

「クロッカスの奴、中々面白い奴を手に入れたらしいですね?」

「今はどこもその話題でもちきりじゃのう。今日だけで20回ぐらいされたわい」

「だって『憐山』ですよ? 興味も湧きますよっ。クロッカスとの戦い見たかったなぁ。ビデオに撮ってたりしませんかね?」

 直後、フリージアに向かって将棋の駒が弾丸の如く飛んだ。「うおっとっ」とまあまあ速く動いて躱す。

 指で駒を弾いて飛ばしたアブラナが呆れ顔をして告げる。

「いい加減にせい。この阿呆。四十にもなってまだ脳の一部がガキとは…。クロッカスの脳の細胞一つでももらえんか? スターチス」

 ああ?と目を細めるフリージアを無視して聞くアブラナ。

 スターチスが茶を啜りながら、平和笑いを浮かべる。

「いいのう。親子のくだらない言い争いほど平和なものはないのう」

「「くだらないってなんだ《ですか》ッ?」」

「仲がいいのう…」

 するすると変わらずお茶を啜るスターチス。

 フリージアとアブラナが揃って溜息をつくのを見て、スターチスがまた微笑を深める。

「あ、ところでオヤジ、聞きたいことがあったんだ」

 スターチスには敵わないと思ったフリージアがそうだそうだと思い出す

「? なんだ?」

「紅井勇士って、家系図のどこかって分かったのか?」

 アブラナの表情が真剣なものになり、スターチスも興味があるようで目に真剣味が帯びる。

「オヤジの五人いる兄弟の内の一人の子が、今の頭首の紅蓮奏華(あぎと)なんだよな。その顎の子って可能性はあれからも変動なしか?」

 アブラナが唸る。

「第六策動隊に情報は集めてもらっているが、やはり『紅蓮奏華家』は手強いらしくてな。紅井勇士の素性を洗う為だけに危険で迂闊な行動は早々できんでな」

「クロッカスはどうなんだ? あいつならさりげない会話から紅井勇士の素性を丸裸にできるだろ?」

「それがそうもいかないらしい。何度か試してみたが、あんまり仕草に現れなくてな。クロッカスの報告では、『紅蓮奏華家』の暗示によって深層心理を探ろうとしても無意識下で行動を制御して余計な動きが表に出ないようにされているらしい。

 それに加えて紅蓮奏華の特性とも言える超直感が厄介らしい。行動を操ったり動揺を誘ったりすることはできるが、探るのは難しいようでな。カキツバタもそれで気付かれてしまったからの。…クロッカスが報告書に書いていたらしいぞ。『まるでフリージアを相手にしてるみたい。しっかり物事を考えてくれない獣は少しやりにくい』とな」

 アブラナの言葉を聞いて、フリージアは顔を引き攣らせて怒りを見せたが、「ふん」と胸を張った。

「その紅井勇士も、一応は紅蓮奏華の血を引くもの、ということだな」

「そういうことだろうな」

 アブラナも鼻息を吐きながら、同意する。

 そんな二人を見て、スターチスはゆっくりと首を傾げた。

「…それ、お主らが言える立場なのかのう?」



 ◆ ◆ ◆



 赤茶色のショートカットの髪を左にかき分けている女性、スカーレットは書類を抱えて廊下を歩いていた。

「あ! スカーレットさんいた!」

 目の前の角を曲がってきた少女がスカーレットを見付けるなり彼女の前までほぼ一瞬で到着する。

 短くて小さくて愛くるしい淡い桃色のポニーテール。体もまだ小さく、11才の少女だが実際はもう1,2才幼く見える。天真爛漫で元気溌剌とした少女の笑みが、堅いスカーレットの表情に自然と笑みを浮かべさせる。

「どうかしましたか? スイートピー」

 その少女、『聖』第四策動隊所属・コードネーム「スイートピー」は胸の前で小さな手を可愛らしく握りしめて拳を作り、スカーレッドに質問する。

「スカーレットさん、お兄ちゃんは具体的に明日の深夜の何時くらいに帰ってくるんですか?」

「具体的に、ですか?」

「はい! 明日作戦会議のため深夜に帰ってくることは聞きましたけど、ちゃんとした時間が伝えられていなかったので」

 そういうことですか、とスカーレットは微笑んで頷いた後、手元の資料を見る。

「明日の深夜二時頃ですね。その前後に帰ってくると思います。…これでいいですか?」

「はい! ありがとうございます! …あ、それと、お兄ちゃんと話す時間はどれくらい取れますか?」

 スイートピーの純粋な質問に、スカーレットは首を捻る。

「作戦会議と言っても既に詳細は直属小隊隊員には通達されており、最終確認程度だと思うので、作戦会議自体に時間はそう取らないでしょう。…ただクロッカスも学園を抜け出しているので早く帰るに越したことはありませんが…」

 ちらっと、スカーレットはスイートピーの顔を窺う。

 目をウルウルとさせて不安を滲ませるスイートピーに、スカーレットは優しく笑い掛けて頭を撫でる。

「ご安心下さい。クロッカスは誰よりも貴方のことを大切に思っています。スイートピーとの時間をしっかり作ってくれるでしょう。だからそんな顔しないで下さい」

「…はい!」

 燦々とした笑みを浮かべるスイートピーに、スカーレットが心を洗われる気持ちになる。西園寺瑠璃の傍で仕事をしてそれほどストレスが溜まっていたのか、と少し鬱な気持ちになるが、それもまたスイートピーの笑顔で浄化させられる。

 スカーレットはスイートピーに聞いてみた。

「クロッカスと何を話すか、決まってるんですか?」

「うん! この前ローズとドーナツを賭けて三本勝負して勝った時のことは絶対話すんだ! それとお兄ちゃんが面白いって言ってたパズル、やっと終わらせてね! それとそれとね…」

 スイートピーが小さなポニーテールを揺らしながら元気に話す姿は正に天使だ。

 そう思わずにはいられないスカーレットであった。

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