第24話・・・勇士VS源得_剣豪降臨_驚く湊・・・
宮本武蔵。
名だたる剣客の中でも屈指の実力を持つと言われる江戸時代に活躍した剣豪。
刀一本を片手で容易に振るった桁外れな筋力の持ち主。
若き頃より武者修行に励み、剣豪佐々木小次郎との勝負を始め、一度も負けたことがなく、生涯無敗と言われている。
「『猛ろ、宮本武蔵』」
その言葉に呼応するように、源得の体に埋め込まれた水晶から気が溢れ出る。
気は源得の体を渦巻くように包み、体の所々に古風な武将の服布を顕現させていく。
『霊魂晶』は具象の気が全体の八割以上の素になっており、その具象の気によって、姿を成す。
それは、武器も同じ。
源得の両手に、見事な名刀が具象されていく。
水晶の輝きが収まり、源得が完全体となった。
体の所々に疎らに取り付けらた服布は、布なので防御力は無さそうだが江戸の剣客を思わせるコスチュームとなっている。見た目の変化はそれぐらいで、服装だけなら遠くからでは気付かないレベルだが、決定的な相違点が一つ、纏う気の量、濃度、密度、威圧、覇気、目の前に曝される感覚が桁違いだ。
武者小路源得がただそこにいるだけで冷や汗が滲み、離れたい、戦いたくないと思わせる。
もう一つ、相違点がある。それは両手に持つ二本の刀。
宮本武蔵と同じ二刀流。
それを自分の目で見据えた勇士が目を輝かせた。
「待ってましたよ!」
即座に取り出した全収納器から、もう一本の刀を取り出す。
勇士もまた、二刀流となる。
それを見た源得がゆっくりと笑み、そして口を開く。
「儂は宮本武蔵の霊魂晶に選ばれてからの最初の五年を、一人剣を鍛えることに費やした。…武者小路家は元々剣の家ではない。当時の儂の武器も刀ではなかった。
だから二十半ばのそこそこのおじさんが素振りから剣を学んだ。…同時に宮本武蔵の剣技も資料を漁り、寝る間も惜しんで勉強した。
その結果、儂は武者小路家の分家の一つ、刀を扱う柿栖家の閃理武功流と『憑英格化』による授かった身体能力と剣才、そして儂本来の質である強化系雷属性、それら全てを掛け合わせ、儂だけの剣技・雷天武双流を作り上げた」
源得の威圧が全て勇士にのしかかる。
「いかに紅華鬼燐流と言えど、一分持たぬぞ?」
荒れる心臓を抑えつけ、勇士が吠える。
「構いません!」
源得がふっと笑い。
「そうか。では、今度こそ本気で、行くぞ」
※ ※ ※
(雷天武双流。それはひとえに『力』の剣技。宮本武蔵のパワーと強化と雷による身体能力活性化の組み合わせ。正に気を持つ宮本武蔵。……見るのはこれで二度目だぁ)
愛衣が内心微笑む前では、源得が刀を振り下ろしていた。
源得の振り下ろしを、勇士は横に跳んで回避する。
直後、地面が抉れ翻り、その余波で勇士のバランスが崩れる。態勢を立て直した勇士の目に映ったものは、地面にできたクレーター……ではなく、
粉々に折れた刀だった。
「……本当に一振りで折れるんですね!」
勇士が叫び、源得が笑む。
愛衣が折れた刀を見ながら思った。
(宮本武蔵は木刀を用いていたと言われている。それはなぜか。…怪力過ぎるが故に構造上の問題で刀が持たなかったから。
今武者小路源得の持つ刀は、具象された物とはいえ、強度を極限まで強化してある刀。『宝具』に匹敵する代物なのに、それでも一振りで壊れる威力を秘めていると考えれば、恐ろしいったらないわね。……そして、)
源得が笑みながら、勇士に告げる。
「安心しろ。すぐ直る」
折れた源得の刀が、直るというより、折れたこと自体がなかったかのように少し発光したかと思うと、元通る。
「情けない話でな。いくら強度を高めても自分の力に耐えられないんじゃよ」
自嘲気味に言う源得に、勇士が二刀を構え。
「聞いていますよ。雷天武双流の切り札の一つが、瞬間的に強度を強化した刀による全力の一撃だと。それもしっかり見せてもらうつもりですからね!」
「……儂は本気を出すと決めた。お主に誠意を見せる為に。切り札を使うことも厭わない。…しかし、それはお主がそれまでに立っていられればの話じゃ。儂は自分の型を崩すつもりはない。そして、序盤で切り札を披露するような真似はせん。…そこは忘れるでないぞ」
「無論、承知してます!」
「ならいい」
二人が地を蹴る。
「紅華鬼燐流・四式『烈翔華』!」
勇士が刀の峰から火を噴出させ、ブーストして威力を上げた刀を振り下ろしにかかる。
「雷天武双流・二式『空振圧』」
迎い来る勇士へ、まだ距離があるにも関わらず源得がその場で二刀を振る。剛腕によって刀が粉々に砕ける。その反動で巻き起こった余波は風属性や炸裂系にも引けを取らないものであり、「ぐぁあッ!?」と勇士を吹き飛ばしてしまう。
(空振でこの威力! 一振りで壊れるなら、剣戟、鍔迫り合いに持ち込めば隙を突けると思ったけど、そもそも近付けない!)
心中で嘆いていると、源得がその場で天高く跳び上がった。
歩空法で空中に立ち止まると、源得が刀を槍のように上げて構えた。
「雷天武双流・五式『稲妻轟牙』」
源得が刀を投擲する。
剛力に加え、莫大な雷を込めた刀は空中で砕け、内包されていた雷が稲妻の如く勇士に落ちる。
(逃げきれない! 『十字炎瓦』じゃ防ぎきれない!)
「九式『過蒸閃』!」
居合と共に高熱の火を放ち、『稲妻轟牙』を蒸発しに掛かる。秘伝式に比類する気を込めてなんとか相殺する。気を一気に使い過ぎた勇士が一瞬頭がクラっときてバランスが崩れる。
しかし。
「雷天武双流・応用五式『八方轟牙』」
加速法で空中をぐるっと一周して、その間に刃を八方から投擲する。
一撃でも辛かった、逃げ場のなかった『稲妻轟牙』が無情にも八方から飛んでくる。
既に汗だらだらな勇士は二刀を地面に突き刺し、
「まだ終わらせません! 紅華鬼燐流・秘伝十三ノ式『断崖炎焦』ッ!!」
叫んだ。
直後、炎が勇士の周囲の地面から噴火するように湧き出る。炎の塔が勇士を守るように立った。
それを見た愛衣は感心した。
(莫大な熱量で全方位からの攻撃を遮断する秘伝式『断崖炎焦』。…予想以上の精度じゃない。これは私が見誤ったというより、この土壇場で進化したと言うべきかな? 才能もあるけど、何より着目すべきは心ね)
まだ源得と戦いたい。真の本気を引き出したい。
そんな勇士の気持ちは、愛衣でなくとも読み取れるだろう。
(………………でも、)
※ ※ ※
「残念じゃが、それでは無理だ」
勇士の『断崖炎焦』を、『八方轟牙』が呆気なく突破し、勇士へ直撃した。
火と雷が豪快に盛り上がり、鼓膜を壊しかねない轟音を立てる。
呆気ない。しかしそれも当然。
相手はS級上位。精々A級下位の勇士がなんとかできる相手ではない。一矢報いることすらできずとも仕方ない。
元々、勇士が挑んでいい相手ではなかったのだ。
……やがて爆撃もどきも収まり、その中心地のいた勇士の姿が現れる。
源得は少なからず驚いた。
「ほう……まだ立ってはいられるのか」
全身が焼け焦げ、ズタズタボロボロ。残り気ゼロ。
意識をまだ保っていられるのが不思議というレベルだ。
刀を地面に刺しているとはいえ、今の勇士はただの気力だけでやっとのこと立っている。
「………はやっ、かった、な……。…もう、すこし……やれるとおもったんですけど………ね」
自分の不甲斐なさを嘆く勇士に、『憑英格化』を解いた源得は静かな言葉を掛けた。
「短い間だったが、お主からは底知れない覚悟を感じた。……一体、何がお主をそこまで突き動かす?」
満足に顔も上げられない勇士は、伏し目がちなまま、答えた。
「……………ある組織を、潰したいんです」
「組織? 裏組織か? 『裏・死頭評議会』のどれかの頭か?」
「ちがい、ます」
か小細い声で、明確に否定した。
首を傾げる源得に、勇士が告げた。
「『聖』です…よ」
「ッッ!?『聖』!?『陽天十二神座・第二席』の独立策動部隊『聖』のことか!?」
源得が驚愕の声を上げる。
勇士は源得をよそに、最後の力を振り絞ってギリギリと歯軋りして、
「あいつらは……俺の………俺の母を………ころして………殺して……ぜったい…………………許さないッッ!」
その瞬間、糸が切れたように勇士がその場に倒れ込む。
地面に顔から突っ込む寸前で、源得が勇士を受け止めた。
気を失った勇士を見下ろしながら、
「……危ういな。この子は」
愛衣は思考した。
(さて、この結界が解けたらどうなってるか。楽しみだな。……ねえ、湊?)
◆ ◆ ◆
時は遡る。
リタイアした生徒と教師のいる校舎。
その一つの廊下で、対峙することとなった風宮琉花と来木田岳徒。
二人は、血まみれで廊下に倒れ伏していた。
二人を背に、その人物は先を歩く。
そこへ妙な気を感知した警備係の一人が慎重にやってくるが、それをあっさりと琉花達同様地に伏せさす。
目的地の部屋まで近付いて、もう一人の警備係も血まみれにして倒す。
電子ロックの掛かった部屋。備品室。予備の『転移乱輪』のある部屋。
その人物はハッキングツールを取り出し………たところで、
(『絶渦紙吹雪』!)
渦巻く風と共に無数の御札が飛来してくる。
猪本圭介だ。
(全く! こんな大事な時におかしなことになりやがって! ふざけんな! 邪魔はさせねえ!)
それから30秒後。
その人物は何事もなかったかのように、腕に『転移乱輪』を嵌めていた。
そして、転移して、その校舎内から消えた。
血溜まりの上に倒れる琉花と来木田、二人の警備係、そして猪本を置きざりにして。
◆ ◆ ◆
その人物は、かつて猪本と来木田が戦った屋上へ転移した。
そして周囲を見渡し、源得がいるであろう結界を察知する。
瞬時に進もうとして、
結界に覆われた。
「…………うん。俺、今結構驚いてるよ」
その結界を張った人物は、その綺麗な夜い色の髪を靡かせながら、いつの間にかそこにいた。
「『裏・死頭評議会』の頭の一つ『憐山』」
その人物が所属する組織の名を述べる。
「あいつらも武者小路源得を狙う…ていうか、殺そうとしていることは予測できてた。…そして実際にこの学園に潜り込んでる『憐山』も見付けてた。……けど、まさかもう一人いたとはね」
両手に大き目で両端の尖った音叉を持ちながら、その宝石のような瞳をその人物に向け、
「しかもまさか、俺の眼も欺くとか、こりゃ見抜けないわ。…君とは一度戦ったのにね」
あはは、と湊が参ったような笑みを浮かべる。
だがその笑みはすぐに暗くなった。
「でも何より驚いたのは、君が裏の人間だったことにだよ」
「……………淡里さん」
淡里深恋
愛衣とペアを組み、湊と一騎打ちしたカリスマ系女子の深恋が、虚ろな瞳で静かに佇んでいた。




