第23話・・・なんとなく_教師として_「猛ろ」・・・
紫音は林の中を歩いていた。
試験が終わり、待機中となっている今、紫音は暇である。普通はその場を動くべきではないのだが、なんとなくそういう気分になったのだ。
当てもなく歩いていた、その時だった。
「……? これは……結界?」
結界は目に見えないが、至近距離であれば気付くことができる。
紫音は訝し気に首を傾げ、そっと手を伸ばす。何かに触れ、響くような感覚。確かに結界だ。
(なんで? 林の中に?)
重要施設があるわけでもなければ、そもそも建物があるわけでもない。
ついさっきまでバトルフィールドだった場所。
…嫌な予感がする。
(まさか中には勇士さんが……?)
しかし答えは出ない。
乱流法で破ろうと考えるが、それはすべきでないと直感が叫ぶ。
悶々とした気持ちを抱えながら、結界沿いにとぼとぼと歩く紫音。
不安が押し寄せ、やはり破るべきかと思い直したところで、なんとなく、視線がある方向へ引き寄せられた。
林の少し奥。そこの景色、地形がおかしいことになっている。
なんとなく近付き、やはりと言うべきかそれは戦闘跡だった。雷、火、土、炸裂や強化など、派手でインパクトのある質を持つ生徒同士が争ったのだろう。
土が抉れ、木が何本も折れ、草木が焼かれている。
D級同士が戦ったのだろうか。人が倒れているわけでもないのに、よくここまでの惨状を作り上げたと言うべきだろう。
ある意味で感心する紫音の視界の端に、それは映った。
深く抉れた土の中。
そこに見えるのは電子機器の一部だった。地中深くに埋まっていたものが剥き出しになっている。少々の欠損は見られるが、小さなランプや駆動音が僅かに聞こえることから一応作動はしているようだ。
地中にこのような機械が埋まっていることは全く珍しいことではない。そこら中の監視カメラのデータ電波を受信しやすくする装置、全体の機械をサポートする装置など。素人の紫音にも、そのようなことは分かる。
(…でも待って下さい。確か結界の中の映像を撮り、それを外部に送る場合、その送受信を円滑にする為、結界のすぐ近くにサポート用の機器を設置するのが普通なんですよね…?)
そこまで考えてふと、紫音はとある言葉を思い出した。
『貴方には幾つかの士器を預けておきます。武者小路の足元では何が起こるか分からない。常に注意を配っておきなさい』
紫音は慎重な面持ちで全収納器を取り出し、開く。そこに出現したのはケーブルやメモリー機器、タブレットなどの機械類だった。
『……武者小路家の情報が何か掴めそうな時にはこれを使いなさい。特注で作らせたハッキングツールです』
四月朔日家と武者小路家は決して仲が悪いわけではない。しかし、互いに完全に信用できる間柄でもない。
四月朔日家の現頭首である紫音の母は合理主義で、感情で流されにくい。武者小路家であっても、裏切りはもちろん、出し抜くことも見過ごさない。
紫音は取り出したケーブルの先のクリップの部分を、埋まっている機器のケーブルのゴムを切り、剥き出た金属部を摘まむ。そして紫音の持つケーブルのもう一方の端をタブレットに繫ぎ、メモリー機器をタブレットに刺そう…として止めた。
タブレットの電源を点け、教えられた通りに操作すると、画面に映像が映った。
(……っ! これは……!)
それは、目を張るものだった。
※ ※ ※
湊と鳩菜は、木の枝に座り、紫音と同じようにタブレットでその映像を見ていた。そのタブレットから伸びるケーブルは、湊達のいる木の更に上へと続いている。
見ながら、湊が「お」と口を丸くする。
「わたぬきも準備整ったみたい」
「これから良い所ですから、ちょうどよかったですね」
◆ ◆ ◆
『紅蓮奏華家』現頭首、紅蓮奏華顎。
歳は40半ば。頭首の座に就いて数年。
その手腕は、前々頭首であり『御十家』からの独立を成し遂げた祖父、『紅蓮奏華家』を『陽天十二神座』第六席にまで押し上げた父に並ぶものと認識されており、各勢力から僻み、疎まれ、狙われている。
そんなプレッシャー、逆境の中を威風堂々と居座る紅蓮奏華顎の性格を一言で表すと『武士』だ。
弱肉強食の世界に身を置きながら、誠意を重んじる。勝つ為には手段を選ばないが、芯の部分は曲げない。
源得は彼のことを恐ろしく感じると共に、頼り甲斐のある人物だと思っていた。
彼の協力を仰ぎたい。
しかし。
(ダメなのか…?)
勇士の刃を受けながら、源得は思う。
「どうしました学園長、キレがなくなっていますよ?」
鍔迫り合いの最中、勇士が問う。
源得はそれを不快には思わない。ただ、暗に「分からないんですか?」と言われているように思い、間違っている自分を情けなく思うばかりだ。
(何が間違ってる? 紅蓮奏華顎は何を求めている? 何を試している?)
考えても考えても分からない。答えが導き出せない。
…その時、一つの考えい至る。
(……まさか、あれを使わせ……いや、違う。いくら本気と言えど、あれは……)
「学園長! あれは使わないのですか!?」
源得の考えを読んだのかどうかは知らないが、勇士が刀を振り下ろしながらそんなことを聞いてくる。
それを軽快なステップで躱しながら。
「…あれは常軌を逸しておる。あれを使った上での本気など、一瞬でお主など跡形もなくなる。こんなところ…と言ったら失礼じゃが、見せる時ではない。……紅蓮奏華顎もその辺の常識は弁えておる。あれを見せねば誠意と見なさいなどと言う人物でもあるまい」
源得の疑問符のない確信的な言葉に、勇士は薄っすらと笑った。
「…その点は正解、と独り言を言ってあげますよ。…最も、俺は紅蓮奏華の人間じゃありませんがね」
源得が目力を強める。
しかしそれは怒りではなく悲しみ。分からない自分が情けない。
(不甲斐ない…)
不甲斐ない、そう思った時。源得の脳裏をある人物が過る。
……その人物は、死んだ息子、武者小路恭太。
殺された息子。
恭太の死に関して、源得に責任はない。相手が強大過ぎたとしか言えない。
しかし、それでも自分に何かできたのではないか、そう考えてしまう。
現頭首であり恭太の兄、仁貴は必ず恭太の死は無駄にしない、と今は必死に現場の痕跡や死体から相手の司力の予測や一ミクロンに満たないかもしれない敵のDNAが残ってないか、調査、探査を重ねている。
それなら源得に何ができる?
そう考え、源得が辿り着いた答えは、『紅蓮奏華』の協力を得て、仁貴の助けとなること。
その為に今源得は、『紅蓮奏華』の試しに合格しなければならない。
しかし合格できない。
ならここで諦める?
そんなわけにはいくはずもない。
何がなんでも、ここを切り抜ける!
「ヒントをもらえないか?」
源得が真剣な面持ちで少し情けないことを言う。
勇士はきょとんと目を丸くし、愛衣は口元を押さえて笑いを堪えていた。次第に勇士も顔に笑みが浮かぶ。
「……潔いと言いますか、なんと言いますか…」
「手段は選ばない。言ったはずじゃ」
勇士と源得の真摯な瞳がしばらく交差する。
視線も逸らさず、瞬きもしない見詰め合い。
折れたかどうかは知らないが、先に口を開いたのは勇士だった。
「…頭首風に申しますと、誠意が足りません」
「……誠意」
眉を顰める源得に、勇士が言葉を投げる。
「今の貴方は武者小路家前頭首ですか? それとも一人の父親ですか?」
源得は目を見開き、思った。
どっちも違う、と。
◆ ◆ ◆
「カキツは分かった? 紅蓮奏華が試してるもの」
「全く分かりません」
木の枝の上で、湊がカキツバタこと鳩菜に聞く。鳩菜はタブレットの映像、源得と勇士の戦いを見ながら首を傾げていた。美人がやると絵になるなぁ、などと思ってるとカキツバタが首を正して。
「なんか全体的にふわふわしてるっていうか、それとも堅いと言うべきか…。…………ていうか、ぶっちゃけこの試し?とかどうでもいいっていうのが本音です」
「あははっ! まあねぇ」
鳩菜のぶっちゃけ発言に湊が笑う。
「そもそも、武者小路源得の人柄なんて今更試す意味ないでしょう。多分、武者小路源得は合格するんでしょう? 結局何がしたかったのか、さっぱりです」
「その辺は矜持とか誇りとか、武士として通らなきゃいけない儀礼があるんだよ」
「隊長は紅蓮奏華が何を試してるか、分かってるんですよね?」
「当然。…ていうか、お前も教師なんだから、少しくらい引っ掛かれよ」
鳩菜が首を傾げる。
「教師?……?」
「まあ分からなくても無理ないけど、武者小路源得は分かったみたいだよ」
「…つまりどういうことなんですか?」
正直に聞く鳩菜に湊が口を弧にして。
「武者小路源得は、紅蓮奏華顎しか見てなかったってことだよ」
「……ああ」
鳩菜が首を小さく縦に揺らして、理解を示す。
「つまりあれですか。
……武者小路源得は紅井勇士を見てなかった」
「そう。『紅蓮奏華家』の試しは簡単に言えば二つ。紅蓮奏華顎の試しと、勇士の試し。
武者小路源得は前者は合格したけど、勇士のは合格してなかった。…勇士を見ず、その背後だけをずっと見ていた。紅蓮奏華顎はそんな教育者的観点の試しも今一度施したんだよ。ほんと、わざわざ面倒なことを何度も律儀にやれるよね」
◆ ◆ ◆
源得が自嘲気味に笑う。
武者小路家前頭首か? 一人の父親か?
違う。今の源得は獅童学園学園長。
生徒の上に立つ者。教育者。
……それなのに、
「申し訳ない。儂は教育者失格じゃ」
「……」
勇士は何も言わない。それが余計な口を滑らせないためか、ただ返答に困ってるだけなのかは分からない。
構わず、源得が続ける。
「お主の望みを叶えよう」
そもそも、なぜ武者小路源得が各勢力から狙われ、監視されるのか。
それは源得の体に埋め込まれた『もの』が全て鍵を握る。
源得が己の戦闘服の目の部分を刀で切る。
破けた服の間から老齢ながらも膨れる筋肉が曝される。
その人体には、明らかな異物が埋め込まれていた。
「それが…」
勇士が目を輝かせて。
「それが貴方の『霊魂晶』ですかッッ!」
「いかにも」
源得の体には、丸い水晶のような形をした手の平サイズの玉が体内から飛び出したように剥き出しになっていた。
離れたところで、愛衣も「ほー」と口に出す。
(『霊魂晶』。主に『宝具』の元となる『源貴片』の一種。……その霊魂晶には、死者の魂が内包されている。……しかし、単なる死者の魂ではない)
勇士が喜々として述べる。
「世界の概念として認められた人物、言わば歴史の偉人! その魂が眠る『霊魂晶』! 初めて見ました!」
「最後に確認を取る。いいのじゃな?『憑英格化』を使えばS級上位相当の実力となる。…その状態でどれだけお主が持つか、どのような結果になるか、儂は知らぬぞ」
「はい! 覚悟の上です!」
勇士が勇ましく高らかに叫び、源得が口元に笑みを浮かべ、納刀した刀を全収納器に仕舞った。もう必要ない。
『憑英格化』。
それは、『霊魂晶』という過去に偉業を成し遂げ、世界の概念となった歴史上の偉人の魂が眠る水晶を、その身に埋め込まれた人物が使うことのできる、一種の降臨術だ。
気溢れる世界の起点となった『改界爆発』の影響で、未だ現世を漂っていたとされる死者の魂が、具象や凝縮などの系統気により、水晶の塊となったとされている。
その『霊魂晶』は、自ら人間の体へ移動し、有無を言わさず埋もれる。つまり、歴史上の偉人が人を選ぶのだ。
人選方法は未だ解明はされていない。ただ、現在発見されている『霊魂晶』保有者の法則性から、思想の合う人間、性格が一致する人間など、つまり似たような人物が選ばれている。
そして、『霊魂晶』を持つ者が、自身の体を媒介に、偉人の力を復活させる『憑英格化』。
その力の凄まじさを分かりやすく説明すると、歴史に名を刻む天賦の才能を持つ超人が、気という異形の力を宿すという意味である。
才能と気の掛け算。
その力はいかほどのものか。
源得が、『霊魂晶』に眠る魂を呼び覚ます言霊、『憑英格化』発動の為の詠唱を、口にした。
「『猛ろ、宮本武蔵』」




