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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第3章 学試闘争編

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第18話・・・二手_苦闘_言い訳考えなきゃ・・・



 試験で開放される校舎は一時的に電気設備をシャットダウンしている。

 なので、校舎内は陽が落ちれば光がなくなり、暗くなる。こうなれば森以上の暗さだ。

 湊、愛衣、総駕、深恋のいる廊下には外からもらった僅かな光しかない。

 そんな条件最悪な中でも、両者は激しくぶつかり合っていた。

 より正確に言えば、総駕と深恋が、だ。

「せいッ!」

 深恋が刀を勢いよく振り下ろす。凝縮された風を纏った渾身の一刀だ。

 総駕は水を纏ったグローブを嵌めた右手の甲で、それを右側へいなす。そして左拳をぐっと握り締め、深恋の空いた脇腹へ突き立てる。

 しかしその横突きよりも速く、深恋の刀が総駕の胴へと接近していた。右側へいなしたはずの刃が、左側にいえる総駕へ。

 瞬時に何をしたか見抜く。

(チッ、いなされることを予測して、刃がこちらへ流れるようあらかじめ凝縮された風で軌道を作り、そこに刃を乗せたのかっ)

 腕力を使わずとも風が運んでくれる。

 このままでは速さで負け、刃が自分へ届く。

 総駕はその時、全身の力を抜いた。水を消し、攻撃用(エナジー)をほぼ消す。と、同時に、後ろへ引っ張られる感覚があった。

 湊だ。事前に総駕の全身に巻き付けておいたワイヤーで、慣性の残る総駕の上半身を引っ張り、深恋の刀を無理矢理避けさせたのだ。

 軽く上体反らしのような態勢になる総駕の胴の上を、刃が通り過ぎる。

 苦い顔をする深恋へ、水の飛び拳を放とうとする。刀を振った直後の一瞬の隙を狙ったもので、このままでは躱せない。

 しかし命中する直前、深恋の靴裏で小さな破裂音が響いた。愛衣が深恋の仕込んでおいた小型爆弾だ。地面との接地面で起きた小さな爆発で深恋が態勢を崩す。その崩しで、見事に総駕の拳を躱してみせた。

(そんな方法で…!)

 総駕は空振りながら心中で呻く。

 湊と愛衣は、同じことを考えていた。

((このままじゃジリ貧か…))

 バランスを崩した深恋はすぐに態勢を整えるが、総駕も空振りから既に構えの態勢に入っていた。また攻守のぶつかり合いが始まるか、というところで湊と愛衣が同時に叫ぶ。

「「一旦下がって!」」

 それを聞くと、


 総駕は、愛衣へ、

 深恋は、湊へ、


 それぞれ敵のペアのところへ駆けて向かったのだ。

 観戦していた生徒達が「は!?」「どういうこと!?」と驚きの声を上げる。

 当の総駕と深恋も、目を見開いたが、すぐに凜とした顔付きでそのまま駆ける。

 湊と愛衣も、珍しくはっとした表情になる。しかし、二人の視線が交差し、ふっと全てを悟ったように苦笑する。そして、二人とも総駕と深恋に捕まる前に近くの教室へドアを蹴破って逃げ込んだ。


 ※ ※ ※


 教室。暗いが、外からの僅かな灯りと暗闇の順応のおかげで視界に問題はない。そんな中で、陽気な声が響く。

「驚いた驚いた。…愛衣と二対二で戦うとなるとジリ貧になるって分かってたからさ、先に愛衣を重点的に狙おうって一つの策として用意してたんだけど…、その策どころか、その時の合図の言葉も一緒とはね…」

 そう。湊も愛衣も事前に遭遇した時のことは考えていた。

 唯一予測できない者同士。ペアとして総駕と深恋という体力面も精神面も有能な人物。面倒なことこの上ない。対抗策と用意していたのが先に参謀役の二人を倒すことだ。

 しかしそれを同時に、全く同じ言葉を合図にするとは思わなかった。

 湊は面白そうに笑みながら目の前で刀を構える深恋に話す。

「あははっ、私も驚いたよ。…でも二人って結構似てるところあるから納得だけどね」

 深恋は油断はせず、楽しそうにその会話に乗る。そして、目を鋭くした。

「さて、これで一対一だけど私を倒す算段はあるのかな?」

 隙無く構える深恋に湊は肩を揺らして苦笑する。

「そんな真剣にならなくてもいいんじゃない? 総駕がいなくなれば俺なんてただのザコだよ」

「漣くんを前にそんなことを考える人こそザコと呼ばれるべきよ。…あの愛衣と同類なんだもん」

「買いかぶりだよぉ。俺なんて…」

 シュン、という音が聞こえた気がした。

 深恋が湊の話を断ち切って加速法アクセル・アーツで接近し、刀を振り下ろしてきたのだ。

 それを読んでいた湊は余裕を持って右へ躱す。深恋が今度は腕力で刀の軌道を変え、湊を追尾する。それをまた湊が机に上って躱す。それが何度も繰り広げられる。

 身体能力もエナジー量も深恋の方が圧倒的に上だ。それなのに躱される理由は湊の読みに他ならない。

 刀を振りながら深恋が。

「本当に凄いね! 全く当たる気がしないよ!」

「だからって当たれば死ぬ勢いで振らないで欲しいな」

 深恋はふっと笑い、振るう手を止めて大きく後ろに跳ぶ。

「だったらこれならどうかな!」

 宙を跳んだまま刀を持ってない方の掌を湊に向ける。教室全体を包むほどの風を放つつもりだ。分かっていても回避はできない。

 そして、掌から突風を吹かせようとした瞬間……空中で、深恋の態勢が崩れた。

 深恋の視界が湊から天井へ切り替わっている。何が起きたか説明すると、教室の上空に設置されていたワイヤーに足が引っ掛かり、後ろ向きに跳んでいた深恋の体が翻ったのだ。

 予想外のことに一瞬気を取られる。その一瞬の間に……、深恋の掌から、突風が放たれた。

「しまっ…!」

 すぐに突風を止めるがもう遅い。翻った態勢のまま、天井に向けて突風を放たれた結果、その反動で自分の体を床に叩き付けることになった。

「カッ…!」

 受け身は取ったが、一気に教室を覆い尽くすつもりだった風なので、完全には受け流せずダメージを負ってしまう。

 追撃を受けないよう深恋がすぐに構える。バッと左目を強く閉じて痛みを堪える深恋が顔を上げると、視界に湊の姿はなかった。

 え?と目を見開き、閉じていた左目も開けると、湊の姿を発見した。ご丁寧に絶気法オフ・アーツまで使い、閉じると『予測していた』左目側に移動して、感知を一瞬遅らせたのだ。

 戸惑う深恋にナイフを振る湊。深恋は刀で防ぐが別の手のナイフで湊が容赦なく振るってくる。深恋が体を捻って躱すが態勢が辛そうだ。

 リーチでは深恋の方が有利だが、小回りの利くナイフ、ワイヤーと湊の相性は抜群過ぎる。

 湊の攻めの前に、刀での対応もギリギリ、加速法アクセル・アーツで距離を取ることもままならない、風で強引に切り抜けようとしても発動する瞬間に気を散らされて威力が激減。全身を鎖で拘束されたような錯覚を受ける。

「す、凄いね! 本当そう思うよ!」

「ありがと!」

 防戦一方の深恋は、湊の戦い方を味わいながら、基盤は同じ戦闘スタイルの愛衣との会話を思い返していた。


『愛衣って…どうしてそんなに頭良いの? やっぱ普通じゃないでしょ?』

『うーん…そうだねー……』

『あっ、ごめんっ。聞いちゃいけないこと…』

『あは、そんな顔しないでっ。…うん、でもそんな感じかな。……やっぱ過去に辛い思いしてると、人って善悪はともかく、嫌でも成長しちゃうよね』

『……っ』

『……だからそんな顔しないでって! 変な気使ったら深恋の持ってる下着の色全部バラすからね?』

『なんで知ってるの!?』

『最近湊とそういう推理ゲームしてるんだ』

『なにくだらないことやってるの!? というかそんなので分かるの!?』

『白4つ、水色4つ、ピンク…』

『あああああッ、もう分かったから! ……………もう、全く』


 恥ずかしいことまで思い出してしまい、深恋の表情がほんの僅かだけ曇る。

「? なんで下着のこと考えてるの?」

「本当に貴方達二人怖い!」

 振り下ろされたナイフを刀で受け止めながら応える深恋。

(……でもやっぱり、漣くんも辛い過去、経験したのかな。…………だとすれば愛衣と同じで善い方向に成長したんだね)


 ※ ※ ※


「オラアァ!」

「『水の壁(ウォーター・ウォール)』!」

 総駕の水の拳を、小型爆弾を混ぜた水の壁で小さな爆発音を響かせながら防ぐ。

「チッ、これだけ狭いと十分に拡張する前に防がれるか、やっぱ」

 拳をぎゅっと握り締めながら、強面で真剣に戦い方を練り直す必要があると判断する。

「………《ジー》」

(一体どうすれば…)

「………《ジー》」

(湊も言ってた。「愛衣と戦う時は俺と戦うつもりでいけ」って)

「………《ジー》」

(あいつと戦うって…妙な策は通じねえってことか? だとするとやっぱ力押しか?)

「………《ジー》」

 ブチっと、総駕の脳の何かが切れた。

「だあああああああああァァ! なんだてめえさっきからムカつく視線寄越しやがって! 言いたいことがあるなら言ったらどうだ!?」

 総駕の怒号に観戦中の生徒は背筋が凍る思いをしたが、愛衣は面白可笑しそうに爽やかな笑みを浮かべた。

「あっはっはぁぁ、ごめんごめん。……青狩くん、本当に変わったなって。ついこの前まではいつ襲われるんじゃないかって思ってたからさ」

「お前俺をなんだと思ってやがる!」

「狂犬? 野良猫? それか…イノシシかな?」

「てめえな……ッ」

「あ、それとも一応(うさぎ)って言った方がいい?」

 ウサギ、その言葉に総駕が目を開く。少し驚いた表情を見せるが、すぐに溜息をつく。総駕は既に冷静になっていた。

「まあ、お前なら網羅してて当然か」

「……『跳撃の兎(ワンダー・ラビット)』。『御劔みつるぎ』の『二十改剣』の一人である青狩くんの従兄弟がそう呼ばれてるんだよね? 可愛い名前だけど、本人は恥ずかしがってるんだっけ」

「ああ。兎とか男に付けるあだ名じゃねえって。毎度毎度叫んでる」

「あはっ、面白そうな人だね。……あ、そう言えばずっと一人の女性にアタックしてるって噂もあるんだけど…そこのところは?」

「よく知ってんな。つか個人情報そんなペラペラ言えるか! カメラもあんのに!」

 愛衣が苦笑する。

「それもそうだね。…それに、今の青狩くんの反応でなんとなく分かったよ」

「…ふん、なんとなく、じゃなくて確信だろ」

 総駕がけっと仏頂面で言う。

(…そうだよ、速水。お前が察したように、阿九あくおじさんには俺が生まれる前からずっと想いを寄せてる女性がいる…らしい。はぐらかされるし会ったことねえからよく分かんねえけどな)

 総駕が両拳に大量の水を纏う。

「さて! 無駄話もこの辺にして再開すっか!」

「そんな宣言しないで不意打ちすればいいのに」

「んなもんがお前に効くかっ」

「まあね」



 ◆ ◆ ◆



 屋上。

「まあ、勝てるわけないよねー」

「悪いな。でもお前も十分頑張ったよ、久浪ひさなみ

 猪本圭介いのもと けいすけ先生は来木田岳徒との戦闘後、久浪夢亜に狙いを付けた。来木田との戦闘後でも体力が十分あり、連戦に突入したのだ。

 それで数分の内に、決着は付いた。

 夢亜の身体の所々には御札が貼り付き、もう逃れる術はない。

「…先生、念心法クリンズ・アーツ使われて痛い思いしたくないので私としては降参する気満々なんですけど」

 夢亜の平坦な口調の降り宣言に猪本が歯を見せて苦笑する。

「そうか。『生命測輪グラスプ・リング』を外せば強制的にリタイアできるぜ」

「ああ、なるほど。ありがとうございます」

 夢亜は御札を貼り付けたまま腕を動かし、かちゃっと外す。

 すると、リタイア判定となり、『転移乱輪セット・リング』が反応して転移が始まる。

 消えていく中、夢亜は思考していた。


(武者小路家が何考えてるか探りたかったけど、今回はここが潮時かな。……リーダーへの言い訳、考えなきゃ)



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