第14話・・・VS庭島屋久_愛衣&深恋の強襲_『憐山』・・・
『…ということがあった。また何かあれば連絡する』
盾と剣を持つ爽やかイケメン教師、庭島屋久は校舎三階の廊下を歩きながら今届いたメッセージについて考えていた。
(試験開始一時間で風宮琉花と四門英刻がリタイアか。二人には悪いが、こちらとしてはありがたいな。…でも、来木田岳徒が単独になったのは厄介だな…)
今の来木田を狙うのは庭島の立場では不可能だ。これでは終盤までに回復され、翻弄される。
(漣くん、僕としては狙うなら風宮さんより来木田岳徒が良かったよ…)
完全なる棚ぼたで琉花をリタイアさせた湊に心中で弱音を吐く。
気を取り直していこうと、そう思った瞬間、
『庭島! 横だ!』
学園長の声と共に、すぐ横の教室から焚きつけられる気を感じ取った。
庭島が瞬時に盾を炎で覆うと同時に、教室のドアが吹き飛ばされ、豪風が襲い掛かる。そしてその豪風の中から一人の女子生徒が姿を見せた。
(淡里…深恋!)
男子にも女子にも人気が高い、赤みがかった黒髪ショートヘアの女子、淡里深恋だ。
「庭島先生! お相手願います!」
彼女にぴったりの晴やかな笑顔で決闘を申し込まれると同時に、深恋は風を纏った刀を全開で突き出してきた。
盾に激突して強烈な激音と衝撃が走る。
「ぐっ…!」
(凝縮系の突きは効くね!)
庭島は盾に刀で突かれている状態で、剣に炎を纏い、深恋目掛けて振り上げる。火力の高い炎に深恋を後退して、教室の中へと消えていく。
(ここで逃げるのが最善なんだけど、さすがにそれは体裁が悪いか!)
多少相手はするべきだと教室の中へ進む。
(…にしてもおかしい…。こんなに近くに淡里さんがいるなら連絡が来てもいいはず…。僕が対処できると判断して、敢えて言わなかった?)
思考の片隅に疑問を残しながら、盾と剣に炎を纏った状態で、加速法で深恋の後を追うように教室の中へと入……ったところで、
『駄目だ! 罠だ!』
え?
辛うじて声には出さなかったが、その罠が何なのかは理解できなかった。
室内は先程の深恋の豪風で散らかり、窓も割れている。
教室の奥へと移動した深恋を追ったので、今庭島は教室の中央寄りにいる。もちろん、何の警戒もせず入ったわけではない。教室内の倒れた机や椅子、割れたガラスの外などに対して十分な警戒はしていた。
深恋のペアの速水愛衣がいないことは気掛かりだが、今のところ何もないはずだ。
しかし、目の前にいる深恋のこれで決着だ、と言わんばかりの笑みを浮かべていた。
(何…を…)
次の瞬間、深恋が床へ刀を突き刺した。
下に何かあるのか、そう思った瞬間、違うと悟った。床に気の反応が無いのに対し、上、天井から僅かに気を探知したからだ。
(上か!)
……しかしそれも誤りだった。
『下だあああ!』
学園長の声の意味を理解するよりも早く、深恋が刀を刺した位置から庭島が立つところまで亀裂が走り、一瞬にして足場が崩れる。
「…え」
そして落ちる。床が幾つもの破片となって落ちてゆき、庭島も重力に任せて落下を始める。破片が下の階の教室へ落ちる中、庭島は咄嗟に歩空法を発動させ、中空に立つ。
「『圧風斬』!」
「!?」
庭島が混乱に陥っている最中、急接近していた深恋が刀を振り下ろしていた。
反射的に最大限にまで強化した炎を付与した盾で防ぐが、膨大な風圧と共に振り下ろされた刀が重く、歩空法で立つ足にかなりの負荷が掛かる。元々風属性と火属性では相性も悪い。
とにかくこの場を移動しよう、そう思った刹那、
パリンッ、と足元で何かが割れるような感覚がした。
そして、その感覚と同時に庭島の落下が再び始まる。
(これは……乱流法!?)
本来なら結界法を解除する為の法技だが、気を精密に配置する歩空法は言わば結界の超下位互換のようなものなので、乱流法でも消すことは可能だ。
(しまった…っ)
「『下降風』!」
更に風圧が掛かり、歩空法も再発動できないまま落下する。
しかしそんな状態でも庭島には余裕があった。
(下の階落としたところで一体な…)
「がばっ」
突然の水の感覚。水に浸る感覚。
庭島には把握しきれてないが、下の階の教室には量三分の二ほどに水が張られていたのだ。急遽作られたプールの中に、思いっ切り落とされる。
(まさか……こんな…ところで……?)
次の瞬間、水中で爆発が起こり庭島屋久はリタイアとなった。
※ ※ ※
「庭島先生の質は強化系火属性。深恋との攻防でかなり強化した火を纏った盾と剣を持ったまま教室三分の二程に張られた水の中に落とされたらどうなるか? ……答えは、膨大な熱量で水蒸気が発生。息ができない水中で激熱な水蒸気に曝され、やがて小規模な水蒸気爆発を起こし、ついでに私が水の中へ入れておいた大量の小型爆弾も連鎖的に爆発。……さすがにイケメン剣士な庭島先生でもこれは耐えられないでしょ」
にこっと監視カメラへ向けて愛衣が笑った。
愛衣は二階の、今ちょうど庭島がリタイアした水浸しの教室の壁で悠々と座っていた。近くには廊下に備え付けられた監視カメラがある。
「愛衣ー! 上手く行ったね!」
三階から下りてきた深恋が満面の笑みで走り寄ってくる。
イエーイとハイタッチしてからも、深恋の興奮は冷め止まない。
「まさか試験開始直後に作った罠に先生を落とせるなんてね!」
「まあ、教師陣はフィールド内を見回すよう言われてるからそこそこ可能性は高かったんだけどね」
愛衣&深恋ペアは転移後、すぐに今のトラップを仕掛けるよう動いた。
教室を三分の二に至るまで水を溜め込み、そこに愛衣の小型爆弾を大量に入れる。そして深恋が上の階で床を斬り、落とす。ちなみに教室の水は愛衣の属性によるものではない。それも多少混ざっているが、ほとんどは水道の水だ。水道から伸ばした大量のホースを一番近くの教室に内窓から入れ、数十分放置。面倒な作業ではあるが、愛衣の指示の元効率よく行えば簡単だ。
罠に落とすことも、可能性は低く見えるがそうでもない。庭島の場合は運よく水教室のちょうど上を通りかかったことに気付いたから、下にいた深恋が外から上に上がってうまく実行したが、本来ならあと一時間は待ち伏せする予定であったし、それでも来なくても校舎内の生徒に対戦を持ち込んで上手く上の階へ誘導する予定でもあった。
「先生の属性が火だったのもラッキーだったねっ」
「一番は雷が良かったんだけどね。雷纏って水の中落ちた方がきくから」
相手の属性も重要だ。この策では火と雷属性にしか効かない。だがこの試験はペア制なので、相手二人の内どちらかが雷か火であればよく、その確率も低くはない。
愛衣は肩を落とし、
「さて、今の爆発に気付いた相手がここに来るかもしれない。その前に移動するよー」
「ラジャー!」
深恋は伸ばした手を額に当てて元気な声を上げた。
(…しかし、さっきの庭島先生の挙動…明らかに誰かから指示が飛んでた。直接見てないけど断言できる。…学園長に悪いことしちゃったかな…ははっ)
※ ※ ※
グラウンド端の体育倉庫の影で、猪本は表情に出ないよう必死に抑えながら驚愕していた。
(なに!? 庭島も!?)
『儂が監視カメラで見張っていたにも関わらず…情けない。同じ階の監視カメラばかり気にして真下の階のことをすっかり失念してしまっていた…。猪本、儂の方で打てる手は打つが、もうお前だけだ。……あとは頼む』
(はい!)
心の中で威勢よく返事をする猪本。その精神は猛獣の如く獰猛で冷徹なものと化していた。
※ ※ ※
試験開始から二時間半が経過しようとしていた。
風宮琉花、四門英刻、庭島屋久教諭のリタイア以降、幾つかのペア同士の戦闘を経て、試験時間の半分に達した。
時刻は五時半。既に日が落ちて暗くなり始めている。サバイバルはここからが本番と言える。
ウェーブのロングヘアが艶めかしく似合う女教師、蔵坂鳩菜は学生寮近くの花壇の横を歩いていた。
視界が開けたところを歩いているのは彼女なりの策だ。まず相手に自分を発見させ、その方向へ弾丸を打ち込む。単純だが、鳩菜にはピッタリだ。ちなみに学生寮は立ち入り禁止エリアなので、結界で覆われている。
花を眺めながら、鳩菜はぼんやりと思った。
(もう試験も折り返し。そろそろ生徒達の疲労が一回目のピークを迎える頃かな)
これからまた同じ時間だけ敷地内で過ごさなければいけないと体感するのは精神的に辛い。そこで自棄にならないで懸命に生き延びようとするのもこの試験の評価ポイントだ。
(頑張れー。少年少女達たち)
その時、鳩菜は茂みの向こうから気を感じ取り、すぐさま銃を構え、弾丸を放った。
茂みの奥で雷による炸裂が起こる。雷音が響き渡り、そこらの草木が焼かれて焦げる。
しかし鳩菜は探知法で、炸裂の直前に茂みから高速回避する気を一つ捉えていた。
そしてその者は鳩菜の真後ろに降りた立った。
「…さすが先生ですね。あの距離で気付かれるとは思いませんでした」
その正体は紅井勇士、刀を勇ましく構えて鳩菜にその切っ先を向けている。
(一人だけ…。四月朔日さんは分からないわね…)
鳩菜は優しく油断のない笑みを浮かべる。
「紅井くん、君は気量が多過ぎるから一瞬でも気を抜いたらダメよ。担任からのアドバイス」
「ありがとうございます…。ところで先生、一つ質問よろしいですか?」
勇士がそんなこと言ってくる。
私の気を散らせる狙い?そう思う鳩菜だが、勇士の変に真面目な瞳はそんな狙いを悟らせない。
「何かな?」
カキツバタとしてならともかく、教師としてここで問答無用で攻撃を仕掛けては彼女の人気にも影響が出るので素直にお話に乗ることにした。
「蔵坂先生の質は炸裂系雷属性ですよね?」
「…ええ」
「そして先生の司力はその銃に炸裂の気をチャージして、発砲し、その軌道上で炸裂を起こす、ですよね?」
「…ええ。それが何か? 別に珍しいものじゃないでしょう?」
少し嫌な予感を覚えつつも、鳩菜は粛々と応えた。
「なぜ銃を二丁にしないのですか? …二丁銃にした方がどう考えても強いと思うのですが」
目を細める鳩菜が口を一回ぎゅっと閉じ、開けた。
「紅井くんなら理解できてると思うけど、それは燃費が悪いからよ。そもそも炸裂系は強化系や凝縮系に比べて銃との相性が良くない。自分で言うのも恥ずかしいけど、炸裂の気を一点に集中するの結構難易度が高くて、二丁にすると神経がすり減って気の消費量が倍化する。…中には二丁銃の炸裂系もいないことはないけど、私は一つの銃に集中して練度を上げることにしたの」
勇士ならこれぐらい分かっているはずだ。その証拠に説明中、勇士の表情が全く変わらっていない。説明を終え、すぐに勇士が。
「ありがとうございます。……では、その上で質問なのですが、その銃がバズーカ砲だったら難易度はどれほど上がりますか?」
(………………………え?)
嫌な予感的中…。
バズーカ砲はカキツバタの武器。以前勇士と交戦した時に使用した鳩菜の武器だ。
(? もしかして勘付かれた? いや、でもそんな感じじゃない…。え? え? え?)
かつて無い程に動揺しながらも、決死の思いで高鳴る心臓を抑え込み、鳩菜は平然と言葉を返す。
「バズーカ砲…? あの太い…?」
「はい。本来単発式のバズーカ砲の砲弾そのものを炸裂系士の気だけで賄った場合、どれほどの技量が必要なのでしょうか? ……今聞くことでないのは重々承知の上ですが、蔵坂先生の武器が銃であることを今知り、どうしても聞きたくなりました」
…状況が見えてきて、鳩菜は一先ず一安心した。
勇士の言う通り、鳩菜の武器と戦い方を見て聞かずにはいられなかったのだろう。憎き『聖』の司力のことを。
(『本家』からも私の司力についての意見は聞いてるだろうけど、第三者の忌憚のない意見が欲しいってところかな…)
鳩菜は一つ咳払いをして、教師としての顔を勇士に向ける。
「まず率直に結論を述べると、バズーカ砲を武器にする難易度は相当上位に入るでしょう」
(あ、これ自分で言ってて超恥ずかしい)
重大な落とし穴に言ってから気付くが、もう後には退けない。
「バズーカ砲の士器もあります。しかしそれは量産型であり、一発撃つごとに砲弾を装填しなければなりません。…紅井くんの言うように、炸裂の気で砲弾すら気で作り上げる、そんな芸当は一朝一夕でできるものじゃないわ。…こんな銃とは質量も密度も威力も反動も比べ物にはならない」
(絶対後でこの映像見た隊長やみんなにからかわれる…)
心中をおくびも滲ませずに述べると、勇士が付け加えて質問してきた。
「仮にそのバズーカ砲を扱う士が炸裂系雷属性だとして、『電信機』も同時併用していたらどうなのでしょう?」
『電信機』。電気信号を操る雷属性の高等技術だ。
これも以前勇士と交戦した時にカキツバタが使っていた。
「え!? 只でさえ扱いにくいバズーカ砲を使いながら『電信機』で身体も操作するの!? それは…凄いわよ……? 少なくともA級中位程度の実力はあると思うわ」
(恥ずか死ッッ!)
勇士の表情に特別変化はない。やはり全て分かっていたことなのだ。
もう自画自賛したくないという本心もあるが、これ以上説明しても意味はないだろうという合理的な考えにも基づき、鳩菜はこの会話を止める。
「紅井くんの真意は敢えて聞かないけど、もういいかしら? 他に聞きたいことがあったら後日ちゃんと答えるから」
勇士が感謝の苦笑を浮かべる。
「はい。ありがとうございます」
勇士が述べた瞬間、鳩菜は速攻で銃の引き金を引いた。
慌ててつつも完璧な体裁きで大きく横に距離を取り、炸裂をなんとか避ける勇士。そして勇士は好奇な睨みを鳩菜へぶつける。
「いきなりですね!」
「油断大敵、よ」
◆ ◆ ◆
「………」
「どうしたんだー? 獏良。いつもより暗い顔して」
「御託はいい。久万、頼んでいた件はどうだった? 出来高によっては報酬額を削るからな」
「分かってる分かってるって。…お前の言う通り、『憐山』に妙な動きがある。武者小路源得を狙ってるっつうお前の予想、かなり濃厚だぜ」
「やはりか…」
「どうするよ? このままだと横取りされちまうぜ?」
「横取りどころではない。『憐山』は殺すことしか頭にない連中だ。武者小路源得は生きていてこそ価値がある。紅井勇士共々、俺の獲物だ」
「よっ、金の亡者」
「…それで、他に判明したことは? …まさかその程度しか調べられなかったなどと言うつもりはないだろうな?」
「もちろんでございますからそんな怖い顔向けないでっ。…武者小路源得の殺害計画の中心にいるのは『憐山』の幹部の一人。『十刀流のジスト』。理由は分からないが、ジストが武者小路源得殺害計画を立案したって話だ」
「ジスト…あの感情の無さそうな冷酷剣士が、か。命令に従ってばかりの奴だと思ってたんだがな。……それで、その殺害計画の進捗状況は?」
「そこまでは分からんかったよ。何かしらの仕込みはしたっていう話もあったが、信憑性は不明だ。…でも、俺達を探ってた武者小路恭太率いる部隊を黄海が皆殺しにしたばかりなんだ。どっちにしろ、今動くの危険。もうしばらく様子見するべきじゃね?」
「お前の意見は聞いていない。情報だけを伝えろ」
「へいへい、ごめんなさい。…とにかくくジストに目立った動きはない。奴にしては珍しく、力押しじゃなくて隠密で計画を為そうとしているみたいだ」
「…そうか」
言いながら、獏良と呼ばれた男は考えていた。
(久万の言う通り、黄海が動いた直後だと警戒心が異常に高まり、下手に動くのは危険だ…。しかし、息子の死亡の報せを聞いて試験の内容を変更したのはなぜだ?『最強六博士』多摩木要次の研究所で活躍した紅井勇士と何か関係があると見るのが必然…か? それに…はやりジストのことも気になる。…仕込みとはなんだ?)
獏良と久万を覚えていない方は第1章の15話を読み返してみてください。




