第12話・・・誤算_庭島屋久先生_衝突・・・
二次試験・バトルロイヤル。
サバイバルで一番最初に倒されたのは驚くべきことに教師である宗形紗々であった。
観戦している生徒達は震撼し、同じく観ていた武者小路源得も様々な意味で驚愕した。
そして源得から、猪本へとその事実が伝えられた。
『猪本、そのままで聞け。宗形がリタイアした』
(!?)
猪本の耳に取り付けられた通信機から伝えられ、驚きを必死に隠す。教師であろうと、言うまでもなくこれはルール違反だ。緊急用という名目で通信機の取り付けは問題ないが、常に通信していることがバレたらアウト。表情に出さないようにしながら必死に考える。
(宗形先生が!? まさか…来木田が…っ)
その心配は次の源得の言葉で杞憂に終わった。
『来木田岳徒ではない。ましてや我々の仲間だと露呈したわけでもない』
取り敢えず安堵する。源得が状況を説明してきた。
『相手は青狩総駕・漣湊ペアだ。漣湊に完全に動きを読まれてしまった。…いずれこの二次試験の映像を見る他の『家』や組織に怪しまれないよう、通信は極力控えるとの話であったが、こうなっては仕方がない。儂から最大限のバックアップはさせてもらう』
源得の言葉を猪本は重く受け止めた。
それも仕方ないか、と。
そう思うと同時に、紗々を倒した総駕と湊の顔が脳裏に浮かんだ。
(リミッターで制限されてるとはいえ、それでも青狩総駕より一回りか二回りは強いはず。…それなのに倒すか…。紅井勇士も同じように倒されるかもしれない。そうなる前にリタイアさせておくべきか?)
◆ ◆ ◆
試験開始から40分が経過した。
蔵坂鳩菜は校舎内の屋内広場をゆっくりと歩いていた。片手には銃を所持している。これが彼女の表としての武器だ。
すると、広場から伸びる階段を降りてくる人物に気付き、微笑する。
「庭島先生。その様子だとまだ戦闘はしてないようですね」
「ええ。運が良いと言うべきか悪いと言うべきか、あまり生徒と当たらないんですよね」
階段を降り、鳩菜と肩を並べて、爽やかに肩を竦めるのは同じ教師だ。
庭島屋久。
甘いマスクの男性教師だ。全体的にシュっとした爽やか系なイケメンで、女子生徒からの人気も高い。男性人気の高い鳩菜とは対に位置すると言ってもいい。
戦闘服を着てもそのイケメン度合は霞むことがない。彼の武器である盾を左手に、剣を腰に備えているが、その笑顔は魅力的だ。
二人の与り知らぬことではあるが、鳩菜と庭島が揃った映像を観ている見学生の妄想、邪推を掻き立てている。
二人は自然と歩き出しながら会話した。普段は大勢の生徒で行き交う空間に、二人の声と、足音だけが響く。
「ふふ、今年の学生は手強そうな子が多いから、これが数時間も続くと思うと思いやられますね」
鳩菜の言葉に庭島も苦笑する。
「そうですね。…蔵坂先生的には誰か気になる生徒とかいますか?」
「私はやっぱりうちのクラスの紅井くんを筆頭にしたあの5人ですね。紅井くんなんてリミッター掛けてたら勝てる気しませんよ」
庭島が同意とばかりに肩で笑う。
「ですねー。でも僕は漣くんとか結構気になってるんですよねぇ。…うちのクラスの狂犬を手懐けたっていうのがやっぱり凄いとしか言えません」
鳩菜が小首を傾げて聞く。
「青狩くんのことですか?」
「ええ。もうここ最近はうちのクラス、その話題で持ち切りなんですよ。…彼のカリスマ性とリーダーシップは本物です。将来大物になると思いますよ」
鳩菜が嬉しそうに笑う。普段はほとんどの所作に偽りを混ぜ込んでいるが、これは心の底からの笑みだ。しかしその笑みも心の内で冷めてくる。
(ふふ、そんなこと言って。一番注目してるのは紅井勇士のくせに~)
「さて、」
そんな感情をおくびも出さず、鳩菜が踵を返して幾つかある内の一つの出口へと向かう。
「そろそろちゃんと別行動しましょうか。後で学園長に怒られたくもないので」
「…そうですねっ」
「それでは」
「はい。ご健闘を」
最後の庭島の台詞が少し面白かったのか、鳩菜は微笑してから出口を抜けた。
鳩菜の背を一瞬、誰も気付かない刹那の瞬間、照れと嬉しさが混じったような瞳を向けてから、顔を引き締めてから別の出口へと歩き出した。
(よぉし。宗形がリタイアした以上、僕が頑張らないとね)
宗形同様、武者小路源得の部下である庭島は気を引き締めた。
◆ ◆ ◆
折坂和帆。
ショートカットで表情は明るさと怠さの色がある。小柄で足取りも軽く、着衣も動きやすそうなものを着ている。
彼女は今現在、表情では平然を装いながらも自分が置かれた状況に緊張で心が絞めつけられている。
「やあ、紅井勇士くん。こんなところで会うとは奇遇だね」
言ったのは和帆のペア、来木田岳徒だ。来木田は自身の武器である3メートル弱の棒を地面に刺し、格好よく寄り掛かるようにして目の前の人物に挨拶をしている。
紅井勇士と四月朔日紫音。この二次試験で一位確実とまで言われているペアだ。
裏を感じる友好の笑みを浮かべる来木田に対し、勇士は油断のない視線を、紫音は勇士と並びつつ苦手意識を含んだ警戒の視線をぶつけてくる。ちなみに和帆は来木田より3歩程退いたところでなんで自分がこんなところにいるのか軽く現実逃避していた。
挨拶を受け、勇士が油断の消えない表情に同じく友好的な笑みを浮かべて応えた。
「奇遇? いきなり俺達の前に現れたのはそっちだろ?」
(ほんと! いきなり「走るよ、しっかり付いてきて」なんて言って走り出したと思ったらこんなところに連れてきて!)
絶対声には出せないので、心中で思いっ切り叫ぶ和帆。
「細かいこと気にしないでよ、はははっ」
(はははじゃない!)
「別に気にしてはいないよ。…で、奇襲も仕掛けず何の用かな?」
勇士に警戒心はあるが、黒い敵意は感じない。
来木田はそんな勇士から視線をずらし、隣の紫音へ目を向けた。
「紫音様、お元気になったようで何よりです」
突然の台詞に紫音が「えっ、え…」と少し困惑する。勇士も眉を顰め、和帆は(なに言ってんだこいつ)と冷めた気分になっていた。
「ここ最近、調子が優れないようでしたので、少し心配していたんです」
「あ…その、」紫音咳払いして自分を落ち着かせてから。「心配して下さりありがとうございます。もう大丈夫ですので、気にしないで下さい」
完璧なスマイルでお礼を言う紫音に、来木田が目線を離さず、苦笑して。
「いえいえ、気にしないわけにはいきませんよ。仕える『家』は違えど貴方は『御十家』。身分というものがあります」
来木田の態度は本当におかしいものではないらしく、紫音が「そうですけど…」と仕方のない表情を浮かべ、何かを言おうとする時、来木田が被せるように言葉を続けた。
「それに、もし九頭竜川家の人と紫音様が御婚姻なされれば、正真正銘貴方は私の主となりますからね」
その言葉に、紫音は苦笑するだけだった。まるで冗談を言われ、からかわれることを仕方なく許容している器の広い少女。
これを観戦中の生徒達はその特別な変化の無さにつまらなさと少しの安堵を抱いているだろう。
しかし和帆には、その場にいる者にだけは感じ取れた。紫音からの明確な拒絶反応を。
即座に勇士が抜刀する。
その抜く速さを和帆は目で追いきれなかった。いつの間にか刀を抜き、一歩前に出て来木田へ殺気を放つ。そこには黒い敵意だ感じ取れた。
「もうお喋りはいいだろう…ッ。……始めようか」
ゴウッ!と勇士の刀を炎が覆う。
(来木田のバカぁ! なに怒らせてんの!)
正直なところ、来木田の強さは知っているが、勇士に勝てるとは思えない。来木田自身もそう言っていた。
しかし和帆の視線の先にいる来木田に変わった様子はない。地面に刺していた棒を抜き、片手で器用に回転させる。すると棒が二つに割れ、収納しやすくなって背中に戻した。
「やめておくよ。君と正面対決すればさすがに勝てないだろうからね。まだ試験は始まったばかりだ。お互いにこんなところで体力を使いたくはないだろう?」
怪訝な顔をする面々。特に勇士は納得の行っていない顔をするが、そんな勇士に来木田が告げた。
「それともなに? 戦う意思のない相手に牙を向ける?」
「ッ……だと言ったら?」
「やらないよ、君は本当に誠実な人だ。いくら勝負の場と言えど、無防備な相手に攻撃は仕掛けないよ」
確信の籠った言葉に勇士が険しい表情を浮かべる。
「じゃあね。次遭遇したら、本気で戦おう」
来木田は背を向け、走り去る。和帆は付いて行きたくない気持ちを抑え、その後ろを付いて行った。一応後ろは警戒していたが、勇士達からの不意打ちはなかった。
◆ ◆ ◆
勇士は脳をフル回転させて思考した。
(武者小路家と九頭竜川家に並々ならぬ因縁があることは知っていた。…しかし、紫音と、四月朔日家とも何かあるのか? …本家が言うにはこの二次試験内に武者小路家が仕掛けてくるという話だったが、そこに来木田岳徒が絡んでくるのか? 紫音は関係してくるのか? なんなんだ……。一体、俺はどうすれば…)
悩んで考えて考え抜いても、一向に明瞭な答えは出なかった。
◆ ◆ ◆
二次試験開始から一時間が経過した。
まだ四時、あと四時間。鍛えた生徒達の体力はまだまだ残っているし、食事にも早い。日も出ている。戦闘も転移直後にちらほらと起こったが、今は静かだ。
太い木の枝の上で弓矢を持つ風宮琉花が肩を落とす。
「膠着状態ね。みんな息を潜めて後半の為に体力を温存している」
「で、ですね…」
琉花のペア、四門英刻がまだ女子に対する緊張が抜けきれていない態度で応える。ちなみに彼も己の武器である正三角形型の盾二つを両腕に備えている。その盾は腕をほぼ隠す程に大きく、そして分厚い。どれだけ重いかが伝わってくる。
四門がビクビクした様子で尋ねた。
「ほ、本当にやるんですか…?」
「ええ。教師がいることは当初の予定とは違うけど、構わない。………今、奇襲を掛けるわ」
四門がゴクリと喉を鳴らす。
琉花と四門が立てていた策、それはこの皆が一番守りに入る時の奇襲だ。琉花の武器は弓矢、四門の武器は盾。直接戦闘向きではない。
だからこそ、遠くから弓矢による射的を念頭に策を立てたのだ。
学園側が教師を投入したことも、この手の奇襲者は実戦においてもいるということを生徒側に伝える狙いもある。『表』の理由も理には適っているのだ。
「そもそも私達がやろうとしていることは先生たちと同じ。仮に気付いたとしても邪魔はしないわよ」
(…それ以前に、この教師投入自体別の目的がある感じだしね…)
「そ、そうか…」
「そろそろ行くわよ。ターゲットは既に補足済みなんだから」
「わ、分かった!」
風属性の探知精度は非常に高い。重点的に鍛えた琉花の探知法はB級レベルだ。反射速度などが伴っていないため、本領を発揮できる場面は少ないが、このサバイバルに関して言えば琉花の本領は存分に発揮される。
琉花が弓矢を2本具象し、まとめて弓に掛ける。
そして、四門が見守る中、
「『脳天直矢』」
矢が飛ぶ。
ほとんど音を発さず、速く、滑らかな軌道を描いて。
距離にして60程メートル離れたところにいる二人の男子生徒の頭を死角から撃ち抜いた。当然矢先に刃は使っていない。ただただ強く強打したのだ。
男子生徒が一瞬で気絶し、リタイアとなった。
「この調子でどんどん行くわよっ」
「う、うん!」
その時、上空から何者かが迫っていることに気付いた。
「「ッッ!!」」
咄嗟に四門が琉花を庇うように正三角形の盾を上に構える。
ダアンッ!と莫大な打音が響いた。
「おお! これを防ぐんだ! さすが英刻!」
そう叫ぶ相手に、更に盾が重くなったにも関わらず四門は余裕のある声で返す。
「これでも一応君と同じ立場だからね! 岳徒!」
強襲の相手、3メートル程の棒を振り下ろしたのは来木田岳徒だった。




