第11話・・・内容変更_武者小路一派の策_VS湊・総駕
一次試験を突破した36組のペアが決定した。
その日から一日を置いて二次試験は始まる。
その一日の間に各一大勢力に動きがあったことなどほとんどの生徒はつゆ知らず、二次試験が始まろうとしている。
二次試験の内容はバトルロイヤル。
学園の敷地の7割を開放し、午後3時から8時にかけて行われる一種のサバイバル。
グラウンド、林、花壇、通学路など外はもちろん、校舎内など普段使っている教室や一部の校舎内施設が開放されて好きに戦闘することを許されている。
学生寮付近や職員室などの重要施設内への立ち入りは禁止され、そこは何重もの結界によって保護されているから、生徒は気にする必要が全くない。
二次試験に進めなかった生徒達は地下シェルターに集められ、二次試験の様子を観賞することができる。
撮影方法は多くの方法を取り入れており、元から校舎などの施設に内蔵された監視カメラや、耐久性の高いドローンなどの空中カメラ、虫のように小さく機動性に優れた小型カメラ、それら観賞用とも言えるカメラに劣っても最悪戦闘の結果だけでも分かるように衛星カメラも使用している。
当然戦闘区域は結界で覆われるが、最新鋭の技術でその中身を隅から隅まで決して見逃さない。
万全の体勢で二次試験は行われる。
※ ※ ※
試験当日の朝。
二段ベッドの上で眠っていた湊はゆっくりと起き上がった。
サラサラと揺れる長い夜色の髪をそのままに、自身の部屋を見下ろす。
「おはよう、湊」
部屋では勇士が戦闘服に着替えているところだった。湊に気さくな笑みで挨拶をしてくる。
「おはよう。今日は昼からなのに気合入ってるね」
二次試験の開始時刻は3時。集合時刻はその30分前。
今はまだ朝の8時だ。
ほとんどの生徒は英気を養うために休んでいる。体を動かしておきたい気持ちも分かるが、勇士のように今からフル装備の生徒はそういない。
「そんな神経張り詰めてたらだと肝心の試験中に集中力切れちゃうよ?」
勇士はすぐには応えず、身支度を整えながら静かに口を開いた。
「…湊、昨日の夕方に学園から通達された『あれ』、どう思う?」
真剣さを感じる言葉に、湊も呼応するように真剣味を帯びて返事をした。
「昨日も言っただしょ。突然のことだとは思うが、理には適ってる。学園側も何か考えがあってのことなんだろって」
「……だよな。考え過ぎか」
「そうそう」
(……勇士なりに何か勘付いてるみたいだね。この前の勇士と紫音の様子だと何か喋ったっみたいだし、武者小路恭太のことも紅蓮奏華本家から聞いたのかな?)
数々の思惑が交錯する中では、湊は着実にその先を歩いていた。
◆ ◆ ◆
時刻は2時40分。二次試験開始直前。
昇降口前に二次へと進む生徒達が集まっている。
その前に猪本と数人の教師が立ち並んでいた。蔵坂鳩菜とA組担任の宗形紗々の姿もある。
猪本が拡声器を使い、言葉を発した。
「もうすぐ二次試験が始まるが、その前に改めてお前らに伝える。急遽二次試験の形式を一部変更することにした」
事前に通達されていたので動揺はないが、詳しい説明はされていなかったので、全員が猪本の言葉に集中する。
「内容は変わらない。ここにいる36組72人に加え、ここにいる俺含める5名の教師が二次試験に参加する」
そう。
昨日の夕方、突然学園側からこのことを文面で通知が来たのだ。
教師5名の参加。それはなんとも複雑な心境に駆られる内容だった。
言うまでもなく教師の実力は生徒達よりも上。しかし、だからといって教師たちが暴れて独壇場と化す、なんて真似をするとも思えない。
混乱する猪本が明言する。
「はっきり言うが、そこまで深く考えなくていい。お前らが思っている通り、先生方が本気を出すことはない。ただこの試験もマンネリ化というか、過去のデータや卒業生がもらした情報なんかが出回って対策を立てられ、ちょうど変化がほしいところだったんだ。別にこれは昨日決まったことじゃない。数日前から学園長や一部の先生方には告げられていたことだ」
生徒達の混乱を少しずつ削るように説明する猪本。
「……そんなわけで、ちょっと難易度が上がったくらいに思ってくれればいい。これ以上何か特別なことが起きたりはしない。先生方はリミッターを付けるし、もちろん倒せば評価も上がる。いきなりのことに動揺しているかもしれないが、これも試練であり訓練だ。…それに、先生を殴れる機会なんてもうねえから、日頃のストレス溜めて奴は遠慮なく殴ってくれて構わないぜ」
いつもの調子でふざけたことを言って周囲の笑いを誘う猪本。
一応筋の通った説明に反論は上がらない。
確かにこのサバイバルのコツであったり、敷地内の絶好の隠れ場所であったり、そういった情報が出回っていたのも事実。
事前に立てていた対策を半分潰されたようなものだが、ここまで勝ち残った生徒達はあまり文句を言わなかった。
しかしそんな中、
「一つ、質問よろしいですか?」
とある生徒が挙手した。
猪本がその生徒を見やる。その表情に変化はないが、心は溜息をつきたい気持ちで一杯なことだろう。
「どうぞ、来木田くん」
見た目誠実な来木田が「ありがとうございます」と返事をしてから、答えた。
「今、このことは前から決まっていたことであり、数名の教師にはこのことを事前に知らせていたと仰いましたが、これから参加する5名の先生には全員、伝えてあったのでしょうか?」
なぜそんなことを聞くのだろう、と周囲の生徒は思った。気にならないことはないが、そこまで気にもならない。
猪本は特に変わった様子もなくこたえた。
「伝えられていた先生もいれば、伝えられていなかった先生もいる。ここにいる以外の先生の何人かにも伝えていたが」
「誰に伝えられていたのか教えて頂いてもよろしいですか?」
「悪いな、そこまでは教えられない」
「なぜですか?」
「余計な不和を生みたくないんだ」
「…そうですか。分かりました」
来木田の質問が終わる。
猪本の目にも、来木田の目にも、これといった特別な感情は窺えない。この場にいるほとんどの生徒は二人の複雑な関係を知っているので、来木田が手を上げた時は少し焦ったが、杞憂に終わったと、生徒達は思った。
※ ※ ※
無論、猪本が言ったことはほとんどが後から考えた建前だ。
猪本はちらっと、紅井勇士を一瞥する。
(この教師参加は全てお前の為に施したものなんだぜ)
紅井勇士が紅蓮奏華の人間であるかはまだ定かではない。
しかし武者小路恭太の事件が起きた以上、武者小路側はかなり追い詰められている。しばらくは持ちこたえられるかもしれないが、近くない未来、瓦解が始まる。
持ちこたえられる今だからこそ、リスクを冒さなければならない。
大本命が『陽天十二神座』第六席・『紅蓮奏華家』だ。
試験に参加する教師5人の内、猪本含む3人は武者小路の息がかかった者だ。策を簡単に説明すると、この3人が勇士に勝負を仕掛け、実力を直接を調べるというものだ。
詳しくは、5時間の試験中、4時間半は通常通り試験を進行し、残り30分になったら教師の1人が仕掛け、もう1人が周囲な監視カメラの誤作動を起こしたり、武者小路源得との連絡などを担い、最後の1人が他の生徒が近付かないようさりげなく阻止したり、4時間半の間に来木田岳徒をリタイアさせる(他の生徒でも倒せるよう大ダメージを与える)、終盤で一対一になれるよう四月朔日紫音だけを途中でリタイアさせる(他の生徒でも倒せるよう大ダメージを与える)などを担う、というものだ。
当然、戦闘時はリミッターも解除する。
半日で考えた策なのでムラもあるが、それは3人で補い合い、適宜観戦中の源得から意見をもらいつつ対処していく。
試験で仕掛ける必要はないという案もあったが、源得は却下した。生徒の日常を汚す真似はしたくない、と。それに、それは立派な犯罪だと。確かに、試験の体裁を取ることで大体の問題が解決している。
突然の試験内容変更で各勢力に怪しまれただろうが、気にしない。勇士が紅蓮奏華の人間と分かれば、誰に怪しまれようと構わないし、紅蓮奏華と関わりない人だったら、そもそも証拠が掴まれることもない。
(ぶっちゃけ紅井勇士と紅蓮奏華の関係性はまだ微妙なところだが、あの家は秘匿隠匿はお手のもの。俺達が騙されてる可能性は十分高い。……しかし、『聖』の第四策動隊ほど一挙手一投足全てに偽りの仕草を叩きこんだわけじゃない。…『あれ』に比べれば、暴くなんざ容易いさ)
猪本は心中で勝ち誇った笑みを浮かべた。
「さて、そろそろ時間だ。全員『生命測輪』と『転移乱輪』は付けてるな?」
猪本が確認を取る。
『生命測輪』。装着者の気を介して肉体・精神状態、生命状態を測る士器だ。
『転移乱輪』。一定範囲内でランダムに飛ばす転移法を利用した士器だ。超技術のようにも思うが、これと連動する別の士器を学園内に大量に設置することで可能としているので、実戦での実用性は無いに等しい。ちなみに、この試験においてはペア同士は同じ場所に転移できるようになっている。
『生命測輪』と『転移乱輪』もまた連動しており、生命状態が一定値を下回れば、強制的に医務室に転移する仕組みとなっている。
莫大な費用をかけて、試験の効率性と安全性は確保されているのだ。
「最後にもう一度言っておく。これから転移したらその時点でサバイバルスタートだ。教師たちの『生命測輪』のリタイア値は少し高めに設定してるから、その辺も考えて行動しろよな。……よし、あと一分で開始だ。心の準備しとけ」
※ ※ ※
「どうしたの、総駕? 緊張してる?」
青狩総駕に湊が声を掛ける。
「誰かするか。紅井勇士だろうと教師だろうとぶっ飛ばす!」
「その意気だ。……あ、始まるね」
湊達生徒と猪本達教師陣の体が光に包まれる。以前、友梨を転移させた時のような気の動きに似ている。
そして……、その場にいる全員が光の粒子となって消えるように、転移した。
◆ ◆ ◆
A組担任、宗形紗々《ささ》。
長い黒髪をポニーテールにした凛々しい女教師。普段は黒スーツを着用しているが、今は軍服を一回り身軽にしたような戦闘服を着ている。
紗々は転移先である学園敷地内の林の中を歩きながら、思考していた。
(さて、私の役目は終盤で紅井くんと戦いやすい場を整えることだけど…、わたぬきさんや来木田岳徒の相手はまだまだ先)
宗形紗々、彼女もまた猪本と同じく武者小路家に仕える者だ。
猪本のように公ではなく、影ながら武者小路源得の護衛を仰せつかっている。
紗々のような存在はこの学園にそれなりの数いる。そして彼ら彼女らは自分の正体を明かしてはいない。
正体を明かさないまま、来木田岳徒の担任として接し、監視している。
今回の紅井勇士と紅蓮奏華絡みの任務も当然知っている。猪本の仲間の内の一人だ。
任務があるとはいえ、教師としての役割も果たさなければならない。
(まずは身を隠そうとしている生徒の妨害にでも行きましょ……ッッ!?)
その瞬間、紗々は強大な気を感じ取った。
それは……巨大な水塊だ。
迫りくる水塊は中空を突き進む度、徐々に肥大化している。
紗々は特に慌てず、唇で弧を描いた。
(拡張系水属性でこの司力、ふふっ、早速来ましたか、青狩総駕くん)
紗々は相手の正体を掴み、余裕の笑みを強める。
(もう一人、漣湊くんもいるはずですが、どこでしょう……ねッ……え?)
紗々の顔から余裕が消える。
その攻撃を大きくジャンプして躱そうとして……、
「ッッ!?」
それができなかった。
(これは……ワイヤー!?)
足にワイヤー絡み、大地に固定されたようにジャンプができなかったのだ。
(いつの間に!? いや! まさか!)
紗々は一瞬で理解した。紗々はここまで歩いてきた。その紗々に相手…総駕と湊が逸早く気付き、紗々の進行方向にワイヤーを撒き、絶気法で身を潜めていたのだろう。
そしてワイヤーが撒いてあるところまで紗々が来たところで攻撃開始。
『今』はリミッターで力を制御されている上に、ワイヤーに気が纏っていないから気付けなかった。
(くッ、さすがに回避は間に合わない!)
「『雷の壁』!
総駕の拳から放たれた水塊を雷の壁で防ぎ、相殺する。ついでに足元のワイヤーも雷で焼き斬る。
(いきなり結構面倒な相手にぶつかりましたね…。本来の私の任務を考えれば一旦退くべきなのでしょうが、教師という立場ではある程度相手をするべき…。むしろここで退けば来木田岳徒に私が武者小路サイドの人間だとバレる可能性が高い…)
ここで退くのは合理的だが、それではマンネリ化の解消という表の目的を教師自ら拒否することになる。
(仕方ない。少し相手をしてあげましょう)
全収納器を取り出し、蓋を開けてそこから身の丈程の槍が姿を現す。
槍を片手で持ちながら、加速法で水塊が飛んできた方向へ突き進む。
しかし次の瞬間、紗々の両手両足首が締め付けられて引っ張られ、首を紐状の物が絞めつけて動くことも考えることもままならなくなった。
結論から言えば、宗形紗々はワイヤーによって空中に磔にされたのだ。槍も落としてしまっている。
紗々はそのことに気付いているのかいないのか、自分でも分からないが、一応ワイヤーが自身に絡みついていることは理解できた。
朦朧とする意識の中、先程のように雷でワイヤーを焼き斬ろうとするが、それと同時にワイヤーを気が纏い、阻止される。ならば、と更に雷の威力を上げようとしたところで、
目の前に、青狩総駕が拳を構えて接近していることに気付いた。
紗々が、これから身に起こることを心で理解した。
「宗形先生」
総駕が呼ぶ。
(…え………まって下さい…)
「最初に言っておきます」
(私にはッ……ッッ…私には大事な任務がああああぁぁぁッッ!)
「ごめんなさい」
まず最初に、総駕の渾身のアッパーが顎に炸裂した。磔にされた紗々は吹き飛ばされることもできず、その分のパワーも体への負荷となる。
総駕は相手が教師だろうと女だろうと容赦せず、顔へ、胴体へ、連撃をくらわす。
為す術のない紗々は、すぐに『生命測輪』が限界と判断し、リタイアとなった。
(……源得様…申し訳ありません…)
◆ ◆ ◆
宗形紗々が消えた林の中。
漣湊は、紗々と総駕の姿が見える《今は総駕しかいないが》位置の木の上にいた。こっそりと覗きながらワイヤーを操っていたのだ。
(…ごめんね、宗形先生。でも俺としては『貴方達』の作戦を実行させるわけにはいかないんだ。早急に一人倒せてラッキーだったよ、ははっ)




