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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第3章 学試闘争編

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第10話・・・紅蓮奏華_武者小路_クロッカスの要望・・・

 とある部屋で、二人の男性が会話をしていた。

雲貝くもがい、琉花から報告書、どう思う?」

「一時的な試験中とはいえ、二人のペアが紫音様と四門家の子となれば、十中八九源得様が裏で仕組んでいるでしょう」

「だろうな。教育の場を利用するとは……あやつもまだまだ手強い相手ということか」

「琉花様にこの見解は?」

「伝えんでいい。四月朔日わたぬきの子と仲良くしてくれる分にはこちらとしても有り難いからな。妙なしこりを残したくない」

「畏まりました」

「まあ勇士も琉花も根から誠実だからな。源得もその辺のところを見抜く目は持っているだろう。………それよりも気になるのは、『ひじり』のことだ」

 二人しかいない場に緊張感が張る。

「二月に勇士と琉花が接触したとカキツバタというニューフェイスと………第四策動隊隊長『幽闇の夜叉ナイトメア』クロッカス。最初聞いた時は虚偽を掴まされたと思ったが、その可能性は低いことが分かった」

「勇士様の実力は『聖』で言えばおそらくいち隊員レベルでしかない。そのバズーカ砲を使うカキツバタには勝ったと言っておりましたが、その戦闘の詳細を聞く限り相手は本気を全く出していない。本気を出せばどうなるか……。……そして肝心のクロッカスに関しては手も足も出せずに負けています。勇士様に『勝つ』ことはともかく、『圧倒』することができる相手はそこまでいないでしょう」

「…『聖』に問い合わせても何も返事がないしな」

「先に手を出したのは勇士様ですからね。どうしてもこちらが下手したてになってしまいます」

「しかしそんな都合よくクロッカスがいるものか? しかもその時の相手は『玄牙』だ。その程度の相手にわざわざ……?」

「あ、それについて新しい情報が入っています。まだ未解明な部分が多いですが、『玄牙』に獅童学園への攻撃依頼をした組織がおそらくですが判明しました」

「どこだ?」

「『終色しゅうしょく』です」

「…………『裏・死頭しとう評議会』の頭の一つか。構成員たったの七人の裏組織『終色』…。確かに『あれ』が相手なら『聖』が探りを入れるのも頷けるな」

「潜入捜査が主な任務である第四策動隊隊長クロッカスが自ら出張る必要性は微妙なところですが、『終色』は『裏・死頭評議会』に属する組織の中でも断トツで人数が少なく、尻尾を掴み辛い組織。それだけでも理由にはなると思われます」

「……ま、そうだな」

 渋々と頷く。

「何はともあれ、武者小路源得との心理戦はまだ続きそうだな」

「………………………それが、そうでもないのです」

「…ん? どういうことだ?」

「………私も先程報告を受けたのですが」


 その話の続きを聞いて、その男は瞠目した。



 ◆ ◆ ◆



「なに!? それはどういうことだ!?」

 学園長室に叫び声が響く。

 叫びの主は源得、それを目の前で浴びた猪本は苦い顔をして立っている。

恭太きょうたが………息子の部隊が……全滅だと……?」  

 源得の言葉に、猪本は苦い顔のまま首を縦に小さく振った。

「本家と分家の精鋭三十人で作られた恭太くん……恭太様率いる『終色』調査部隊の者達全員が別々の場所で暗殺されてる姿が今朝発見されたそうです…。データも…奪われたものは少ないですが…全て見られた可能性は高いとのことです」

 いつも砕けた口調の猪本も今ばかりは完全敬語だ。

 源得がその温厚な性格に似合わない憎悪を感じる歯軋りをする。ギリィ!という音が嫌に響く。

「…仁貴じんきはなんと言っている?」

「頭首様は残ったデータの見聞を最優先に置いているようです。見られたことで今後に活かせるか、活かせないか……恭太様の…弟様の努力を無駄にしないように尽力しています」

 源得も冷静さを取り戻したのか、ゆったりと椅子に座り直す。

「………恭太達を一夜にして別々の場所で殺した……そんな犯人の目ぼしは付いているのか?」

「……確証はないですが、実行犯かどうかはともかく、状況的に見て『終色』が関わっている可能性は十分に高いと考えられます」

 源得が生気が失ったのか、頭に血が上り過ぎた所為で疲れたのか、どちらか分からないが、光の無い瞳で窓の外を見る。

「……猪本、恭太は正義感の強い子だった」

「……はい」

「兄であり、頭首でもある仁貴を精一杯支えていた…」

「…はい」

「…こんな世界にいる以上、身近な人間が死ぬことだって覚悟しているし、実際に何度も体験してきたが……やっぱり慣れないな、この感覚は」

「…そんなもの、慣れなくていいです」

 それからしばらく静寂が続いた。

 二人っきりの学園長室で時計の針が動く音だけが聞こえる。源得は身動き一つせず、何を見るでもなくボーとしている。

 猪本は何も言わない。どこにも行かない。源得から一時も目を離さず、次の行動をどれだけでも待つ。そうしながら、猪本自身も頭を回転させる。名案と呼べるものをひたすらに考える。

「……猪本、儂と同じことを考えているか?」

「……おそらくは」

「言ってみろ」

「正直、今の武者小路家はピンチです。『終色』が本格的に学園長に…源得様に狙いを定めたと見るべき。その…今回のことで武者小路家の戦力面はかなり削がれましたが、まだ十分戦えるでしょう。しかし『終色』に関する情報量が少な過ぎますっ。頭首様が今調べてるデータも多くは期待できないでしょう。……今の武者小路家に協力してくれる組織はそんなにいない。いたとしても、『終色』に対抗できる可能性は低い。………しかし、その中でも交渉次第で何とかなりそうな家門が一つ、あります」

「それは?」


「『陽天十二神座』第六席・『紅蓮奏華ぐれんそうか家』です」


 断言する猪本の言葉に喉を鳴らす源得。

「……やはり、そこに頼るしかないのか…」

「はい。『御十家』から独立して、たった家門一つで『フォーサー協会』での地位を築き、今では第五席の『御十家』のすぐ下にいます。席次的には我々の方が上ですが、『御十家』も一枚岩ではありません。完璧な統制の取れた『紅蓮奏華家』の前では部分的に劣るでしょう。……特に『裏』の情報網は『御十家』全体を軽く越えています。『終色』のことも浅からず掴んでいるに違いありません」

 源得の顔に影が落ちる。

「仮に……紅井勇士が本当に『紅蓮奏華家』の人間なら…」

「はい。もしそうなら千載一遇のチャンスです。……紫音ちゃんのことも、あまり期待できないかと思います。だから……!」


「分かった」


 力強い源得の声が猪本の脳を震わせる。

 元頭首としての貫禄は全く薄れていない。

 それを実感させる声色だ。


「儂に考えがある。すぐに教師陣に知らせてくれ」



 ◆ ◆ ◆



 独立策動部隊『聖』の本部。

 長い廊下を二人の女性が歩いていた。

 コードネーム「スカーレット」及び「チェリー」。

 瓜二つの顔を持つ双子。赤茶色のショートヘアを左分けにしているのがスカーレット、右分けにしているのがチェリーだ。

 天真爛漫な姉、チェリーが口を開く。

「ねえ、クロッカスから連絡あったんでしょ? なんだって?」

 冷静沈着な妹、スカーレットが溜息をつく。

「小さくない要望よ」

「? どうゆうの?」


「武者小路家、九頭竜川家、四月朔日、紅蓮奏華家絡みの事案全てに関する指揮権が欲しいそうよ」


 訊いたチェリーの目が丸くなる。

 そしてすぐに失笑する。

「アハハっ、『御十家』三つに紅蓮奏華まで? ダイナミックに出たねー。…クローも彼なりに学園生活を満喫してるようね」

「『北斗』の所長一人がすぐ近くにいる身で遊ばないでほしいのだけどね」

「クローなら巧くやるでしょ。…これ瑠璃様には?」

「これから知らせる…けど、言うまでもないでしょうね」

 スカーレットが軽く呆れ顔になる。

 チェリーは同意とばかりににやっと笑った。

「あの人ならOKするでしょ」

 スカーレットは気を取り直して顔を上げる。

「まあ。先程入った『終色』による武者小路恭太部隊の襲撃とかもあったし、そろそろ争いが過激化してきそうだから、そこに参入できるならいいんだけどね」

「武者小路源得の才覚が鈍ってなければ、すぐ何か手を打つよね」

「カキツバタもいることだし、クロッカスが出遅れることは100%無い。一歩目で躓くことはないでしょうけど…」

「やっぱり不安要素はあるよね。…『北斗』とか心配だけど、その中でも特に目を離せないのが『終色』。他はまだ交渉の余地があるけど、裏組織上位ともなればそんなものは通じない。……そもそも、私達にそんな気がない」


「その辺はクロッカスに任せましょう」


 

 ◆ ◆ ◆



 数十分後。

『クロッカス、瑠璃様から承諾が出ました。ご自由にどうぞ』


 獅童学園。

 一次試験開始から五日目、最終日。

 夕暮れ時。

 もうすぐバトルが始まる選手用の小さい控室。

 湊は試験中は外していた愛用のヘッドホンを頭には着けず、耳当ての片方だけを片耳に密着させていた。

 周りから見ればちょっと格好つけて音楽を聴いているようにしか見えない。

「湊! もう試合だぞ。…最後の試合ぐらい気合入れたらどうだ?」

 総駕に声を掛けられ、湊が立ち上がる。

 ヘッドホンは耳から離し、座っていた椅子に置いたままだ。

 湊は口元に柔らかくて小さな笑みを浮かべながら総駕の元に歩く。

「もう二次試験突破は確実なのによくもまあそんなにやる気を出せるね」

「逆だよ逆。最後だからこそ喝入れてんだろ」

「総駕ってそんな熱血キャラだったっけ?」

「熱血とかそういうんじゃない。決めるところは決めるべきだって言ってんだよ」

「はいはい。じゃあま、行きますか」



 その日。二次試験へ出場する36組、72人の生徒が決定した。



 

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