第9話…勝敗_久浪夢亜_今は・・・
中間テストも3日目に突入した。
学園長室では武者小路源得学園長と猪本先生が座している。
猪本はタブレットをスクロールさせながら。
「一次試験も三日目になりますが、特に問題は起きていません。多少のトラブルはありますが、教員が適宜対応して解決してくれています。順調と言っていいでしょう」
源得は背もたれに寄り掛かる。
「そうか。今年はいくらか不安材料があったんだが、安心なようだな。………して、例の件は?」
猪本が別のデータを開く。
「この三日間の紅井勇士の戦闘データを本家で分析させましたが、二刀流の可能性は限りなく低いとの結果でした。……しかし、本家が言うには紅井勇士のデータの質が低過ぎるらしいです。対戦相手が格下な上にペアが紫音ちゃんとなっては本気の末端も見えず、二刀流の隠蔽も簡単だと。…まあ、言われてみればそうですよね」「ふむ…。この後の対戦相手に紅井勇士の本気を少しでも引き出せそうな生徒はおるか?」
「いませんね。やはり二人のいるグループの面子もこちらで操作するべきだったでしょうか」
源得はゆっくりと首を横に振った。
「いや、ペア決めの段階で既に手を加えてしまったのだ。これ以上私情を挟むのは気が引ける」
猪本が顔を少し綻ばせるが、すぐに引き締める。
「となれば、二次試験に賭けるしかないですね。二人の一次突破はもう決まったも同然ですので」
「その賭け、勝算は?」
「6:4であります。…紅井・四月朔日ペア以外にも注目の生徒はいますが、少な過ぎるのが問題です。しかし、うまくぶつかれば良質なデータが取れるかと」
「具体的にどれくらいいるのだ? 皮肉だが来木田くんぐらいしか思いつかないのだが? 四門くんだって、ペアが風宮琉花ではそううまくことは運ばないだろうし」
「もちろん、来木田くんには頑張ってもらいたい所存です。四門・風宮ペアは仰る通りですが、他にもちゃんと目ぼしい生徒はいますよ。…例えば漣・青狩ペアと速水・淡里ペアです。戦績は両ペア共に全勝。教員の報告書でも特に漣くんと速水さんが絶賛されていますよ。本来の戦闘では紅井くんの方が分があるでしょうが、このニペア…というか漣湊と速水愛衣という生徒はそんな真似はしないでしょう。二人はとても頭が良く、この三日間でその知性派としての頭角をメキメキ現しています。異質なバトルとなれば紅井くんのまだ見ぬスタイルを見れるかもしれません」
「ほう……異質なバトルか」
「はい。……異質なバトルと言えば、久浪夢亜も注目ですね。淡里さんと同じ推薦で入った子なんですが、この子も中々面白い司力です。……今言った生徒達は頭一つ抜けています。二次試験でも生き残って紅井勇士とぶつかる可能性は高いと考えられますよ」
猪本の説明に源得は唸るように頷く。納得はしたが、やはり本来の趣旨に外れて試験を行うことに罪悪感や違和感があるのだ。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに凛々しい表情を作る。
「分かった。ところで、紫音くんはどうなのだろう? 何か情報を掴めたかの?」
「それは期待薄ですね。戦闘映像を見る限り、紫音ちゃんはそこまで紅井くんの事情に踏み込めていないようです」
「そうか。やはりこんな損な役回りは控えておくべきだったのう」
「しかし紅井くんを見過ごすわけにいかないのも事実ですよ」
「分かっておる。…猪本よ、この中間テストで終わらせるようベストを尽くせ」
「言われるまでもありません」
◆ ◆ ◆
昼休憩。
湊と総駕は屋外にあるベンチでパンをもぐもぐ食べていた。
「三日目ともなれば疲れるね」
「お前はもう少し筋肉を付けたらどうだ?」
「俺だってちゃんと筋トレしてるよ? でも筋肉付かないんだもん。ついでに脂肪も」
「女子が羨ましがりそうな体質だな」
総駕はが残ったパンを口の中に放り込み、呑み込む。
「しかしまあ、これなら順調に二次試験に進めそうだな。一次試験の正面対決よりもサバイバルの方がお前の領分だろ?」
楽しそうに総駕が言う。
「愛衣もだけどね。……何? 二次試験で勇士に襲撃でもしたいの? その場合わたぬきさんも一緒だけど」
総駕が苦笑する。
「試験内で私情を挟むことはしねえよ。……でもそれはそれとして、戦って倒したくはあるけどな」
「100パーセント俺の指示だけどね」
「そう言うなって」
湊もパンを完食してペットボトルを口に付ける。しかし水がすぐになくなり、空っぽになってしまった。
「新しいの買ってくるね」
空のペットボトルを振りながら立ち上がる湊に、総駕は「おう」と返事した
※ ※ ※
湊は人通りの少ないところにある近くの自動販売機でお金を投入していた。
どれにしようか迷っていると、こちらに近付く足音が聞こえた。湊は一瞬でその足音の人物の呼吸や気配から意識は自分に向いてないと判断する。習性だから仕方ないが、一々こんなことを考える自分を自分で面倒に思う。
その人物の意識が湊に向いたのが分かったが、気に掛けることではない。
待たせるのも悪いので、さくっと決めようと思った矢先だった。
「あれ、男女じゃん」
「えっ?」
ボタンを押すタイミングで変なことを言われ、手元が狂うところだった湊は、ガシャンと落ちた取り出し口にあるペットボトルを無視して声の聞こえた真横へ向く。
腰まで伸ばした長い髪。湊の夜色の髪とはまた違うベクトルの黒い紺系の色をしている。対照的に肌は白い。目鼻立ちを整っていて琉花や紫音に負けず劣らず可愛い顔をしている。豊満な体型というわけではなく、脱力した姿勢はだらしないのだが、妙に艶めかしい。正直、抱き心地が良さそうだ。
物事に興味無さ気な表情をしているが、いきなり湊に言葉をぶつけてきた辺り、興味がないというより遠慮がない性格のようだ。
湊はこの美少女を知っていた。自己主張の強いタイプではないが、中間テストも中盤に差し掛かる今、知らない生徒はいないだろう。
湊は「えーと」と首を少し傾げて。
「久浪夢亜さん、だよね?」
今好成績を叩き出してる生徒の一人だ。
「よく知ってるわね。そういう貴方は漣湊だよね?」
「そだよー」
(こっちはさん付けでそっちは呼び捨てかい)
湊は苦笑しながら自販機からペットボトルを取り出す。
「いきなりだね。それって久浪さんなりの友好の挨拶?」
夢亜が自販機の前に移動してお金を入れながら応える。
「深恋から聞いてた人が目の前にいたからなんとなく言っただけなんだけど、友達になってほしいならいいわよ?」
(そっか、淡里さんとは同じ塾出身なんだっけ。…つか随分と上からだなー。でも嫌味があまり感じられない。変な奴)
「今変な奴って思ったでしょ? 男女くん」
繕わず薄目を向けていた湊にお返しの言葉を放つ。
「思ってない思ってない。てかさ、その男女っていうのやめてよ。そもそも男女だと男っぽい女って意味だからね? 厳つい女って意味だからね?」
「じゃあ女男」
「そういうことを言ってるんじゃないんだけど…」
夢亜は買うものを選び、ペットボトルを取り出しながら。
「でもそんな髪長くしてさ、明らかに女に見られるように意識してるじゃん。なに男の娘って言って上げるべき?」
「女男でいいからそれは勘弁して。…髪長いのに特に理由ないんだけど…強いていうなら留学してた時の影響かな」
「ああ、アメリカに留学してたんだっけ。深恋からそんなこと聞いた」
深恋に直接話した覚えはないが、隠しているわけでもない。愛衣から聞いた可能性が一番高い。
「俺が留学した学校は別に不良がいたわけじゃないけど、思春期反抗期真っ盛りな奴らが多くてね。髪短い俺は完全に見下されたんだよ。だけど少し髪伸ばして女っぽくしただけで急に余所余所しくなってねぇ。いやー、あの時は楽しかったよー」
「嫌な性格ね、女男」
「久浪さんだけには言われたくないな」
そこでふと湊は気になることが浮かんだ。
「ねえ、ちなみに紅井勇士のことはどう思ってるの?」
「? あの『いつか絶対女に刺される変態男』がどうかした?」
「辛口! 勇士の評価酷くないっ? ………ん? てか変態要素はどこから来たの?」
「好きな女を見て鼻の下伸ばした顔が正に変態だったのよ」
…………………………………んんん?
「ちょっと待って。…え? 好きな女って…勇士の好きな人……知ってるの?」
「速水愛衣でしょ?」
あっさり暴露する夢亜に、驚きを禁じ得ない。
「頭良いって深恋から聞いてたから気付いてると思ったけど、知らなかったの?」
そこではない。
「いや……知ってはいたけど……むしろそっちはどうして知ってるの? 勇姿が愛衣を見て鼻の下伸ばしてるって……?」
夢亜は勿体ぶることもなく、どうでもいいことのように答えてくれた。
「正確には速水愛衣の写真だね」
それだけで湊には真実が見えた。
「速水愛衣って爆弾技士の資格取った時に一時期掲示板のところに賞状と顔写真が貼り出されてた時があるじゃん? たまたま通り掛かった時に見たの。彼女の顔写真を見上げながらだらしない顔してる紅井勇士を。私の体見て変な妄想した男が浮かべる表情とよく似てたわ」
「な、なるほどね…」
勇士は誠実な人間だ。短い付き合いではあるが、それはよく分かっている。
だが恋愛などナイーブなところはめっぽう弱い。恋心も初めてだろう。
勇士が愛衣の写真を見てだらしない顔していたというのも…。
(多分だけど、自分が好きになった女の子が世間的に評価されて嬉しかったんだろうな)
ニヤけそうな顔を我慢した結果、夢亜のいう変な顔になってしまったということだと思う。
一人納得していると、夢亜が投げやりに聞いてきた。
「どうでもいいことなんだけどさ、もしかして女男も紅井勇士ハーレムの一員だったりするの?」
「お願いやめてそれは絶対ないから」
全力で否定した。
◆ ◆ ◆
勇士と紫音は食堂で向かい合って食事を取っていた。
定食のご飯を口に運びながら、勇士は笑顔を浮かべる。
「琉花はともかく、湊と速水も一次突破は固くなってきたね」
紫音も上品にご飯を頬張りながら、微笑して応える。
「嬉しそうですね」
「2人とも戦ってみたいと思ってたからね。楽しみだよ」
「愛衣さんも漣さんも自分に合った司力を見出してどんどん成長してますからね」
ワイヤーナイフに大量の小型爆弾。クセのある武器を完璧に使いこなす2人には脱帽だ。
それから雑談しつつ食を進めながら、紫音は武者小路源得に言われたことを考えていた。
(勇士さんはここまで刀一本。学園長も色々な手段で勇士さんを解析してるんでしょうけど、おそらく成果はない。やっぱり私が聞き出すしかないのでしょうか…)
しかし厳しいと言わざるを得ない。
二刀流云々のことを問えば、勇士が勘繰り、2人の間に亀裂が入るかもしれない。
(『御十家』の私だったら尚更ですよね)
どうすればいいか分からない。
自分では力不足だ。
「どうしたの? 紫音、具合でも悪い?」
「っ、いえ…大丈夫です…。心配かけてすみません…」
勇士の声にハッとなる。いつもは顔に出ないように考えているのだが、今回は出してしまったようだ。
目の前に心配そうな勇士の顔がある。こんなに悩んでるのは勇士のせいなのだが、責める気持ちなんてさらさらない。
一度冷静になると、すうっと頭の中がクールになり、それから自然と言葉を紡いでいた。
「勇士さん。…勇士さんは……学園長のことをどうお思いですか?」
唐突な質問にも、勇士は「学園長? うーん…」と考えてくれた。
「尊敬できる人だと思うよ。武者小路家の頭首だった頃の辣腕振りは聞いてたからね。しかも頭首の座を下りてからも獅童学園の学園長に就任して教育に力を入れてるんだから凄いよね。最初の頃は権利を翳した天下りだって世間から言われてたけど、今ではそんなこと言う人誰もいないし」
武者小路源得を褒め称える勇士に少し罪悪感を抱きつつも、紫音の顔から嬉し笑みがこぼれる。
「仰る通りです。…学園長は…源得様は、常に人のことを考えて行動することができるお方です」
「う、うん。そうなんだ」
紫音の雰囲気の変化に若干戸惑いつつも爽やかに返す勇士。
「勇士さん」
紫音にしては珍しくマイペースに、続けて言った。
「武者小路学園長は本当に信頼できる方です。あの方が敵に回ることは絶対ありません。…あの方が常に私達の味方だということは忘れないで下さい」
真っすぐな視線を受け、勇士は戸惑いをなくして見詰め返す。
やはり紫音は二刀流に関して聞くことができない。
かと言って詳細を話すこともできない。
紫音にできることは、源得と勇士の衝突を防ぐこと。勇士の知らないところで何かが起きていると伝えること。それぐらいしか思い付かなかった。
対する勇士は、紫音の言いたいこと全てを理解できているようには見えない。
それでも、鈍感な勇士でも、『御十家』絡みだということは察せた。
(まずいな。これでは悪目立ちしてしまってる…。頭首の意に反れてしまうな…)
「…紫音」
勇士が静かに名前を呼ぶ。
「……はい?」
小首を傾げる紫音に勇士が言う。
「安心してくれ。俺も琉花も、敵じゃないから」
敵ではない。しかし味方とは言ってくれない。
そんな勇士に紫音は苦笑した。
「……ありがとうございます。それだけ聞ければ十分です」
紫音の表情は、憑き物が落ちたように清々しかった。




