第8話・・・難なく_有意義な対談_湧き出る思惑・・・
愛衣&深恋VS釧路&浜部の試合は早くも決着が付こうとしていた。
「この……!」
小振りな剣を持つ表情に余裕がない女子生徒、釧路が自身の炎を強化し、斬りかかる。
しかし、踏み込んだ直後、釧路の懐に相対する女子生徒、淡里深恋が一瞬で入り込んできていた。
「いくよ! 釧路さん!」
「ッ!?」
高らかに宣言し、深恋の刀が一閃。
釧路一人では為す術無かったが、後方支援のペア・浜部が土を釧路にぶつけてバランスを崩し、刀の傷を浅くした。
「釧路! 今の内に!」
浜部が叫び、釧路は不安定なまま加速法で退く。とにかく浜部の元まで戻ることを最優先に。
逃がさない、と深恋が中学生離れした加速法で追随してくる。
浜部は気を集中させ、手元に二体の土塊人形を具象した。
(もう気も残り少ない……これで状況の好転だけでも……!)
ゴーレムを走らせ、深恋と釧路の間に割って入らせる……が、
ゴーレムはその場で足が崩れ、バリケードにすらならなかった。
「くッ……」
浜部が歯ぎしりする。
深恋の後方、浜部と同じように後方支援役の速水愛衣がゴーレムの関節部を正確に狙って濡らしているのだ。凝縮系の水分量は一体積あたり通常の何倍もある。
先程から浜部が具象したゴーレムが悉くやられているのだ。離れたところで微笑する愛衣が目に入る。
しかし浜部もバカではない。
釧路とアイコンタクトを取り合う。
(分かってるね? プランDよ)
(ええ!)
浜部はたった今崩されたゴーレムを砂と化し、砂煙を巻き起こす。
「釧路! この隙に淡里を!」
愛衣の視界から深恋や敵2人が砂煙で覆われ消えていく。
(これは……深恋を狙うと見せかけて………本命は私)
砂煙の中から人影が飛び出す。釧路だ。釧路が絶気法で砂煙の中を高速移動して一気に愛衣との距離を詰めてきていた。
これで終わり!と釧路がそう考えるのが手に取るように分かる。
だが釧路の表情が一変、その場で滑り転ぶのと同時に顔から余裕がなくなる。
水だ。
いつの間にか床に張っていた水で足元を取られたのだ。水はうねるように、湧くように釧路の全身を包み込もうとする。
頭が良いとはいえ、自分より気量で劣る士の水に包まれてもそれほど脅威ではない。炎や雷に比べて水は応用力は高いが殺傷力は低い。
しかし釧路の焦りは消えない。
愛衣の司力をこの試合で散々見せ付けられたから。水の中でキラっと光る『幾つもの粒』が危険だと断言できるから。
でも既に水によって体の自由をほとんど奪われ体が言うことを聞かない。
(まず……!)
釧路の体を覆い尽くした瞬間、ボンッ!!と水が爆発した。
◆ ◆ ◆
釧路がバサリと倒れ、動かなくなる。確実に気絶している。戦闘続行不可能だ。
それを観客席から観戦していた来木田が真剣な表情で感心する。
「やっぱり凄いね、速水さん。……巧く大量の小型爆弾を活用してる。獅童学園に入学して僅か2ヵ月で爆弾型士器技士の資格を取得した腕前は本物みたいだ」
そう。愛衣が武器の核として選んだのは小型爆弾の士器だ。その大量の小型爆弾を自身が操る水の中に混ぜ、物理的な威力を上げている。釧路はそれをもろに直撃したのだ。
来木田の感心の声を聞いて湊が少し口端を吊り上げる。傍から見れば同意の笑みに見えるが、心中では違う。
「愛衣も良い司力見付けたよねー」
その言葉の真意に気付かない来木田が訊いていた。
「速水さんがあれだけの小型爆弾を自作してるというのは本当なのかい?」
「うん。素材や道具は申請すれば学園側がいくらでも用意してくれるし、作業室も貸し出し自由だからね。小型爆弾の士器は精密な手順が必要だけど、小さい分工程は少ない。愛衣は手先が器用だから1時間もあれば80個くらいは作れるよ」
何気なく訊いた来木田の目が丸くなる。
「それはまた凄いな。……でも合理的だね。わざわざ資格を取らなくても自分の司力の構成を学園側に説明すれば小型爆弾くらいは提供してくれる。でもそれだと数が限定される。素材と道具だけとなれば学園側の負担は激減して湯水の如く用意できる。メリットが大きいというわけだ」
それを聞いていた総駕が「ふーん」と感嘆しつつ、思ったことを述べた。
「まあ、使い捨ての爆弾よりも剣とか俺のグローブとかの使い回しのできる武器にした方が合理的だと思うがね」
来木田が総駕の意見に反応する。
「青狩くんの言いたいことも分かるけど、こうして結果が残せている以上、理に適ってはいるよ」
「まあ、そうかもな」
総駕と来木田のやり取りを聞いて、愛衣が認められていることを湊は少し嬉しく思った。
程なくして試合の決着はついた。
前衛の釧路が倒れ、残った浜部が倒れるのにそう時間は掛からなかった。
◆ ◆ ◆
湊と総駕は演習場を出て、長机と椅子が並ぶスペースで休んでいた。今はテスト期間中ということでこういう簡易的な休憩スぺースが校舎内の至るところにある。
「あ、勇士とわたぬき勝ったみたいだよ」
湊がジュースを飲みながら、スマホの画面を見て呟く。
「まあ、だろうな」
「2人なら余程のことがない限り負けはしないよ」
ちなみに来木田岳徒もまだ一緒にいる。そのことに総駕が痺れを切らしたのか、溜息しつつ訊いた。
「来木田、なんか当然のように付いてきてここにいるけど、お前ペアはいいのかよ?」
来木田は微笑して返答する。
「そこは心配いらないよ。俺のペアは同じクラスの女子なんだけど、女子とそんな一日中一緒にいるものでもないでしょ。3日間でお互いの戦闘スタイルや連携は練習したしね。試合前に合流して連携を確認すればそれで十分だよ。俺みたいなのは一杯いるよ?」
同意するように湊が続けて言った。
「ていうか、異性同士のペアでずっとべったり一緒なんて、そうはいないんじゃないかな。……勇士とわたぬきは別だけど」
聞いて総駕が深々と溜息をつく。来木田にばれないように弄ってくる湊が本当に楽しそうで清々しさすら感じた。
来木田は湊の言葉を聞いて、訊いてきた。
「漣くん、やっぱり紫音様は紅井くんのことが好きなんですか?」
湊がその台詞の一部が気になって苦笑する。
「様って……。やっぱり『御十家』に属する者しては気になる?」
来木田は変に取り繕わず、正直に答えた。
「もちろん。紫音様は容姿もさることながら、その気品溢れる性格や佇まいは式典の場でも好評だからね。今まで特定の人物と噂になったことがないから特に気になるね」
話を聞いて総駕がさらっとした感じで言葉を投げる。
「なあ、『御十家』とかの内情ってよく分からないんだが、許嫁みたいなのってあるのか?」
湊は総駕が何を聞きたいのか理解しつつ、来木田の前ではからかわないでおく。
質問を受けた来木田が丁寧に説明を始める。
「それは家によるね。子どもの自由にさせているところもあれば、生まれる前から婚約者がいるところもある。俺の家が属する九頭竜川家は後者だね。本家の子はおろか、傘下である俺にまで婚約者がいるよ」
「え……来木田くん、婚約者いるの?」
「うん。政略結婚って思うかもしれないけど、本家も婚約者同士が仲良くなれるよう定期的に会わせたりするから別に嫌じゃないよ?」
「そういうものか」
「そういうものだよ。…知ってると思うけど、九頭竜川家は『御十家』の中でも特に厳しいと言われてるし、その通りだからね」
湊がちらっと総駕を見やる。傍目からは分からないだろうが、湊には総駕のそわそわがひしひしと伝わってきた。あることを聞きたいのだろう。
「来木田くん、わたぬきには婚約者っているの? なんとなく答えは分かるけど」
勇士への気持ちや先程の来木田の発言から婚約者などいない、そう結論付けるのは容易い。湊が総駕の心を代弁したのは、来木田の言葉から直接「NO」の返事を聞けば湊の理屈をこねた説明より納得すると思ったからだ。
しかし、そんな軽い気持ちから出た行動で、思わぬ反応を得られた。
一瞬、来木田の目が怪しく光り、口元が微かに笑んだのだ。
湊はそれだけで、邪な感情を敏感に感じ取った。
だが本当に一瞬のことで、来木田の表情が人付き合い用の上っ面なものに戻る。
「お察しの通り。紫音様に婚約者がいるって話は俺の知る限りないよ。紫音様は次女だし、四月朔日家はその辺寛容だと聞くしね」
それを聞いて総駕が「へー」と興味無さそうに頷く。
湊も総駕と同じように頷きつつも、もう少し訊いてみた。
「でもさ、例えばだよ? 四月朔日家より権力が上の名家に婚姻を強いられたら断れないんじゃない?」
総駕が眉間に皺を寄せ、来木田は驚愕の表情を見せるもすぐに引っ込める。
「…良い観点だね。漣くんの言う通り、『士協会』も『御十家』も一枚岩じゃないから、権力争いは絶えない。今の俺みたいに、政略結婚もよくあることだ。……でも俺みたいな末端そこまで知らないよ」
(嘘つき)
湊の断定に気付かず、来木田は謝る。
「面白い話をしてあげられなくてごめんね」
湊は思考とは真逆の爽やかな表情で「気にしないで」と首を振る。
それからは他愛もない話をして、来木田の試合時間が近付いてきたということで別れた。
※ ※ ※
来木田はペアとの合流場所に向かいながら、奮える心を必死に静めていた。気を抜いたらだらしない笑みを浮かべてしまう。
原因は言うまでもない。
(漣湊、あいつは使える! 頭の回転や勘の鋭さはぜひとも欲しい!『超過演算』にも至れる才覚だ! 本家も認めてくれるに違いない!)
しかし、来木田には一つ不安な点があった。
(……だがもしかしたら俺とのやり取りで何か悟られたかもしれない)
湊の『四月朔日家より権力が上の名家に婚姻を強いられたら断れないんじゃない?』という台詞では完全に意表を突かれた。
(今の段階でも漣湊は俺よりも知能は上だ。そして紫音様の友達でもある。俺の思いも寄らぬ考えを起こされる前に手を打っておくべきかもな)
※ ※ ※
来木田と別れた後、湊はひっそりと考えた。
(思いの外複雑だな、どこもかしこも。……九頭竜川、武者小路、四月朔日。傍観決め込むよりも利用するのが得かもね)
そういった様々な思惑が交錯しつつも、中間テスト1日目は無事終了した。
残り、6日。




