第7話・・・試合後_観戦しよう_来木田岳徒と対面・・・
会場内がざわつく。
試合は湊と総駕の勝利に終わった。公式試合でもないし、大会でもないし、試験中なので盛り上がらないのも分かるが、それにしてもざわつきが凄い。
その原因は湊だ。圧倒的な力を見せ付けられたわけではない。勇士や総駕のバトルを見た時とはまた違う感覚。自分には到底成し得ないという感覚が全身に降り注ぐ。
その感覚に比べて試合自体の迫力が不釣り合いで、何とも妙な違和感が心をくすぐってくる。
取り敢えず、湊の試合だけは必ずチェックしよう、生徒達はそう心に決めた。
湊達の試合を間近で観戦していた猪本教諭も同じ意見だった。
(漣湊、「読み」の精度が尋常じゃないな。特に最後、幹本の思考を完全に読み切ってナイフを投げてたな。『妖具』の件でB級相手に勝ったって話、どうやら本当みたいだな)
B級相手に勝てたとなればこの試験も軽々とパスできると思うが、分からない。相性にもよるだろうし、湊自体の気量は平均レベル。少しのミスで攻撃を受ければ一気にゲージは減らされる。
(まあ、試合中の余裕の顔を見れば、ミスなんて恐れてないんだろうがな。……まあ、さすがに一試合見ただけじゃ結論付けられねえけど)
試合映像は学園のデータにしっかり録画管理されているので、湊の試合は全て自分の端末に送られるように設定しておく。
(………そう言えば、漣が使った武器。…ナイフと……ワイヤー、か)
多摩木の研究所で戦ったB級はワイヤー使いだったと聞く。
(頭はいくらでも鍛えられても、司力というものと直接触れ合う機会はあんまりなかったはず。ワイヤーはそいつのを参考にしたのかもな)
猪本は湊に対する評価は数段階上げた。
(吸収できるところからは何でも吸収するっていうことか)
◆ ◆ ◆
(とか思ってくれてるかなぁ)
なんてことを考えながら、試合を終えた湊は総駕と並んで廊下を歩いていた。
「この後どうしよっか」
隣で肩を回しながら総駕が答える。
「朝一で動き回って少し疲れた。どこか座れる場所行きたいな」
「じゃあ誰かの試合でも見に行くか」
「ああ」
廊下を歩いた先にある広い空間。自動販売機やベンチが置かれたところにある、全試合の経過や次の試合通知などをしてくれる掲示板を見る湊と総駕。周囲の生徒の視線やコソコソ話を背中に受けながら、素知らぬ顔で話す。
「あ、愛衣と淡里さんの試合そろそろ始まるね。一試合目が早く終わったから早まったらしいな」
「同じブロックの奴の試合見なくていいのか?」
「根詰め過ぎてもいいことないって」
総駕と話していると、後ろから声が掛かった。
「湊!」
振り向くと、分かっていたが勇士がいた。一緒にいるのは紫音だけだ。
「湊、やったな!」
バシバシと背中を叩かれながら「ありがとう」と薄い反応を返す。
「一回戦突破おめでとう!」
「別にこれトーナメントじゃないから一回戦とかそういう言い方は違うと思うけど…」
「それに最後のあれ、読んでたのか?」
「なんとなくねえ」適当に答えて。「愛衣達は次の試合に?」
「うん。湊達の試合が終わってすぐに行った。琉花は自分が当たる相手を見ておきたいって」
「大変だね、みんな」
ちらっと総駕を見る。勇士と紫音が来るとそっぽを向いて掲示板に注視している。話し掛けるなオーラが半端ない。
全く、と思うが今からかって調子崩されても困るので放っておくことにする。
「2人はこれからどうするの? 俺達は愛衣の試合でも見に行こうかと思ってるんだけど」
紫音が目を丸くして掲示板を見る。
「あ、試合時間早まったんですね。……どうしましょうか? 勇士さん」
勇士は気持ちが少し昂った様子で、
「じ、じゃあ観るか。俺達の試合まで余裕あ………」
る、と言い欠けたところで、勇士と紫音の端末が音を鳴らす。
2人は確認すると顔を歪めた。
「どした?」
「……俺達のブロックの試合の進行が早いらしい。もう2試合目が決まったそうなんだ。俺達は4試合目だから、そろそろ準備しておかないと」
この試験は500人以上の生徒の試合を執り行わなければならないので、スケジュールがかなり窮屈だ。試合の進行速度に合わせて試合開始時間が目まぐるしく変わる。その時間に遅れれば即敗北。1試合前からスタンバイするのが基本だ。
勇士は不満そうな表情を見せたがすぐに切り替えて笑みを浮かべた。
「じゃあ、俺達はそっち行くね」
「うん、時間が合ったら見に行くわ」
「おう、俺もお前に負けないからな」
「はいはい。…わたぬきも頑張って」
「ありがとうございます」
気品溢れる微笑で応える紫音。
2人は並んで去って行った。紫音は去り際、総駕に視線を向けたが、視界には入ってるはずなのに見向きもしてくれないことに少し残念そうな笑みを浮かべた。
2人が見えなくなり、未だ掲示板とにらめっこしている総駕に湊が一言掛けた。
「行こうか」
「……うん」
その声に元気はなかった。
◆ ◆ ◆
第2演習場。
湊と総駕は中へ入り、人の多さに圧倒された。観客席の前の方にほとんどの生徒達が密集し、フィールドの真ん中にいる人物、淡里深恋を応援しているのだ。後ろの方の席は余ってるのに、前の方で立ち見している生徒もいる。
湊と総駕は後方の席に座り、深い息を吐く。
「淡里、凄い人気だな」
「隣の愛衣も苦笑してる」
愛衣も間違いなく注目はされているだろうけど、淡里のカリスマ性に霞んでしまっている。本人はそれが楽っぽいけど。
総駕は淡里と愛衣の前に立つ2人の女子生徒を見て。
「あの2人……」
「誰だか知ってるの?」
「いや、知らねえが、まあまあやるってことは分かる」
湊も同意見だ。
「確か2人は……」
「釧路さんと浜部さん。実力は君達がさっき戦った荻久保くんたちと同等レベルだと思う」
「!?」
総駕が弾かれたように顔を向ける。湊は『いる』ことは分かっていたが、話し掛けられるとは思わなかった。
座る湊達を見下ろす形で声を掛けて来たのは、
「来木田……岳徒……っ」
総駕の言う通り。灰色の髪をアシンメトリーにした冷静沈着な男子生徒、来木田岳徒が柔和な笑みを向けていた。見た目から敵意は感じない。
「自己紹介の必要はないみたいだね。隣、いい?」
「…いいけど。…いいよね?」
総駕に確認し、戸惑ったように承諾を得る。
「失礼」
湊の隣に腰かける来木田。総駕と挟まれる構図が出来上がる。
何を話したものかと考える間もなく来木田の方から口を開いた。
「急にごめんね。驚いた?」
「少しね。淡里さんの試合を見に来たの?」
「うん、それと速水さんも。このペアは要注意だと思ってるからね。…あ、君達の試合見たよ。快勝だったね」
「見てたんだ。ありがとう。……ていうか愛衣達の対戦相手知ってるの?」
「釧路さんと浜部さんは同じA組だからね。彼女たちはその中でも強い方だし、よく知ってるよ」
「ふーん。やっぱ強い?」
「2人の親は『士協会』でそれなりの地位に就いてるらしくて、小さい頃から家庭教師を付けて英才教育を施してもらってたみたいだよ」
「それはそれは。手強そうなことで」
湊は隣に座る男子生徒について改めて分析する。
(来木田岳徒。武者小路家と不仲にある九頭竜川家傘下の嫡男。A組ではもうリーダー的存在になってるんだよな。両家の不仲さが水面上に表れなかったり、来木田本人の誠実な人格などのおかげで。……笑顔の裏に隠した本性が怖いなぁ。やだやだ)
内心で溜息をついていると、来木田から積極的に話を振ってくる。
「2人とは一度話してみたかったんだ」
(2人…ね。実際は俺1人だろ。総駕に対する嘲りをそれで隠してるつもりなのかな)
そんな心を1ミリも出さずに完璧な営業スマイルを浮かべる湊。
「へー。なに? 勇士について?」
「それもあるけど、漣くんにも興味あるんだ」
「……俺本当によく間違われるんだけど男だからね?」
「分かってるよ? そこはちゃんと分かってる」
「ほんとかな? 総駕なんて最初俺を女と勘違いして襲って来たんだよ?」
「……」
「違うからな!? 嘘だからな!? こいつ本当にこういう冗談好きなんだよ!」
一瞬、目が点になった来木田にすかさず総駕が弁明する。さらっと嘘を突かれ、一瞬信じてしまった来木田が苦笑する。
「面白いね、漣くん。…それに青狩くんも。別人みたいだ」
ケッと総駕がそっぽを向く。
来木田が苦笑し、湊はそんな来木田を視界に収め、心中で溜息をついた。
(変なのに目付けられたなぁ。……これはこれで楽しいけど)
※ ※ ※
(漣湊、思わぬ掘り出し物かもしれないな)
来木田岳徒は隣で飄々としている少年に高評価を与える。
淡里深恋と速水愛衣の試合を見ようと思ったら、たまたま湊と総駕を見掛けたので接点を持っておこうと話し掛けたのだが、思った以上にポテンシャルが高そうだと改めて感心した。
来木田と初めて相対する大体の生徒は委縮してしまうのだが、湊はそんな様子をおくびも見せない。動揺とはかけ離れた精神力が目に見えるようだ。
加えて先程の試合も見事なものだった。観戦していた生徒達の中では、最後の湊のナイフ投擲を偶然だと言う噂も広まっているが、それは否だと来木田には断言できる。
あの時の湊の目は全てを見据えたものだった。
(本家も彼のような人材は欲するだろうな。…だが、多摩木の研究所での報告書、あれが全て本当なら、俺なんかより全然頭が良い。下手したらこちらが足元が掬われるな。…しばらくは様子見とするか)
それが適切だと判断する。
「あ、始まるみたいだよ」
湊が声を上げる。
フィールドでは既に両ペアが距離を取り、準備に入っている。
来木田は愛衣に視線を集中する。
(漣湊は期待以上だった。……こっちはどうなのかな)
◆ ◆ ◆
フィールド上では、愛衣と深恋が試合のスタンバイをしていた。
「愛衣、準備OK?」
「OK。私は基本サポートで前へは出ないから、それほど緊張もないよ」
深恋がクスリと笑う。
「愛衣はそもそも緊張とかしなさそうだけどね」
奇しくも総駕が試合前に言ったことと似たようなことを言う深恋。
ふふ、と愛衣が微笑して流す。
その余裕ある態度に、深恋は頼もしさを感じた。
少し経って、審判を務める男性教諭が声を張り上げる。
「時間です。両者準備はよろしいですね。…よーーい、」
深恋が少し前に出て構え、愛衣はその後ろで大人しくする。
相手の釧路、浜部ペアもそれぞれ構えるのがよく見えた。無駄のない構えは、どれだけの年月、鍛えられたのかが伝わってくる。
ピーーーーー。
そして、笛が鳴ると同時に、彼女達は動いた。




