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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第3章 学試闘争編

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第1話・・・紫音と頼み_警戒_強者情報・・・

 3章です。

 予告通り学園の生徒や教師などを中心にやっていこうと思います。

 ゴールデンウィークも過ぎ、五月の下旬に差し掛かる頃。

 早朝。授業が始まる前。

 桃色ロングヘアに緑カチューシャの少女、四月朔日わたぬき紫音は学園長室に呼び出されていた。

 ドアの前まで着いた紫音はこんこんとノックをする。

「C組の四月朔日です」

「どうぞ」

 返事を確認してドアを開けると、よく知る2人が紫音を待っていた。

 1人は獅童学園の学園長である武者小路源得むしゃのこうじ げんとく

 もう1人は学年主任である猪本圭介いのもと けいすけだ。

 2人とも教師と生徒という立場以上によく知っている。

「失礼します」

「すまんな、サークルの活動を休ませてしまって」

 源得がまず謝る。その態度は親し気な雰囲気を出していたが、紫音は至って礼儀よく上品に首を振った。

「いえ、問題ありません」

「そんなに畏まらなくてもいいって」

 部屋の中央のソファーに腰かける猪本が相変わらずのフラットな態度で手を振る。因みに源得は部屋の最奥の豪奢な机に座っている。

「そういうわけにもいきません。今の私は生徒ですので」

 源得が紫音の固い態度を見て苦笑する。

「昔はげん爺と呼んで遊びをよくせがんだ子が、成長したのう」

「もうっ」

 紫音が頬が可愛く膨れる。

「いいから座りなって」

 猪本に促されるまま、彼の向かいのソファーに座った。源得も頷いたのでそれでいいと判断したのだ。

「それで、どのようなご用件なのでしょうか?」

 源得が真剣な顔付きで述べる。

「紫音くんに頼みたいことがあってな」

「? どのような内容でしょうか?」

 源得の目が鋭さを更に増す。

「単刀直入に言おう。紅井勇士くんについて、調べてほしい」

 紫音の表情が固まる。

「えっ? な、なぜですか?」

 源得は慎重に言葉を選ぶ。紫音が勇士に好意を寄せていることは百も承知だ。ここで彼女の機嫌を害するわけにはいかない。

「そう取り乱さないでくれ。別に敵だと思っているわけではない。ただ、無視もできないのだ」

 その言い分はよく分かる。

 紫音自身、勇士の同い年とは思えない力に舌を巻いてばかりだ。何者か調べるのは『御十家』としても当然の処置と言える。

「……それで、私に何をしろと?」

 反抗的な口調だが源得側にそれを咎めるつもりはない。そもそも怒っていない。

 まだ中学生の少女に無理をさせる自分達こそ咎められるべきだとすら思っている。

 源得が猪本に目を向け、説明するように促す。これ以上源得が話し続けては機嫌を損ねるばかりだと思ったからだ。

 猪本はその意図を読み取り、口を開く。

稲葉友梨いなば ゆりさんのことがあってから、ここ一ヵ月俺達は紅井くんのことについて調べてみたんだ。もちろん、法は脱さない範囲でだ。しかしまあ、予想通りおかしな点はなかった。約9年前に母親が事故で亡くなっていたが、そのことについても不審なところは無かった。風宮琉花についても調べたが、似たようなものだ。何も出なかった」

 琉花るかも調べていることに少し不快感を出したが、当然と言えるので紫音は渋々相槌を打った。

「彼らがこの学園に来る前に通っていたという塾に話を聞いたが、どうやら彼らは元々他とは一線を画していたらしい。入塾してからメキメキと実力を伸ばしていったと。……だが、俺達はこう予測を立てた。まるで塾で成長したようにカモフラージュしたのではないか、とな」

「…つまり、勇士さん達は最初から相当な力を持っていた、と?」

 猪本が頷く。 

「『何かある』のは間違いない。…紫音ちゃん、何か心当たりはないか? どんなに些細なことでもいい。気になったこととか違和感を覚えたこととか、何かないか?」

 紫音は困惑する。

 急に言われても分からないし、咄嗟にそこまで思い出せない。

 分かりません、そう言おうとした時、紫音の表情が固まる。

「…何か、あるんだね?」

 猪本いのもとは紫音の表情を見逃さず、すかさず訊く。

「あ、いえ……ほんとに、本当に小さなことなんですけど……」

「教えてくれっ。何でもいいんだ」

 迫る猪本に気圧されるように紫音が言う。

「そ、その…友梨の件のことなんですが…。多摩木要次の研究所で不破宇圭を倒した直後の勇士さんが……刀を二本持っていたんです。いつもは一本だったので、ちょっと印象に残ってて…」

 猪本と源得の目の色が変わる。

「二刀流? 紅井勇士はこれまでの記録では全て刀一本だ。彼の刀を仕舞うケースにも確か一本だけ。つまり全収納器ハンディ・ホルダーで隠し持っているということになるな」

 源得が頷き。

「うむ。…確か紅井くんのジェネリックは強化系火属性。そして二刀流…」

 それらの情報を呈示されると、ふと『あの家』のことを思い浮かべてしまう。

「本当に『あの家』の縁者だとしたら、例え敵でなかったとしても放置というわけにはいかないぞ」

「ですね。まあ二刀流で強化系火属性なんてたくさんいるから、可能性は低いとは思いますけどね…」

 思考に耽ってしまっている2人に、紫音が「あの」と声を掛ける。正確には紫音の望まぬ方向に想像を膨らませる2人を止めたかったのが本音だが。

 猪本が「ごめん」と頭を下げる。どうやら置いてきぼりにしたから怒っている、と思っているようだ。

「それで、私は何をしたらいいのですか? 言っておきますけど、協力できる範囲がありますからね」

 源得は棘のある言い方を気にした様子もなく深く頷いた。

「分かっているさ。…そろそろ、中間テストの時期だろ?」

 関係ない話題に、紫音は目を丸くする。

 源得げんとくは説明を続けた。

「例年通り、中間テストは2人でペアを組んで行ってもらう形式だ。ちょうど今日、そのペアとなる相手をランダムに選出することになっている」

 紫音の肩がビクリとなる。何かを察したようだ。

「選出方法は生徒達の端末にペアとなる相手の名を送ることになっている。そこで私達の方でシステムを少し弄って紫音くんと紅井くんをペアにしようと思う」

 紫音がおずおずと聞く。勇士とペアになれるという魅力で緩みそうになる顔を引き締めながら。

「…ペアとなり、勇士さんのことを探れと? 中間テストの為にできた二人組にそれほどの力はないと思いますが?」

「別にそれだけで全てを聞き出すなどとは思ってはいないが、紫音くんはこのペアという制度を甘く見ているようだな。一時的とは言え二人っきりで一つの目標に突き進むんだ。二人の相性が相当悪くない限り、距離はかなり縮まる。そうして少しでも紅井くんから情報を引き出して欲しい。…二刀流のことも含めてな。……頼めるか?」

 紫音は目を逸らす。

「こうして私に願い出たということは、お父様の許可は既に取っているのですよね?」

 源得が頷く。

「同じ『御十家』とは言え、人の家の子を勝手に使うような真似はしないさ」

「だったら私に拒否権はありません。承知しました」

「ありがとう」

 頭を下げる源得。猪本も続いて頭を下げる。

 紫音はそんな2人に湧いた疑問をぶつける。

「ところでこの学園には『御十家』の縁者があと2人いましたよね? 彼らにはこの話はしているのですか?」

 猪本が当惑気味に頭をかく。

来木田岳徒くるきだ がくとくんと四門英刻くんだろ? もちろん忘れてはないんだが…悪いが彼らには何も言っていない」

「そもそも来木田家を傘下に収める九頭竜川くずりゅうがわ家と武者小路家は仲良くないからな。言えるはずもない。儂が学園長を務める獅童学園に来木田岳徒を送り込んできたのは間違いなく嫌がらせの意味合いが大きいだろう」

 紫音は特に何も言わなかった。

 両家が犬猿の仲なのは良く知っているからだ。

「四門くんはどうなのですか? 久多良木くたらぎ家とは何もないでしょう?」

 源得と猪本の表情は微妙なままだ。

 猪本が苦笑しながら。

「その、英くんは実力は確かだが、メンタル面が不安というか、物事を巧く考えられないというか…正直言ってこういうことに向いていないんだよな。一応英くんには何も伝えずに風宮さんと組まそうと思っている」

 紫音に異論はなかった。

 直接の面識はあまりないが、裏表のない純粋な子だと聞いている。時々見かける彼は正にそうだった。

 こういうことに向いてないのは『御十家』として欠点かもしれないが、人間としては長所と言えるだろう。

「…そうですか。分かりました。失礼しました」

 紫音は立ち上がり、頭を下げる。

「こんな急に頼んで申し訳ない」

「いえ、そちらにも事情があることはお察しします。…では」

 紫音はドアの前でもう一度頭を下げて、退出した。



 ◆ ◆ ◆



 同時刻。

 首に青と白を基調としたヘッドホンを装着し、夜色の長髪をポニーテールにした少女みたいな少年、さざなみみなとはサークル活動をしていた。

 と言っても、勇士達のように本格的に体を鍛え上げているわけではない。

『ボードゲームサークル』と表札に書かれた部屋の室内。

 そこにはその名の通り、部屋のあちこちで将棋やトランプなどを行っているグループがある。まあ、文化系のサークルはそれほど人気ではないので、全体的に見ても15人くらいしかいないが。

 湊はサークル仲間の男子生徒2人とすごろくをしていた。

「ああああああ、もうすぐ中間だあああ。やだなあああああ」

「やめろ習一しゅういち……せめてゲームしてる時ぐらいは忘れさせろおお…」

 ネガティブな発言をするのは目が細い糸目の男子、緑川みどりかわ習一。

 サイコロを振りながら嫌そうな顔をするのは丸眼鏡を掛けた男子、船尾優太ふなお ゆうた

 湊は自分の番になり、サイコロを振りながら。

「中間テストそんなに嫌か? 俺は楽しみだけどなぁ」

 習一と優太がギロッと湊を睨む。全く怖くないが。

「お前はほんと良いよな! なんか頭良いし! なんかすげえし!」

「顔良いし! 見た目良いし! なんか性格良いし!」

 なんかばかりの2人。前者が習一、後者が優太だ。

 湊は意にも返さず駒を進めながら溜息をつく。

「習一の言い分は理解できるけど優太はちょっと違くね?」

「何が違うものか! お前は分かっていない! 中間テストでのペアワークがどれだけ苦痛かを!」

 優太が叫ぶ。

「そう言えば中間って二人一組でやるんだよねー」

 湊が呟く。

 そんな湊に優太が立膝になり上から見下ろす形でまた叫ぶ。バカみたいに。

「いいか! 陰キャラに取ってはペアワークなど地獄の極みだ! もし超優等生と組んだら見下され、周りからもバカにされるし! 習一のような陰キャラと組んだら組んだで周りからバカにされる!」

「優太うるさい」

 ぐぶっと湊が無造作に放った拳が優太の鳩尾にクリンヒットし、優太が蹲る。

「次の優太の番だよ?」

 優太を労わろうと全くせずに習一が急かしてくる。

 そこに。

「なに大声出してんの~?」

 湊の頭が温かく柔らかいものに包まれる。

 顔を上げると、思った通りの人物がいた。

「愛衣おはよう」

 愛衣が真後ろから湊の頭を包み込んでいた。胸が後頭部に当たる。

 湊は愛衣の過剰ともいえるスキンシップを特に拒否しない。アリソンの時もそんな感じだったが、やはり男として普通に嬉しいのだ。

 だが最近は勇士のこともあり、罪悪感が強いが。

「湊、それは俺達に対する嫌味か?」

 優太が冷めた瞳で言ってくる。

 湊はゆっくりと愛衣の腕を解きながら言う。

「そういうのは愛衣に言ってくれ」

 そんな湊達の様子を見て習一がぼそりと呟く。

「2人って本当に付き合ってないの?」

「ないよー」

「私はそれでもいいんだけどねー」

 愛衣が湊を横目で見ながら言う台詞をスルーする。愛衣は頬を少し膨らませるが、それ以上何も言わずに話題を変えた。

「それでなに? 中間の話してたの?」

「うん。ペアが嫌だとかなんだとか」

「あんた達らしいわね…」

 愛衣が力ない笑いを浮かべる。

 すると習一がぼやいた。

「ペア制度も嫌だけど、普通にこの学園強い人多いからそれも嫌なんだよね。戦いたくもないし組みたくもない」

 愛衣が苦笑する。

「武者小路家の元頭首が学園長の名門だからね。そりゃ色々といるでしょうよ」

「どれぐらいいたっけ?」

 湊が首を傾げる。

 すると優太が眼鏡をくいっと上げながら変に格好つけて述べてきた。

「まず注目すべきはお前達も良く知る紅井勇士、風宮琉花、四月朔日紫音の三人だな。今の時点での実績が半端ない。…そういう意味では湊と速水も注目を浴びてるんだが…」

「俺達は完全に棚ぼただもんな」

「だね。別に目立ちたくもないし、それでいいよ」

 稲葉友梨の件では湊や愛衣がB級相手に勝ったとか善戦したなどの噂が立ったが、湊達自身がはぐらかすばかりで詳細は不明。結局ただの美少年美少女としての注目が大きい。

 優太が続けて。

「そして『御十家』傘下家のA組来木田くるきだ岳徒がくとD組四門しもん英刻えいこくだ。C級並みの実力は間違いなくある」

《へえ、四門くん。何だかんだ強いんだなぁ》

 湊がそんなことを思う。

「I組の淡里深恋あわり みれんと同じくI組の久浪夢亜ひさなみ むあも負けないぐらい強い。名家の出ではないが獅童学園に来る前に塾での成績は共にトップクラス」

 優太の説明に愛衣が何か思い出したように天井を見上げる。

「淡里さんなら知ってるわ。人柄がよくてカリスマ性抜群の人でしょ? 男からも女からも人気だよねー」

 湊もそんな人いたなーと思う。C組とI組ではクラスが離れすぎていて接点もあまりないからよく分からないのだ。

 優太が「最後に」と。

「G組の青狩総駕あおかり そうがも要注意人物だな。従兄弟が『御劔』の『二十改剣』らしい。厳つい性格で……その、急に脚光を浴びて良い気になってるお前ら5人をよく思っていないようだ」

 気遣うように優太が言う。

 湊と愛衣にこれと言った表情の変化はない。

 そういう人がいるということも2人はよく理解している。妬みや僻みの視線もよく受ける。

 もちろん、勇士や琉花の方がその視線は多い。『御十家』という看板を持つ紫音でさえそういう見られることがある。

 獅童学園に入ってこれからと思っているところに名声を上げられてはそれも致し方ない。

 湊が苦笑しながら。

「それを言うなら、来木田くるきだ岳徒がくとくんもそうでしょ? よく視線を感じるよ」

 優太も苦笑する。

「そうだな。……ぶっちゃけ機会があったらそういう連中から狙われる恐れがあるから、気を付けてくれよ」

「分かってる。サンキューな」

 湊が素直にお礼を言うと、優太が照れたのか「別にお礼なんて……」ともじもじする。

 優太のもじもじを見ながら、愛衣が呟いた。

「きも」

 優太が凍り付き、湊と習一が思わず笑ってしまった。


 

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