第24話・・・取引_道具_救助・・・
第2章もそろそろ終わりです。
友梨も落ち着いたところで。
「そう言えば、いつの間にか爆発止んでない?」
琉花が言う。
爆発による揺れが少ない場所を選んでいたので気付くのが遅れた。確かにもう収まっている。
「というか、さっきの爆発は一体なんだったんだ?」
勇士がぼやき、答えを求めるように湊を見る。愛衣を見そうになったが、なんとなくやめた。
「多分だけど、敵の誰かが裏切ったんじゃない? この爆発、研究所その物を破壊するっていうより、重要な研究室や倉庫をピンポイントで狙って爆発させてる感じがする。そんなのこの研究所に少なからず詳しい人しかできないと思うんだよね」
なるほど、と全員が納得した瞬間。
「ご明察です」
ッッ!?
突然の声に勇士、琉花、紫音がそれぞれ湊達を庇うように前へ出て武器を構える。
聞き覚えのある声の主はやはり茅須弥生だった。
ボロボロだったスーツのワイシャツを着替えたので見た目的にはそれほどのダメージを受けている様子はない。
愛衣は友梨を隠すように抱き締めている。気を引き締めた表情の裏で苦い表情を浮かべていた。
(やばっ…。まあ話し掛けて来たってことはいきなり殺すつもりはないんでしょうけど……私のこと持ち出したらやばい)
せめて湊に表情を読まれないよう友梨を抱いた時に顔を見えないようにした。が、弥生が愛衣との戦闘のことを話そうとするのを止めることはできない。
やけに回復している弥生に力で勝てるかどうかが怪しいし、そもそも愛衣が実力行使に出た時点でばれる。
湊はじっと弥生を見詰めていた。
勇士達の殺気をぶつけられ、弥生は平静な口調で告げる。
「落ち着いて下さい。貴方達に危害を加えるつもりはありません」
代表して勇士が訊く。
「……だったら何の用だ?」
弥生の視線が友梨に移る。
「…その様子だと、無事『妖具』から解放されたみたいですね」
「なにが無事解放だ!! 元はお前達が原因だろッ!!」
「首謀者は神宮寺と多摩木です。私は興味ありません」
勇士の目付きが変わる。猛獣も逃げ出してしまう殺気を帯びた目付きだ。
「貴様……………殺すぞ…!!?」
「落ち着いて下さいと言ってるでしょう。それに首謀者の一人である神宮寺は殺しましたよ」
淡々とした弥生の言葉に勇士達の殺気が消える。
どういうことだ、と言おうとしたら。
弥生が全収納器の蓋を開ける。
そこから飛び出て床に落ち、勇士の足元まで転がってきたのは、
神宮寺功の頭だった。
琉花と紫音が生理的拒否反応により数歩退く。この中で神宮寺に最も酷いことをされた友梨は、目を見開いていた。
「本物ですよ。そちらの頭の良いお二人なら分かるでしょう」
友梨をただの実験体としか思ってなかった人間に同情なんてしないが、ざまぁみろとも思えなかった。ただただ気持ち悪い。
勇士は気を取り直し、神宮寺の頭を刀で弾く。気持ち悪い人間の頭部が離れる。
「それで! 用件は何だ!?」
弥生は勇士が背負う釣り竿を入れるような刀入れに視線をずらす。
「取引ですよ。…その『妖具』、譲って頂けませんか? こちらからはこの研究所の場所と連絡手段を提供します」
「ふざけるな!」
間髪入れずに勇士の怒声が響く。
「興味がない? どこがだ! また悪用して稲葉みたいな被害者を出すつもりだろ!」
「私が行うわけではありませんので分かりかねます」
「話にならない…」
「…そうですか。それなら実力行使となりますが?」
「望むところだ」
(《バカ!!》)
勇士と弥生の会話に全力で突っ込む湊と愛衣。
(どう考えても紅井じゃ勝てないわよ! それぐらい分かれ!)
すると勇士が思い付いたように、視線を動かさないまま湊に聞く。
「そうだ、湊。さっきお前ここをハッキングしたとか言ってたよな…?」
「え……うん」
「てことはこの研究所の場所や妨害電波を発する装置の場所も分かるんじゃないか?」
ほう、と視界の中の弥生が感心している。
「まあ…重要な情報は一通り攫ったけどさ…」
勇士の表情に余裕が生まれる。
「そういうことだ。別にお前から教えてもらう必要はない」
(だからお前はバカか! 向こうの方が実力上な時点で対等な取引じゃないんだよ! そんなことほざくんだったらせめて二刀流にしろ!!)
なんか今の勇士に違和感を覚える。…まるで好きな人の前で恰好付けたい小学生男子みたいな…。
対する弥生は、怒った様子は見せないが、落胆している。無表情な弥生が珍しい。
「肩の荷が下りたので多少の譲歩はしても良かったのですけどね。仕方ありません」
弥生の視界の端で愛衣が苦々しそうに見詰めている。
(殺したりはしませんよ)
思いながら、加速法と静動法と陽炎空を発動する。
「!?」
勇士は弥生から一瞬たりとも目を離さなかった。
それなのに、いきなり弥生の姿が消えた。
「キャッ!?」
琉花の声が背後から聞こえた。
振り返ると、少し離れたところで琉花が弥生に踏みつけられている。
よく見ると背中の上で両腕を捻じ曲げ、踏みつけていた。鎮静の気で抵抗力を奪っている。
「琉花さん!」
「いつの間に……」
「言い方を変えます。…彼女を殺されたくなければ、『妖具』を渡しなさい」
琉花の頭に銃口が向けられる。
ギリッという勇士の歯ぎしり音が聞こえる。
(クソッ、俺から『妖具』を奪おうと間合いに入れば反応できたのに…!!)
(とか思ってるかもしれないけど、反応できても地力が桁違いだから結局やられるって)
回復しているとは言え愛衣との戦闘後なのだ。それにこの後ここから逃げ去る体力も残しておかなければならない。
湊は刺激しないようそっと勇士に言う。
「勇士、渡そう。この人無茶苦茶強い。俺でも分かるよ」
「………分かった」
勇士は包帯に包まれた包丁を取り出す。
「……まずそっちから解放しろ!」
バン!
琉花の真横の床に穴が空く。
「私もいい加減に怒りますよ?」
本気の目だ。
勇士は不快気に『妖具』を投げ渡す。
弥生はそれを受け取り、中身を確認してから全収納器に仕舞った。
そして琉花から足を離して解放する。琉花はふらふらした足取りで歩き、紫音が優しく抱き留めた。
弥生はそれからポケットに入っていた端末と紙を取り出した。
「さっき言ってた特殊回線を繋いだ端末と現在地を書いた紙です。サービスで差し上げます。…ですがまあ、実を言うと『御劔』が既にライトガーデン社に乗り込んでいますので、ここがばれるのも時間の問題です。何もせず待っていても直に助けは来ますよ」
弥生はそれだけ言うと、用は済んだとばかりに立ち去ろうとする。
「待て!」
琉花や紫音が驚く中、勇士が弥生を呼び止めた。
「……何ですか?」
琉花や紫音、更に湊や愛衣までなぜ呼び止めたという顔をしている。
勇士の頭の中には不破宇圭の言葉が浮かんでいた。
『君…さっき人の命がどうたらと言ってたね…。神宮寺功の秘書を務めてるロボットみたいな女に同じこと聞いてみ。まあまあ面白いことが聞けると思うよ…』
不破は弥生が盛大な裏切りを予測してこんなことを言ってきたわけではないだろう。
おそらく不破は茅須弥生はばっさり冷酷なことを言うと思っていただろう。
しかし今の弥生は裏切り、今に至っては敵に対しての優しさも窺える。勇士もそれぐらい気付いている。
「茅須弥生、お前は人の命を何だと思っている?」
だから聞きたくなって、聞いた。
弥生は勇士を怪訝な目で見詰め、友梨を一瞥してから小さく息を吐いて、答えた。
「踏み台」
そして、弥生は姿を消した。
どこにも気配を感じない。
湊は弥生の言葉の真意を探ってみる。
(『踏み台』…つまり、何かの目標を成し遂げる為の生贄?的な感じかな? うーん…)
いくら考えても答えは出なかった。
◆ ◆ ◆
研究所の壁に大きな穴を作ってそこから真っ暗な外に出た弥生は、
ふと約7年前のことを思い出していた。
とある孤児院で、ふわふわな髪の愛くるしい少女が1人でお花や蝶々と戯れていた。寂しそうに。
『妖具』の実験体となることが決まった戸毬那遊だ。
そのことを聞いた弥生は休日にその少女を拝見していたのだ。
誰とも混じらず、独りでいる光景は『妖具』の持ち主の性格と大きく違っている。しっかり馴染むだろうか。記憶改竄は上手く行くのだろうか。
そんなことは一ミリも考えていなかった。
何も考えず、考えようとせず、ただ見ていた。
すると、少女の指に蝶々が止まった。
寂しそうな顔が可愛い笑顔を浮かべる。
その光景を見て、弥生の脳裏に1人の少女の笑顔がフラッシュバックする。
今は亡き少女。
(葉月……)
弥生に取って掛け替えのない少女。
『………申し訳ございません…』
小さく呟き、弥生は背を向けて立ち去った。
高度1000メートル上空を歩空法で走る弥生の表情は、少しだけ沈んで見えた。
◆ ◆ ◆
……その後、弥生に渡された端末で連絡を取った勇士達の元に『御劔』が駆け付け、無事救助された。
事情聴取などは後にしてまずは休まされた。
翌日、検査や事情聴取などを終えた湊達は、別個で精密検査を受けていた友梨の入院する部屋へ訪れた。
友梨の細胞や臓器はほぼボロボロで、重症ではあったが、順調に回復に向かっているらしい。
しばらくは入院生活は続きそうだが、後遺症などの心配はないようだ。
そして、『妖具』から解放され、一般人に戻った友梨の退学が決定した。




