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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第2章 呪縛少女編

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第23話・・・『妖具・泣落』_暴走再び_ごっつんこ・・・

「……ど、どういうこと…?」

 愛衣が意味を問う。愛衣の中では既に可能性の高い仮説が立っていたが、聞かずにはいられなかった。

 湊はスマホを取り出し、カメラで撮った画像を愛衣に渡して見せる。

「…全ては神宮寺が『妖具・泣落』を手に入れたことから始まったんだ。当時の資産の半分をはたいて購入したらしい。その後、多摩木の協力を得て『妖具』に適合する一般人を探し始めた。まず2人は孤児の子供から調べ、14件目でようやく友梨を…いや、戸毬那遊を見付けた。当時8歳だった孤児の少女を神宮寺の部下が養父となって正規の手続きを踏んで引き取った」

 一旦区切ると、琉花が訳が分からないという顔で頭を振る。

「な、何言ってるのよ……」

 湊は琉花の洩らした言葉には応えず、勇士が持つ『妖具・泣落』に視線を移す。

「その『妖具』は元々、60年程前に起きた第5次世界大戦の時、8人ばかりの陸軍小隊で料理や荷運びなどを担当していたフォーサーの物。包丁は料理にも使うけど、戦闘でも愛用の武器だったらしい。雑用係に聞こえるが、敵地での活動は野営がほとんどで必要不可欠な存在だったらしく、そのフォーサーは中々の好漢でメンバー間の仲も良かった」

「良かった?」

 勇士が反復すると、湊は目を伏せる。

「裏切られたんだ。他のメンバー全員に」

 全員の目が張る。

「野営の毎日だったある日の朝、目を覚ましたらテントの中で仲間が一人死んでいたんだ。医療担当のメンバーがその場で調べてみたら、毒物によるものだと判明し、料理に毒物を混ぜたのでは、と料理担当のフォーサーに疑いが掛けられたんだ。…後々の調べで猛毒を持つはえに刺されたことが原因だと判明したが、その場の検証では分からなかったみたい。…当時は仲間の中にスパイがいるという噂が深く浸透していて、疑心暗鬼に陥っていた」

 愛衣のその後に続いて。

「……そんな中、仲間が死に、疑い深い人物が目の前にいたら、排除しちゃうってわけね」

 湊が頷く。

「結果、そのフォーサーは悪感情に呑まれ、包丁の士器アイテムにも影響を及ぼして『妖具』と化した。砂塵領域デザート・テリトリーと本来なら使えない同調法シンクロ・アーツを使って仲間を一人も逃がさず殺したらしい。その後自我を無くし、敵地で暴れまくり、敵国に捕らえられ、奪われた『妖具』は日本語に因んで『泣落』と名付けられ、長いこと保管されていたみたいだよ」

「そしてやっと外に出てきたそれを神宮寺が買い取ったってわけね」

「そう。…『泣落』と適合する条件は大きくわけて3つ。『裏切りによる絶望的悲しみ』と、そのフォーサーと同じく『協調系土属性』であること、それと『機械による医薬品や基盤などの適正検査』に合格すること。神宮寺が望んだ『一般人であること』も入れれば4つかな」

 一般人も極少量ではあるがエナジーは通っているし、ジェネリックも存在する。友梨はそれらの条件に全て当てはまってしまったのだ。


「……それでっ?」


 琉花が堪り兼ねた声を出す。鋭い眼差しで湊を睨んでいる。

「友梨の両親と姉がいないって、どういうことよッ? 孤児って…どういうことよ…」


「……最初から多摩木が稲葉に偽の記憶を植え付けていたってことだよ」


 空気が固まったように全員の呼吸が停止する。

 友梨は悲しみや混乱というより、思考を停止しているような状態になっている。

「『裏切りによる絶望的悲しみ』が必要だが、稲葉にそんな感情があるわけない。…かと言って何年も掛けて『裏切り』を実現するのは相当骨が折れる。稲葉は最初の被験体だからできる限りオリジナルと似たような悲しみを与えたい」

 全員が悲痛な面持ちになる中、湊は告げた。

「そこで考え付いたのが記憶改竄。多摩木なら造作もないことだ。…悲しみを作って与え、『泣落』を握らせた。後のことは大体稲葉の説明と同じ。多摩木達はその後、稲葉が自分で記憶を変えたことに驚いていたらしいよ」

 全員、今度こそ何を言っていいか分からず、それ以前に下手なことを言って友梨を刺激したくなかったからだ。

 当の友梨は改竄された記憶を思い出そうとしているのか、頭を抱えて苦しんでいる。すぐ隣で介抱する愛衣の腕の中の友梨は……泣いていた。

 ……それもそうだ。

 ずっと心の支えにしていた、記憶まで変えて辛い実験の日々の希望にしていた姉が、いなかった。

 優しい姉も、裏切った姉も最初からいなかった。全ては想像。


(私は………結局、独りだったのですね…)


 友梨が首をガクリと落とした瞬間、強大なエナジーの奔流が友梨を中心に渦巻いた。



 ◆ ◆ ◆ 


 傍にいた愛衣、紫音、湊が特に圧にやられて弾き飛ばされる。湊は勇士の隣へ、愛衣と紫音は左右へ吹き飛んだ。

「これは……ッ!」

 勇士を除く全員が立てなくなる。今荒れているのは『妖具』特有の禍々しいエナジーだ。

 紫音が壁に体を打ち付けながら疑問を口にする。

「なぜッ……? 一応原因は全て取り除かれていたはずなのに…」

 立てない演技をしながら、湊が思考する。

(『裏切り』が元ではないが、愛する姉が存在しなかったというのは紛れもない『悲しみ』。詳しいことは分からないが、悲しみの種類は少し違っても十分に『妖具』と共鳴するみたいだな)

(とは言え、力の大きさは大分減るみたいだけど)

 間近で体感した愛衣が奇しくも湊の心中の考察に繋がる。

 勇士が抜刀する隣で、湊は目を鋭くする。

(こうなることは大体読めていた。このままだと勇士の持ってる『妖具』をすぐに転移で引き寄せて再び暴れ出すだろう。いざとなったら勇士を使って力付くで止めるが………、その前に愛衣、お前はどうする? どう出る?)

 友梨と親密と言える関係ではない湊はどうすることもできない。

 しかし愛衣なら、ルームメイトの愛衣なら何かできるかもしれない。

 感情論かもしれないが、『妖具』は感情の力が大きく作用する。

 バカにしてはいけない。



 ◆ ◆ ◆



 お姉ちゃんに抱いて褒めてもらうのが好きだった。

 私がテストで100点取った時も、お絵かきコンクールで賞をもらった時も、お姉ちゃんは私に飛び付いて褒めてくれた。

 ほっぺをくっ付けてすりすりしながら、頭を撫でられるのが大好きだった。


 大好きだった。

 

 ………………………ああ、思い出してきた。

 そうだ。

 私に姉なんていない。親もいない。

 100点取れるほど頭良くなかったし、絵なんて下手っぴだった。

 8年間育った孤児院で人見知りになった欠陥品。孤児院でも、学校でも、私は一人も友達ができなかった。

 こんな私を引き取りたいなんて言う人はいなかった。

 ずっと独りだった。

 私に優しくしてくれた人なんていない。


 ある日私を引き取りたいっていう男が現れた。

 私は選んでもらえた嬉しさよりも、孤児院から解放されることの方が嬉しかった。やっと迷惑そうな顔で見る職員の顔を見ずに済む。

 そうして連れていかれた場所。少なからず興味があったが、

 ……そこから先は思い出したくない。

 繰り返される実験の日々は正に地獄だった。


 そっか…。お姉ちゃんのあの温もりは…全部幻想だったんだな……。



 そんな友梨を、瘴気に包まれた友梨を、無防備な愛衣が抱きしめた。



 ◆ ◆ ◆


 数分前。

「紅井! 私を友梨のところまで投げ飛ばして!」

 愛衣は迷うことなく進言した。

『妖具』に対する免疫力を上げる医薬品の入った瓶を5本一気に飲み干し、瓶を捨て、覚悟を決めた瞳で勇士を見詰める。禍々しいエナジーの嵐に巻き込まれないように、勇士の元へ近づいていった。

 勇士は、はいそうですかと納得できるはずもなく。

「無茶だ! いくら薬を飲んでもあの中に飛び込むのは危険だ! 何をしたいんだ!? 代わりに俺が…」

「できないから言ってんのよ分かりなさいッ!!」

 鬼気迫る愛衣に気圧される勇士。それでも危険な目に合わせるわけにはいかないと、勇士はプレッシャーを跳ね除ける。

「でも…やっぱり駄目だ! …なに一体何をする気なんだ!?」

「説明してる暇なんてある訳ないでしょッッ!」

 焦る愛衣。ここまで勇士が煮え切らないとは思わなかった。

 すると湊が愛衣の捨てた瓶を手に取り、臭いを嗅いでペロリと舐める。勇士が少し動揺した様子を見せるが、今の湊には見えていない。

「…この薬を5本……持って3分ってところだね。こうしている間にも残り時間は減って行ってる。……勇士、俺からも頼む。ここは愛衣を信じて任せようよ」

 湊と愛衣が揃って懇願してくる。

 勇士は自分の中でもやもやする感情を無視し、超妥協して、

「分かったよ! 稲葉のところに投げればいいんだろ! …つか投げるってどうやるんだよ?」

「普通に腕掴んでハンマー投げみたい投げてくれればいいわよっ」

 そんなことで時間を食わせるな、とばかりに愛衣が手を差し出してくる。

 勇士は一瞬躊躇して手首をがっしりと掴む。愛衣と湊は共に友梨の様子を観ていた所為でその表情も偶然見れなかった。



 ◆ ◆ ◆


 ぎゅっと、涙を流す友梨の体が抱き締められる。

 その温かい感触で、失い掛けていた自我を取り戻す友梨。

 今自分に何が起きているのか把握し、友梨は大声を上げた。

「な、何してるんですかっ! 愛衣さん! い、今の私は…」

 自我が戻っても友梨が『悲しみ』の中にいることは変わらず、今も瘴気が友梨を中心に渦巻いている。


 離れたところから湊が愛衣を観る。

(愛衣の奴、その気になれば勇士達にばれずに瘴気から身を守る防硬法ハード・アーツぐらい張れるくせに……マジで何も纏ってねえ)

 湊が呆れ笑みを浮かべる。それだけ友梨と真正面から向き合いたいということだろう。


 友梨が自分でも制御できない瘴気を放つ体から愛衣を引き剥がそうとするがうまくいかない。それどころか、愛衣は更にぎゅっと抱き着いてくる。

 今の愛衣に取っては、灼熱の炎に身を焼かれているようなものだ。

「愛衣さんっ! 放して下さいっ! でないと…でないと……っ!!」


「……悲しいよ、友梨」


 愛衣が置かれている状況から考えられない程静かな声が友梨の鼓膜を震わせる。

「友梨に…くっついてる所為か、、痛みとか苦しみ以上に……凄く悲しい」

 瘴気に中てられて切れ切れになっている言葉を必死に紡ぐ。

 自分ではどうすることもできない友梨が増々涙を流して叫んだ。

「だ、だから私から離れて……ッッ!」

「でもねっ……それとは別で、もう一つ悲しい…」

 言っている意味が分からず友梨は頭上にはてなマークを浮かべる。

 愛衣がくっついたまま顔だけ離し、友梨をムッとした視線で見詰める。…その瞳からは涙が流れていた。『泣落』の所為か、それとも心から本当に悲しいからかは分からない。

「友梨さぁ……私は独りとか思ったでしょ?」

「……」

 友梨は口を開かない。開けない。

 沈黙は是なり。愛衣は友梨の態度から肯定と判断した。

「確かに知り合って二ヵ月ちょっとの浅い関係かもしれないけどさ、私はその間に友梨のこと大好きになったよ? 友梨は違う? 私のこと嫌い? 湊や琉花達のことは嫌い?」

「いえ…嫌いなんてことは……」

「それならさ、」

 愛衣は涙をワイシャツの肩口で拭い、微笑んで。

「……一緒にいるのが私達じゃ、ダメ?」

 友梨の表情が戸惑いのまま固まる。

「もちろん姉替わりってわけじゃないわよ。…一緒に笑って楽しむ友達って意味。お姉さんじゃないけど、みんな貴方のことを大切に思ってるの」

「いや、あの、…でも……、その……」

 言葉こそ出せたが、頭が混乱して正確に物事を考えられないのだ。

 一度に起きたことが多過ぎる。それも当然だ。

 愛衣は友梨の頬を両手で挟み込む。

 お互いに涙を流す瞳が視界に入る。

 優しく、愛衣が告げた。

「分かってる。急にこんなこと言われても困るよね。気持ちの整理付かないよね」

(友梨はもう十分に自分を取り戻してる。……後は『きっかけ』だけ与えれば大丈夫)

 愛衣は真っすぐに見詰め、

「友梨、取り敢えずこんがらがった頭、一度リセットしようか」

「…え? リセッ……ト? え?」

 愛衣は友梨の顔を挟む手に力を入れる。友梨が「愛衣…さん?」と呟くが無視して、自分の頭を少し離す。

 そして、愛衣が何をする気か混乱状態でも察した友梨が慌てるが、時すでに遅し。

「歯ぁ食い縛ってッ!」


 ゴンッッッッ!!


 と、愛衣は勢いよく頭突きをした。



 ◆ ◆ ◆



(……これは予想外…)

 愛衣と友梨の姿は一応見えている。

 頭と頭の激突を見て勇士達は呆然としていた。


 愛衣と友梨は頭を押さえてその場に蹲っている。

 脳にギーンと響くこの痛みと言ったら半端ない。

「うう……あはは、いったぁぁぁぁい」

 愛衣が小刻みに笑いながら顔を上げた。額からは血を流している。痛そうだが、やはり楽しそうだ。

 真向いで蹲っていた友梨も、血が出ている額を押さえながら顔を上げる。

 その顔は、泣きながら笑っていた。

「痛いです…愛衣さん」

「私もよ」

「…愛衣さん、覚えてますか? お互いの姉の話をした時のこと」

「ええ、もちろん。友梨が私のお姉ちゃんを魔性の女とか言った時のことでしょ?」

「はい。…でも、私に姉はいませんでした」

「…そう」

「全部、幻でした」

 悲しそうな、しかしどこか納得した様子の友梨に、愛衣はけろっと言った。

「…でも、友梨はそのお姉さんが好きなんでしょ?」

「えっ? あの、だから私には…」

 また頭が混乱し始める友梨に、愛衣は述べた。

「確かに貴方のお姉さんは実際にいなくて、しかも本当は裏切っていたかもしれないけど、優しかった記憶はあるんでしょ? それを真向から否定することはないって言ってるの」

 否定することはない。

 その台詞が友梨の心に突き刺さる。自覚は無かったが、お姉ちゃんはいない、お姉ちゃんはいない、と必死に思い込もうとしていたかもしれない。

「脳内彼氏や二次元嫁なんて言葉があるのよ? こじらせ過ぎるのもダメだと思うけど、困った時や辛い時には、お姉さんのこと、心の支えぐらいにはしてもいいんじゃない?」

 心なしか、体が軽くなったような気がする。

「そう…でしょうか?」

「そうよ」

「それで…いいんでしょうか?」

「誰に迷惑が掛かるっていうのよ」

 友梨がつい笑ってしまう。

「そう…ですね」

「うん。……ねえ、気付いてる?」

「はい? なんのことですか?」


「もう『妖具』からは解放されたみたいよ」


 辺りを激しく流動していた瘴気は完全に消え去っていた。

 友梨は自身の胸に確かめるように手を当て、大丈夫と言うように、にっこりと笑った。


 

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