第22話・・・弥生の後始末_友梨の本当の過去_フランクな湊・・・
「お主達は今の内に回収できるデータを取った後すぐに来い」
多摩木の言葉に、統制室に残る研究員達が頷く。
そして統制室内の、廊下に繋がるものとは別の重厚なドアに近付く。
「ここの隣がそういう部屋だったとは知りませんでした」
「まあ、転移門用の部屋じゃからな。お主の会社と繋げていたわけじゃあるまいし」
専用カードをドア横の端末に翳す多摩木に神宮寺が聞く。
「繋げられないのですか?」
カードを翳し、端末の数字パネルでパスコードを入力し始める多摩木。
「無理じゃ。繋ぐ場所両方にあの巨大な機械と門がなければらなん。そう簡単ではない」
「でも妖具をこちらに引き戻す時に似たようなことやっていましたよね」
多摩木の顔が歪み、入力する手が止まる。ことの元凶だと思い込んでいる者達の話を持ち出されたからだろう。再び打ち始めながら。
「『妖具』の娘をこちらに引き戻す際に使った転移爆弾は『妖具』で底上げされた娘の頑強な体あってこそじゃ。相手の場所が分からんと使えんし、軽々と使えるものではない」
神宮寺が「なるほど」と頷く。
そうこうしている内にドアが開いた。
そこは多摩木が言っていた隣の転移門があるという部屋だ。そこまで広くはないが、狭くもない。ロッカーや白衣などの専用作業服の棚などがあり、玄関替わりの部屋のようなものだ。部屋の中央には鉄製の門と巨大な機械がくっついた設備があり、それが転移門というものだ。
しかし、今はそんな設備は目に入らなかった。
なぜなら、既に集合していた研究員や神宮寺の部下達が、全員血まみれで死んでいたからだ。
「ッッッ!?」
「なッッ!?…こッ、これは……っッいッたい………」
しかし、その死体の中に一人、ボロボロのスーツを返り血で塗らした女性が佇んでいた。
神宮寺は震える唇でその女性の名を呟いた。
「やよい……」
※ ※ ※
茅須弥生の両手には彼女の武器である銃剣が握られており、その刃先から血が滴り落ちている。
彼女を中心に多数の死体。胴体を切り裂かれ、脳天を撃ち抜かれ。
部屋中に血生臭さ充満している。
神宮寺は部屋中に視線を飛ばし、自分の部下達の惨状が嫌というほど飛び込んでくる。その中には彼の優秀な部下の姿もあった。
「美戸くん!?……屋島くんもッ!」
湊及び愛衣との戦いで敗れ、回収班によってここへ運び込まれた2人も殺されていた。
「弥生…」
神宮寺が呻く横で多摩木も部屋中を見渡していた。
(儂の部下……神宮寺くんのとは違い、全開のはずのB級レベルの士が………抵抗した様子もなくあっさり殺られとる……)
さっき神宮寺から聞いた茅須弥生の強さは本物ということか。
正直、多摩木からしたら弥生がこのような暴挙に出たことに驚きはなかった。彼女から得体の知れない気配を感じていたからだ。
「弥生! これは一体なんの真似だ!」
神宮寺が血走った目で弥生へ競歩で詰め寄る。
「おい! ばか…」
「何をしたか分かっているのかッ! 契約違反だぞッ!」
「……………社長、前々から貴方に言いたいことがあったんです」
神宮寺は弥生の話を聞かず、叫び続ける。
「士という神からの称号ッッ!! その恩恵を授かる存在として生まれたのなら誇りを持っ 」
言葉は続かなかった。
首を刎ね飛ばされたからだ。
「すごく気持ち悪いですよ」
大手企業の若作りイケメン社長の首が宙を舞い、ゴボっと鈍い音を立てて床に落ちる。床は金属でできているため、音が少し反響した。続いて首の無くなった胴体が倒れる。
誰の仕業など言うまでもない。
数年連れ添った相手をなんの躊躇いもなく、一瞬で命を切った。
その張本人は腕を横に伸ばし、切り終わった姿勢で視線を多摩木に向ける。その視線は無感情っぽく見えるが、より正確に言うと、用済みとなり廃棄することを面倒に思っているような、そんな怠さを感じる視線だった。多摩木が初めて見た彼女の感情だった。
次はお前だ、とその眼が語っている。
(この爆発もこやつの仕業か……!)
多摩木は歯をがちがち鳴らしながら、全収納器を取り出し、開ける。
「うらあああああああああああああああッッ!!」
絶叫と共に姿を現したのは5体のドローンだった。小さいプロペラで浮遊する白いドローンそれぞれが気を纏っている。
(『魔凶絶機』!!)
これが多摩木の司力だ。こう見えても士としての腕は一級品。いくら歳だからと言ってもそうそう遅れを取ったりはしない。
しかし多摩木は勝負する気など全くない。
(こんな化け物に勝てるわけないわ! こうなったら……)
多摩木が懐からある士器を取り出す。
そんな多摩木へ躊躇なく、引き金を引く弥生。
(消滅の火炎)
メラメラと燃え盛る炎が容赦なく襲ってくる。
「『結界壁』!」
5体のドローンを頂点として五角形の結界がそこに作られる。一面結界とは違い、極薄ではあるが結界を作り出しているので、防御力も耐久性も一面結界より数倍上だ。
多摩木は今の内に、と取り出したピンポン玉サイズの機械チックな士器を呑み込む。喉に詰まり、四つん這いになってしまう。鉄の味しかしないので吐きそうになるが無理矢理食道を通らせる。
(これで…準備は…)
整った、そう思った瞬間だった。
目の前に茅須弥生がいる。
ただ結界壁を回り込んできたのだろう。炎もいつの間にか止んでいる。
そして無慈悲に銃剣が振り下ろされる。多摩木は加速法で後ろに跳ぶが、弥生の剣閃が速く、左腕を切り飛ばされてしまう。
多摩木は痛みのあまりバランスを崩し、激しく転げながら後退していく。
弥生はすかさず銃口を向ける。
ぐったりと倒れる多摩木を撃とう……………その瞬間だった。
鋭い気配を感じ取り、弥生は思わず後ろを向いた。
しかしそこには誰もいない。
(……気のせい…? ですか…)
すると弥生は多摩木の方で何やら普通ではない気の流れを感じ取り、自身の失態に気付く。
(しまった…)
すぐに打ち殺そうとするが、対する多摩木は既に手元のボタンを押して膨大な気に包まれていた後だった。
多摩木は苦しみながらも、どこか安堵の表情をしている。
そして次の瞬間、多摩木は自分の体内から一瞬で膨れ上がった気と共にその場から姿を消した。その炸裂とは違う大量の気に触れた床や壁もくりぬかれたように姿を消している。
(これは……転移爆弾…ですか)
多摩木自身が言っていた。その士器は頑強な体が必要だと。腕を切られた肉体がそれに属するとは思えないが、地味にしぶとい多摩木が生きていることはなんとなく予想がついた。
弥生が不機嫌そうに顔を歪ませる。
すぐそこのドアを潜り、統制室へと入る。
神宮寺や多摩木の声が聞こえたのだろう。研究員達が息を潜めて隠れている。
弥生は両銃口を目の前に向け、統制室に炎を放った。
「ぐウアアアアアアアアああああぁぁああアアッッ!!」
「キャアアアアアアアあああああああぁぁぁぁッッッ!!」
「タスケでえええええェぇぇアアあああァァアアアアッッッ!!」
弥生は振り返えらずにその場を去った。
◆ ◆ ◆
統制室から少し離れたところにある通路。
そこには肩を落とした湊がいた。右手には小刀程の大きさで先端が尖った音叉が握られていた。
(俺の盗聴に勘付かれた…。どんだけ敏感なんだよ)
やっぱり危険だ。ここで始末しておくべきか。
しかし、すぐに僅かに感じていた弥生の気配が消えた。
「っ?」
(これは…この風の流れは…空間移動というより超速でこの場から離れた? 離れている上に静動法に優れているから俺に気付かれないのも納得できるが…本当にそれだけか?)
危険な予感がする。
湊は数瞬思考を巡らし、音叉を全収納器に仕舞った。
(やめとこう。彼女相手だとかなり時間が掛かりそうだし、早く稲葉を治めた勇士や愛衣たちと合流して『あのこと』を教えなきゃ。…稲葉はまだ『妖具』から解放されたわけじゃない)
漂っていた『妖具』の瘴気が静まっているのは湊も気付いている。友梨を『妖具』の呪縛から解放する絶好の好機は今だろう。落ち着いてからだと友梨の中に残る『妖具』の気がどう暴走するか分からない。
そして、友梨を解放するには絶対に湊が入手した情報が必要だ。
(「吉」と出るか「凶」と出るかは分からないけど、これは絶対に伝えなきゃいけないよな)
湊は爆発で揺れる床をゆっくり歩き出した。
◆ ◆ ◆
愛衣達は爆発の揺れが小さな廊下にいた。
友梨は愛衣の膝枕に頭を乗せて魘されている。友梨に掛けてあるジャージは勇士のものだ。
ちなみに愛衣のブレザーは弥生に背中をざっくり切られたので、着ていない。下のワイシャツとカーディガンも切られていたが、研究所内にあった針と糸で目立たないように応急処置をして血も綺麗に拭き取った。
愛衣は友梨の額に浮かぶ汗をハンカチで拭いながら、3人に友梨から教えてもらったことを話した。
一般人だったこと。
本名が戸毬那遊であること。
父が莫大な借金を残して家を出たこと、母が病で倒れて生死不明なこと。
ずっと守ってくれた姉が目の前で殺されたこと。
それら全てが神宮寺功による『妖具』を取り込ませる為の仕込みだったこと。
その後なんとか逃げ出して死に物狂いでなんとか学園に合格したこと。その間の廃れた生活のこと。
それを聞いた3人の反応はそれぞれだった。
紫音は泣いて友梨の顔を撫で、琉花は拳を握りしめて猛り狂う怒りを抑え。
勇士は琉花以上の怒りを抑えられずに近くの壁を殴った。
「クソッ! 人をなんだと思ってるんだッ!」
勇士に向かって愛衣が抑えた声で怒鳴った。
「静かにしてッ。気も抑えてッ。今の友梨に刺激が加わるようなことはしないでよッ」
言われた勇士は「ごめん…」と顔を伏せる。自分の浅はかな行動が恥ずかしく、また愛衣に怒られたという事実が勇士の心を絞める。
ピリ付いた空気の中、紫音が愛衣に尋ねた。
「あの…『妖具』から解放する手段って…ないのでしょうか…?」
愛衣が粛々と答える。
「…例え『妖具』から遠ざけても友梨の心に絡みついてるから意味はない。……一度『妖具』に取り込まれた士はその力を制御する為に気量を増やす訓練をするのが代表的な対処法だけど、友梨はそもそも一般人だからいくら訓練してもF級から上がることはないの。『妖具』を壊すのは最も危険。友梨の心とリンクしたそれを壊せば8割方壊れる…過去にそんな事例が幾つもあるもの。……今の現代医学でも、友梨みたいな事例は前代未聞。治せる可能性は低いでしょうね…」
ゴクリと喉を鳴らす3人。
そこで勇士が声を上げた。勇士は『聖』にも『妖具』使いがいるため、その為の分析も兼ねて多くの文献を読み漁っている。だから人一倍詳しいのだ。
「で、でも確かこの手の『妖具』から解放される方法には心の縛りを解けばいいんだよなっ?」
「心の縛り?」
琉花が首を傾げる。
「文献で読んだことがある。こういうトラウマに取り憑く『妖具』はその原因を排除すれば解放されるって」
「つ、つまりどういうことよ…?」
「……神宮寺達を殺せば解放される……ってことだよ」
重い口調で発せられた台詞に琉花と紫音が固まる。
人を殺める。神宮寺や多摩木の命など皆無だと分かってはいるが、自ら手に掛けるとなるとやはり覚悟がいる。
しかし迷いは一瞬だった。全員の瞳に覚悟の光が宿る。
「まだこの研究所内にいるはずだ。この爆発騒ぎの中なら十分に可能性はある。……みんなここで待っていてくれ。俺一人の方がやりやすい」
琉花が口を開くが、すぐに閉じる。勇士の言う通り、自分は足手まといになると分かっているからだ。紫音も自分の無力さを憎んでか、唇を噛んでいる。
そんな中、愛衣はなんとも言えない表情を浮かべていた。
(確かに、紅井の言うことは一理ある。……けど、何なの? この腑に落ちない気分は…。やっぱり友梨の話に妙な違和感があるのよね。でもそれを話していた友梨が嘘を付いているようには見えなかった…)
愛衣は取り敢えず無謀な行動に出ようとしている勇士に声を掛けようとして、
「…………やめてくだい。…みなさん」
その懐かしく思う声に全員が釘付けになる。
「友梨!!」
愛衣が真っ先に呼ぶ。
今目覚めたばかりの友梨がやつれながらも柔和な笑みで反応する。
愛衣の次に近くにいた紫音が友梨の横に座り込み、
「ゆ、友梨さ…あ、えっと、、那遊…さん?」
「友梨でいいですよ。この名前気に入ってるので」
それから友梨は頑張って起きようとするが、医薬品が効いていてうまく体が動かせていない。愛衣が手伝って上半身だけ起き上がる。
「大丈夫? 友梨」
「はい。……それよりも、紅井さん…みなさん、無意味なことはやめてください」
勇士達が戸惑う。
「む、無意味って…だって! 神宮寺達が全ての黒幕なんだろ! そうすれば稲葉は…」
友梨がやんわりと挟む。
「違うんです。…違ったんです。……すみません、愛衣さん。私、嘘を吐いてました」
「……どういうこと?」
責めるでもなく、怒るでもなく、愛衣が訊く。
友梨は悲し気に表情を暗くして、全てを話した。
※ ※ ※
「…記憶が間違ってたと言いますか……正確に言うと、自分で記憶を変えていたらしいんです。………あまりに辛過ぎて」
「私の本当の記憶。それは……」
「4人家族という点は同じです。お父さんと、お母さんと、お姉ちゃん、そして私。幸せでした…」
「でもある日…私が7歳の時、お父さんとお母さんが亡くなったんです。借金残して蒸発したわけでもなく、病で倒れているわけでもなく。……事故死でした」
「それからの生活は悲惨なものでした。この部分は愛衣さんに説明したこととあまり変わりません。親戚に当てがない私達は路頭に迷い、お姉ちゃんは学校を辞めて必死に私を育ててくれました…」
「…………でも、そう上手くは行かず、……お姉ちゃん、やばいところからもお金を借りていたみたいなんです」
「……その返済も上手くは行かず、後の無いお姉ちゃんは……………………………私を売ることにしたんです」
「『裏』ではなんでもありです。…当時の私は8歳……需要が……あったんでしょう」
「ある日お姉ちゃんの帰りを待っていた私は、ドアが開く音を聞いてお姉ちゃんだと思い、出迎えたんです」
「そこには暗い顔のお姉ちゃんと………知らない男の人達がいました」
「男達は有無を言わさず私を袋に入れようとしました。……お姉ちゃんはそれを黙って見てました。………散々泣いた後、子供ながらに全てを悟りました」
「……そんな時、私の目の前に一本の包丁が投げられました。お察しの通り、『妖具・泣落』です。……何がなんだか分からない私は反射的にそれを握りました」
「そこから先のことは薄っすらとしか覚えてませんが、一つだけ覚えていることがあります。……私を捕えようとしていた男達、そして………」
「………お姉ちゃんを殺したことです」
「その後は研究所に連れていかれ、実験の日々でした。……おそらく、お姉ちゃんが私を裏切った現実が辛くて、自分で記憶を変えたんだと思います……」
「『泣落』は私の裏切られたという悲しみと怒りに絡みついています。……神宮寺や多摩木を殺しても、根本的な解決にはなりません」
「すみません、みなさん。……こんな目に合わせてしまって」
※ ※ ※
友梨の告白を、みんな黙って聞いていた。
愛衣は涙ぐんだ友梨をそっと抱き寄せる。
(……なるほど。神宮寺らしい効率的で手っ取り早い手段ね)
これで違和感がなくなった。
以前は父の会社を倒産させ、友梨と姉を連れて行って…などという回りくどい方法を使っていたが、今回は多少回りくどくもあるが『姉の裏切り』という要因が必要だったと考えれば納得できる。
何らかの方法で友梨に『妖具』の適正があると突き止めた神宮寺と多摩木が企てたのだろう。
勇士達はどうしたらいいか分からない顔をしている。
「……と、とにかく! 早く病院へ行こう! そうすれば何か……対処法が見付かるかもしれない!」
勇士の提案に琉花がおずおずと。
「……どうやって? ここがどこかも分からないのに…」
「まずは外に出るんだ! …2人から聞いたんだが、速水なら外へ繋がる壁がどこか分かるんじゃないかっ? そこへ連れて行ってくれれば俺が斬ってやる!」
「あの、漣くんがまだ見付かってないのですが……」
紫音の言葉で勇士がハッとなる。
まだ湊と合流どころか、安否も分かっていない。もしかしたら友梨以上の重体かもしれないのだ。
勇士、琉花が息を呑み、自分で言って紫音も顔が青くなっていく。
「まあ、湊は大丈夫な気がするけどね」
しかし愛衣は重さを感じない声で述べる。
(湊……)
勇士は心の中で呟きながら、愛衣を見詰める。
「どうしてそう言い切れるんだよ?」
「湊はかなり頭が良いからね。私だってこんなに弱いのに生きてこれたんだよ? 湊は絶気法も得意だし、多分大丈夫だよ」
実際、愛衣も弥生との遭遇を除けばE級レベルの力でやってこれた。運もあるかもしれないが、この研究所にはこちらが逆用できる罠や施設が多く、最初にシャッターを開けた湊なら十分可能だろう。
こう言っては何だが、湊は1人で行動した方がうまく立ち回れるタイプだ。琉花や紫音、愛衣のような枷が無くなったのなら大丈夫だと思う。
しかし勇士にそんな心の内が分かるはずもなく、
「何なんだその薄い根拠は! そもそも速水だって危なかったんだぞ! 結果上手く行ったが、保管庫に侵入したり戦闘に加わったり…」
「だから静かにしてって言ってるでしょ。友梨の体に障るんだから」
相手にする気もないという態度の愛衣は、友梨の身を案じている。勇士はどこか悔しそうに表情に影を落とす。
「2人とも……けんかしないで…ください」
一番自分のことを心配しなくちゃいけない友梨に心配され、勇士は自分が恥ずかしくなる。愛衣は小さく微笑んで。
「けんかなんてしてないわよ。いつも勇士が湊とやっているじゃれ合いを私が代役でやっただけ」
友梨も微笑み返す。
勇士は刀入れから小さな小包を取り出す。包帯で巻かれて瘴気を抑えた『妖具』の包丁だ。放置するのも危険ということで一番『妖具』に侵される心配のない勇士が持っている。
「こんなものの所為で……!」
「勇士、壊さないでよ?」
「分かってるッ」
勇士は吐きどころのない怒りをありったけ視線に込めて『妖具』にぶつけた。
「でもずっとここにいるって訳にもいかないし、湊を探しながら小まめに休憩を取って外へ向かおうか」
愛衣が提案する。友梨に「大丈夫?」と聞き了承をもらいながらゆっくり立ち上がろうとする。
だがそこで。
「待て! 誰か近付いてくる! かなり近い!」
勇士が叫ぶ。
全員の表情に緊張が走る。愛衣は顔だけだが。
刀を入れ物から出し、すぐそこの角に背を当て、覗き込むように通路を確認する。
しかし勇士の張りつめた声が明るく変わった。
「み、湊!」
琉花と紫音がその言葉を聞いて安堵する。
「おう、勇士。無事だったか」
その声と共に角から姿を見せる湊がフランクな仕草で片手をあげる。制服は少々ボロボロだが目立った外傷はない。愛衣もそうだが、よく無事だったと驚かされる。
「無事…って、こっちの台詞だよ。どんだけ心配したと思ってんだ」
勇士が溜息をつく。
湊はあはは、と笑いながら、視線を動かし愛衣に支えられた友梨で止める。ゆっくりと、危険を感じさせない足取りで近寄り、屈んで視線を合わせる。
「稲葉、実は君に伝えなきゃいけないことがあるんだ」
「……?」
「湊、どういうこと?」
隣から愛衣が訊く。勇士達も首を傾げて見守っている。
「…さっき研究所の空き部屋にあったパソコンを使ってハッキングしたんだ。稲葉に何が起きたのか」
友梨を除く全員の表情が険しくなる。
「すみません、漣さん。…私の為に調べてもらって悪いのですが……もう思い出しました」
友梨が疲労を隠しきれない微笑みを浮かべる。琉花が後ろから湊の肩に手を置いた。
「そうよ、漣。ここをハッキングとかまた凄いことやってくれたけど、もう友梨は思い出したし、みんな知ってるわ」
湊は特に狼狽した様子を見せない。
「それって友梨の記憶が改竄されてて、実は友梨のお姉さんが裏切っていたって話?」
友梨の表情が悲し気に染まり、琉花、紫音、勇士が不快な気分に駆られる。しかし愛衣だけは湊の表情から何かの思惑を感じ取り、黙って窺っていた。
「漣! あんた」
「それも、記憶の改竄が生み出した偽物の過去だよ」
間髪入れず発した湊の言葉に、勇士達に友梨、そして愛衣までもが目を見開いた。
「結論から言うと、友梨は生まれも育ちも都内の孤児院。両親は友梨を生んですぐ事故で他界してる。……そもそも、友梨に姉妹はいない。一人っ子だったんだ」




