第18話・・・A級以上S級未満_多数のカード_真相を掴む湊・・・
茅須弥生は冷静に判断する。
(『超過演算』相手に長期戦は危険)
相手に情報を常に吸い取られ続け、完全に未来を予測されるようになってはこちらの敗北は必至。そうなる前に片を付ける。
(『消滅の火炎』!)
二つの銃口を愛衣に向け、廊下を埋め尽くす炎を放出する。
廊下を隙間なく埋める炎が愛衣に迫る。
予め愛衣の前方に配備しておいたシャボン玉があっさりと炎に呑まれる。
(属性では有利な私の『麗雅水泡』を……なるほど、消滅法ね)
鎮静系特有の上級法技だ。
使える者も少なく、仮に使えたとしても気の消耗が激しいので切り札として最後まで取って置く必殺技級のものだ。
それを短期決戦を狙っているとはいえ、こうもあっさりと。
(驚きはしないわよ)
愛衣は数メートル距離を取り、
「『水の四重壁』!」
こちらも廊下を隙間なく埋める水の壁を四枚作る。目には見えないが弥生の火と愛衣の水がぶつかり合い、霧散していることが分かった。
(消滅法はその濃密な密度の気で対象を消滅させる。だが、対象物が気の場合は、消滅させた分だけ鎮静の気も失われる。比率1対1の割合……つまり! 同等量の気をぶつければ相殺できる!)
A級を踏破する濃密な気の塊である茅須弥生の火炎。それと同等量の気など普通では無理だが愛衣ならできる。
水蒸気が廊下一杯に広がる。
弥生の消滅の火炎はまだ燃えているが、愛衣の水の壁を一枚残してかなり勢いが殺されている。もう一枚消せてもそれで完全に相殺されてしまう。
(そうなるでしょうね)
予測できていたことに驚かず、次の手を打つ。
重ねて消滅の火炎を追加するのも手だが、愛衣相手では意味を成さないだろう。
弥生は静止状態から全速力で駆ける。白い水蒸気の中、愛衣が発現したと思われるいくつかのシャボン玉が弥生の行く手を塞ぐ。
弥生はできるだけシャボン玉に触れないようにした。触れればこちらの居場所がばれる。弥生は今も静動法を施している。
『超過演算』でどこまで読まれているかは分からないが、探知されることは無い。
すると、突然目の前に速水愛衣が現れた。
(……っ)
白い水蒸気の中、愛衣が突然弥生の眼前に姿を見せた。弥生は愛衣の気を捕らえていた。絶気法も使っていない。それなのにどうしてなのか。
愛衣と弥生が対立する。やる気MAXの愛衣の眼が弥生を捕らえる。
(これは……縮地法ですね)
弥生は考えるまでもない様子で愛衣の技を見抜く。
縮地法。
凝縮系特有法技。一定距離間を凝縮の気でつなぎ、一気に空間ごと縮めることで一瞬で移動する技術。緻密な気操作を必要とするが加速法よりも速く動ける。
縮地法を使えたことに動揺などせず、愛衣が下から突き上げてきたストローをかわす弥生。
接近戦は望むところ。
弥生は一歩も退かず、消滅法を纏った刃を振るう。横に一閃された刃を愛衣はバックステップで躱す。弥生は後ろに跳ぶ愛衣に弾を三発撃つ。士の銃には基本的に自身の気を素としているので弾切れの心配はない。
愛衣は瞬時にストローを咥えてシャボン玉を膨らませる。
三発の気弾がシャボン玉にボヨンという音が聞こえそうな状態で突っ込み、逆方向に跳ね返る。
しかしその先に弥生はいない。弥生はいつの間にか愛衣の真横に移動していた。静動法でひっそりと。更に『陽炎空』で距離間をちぐはぐにさせる。
弥生は両銃剣の刃に消滅法を施し、渾身の一突きを繰り出す。
だが、愛衣は陽炎でぼやけた空間でも正確に現状を把握する。見えている刃より数十センチ下にずれた位置を足で蹴り上げ、陽炎で誤魔化していた弥生の銃剣を持つ左手に直撃する。もう一方の銃剣で死角から放った弾も躱された。
弥生の表情が一瞬歪み、銃剣が宙に舞う。
愛衣は斜めに一閃される今発砲した銃剣の刃を躱しつつ、ストローを口に添えて同時に五つのシャボン玉を生成する。サッカーボールサイズのシャボン玉は弥生の前で楕円状に広がった。五方向から弥生を包むように。
しかし弥生は速さと体のしなやかさでシャボン玉の間をすり抜けて危機を脱する。宙を舞った銃剣はワイヤーのようなもので繋げていたらしい。巻き戻すようにして銃剣は弥生の手元に戻る。
愛衣は苦しい状況を分析する。
(相手の手はなんとか読める。…けど、こっちがカウンターを仕掛けても敏感に察知して躱されるっ。反射神経が異常過ぎるッ)
相手の手を完全に読み切ってその隙へ必殺の一撃。愛衣の戦闘スタイルの一つが機能しない。
(強さの階級はSまで行かずともAは容易に越える、てとことかしら)
すると弥生が視界から消える。お得意の静動法による高速移動だ。
愛衣は最小限の動きで横に跳んだ。
鋭い一閃が愛衣のすぐ横を通過する。続けてもう一方の銃剣を発砲。愛衣はそれも躱す。似たような攻防が繰り広げられる。
(強化系でも風属性でもないのに速いわね…。まあ詳しく言うと小回りの良さが半端ないんだけど)
このままではまずい。
激しい攻防が展開されているが、これは言わば動く膠着状態だ。早期決着を望む愛衣に取っては都合が悪い。
(出し渋ってもいられないわねッ)
愛衣は縮地法で少し後ろに下がり、奇形のストローを口に当てる。
(またシャボン玉ですか)
目の前でシャボン玉を生成される。愛衣の戦いを体感してシャボン玉の応用性の幅広さには驚かされた。だがシャボン玉そのものの耐久性はA級以上の力があれば容易く壊せる。
シャボン玉を正面から消し、愛衣を斬る。
そう企ててシャボン玉に突っ込もうとした……が、早速予期せぬ事態が起きた。
「っ!」
弥生は鋭い気を探知して頭を横に動かす。体も連れて横にずらす。
次の瞬間、顔の横を一本の水の線が通過した。
直径一センチも無いであろう鋭い水の線。愛衣のストローから伸びている。
(これは…『貫線水』。…シャボン玉だけではないのですね)
『貫線水』。
凝縮系水属性特有の司力。難易度が高いことで有名だ。
原理は単純。水を一点に凝縮し、そのまま解き放つ技術。水は条件さえ整えれば鉄をも削る。
B級レベルならこの司力一つで十分なくらいだ。
(シャボン玉とは別の、それも明らかに方向性の違う司力。何者なのでしょう)
愛衣が貫線水を横にずらしてくるが、数歩距離を取って軽く躱す弥生。
しかしその動きを予測していたのか愛衣が放り投げて来た多数のストローとの距離が縮まる。
(この…ストロー…まさかっ)
中空を舞う奇形のストローを見て弥生の表情が引き締まる。
「『多乱貫水』!」
多数のストローの口から貫線水が、斜め上の近距離で放たれる。
全て捌くのは不可能だ。
弥生は瞬時に数発撃ってストローを何本か飛ばす。そして体を捻じり、水の線の合間を縫って躱す。それでも胴体に届く場合は銃剣の刃を消滅法で覆い、貫通を防ぐ。
『多乱貫水』の中にいながら弥生は抜け道を分析した。
(私ならここから抜け出るルートが三つほどある…けど、これは速水愛衣も把握しているでしょうね)
弥生は銃剣を少し傾けて数発発砲する。跳弾法で壁を跳ね返った気弾がストローに直撃して取り除く。
開けたスペースを移動して一気に距離を取る……が、
(やっぱり読まれてましたか)
またしても愛衣の奇形のストローが放り投げられていた。距離は先程よりかは少し離れているが、貫通力はほとんど変わらないだろう。
「『多乱貫水』!」
「『一面結界』」
多数の貫線水を突如出現したスモークガラスのような壁が全て防ぐ。
これだけの距離があれば一面結界を張る余裕もある。
対する愛衣はこれも読んでいたのか、弥生の背後に多数のシャボン玉を配備していた。シャボン玉の形が変形し、細長くなって弥生に襲い掛かる。弥生は加速法でそこから離れる。
しかし愛衣は縮地法で弥生の真横に並ぶ。
しかし弥生は愛衣ならすぐに追い付くと予測できていた。
愛衣が弥生の横に付いた瞬間、弥生が構えていた銃剣の銃口の真ん前にいた。
(縮地法で移動する場合、目的地と自分を気で繋ぐ必要があるから、移動先を逆算することができる)
弥生は銃剣から散弾を放つ。
(しかしこれも彼女なら予測しているに決まっている。一先ず躱させてから私の他の司力で追撃を掛ける)
そんな弥生の読みを、愛衣は初っ端から上回った。
弥生の数発の気弾を愛衣は躱すことなく、その身で受けたのだ。ストローで弾くこともシャボン玉で跳ね返すこともせず。
「ッ!」
(これは……!)
驚く弥生の目の前で、愛衣は額、胴体、足、腕にそれぞれ弾を食らいながら、少し後ろに傾いただけで平然としていた。
(S級と言えど、私の弾がただの防硬法で防げるはずがない。……なるほど。『不傷水身』までも習得済ですか…)
『不傷水身』。
これも凝縮系水属性特有の司力だ。
『貫線水』のように、水は条件さえ整えばその強度は計り知れない。『不傷水身』は体内の水分を凝縮の気で密度操作して、硬度や強度を大幅に倍増する高等技術。
士のレベル次第ではあらゆる物理攻撃を無効とする。これもB級レベルならこの司力一つで十分なくらいだ。
(司力を切るタイミングが巧い。ここは退いて……)
(遅い)
愛衣が半身を後ろに傾けたまま、その勢いを増すように半身を更に反らし、てこの原理で勢いよく右足を弥生の顎目掛けて突き上げた。
「ぐはッッ!」
クリーンヒット。
弥生の体が空中に持ち上がる。口から血を吐きながら。
初めて弥生にダメージらしいダメージを与えられた。
更に愛衣は好戦的な笑みを浮かべながら、格闘家のような構えを取る。
(まずい…)
蹴りを見舞われ、体の自由が一時的に効かなくなってしまっている弥生は目だけを動かして状況のまずさに心中で呟く。
愛衣は『不傷水身』を今一度確認するように拳をぎゅっと握り、
(師匠直伝!)
(硬いとは……)
愛衣の右拳が激しく渦巻く水に覆われる。
(蓮空麗泉流!)
(それだけで防御にも攻撃にも使える…)
愛衣の大きく振りかぶった拳が無防備に晒された顔面に向かう。
(滝落!)
そして弥生に顔面にまたしてもクリーンヒットする。
弥生は蹴り上げられて、その直後に床に叩き付けられる。更に、愛衣が振り切ると同時にその場に見ずの柱が出来上がる。弥生を床に押し付けんばかりに水が流れる様子は滝を彷彿とさせた。
(手応え有り!)
愛衣は満足気な笑みを浮かべるが、次の瞬間には目を細めて冷静さを見せる。
(まあ、さすがにこれで倒せるとは思ってないけど)
直後、愛衣が作り出した滝が白い煙と共に一気に霧散した。
激しい水蒸気の圧に愛衣は距離を取る。
「びっくりしました。まさか武術の心得まであるとは」
多量の水蒸気が晴れる。いや、振り払われた。
声の主、弥生が銃剣を薙いだだけで一気に視界がクリアになったのだ。
弥生の姿は大きく変わっていた。
綺麗だったショートヘアは乱れ、左頬は腫れてはいないが紫色の痣ができている。スーツの上着はボロボロになって焼き消したのかワイシャツ姿だ。
そんな状態でも眼の鋭さは全く衰えてなく、佇まいも綺麗だ。今の彼女を社長秘書だと言っても誰もが納得するだろう。
愛衣は軽い口調で言う。
「持ち技は多い方がいいでしょ? 言っておくけど、私のカードはまだまだあるわよ?」
「でしょうね」
S級に値する気量。そして弥生の何倍もの知能を誇る『超過演算』。
この二つは最悪にして最高の組み合わせだと、深々と思う。
A以上S未満といったところの弥生では歯が立たないだろう。
(やっぱり無理でしたか)
深呼吸を一回、大きく吸って吐く。
(仕方ありません)
「そろそろ終わらせますね」
「は?」
(リミッター解除)
突如、弥生を纏う気が膨れ上がる。
愛衣の表情に驚愕が走り、同時に全くの隙無く身構えてシャボン玉を生成する……が、
「どちらを向いてるのですか?」
茅須弥生は後方にいた。
片手の銃剣からは血が滴り落ちる。
誰の血か? 聞くまでもない。
愛衣の血だ。
愛衣の背中がざっくりと銃剣の刃によって斬り付けられたのだ。
鮮血が、愛衣の背中から噴き出た。
◆ ◆ ◆
研究所内の暗い部屋。
漣湊はノートパソコンのキーボードを素早くタイピングし、ついに知りたい情報に辿り着いた。
高速スクロールで速読して全てを知った湊はパソコンを閉じ、静かに息を吐いた。
「……なるほどね」
そして天井を仰いだ。
(良かったと言うべきか、悪かったと言うべきか。………こればかりは友梨次第か)




