第15話・・・戦闘後_デモンズ・サイト_(さてさて)・・・
モニターが壁一面を占める統制室。
「Bブロック……屋島伊拓…戦闘不能…。出血多量…命の危険もあるかと…」
「同じくBブロック…美戸佳夕…戦闘不能。漣湊に止血され、…一命は取り止めたと思われます…」
「Eブロック、不破宇圭様、戦闘不能。…命に別状はないかと…」
「Bブロック、ナッシュ=マーティ、戦闘不能。出血多量、『妖具』の有害な気が体内に入り込んでいる可能性有り。…かなり危険な状態かと思われます」
神宮寺功、多摩木要次らは今度こそ驚きを隠せないでいた。
「不破くんが倒されたのはまだいい…それは予想できたけど、…まさか屋島くんと美戸くんが倒されるなんてね…。彼らも大事な部下だ。救護班を向かわせてくれ」
指示をとばす神宮寺。
「『妖具』の娘…かなり強くなっとる。最後に測った時は精々B級中位あたりじゃったのに。…ナッシュくんを瞬殺するとは…。転移法は一度きりの切り札じゃし、困ったのう」
二人の戦いの音声は拾えていた。
故に、漣湊が美戸のワイヤーを逆に利用して自爆へ誘導したこと、速水愛衣がシャッターを利用して屋島を押し潰したこと。F級がB級に勝利したことは嫌でも知らされていた。
それも、二人とも有り得ざる智略で難を乗り切ったのだ。
他の研究員達も言葉が見付からないようだ。ただ一人、神宮寺功の秘書、茅須弥生だけは相変わらずの無表情を突き通している。
弥生は手元のタブレットを操作して報告をする。
「現状を整理します。漣湊は美戸から奪った専用端末を利用して器用に逃走中。速水愛衣の方は少々問題が発生。速水愛衣が屋島を倒した直後、試験体番号113の『妖具』が覚醒。加勢に向かったナッシュ=マーティを瞬殺後、試験体番号113も逃走。速水愛衣はそれを追い掛けているようです。速水愛衣は漣湊同様、屋島とナッシュから奪った専用端末を利用して私達を巧く寄せ付けず、また端末でシャッターなどを利用して試験体番号113のことも見失わずに済んでいるようです。紅井勇士は不破宇圭を倒した後、四月朔日紫音、風宮琉花の二名と合流。数隊を両名の撃退に向かわせたのですが、風宮琉花の対応力が予想以上に高く、失敗したようです」
多摩木が力なく笑う。
「人の庭で好き勝手やりおってからに」
「申し訳ありません、博士」
「気にせんでええわ。あの二人は異常だ。…『超過演算』って知ってるか?」
多摩木の発した単語に神宮寺の顔付が変わる。
「…もちろん。『未来視』とも呼ばれていいますよね。周囲のあらゆる情報を数値化して演算することで高い確率で未来を予測するという技術。IQ200以上は当然で気には頼れない一種の超能力。…博士は、二人がその『超過演算』を可能としていると?」
神宮寺が知っているだけでも数える程しかいない。
「その通りじゃ。計測が難しいとされておるが間違いない。今まで埋もれていたのが不思議でならん。…儂でも不可能なことをやりおって…あの知能が羨ましいのお」
多摩木でさえも、実力格上の相手に勝てる気はしない。多摩木も一度は習得しようと身を粉にして頑張ったがついぞ叶わなかった。
神宮寺は真剣味の増した声音で。
「僕の部下を総動員します。この手の相手は「個」より「数」で攻めた方が効果的でしょう。救護班と一緒に行かせます」
「儂の方からも何人か貸そう。今ので連れてきていた強力な部下はほぼ使うてしまったじゃろう?」
「感謝します。…弥生、君も出なさい」
「了解しました」
「覚醒した『妖具』は君が確保に向かいなさい。ナッシュを瞬殺する程だからね。気を付けて」
「分かっています。言われるまでもありません」
「…そうだね。君には無用な心配だ」
多摩木がそこへ声を掛ける。
「茅須くん、対『妖具』用の士器がある。もし良かったら持っていってくれ。…今の強さの『妖具』娘に効くかは定かではないが」
弥生は丁寧に拒否した。
「申し訳ありません。慣れない武器はこちらのパフォーマンスに影響が出ますので、遠慮させて頂きます」
「…そうか。余計なお世話じゃったな」
「では、参ります」
弥生は一礼すると綺麗な姿勢で部屋を出て行った。
多摩木はその姿を目だけで追い、見届けると重い溜息をついた。
「…のう、今更言うのもなんじゃが、お主の切り札を切ってくれるのは有り難いが、儂にも屋島くんや美戸くんぐらいの部下ならおる。わざわざ茅須くんを出す必要はないのではないか?」
「博士の部下は別の研究に勤しんでいますでしょう? 確かに相手の実力は想定以上でしたが、そこまで使わせるわけにはいきません。僕の部下だけで十分ですよ。………博士、まだ弥生のこと苦手なのですか?」
多摩木が苦笑する。
「まあのう。どうもあの娘は好きになれん。儂も多くの人間を見てきたが、茅須くんのような者はあまり関わり合いになりたくない部類じゃ。…いつ寝首を掻かれるかも分からない相手だからのう」
その気持ちが分からないでもない神宮寺もまた苦笑する。
「否定はしません。確かに弥生は感情を情報としてしか理解できないところがあります。ですが、考えがないわけではありません。彼女は彼女なりに信念を持っています。…まあ、僕に対する敬意があまりないのは事実ですがね」
「前も言っておったのう。利害が一致したから組んでるとか」
「はい。弥生は誇示、主張が強い方ではないですから今のように部下としても立場に甘んじてくれてはいますが、僕が高圧的な態度や理不尽な目に遭わせたりしたあかつきには、僕の命はそこまでですよ。契約に反しますからね。…付き合い方さえ間違えなければ彼女は優秀なカードとなってくれますよ」
ほう、と呆れたような表情を取る多摩木は、閃いたように口を開く。
「儂は研究のこととなると少々回りが見えなくなる。そんな時に茅須くんへ限度を越えた態度を取った場合はどうなるんじゃ?」
「私の部下という立ち位置なら命の危険にでも晒されない限り大丈夫でしょうが、博士の部下だとしたら即座に切り捨てられるでしょうね。性格の不一致、ただそれだけの理由で」
「怖い怖い。やはり関わり合いにはなりたくないのう。……もう一つ、質問よいかのう?」
「何でしょう?」
「…ちゃんと聞いたことがないが、茅須くんはどれほど強いのじゃ?」
神宮寺の秘書であると同時に護衛を任された女性。
強いことは分かっているが、如何程なのかは今まで聞いたことがない。
「そうですね。…警視庁捜査零課、知っていますよね?」
「『陽天十二神座』第四席の『御劔』じゃろ? 儂らの一番の天敵じゃ」
第五席の『御十家』に並ぶ日本『士協会』のトップの一角。
「その『二十改剣』っていますよね?」
警視庁捜査零課『御劔』の『二十改剣』。
課長とは名ばかりの警視庁のもう一つの実質的なトップの側近集団。文字通り、二十人からなる『御劔』の精鋭。それぞれが日本各地の部署で『御劔』をまとめている。
「ほとんど」がA級は軽く踏破する存在であり、S級レベルとまではいかないが、彼らとも対等に渡り合うことができるほどの強さだ。
ちなみに、「ほとんど」以外の数人、正確には「五人」は、S級の域に到達しており、『天下五剣』と別格視されている。
「弥生は以前『二十改剣』の一人と渡り合った実力者です。完全なS級とは言えませんが、『天下五剣』ともいい勝負をするでしょう。そして弥生は相手の外見や年齢、経歴で見下したりしないので、強さに関しては信頼して大丈夫ですよ」
「それは、心強いのお」
■ ■ ■
勇士は琉花、紫音の案内の元、湊達の元へ向かっていた。
勇士だけでも先行して速く行きたいところだが、不破との闘いで思った以上に気を使ってしまい、これからも起こるであろう戦闘に備えて体力を貯めておかなければならない。
水薬がないわけではないが、勇士の膨大な気量を全回復というわけにはいかない。
琉花の話では、湊達とはぐれて約10分。湊や愛衣なら口八丁、心理戦で何とか時間をもたせてくれている可能性が高い。希望的観測は否めないが、二人の知能を知った今では期待もできる。
勇士はその言葉を信じ、走る。
「もうすぐよ!」
「よし! 俺が先に行ってる!」
勇士はスピードを上げ、先を急ぐ。
(湊! 速水! 稲葉! 無事でいてくれ!)
切に願い、大気の気が乱れている場所へと到着する。琉花が言っていた通り、十字路の内2つへ通ずる道がシャッターで遮られている。湊達と分断された後、十字路四方向へ通ずる道のシャッターが下りて閉じ込められそうになったらしいが、シャッターは開いていた。
その理由はすぐに分かった。
「これは…!」
一人のアメリカ人男性が瀕死の重態で倒れていた。
琉花の話では愛衣と分断されたと思われるシャッターには力任せに破壊された様な穴。そこに入った少し進んだところで血を流して倒れている。周囲にはゴーレムのものと思われる土が散乱。
頭が疑問符で一杯になるが、何よりもここら一帯で戦闘の気配はない。
アメリカ人男性に近付くと、違和感のようなものを覚えた。
(この男がゴーレム使いなのか…? いや、この壊されたシャッターには雷の痕が…状況から見ても雷属性。ゴーレム使いではない。…それにこいつから感じる歪んだ気…まさか、『妖具』…?)
嫌な予想をしていると、琉花と紫音が遅れて到着した。想像と大きくずれた光景に眉を顰めている。
「この嫌な気…まさか『妖具』?」
「可能性は高い。…琉花、紫音。お前達はこの奥へ行ってくれ。奥にも誰かいる。俺は湊の方へ」
「分かった」
「お気を付け下さいっ」
琉花と紫音は奥へと突っ走っていく。
勇士はもう一つのシャッターの前に立ち、刀を数閃。
できた穴の中に入っていくが、やはり戦闘の気配はない。だが、琉花から聞いていた敵の物と思われるワイヤーがそこら中に散乱していた。壁には強い衝撃を受けたような技の跡もあり、戦闘が繰り広げられていたのは間違いない。
その少し奥にも、誰かがいること気付いた。
いや、誰かが倒れていることに。
(湊!?)
はち切れそうな心臓を抑えて加速法で駆け寄る。
「!?」
しかし、それは杞憂で終わった。
そしてまた疑問符が脳を占める。
倒れていたのは女性が一人。両手足首にワイヤーが巻き付いている。首にも痕がある。琉花達はワイヤー使いの姿は見ていないらしいが、女性の声はしたらしいので、敵で間違いないだろう。
(この数のワイヤーを自在に動かせるとなるとB級並みの強さ……それが、なぜ? このワイヤーの痕は…自滅?)
「勇士!」
慌てた声と足音が廊下に響く。琉花と紫音だ。血相を変えていて、混乱している。
「る、琉花。そっちはどうだった…?」
息を整え、深刻な表情で告げてくる。
「そ、それが……男が一人、倒れてた…かなりの重傷で…。多分、ゴーレム使いの男…」
「なに? 速水と稲葉は?」
「見当たらない……」
「ゴーレム使いも『妖具』で…?」
琉花と紫音は揃って首を振った。
「違うわ。胴体を押し潰されたような状態で…周囲を見てみたら、上にシャッターがあったの。…ほぼ100パーセント、それが原因」
「シャッター? 敵の罠で自滅……ッ」
自滅。その単語はさっき自分が考えたことと同じ。全身に衝撃が走ったように一つの答えに思い至る。
「まさか…自滅を誘われた…?」
ワイヤー使いの女の惨状を見た琉花と紫音が、勇士の一言に同じ衝撃を受ける。
シャッターを強制稼働。ワイヤーの動きを予測。
浮かんだ単純なワードが、琉花と紫音にはしっくりきた。
実力で上回る相手に勝つために策を尽くす、という話は何度も聞くし、勇士達も実話を幾つも知っている。
しかし、F級とB級では雲泥の差だ。それを覆せるはずがない。…そのはずだ。
「…琉花、紫音…二人にそんなことができるのか?」
「……分からない。…確かに二人の頭は滅茶苦茶良いけど…そこまで深く知ってるわけじゃないし…」
「…でも、不可能とも言えない、ですよね」
紫音の意見に琉花も否定はできないでいる。
「……」
(それはつまり…もしかしたら、F級が智略だけでB級を下したということなのか…ッッ!?)
だとしたらとんでもないジャイアントキリングだ。
勇士は深呼吸し、二人に向き直る。
「とにかく、二人はここにはいない。この様子だと敵から情報を得るのも無理だろう。…神宮寺功もこのことは既に把握してるだろうから直にここへ救護班か誰かが来る。一先ずはここを離れよう」
「そうね」
「分かりました」
杞憂で終わったが、それ以上の衝撃を受けた一行は、その場から退散した。
■ ■ ■
漣湊は、美戸から奪った専用端末を見ながら行動していた。
端末の発信機機能や盗聴機能などは不能にしているので位置を特定される心配はない。この施設と端末は特殊回線で繋がっているのである程度の情報は読める。
美戸が湊に倒されないからと高を括って油断したのがかなりの仇となっている。
監視カメラの位置、音声探知機の位置、トラップの作動手順、主に気を付けるべきポイントは予測も可能だが、少し『本気』を出せば簡単に把握できる。
何も馬鹿正直にF級のままで頑張る必要はない。
「ここか…」
湊は一つのドアの前に立つ。
施設内設備やプロジェクトの大まかなコンセプト、それらを照らし合わせて現在使われていないだろう部屋を割り出したのだ。
こういう技術を『超過演算』とか言うらしい。昔スカーレットに言われた。
湊はドアの横のパスコード入力のパネルを前に一瞬考え、ナイフを取り出して軽く解体を始める。敵さんに気付かれないようにパネルの面を丸ごと外し、だらっと裏面と繋がるケーブルが何本も現れる。
それをじっと眺め、すぱっとナイフを切り上げる。それを何回が繰り返すと、取り外したパネルが光り、ドアがスライドして開いた。
一応絶気法で気配を消し、慎重に中の様子を確認する。思った通り、一人もいない。誰かが忍んでいることもない。
監視カメラはあるが、中の電気は消えているので意味がない。
湊は中に入り、ドアを閉め、暗闇の中物音立てずに迷いなく進む。机にたどり着き、そこからパソコンを一つ拝借。この手の研究所ならどの部屋にでもPCは置いてあるものだ。それから監視カメラの死角になる位置に移動し、起動させる。
(さてさて、こうなったらとことん調べちゃうもんねー)




