第14話・・・紅井勇士_化け物と人の命_合流・・・
視界の9割を不破宇圭の霧が占めている。
勇士は刀を振り、霧を薙ぎ払って突き進むが、敵の影は見付からず、直後に巻き起こる爆破で一時撤退。さっきからそれの繰り返しだ。
(くっ……この霧…乱流法を応用してるな。相手の位置が分かりにくい)
乱流法は結界を破るのが主な使い方だが、他にも使い道はある。今回のように周囲に蔓延させた霧にジャミング効果を持たせて居場所を掴ませないのも手の一つだ。
(気量は俺の方があるとみて良さそうだが……近接と遠隔だと相性の差がどうしても出てくるな…)
まずは位置の特定。
「時間がない。手短くいく!」
勇士の気が膨れ上がり、何かが起きるその直前に、周囲の霧が一斉に勇士へと流れ込むように襲ってきた。
(やられる前にやる、か)
そして霧は盛大に炸裂した。
不破は霧を炸裂させながら溜息をついた。
(さすがにあの程度で倒せるとは思えないけど…、これであいつがやろうとしてた何かは止められたでしょ)
焦らず急がず。相手が勝手に消耗していくのを待てばいいだけ。紅井勇士のような相手はよく暴れてくれるから本当に楽だ。
不破は霧の中に紛れて姿を隠している。爆破して減少した分は手元のスプレーから随時霧をプラスする。必勝法だ。
(それにしてもなんでこんな奴がここにいるんだろうね。神宮寺さん、あの『厄害博士』と手を組んで『妖具』なんかに手を染めてるらしいけどそれと何か関係あるのかな)
つい邪推してしまう。
(まあ、金がもらえれば何でもいいけどね)
興味ないとばかり息を吐く。そこで不破は勇士が絶気法で気配を消していることに気付く。
「……甘いね」
右腕を上げ、スプレーを斜め後方に掲げる。カキンッという金属音が響いた。
刀を振り下ろす勇士の一撃を受け止めたのだ。
「僕の霧が漂う空間で気配を消すなんてできないよ」
「なるほど!」
勇士は振り下ろした刀とは別の、もう一本の刀を横切りするが、不破もまたもう一方の手に持つスプレーで受け止める。
瞬時に不破は右手のスプレーを吹く。刀を受け止めた状態で吹き、吹きだし口の真正面にいる勇士へと向かう。
通常の何十倍もの速さで吹きかかる霧。勇士は真横に跳んで回避する。
(紅華鬼燐流・二式『飛炎連奏』!)
着地した瞬間、二刀を振ると同時に弧状の炎が幾つも弾け飛ぶ。一般的なブーメランのような大きさと形をした炎が不破に激突せんと飛んでくる。
不破は目を細め、
(速い。間に合わない)
腕を動かしては遅すぎる。そう判断した不破は左手首だけを動かして吹き出し口を横に向け、噴射。その反動で無理やり体を動かしてゴロゴロ転がりながら『飛炎連奏』を躱す。その先に既に勇士が回り込んでいて、二刀をクロスして振り下ろしてくる。
(紅華鬼燐流・四式『烈翔華』!)
峰から炎をブースターのように噴き出し、威力を高めている。
転がっていた所為で中腰姿勢の不破には回避運動は難しい。
「終わりだ!」
あんまり大人を舐めないでよ。
(『水の吐息』)
口から水を吹く。威力が弱いわけではないが、全力で振り下ろされる二刀とは歴然たる力の差がある。それでも視界を一瞬晦ますには十分だ。
勇士は臆さず勢いを止めないが、心中で舌打ちする。
不破は迫る二刀を僅かな動きとスプレー缶による受け流しで簡単に回避する。視界が開けていれば少し微調整するだけで不破に直撃できただろう。
(紅華鬼燐流・五式『俊天華』)
しかし、勇士の方が一枚上手だった。筋肉の収縮、強弱を強引に操作して不自然な軌道を描いて横の不破を斬る。
「ッッ!?」
左腕から血飛沫を撒き散らしながら、得物を振り切った勇士の一瞬の隙を突いて、スプレー吹き出しの反動による無理矢理退避を実行する不破。左手に持っていたスプレー缶は右脇に抱えてある。
不破は勇士の周囲の『霧爆襲』を爆破させ、対処に時間を取らせながら態勢を整える。
(左腕…まだ動く。出血は酷いが、運よく神経の大々的な損傷は免れたみたいだね)
にしても、と不破は思う。
(強化系…火属性…多彩な剣技…二刀流…。まさかね)
頭を振って目の前の相手に集中する。周囲の霧が薄くなっている。勇士の熱気に霧散したか。
(こいつ…、どの名門校でも確実に序列入りはできるね。レベルが桁違いだ)
つい苦笑してしまう。
かつて不破は名門琥珀蝶学院で序列四位に君臨していた。みんなが自分を天才と呼び、自分が廊下を歩く度にヒソヒソと喜色のこもった声で何かを囁く。
そういったことに興味のない不破でもまあまあ優越感はあった。
しかし、上には上がいることを不破は知っている。
当時の序列一位は不破を優に超える実力者であった。天才の域を軽く踏破する化け物。彼が廊下を歩く度に訪れる静寂。言葉を発するなんてことは誰もしなかった。
それが天才と化け物の差。
(……紅井勇士。こいつもまたその域に立つ人間、なのか。紅華鬼燐流っていう予測もあながち外れじゃないかもね)
不破はスプレーの吹き出し口を自分の口に突っ込み、体内に思いっきり霧を吹かせる。続々と霧が流れ込んでくる。
(まずは、身体を化け物と同じラインに立たせる)
勇士が(何をする気だ…?)と目を見開く。
『化身霧転化』
不破はスプレー缶を腰に差す。不破を纏う気が白い霧となり、集中力が極限まで高まったような異様な静けさを感じさせる。
その不破が一歩、踏み出した。その一歩で、十メートル以上あった勇士との差を詰めた。
「!?」
(なんだこの速さ!?)
一瞬で眼前まで迫ってきた不破に驚く勇士。咄嗟に刀を振って突き出される拳に応戦する。いくら力が爆発的に伸びたとしても勇士の刀に拳で勝負するのは無理な話だ。刃が肉を容易く切り捨てる。
そう思った瞬間。
拳が炸裂した。爆風に刀が弾き返される。
(これは…!?)
勇士の目には正に拳を纏う気が炸裂したように見えた。炸裂系はその性質上、遠距離タイプがほとんどだ。ましてや今の不破のような真似してしまっては自分の身体に害が及ぼし兼ねない。
しかし、不破の拳は無傷で爆風の中から飛び出し、勇士の顔を付け狙う。勇士は驚かず、落ち着いた心で後ろに跳んで距離を取る。
(やっぱり……指向法かッ!)
勇士は確信する。
指向法。
炸裂系特有法技。本来は四方八方に向かう爆発を、任意の方向にのみ向ける技術。炸裂系は七系統の中で最も威力が高いと言われているが、その分扱いが難しい。指向法が使えるのと使えないとでは大きな差がある。
(そこらの強化系を軽く凌ぐ身体強化…。おそらくスプレー缶の士器を介して精度アップした「霧」を体内に再度取り込むことで体に浸透させて無理矢理操作し、更に全身から溢れ出た「霧」を指向法を用いた炸裂でもスピードとパワーの幅を極限まで広げている…)
緻密な気操作とそれだけの負荷に耐えられるだけの体。それらの難題をクリアしてやっと発動できる技だ。
言わば破裂寸前のエネルギーを爆発しないギリギリのラインで自分の体に押し止めている状態。
(相当体への負担が大きいはず。おそらく時間制限がある。……けど、長期決戦は希望してないんでね!)
早くはぐれた湊達と合流しなくてはいけない。
勇士は二刀を納め、一刀で居合いの構えを取り。
(紅華鬼燐流・秘伝十一ノ式『一閃連華』!)
光が走る。
数瞬の内に何度も繰り出す神速の剣技。勇士はまだ一刀でしかできないが、それでも威力は抜群。目にも止まらぬ速さで目の前まで迫ってきていた不破を襲う。
が。
不破の両腕がぶれたかと思うと、『一閃連華』全ての刃が防がれた。正確には指向法で炸裂の攻撃力を防御力に回され、全ての刃の切っ先を爆破を纏った手が防ぎ、逸らしたのだ。
(…!? 秘伝式を…捌き切っただと……!? 多摩木ご自慢も強化ガラスも破ったはずなんだけどな!)
「コンマ5秒もしない間に計9つの斬撃。いやはや、恐ろしい子だね」
飄々とした雰囲気はあるが、集中力と静けさを感じる声と瞳。
不破はB級を越える速さで拳を突き出す。勇士は抜刀して防ぐ。指向法により拳から放たれた爆風がもろに刀に掛かるが、勇士はもう一本の刀逆手で抜いて不破の腹を狙う。しかし不破の姿はもうそこには無く、勇士の真後ろに回り込んでいた。
(速い! 今までのスピードすら抑えてたのか!?)
刀を一閃しながら振り向く勇士。
しかし、遅かった。不破の拳が勇士の顔面に突き刺さり、その瞬間、炸裂が起きる。
■ ■ ■
「さっすが。今ので吹っ飛ばないなんてね」
不破は確かに勇士の顔を殴り、炸裂でもって頭を吹っ飛ばそうとした。
「結構な気量だね」
しかし、勇士は顔面へのクリーンヒットをもらいながらも、大きくバックステップして距離をまた取る。
顔の所々に痣を作り、髪はボサつき、口端からは血を流してはいるが、戦意は失っていない瞳が不破を貫く。
勇士は今の一撃を防硬法だけで防いでみせたのだ。
追撃をかけようとした不破だが、勇士の隙の無さに踏み止まる。
そこへ。
「………なぜだ」
不破の耳に悲痛な色が見える声が聞こえてくる。言うまでもなく、勇士の声だ。
「? なにか?」
真剣で心苦しそうな面持ちの勇士に、不破は軽い口調で返す。
「……お前らは一体、どのような気持ちで人を殺してるんだ?」
不破の表情にさして変化はない。別段珍しいことでもないからだ。『士協会』の最上位裁断機関『陽天十二神座』の一角、警視庁捜査零課・通称『御劔』の捜査員とかち合った時は決まって聞かれると言っても過言ではない。
「…どいつもこいつも正義感強いねー。もっと肩の力抜いたら?」
勇士の言葉がまだ続く。
「それほどの力を持っているのに…どうして悪の道に手を染めるんだ…?」
そんな勇士を見ながら、不破はやはり表情を変えない。
「僕の場合はただ疲れる毎日から逃れたかっただけだよ。裏社会はいいよー。力があればそれだけで生きてけるんだから」
「…………人の命を何とも思わないカスめ」
不破が笑う。
「否定はしないよ!」
両腕をおろし、スプレーの頭を強く押す。
霧が吹き荒れ、一瞬にして視界が白く染まる。
そして起きる炸裂の嵐。幾つもの爆発音が響く中、不破がニヤリと笑う。
(今更この程度で死ぬなんて思ってない。…この爆撃の中に敢えて隙間を作っておいた。ダメージを最小限に済ませる為にはその逃げ道へ走るのが心理というもの)
不破は高速移動でその隙間の出口へと回り込む。
(ここで決める!)
「そんな志が低い奴に、俺は負けない」
次の瞬間、爆撃を続けていた霧が一気に消滅した。
霧が充満して冷えていた空気が途端に熱くなり、視界が歪む。勇士が霧を異常な熱気で蒸発させたのだ。
視界がクリアになり、勇士の姿も不破の姿も明瞭になる。
(うわはっ、マジ!? 力任せ過ぎるよ!)
勇士が疾走し、炎の二刀が迫りくる。
(でもこいつだって今のでかなりを気を消費したはず)
正面衝突? いいよ。付き合ってあげる。
不破も己の身体能力を限界まで底上げして突っ走る。
紅華鬼燐流・一式『双火炎』!
爆闘拳!
絶大な力と力の激突音が空気を震わせ、決着が付いた。
■ ■ ■
琉花と紫音は息が切れることなんて忘れて走っていた。敵の敷地内とはいえこちらの動きを完全に把握するのは難しいのか、敵の数は思ったよりも少ない。陽動と攪乱、不意打ちでなんとかその場を凌ぐ。敵と遭遇した後はルートをランダムに変えて敵のトラップに捕まらないよう気を付ける。時間はないがそれで捕まっては意味がない。
湊、愛衣、友梨が危ないのだ。自分たちが何とかしなければいけない。
走っていると、大きな力と力がぶつかったような激突音が耳に届いた。
「琉花さん!」
「ええ! 間違いなく勇士よ!」
確信して走る。
角を曲がり、気が一段と濃いエリアへと足を踏み入れる。
その光景を捕らえて琉花が安堵の息をもらす。
「勇士さん!」
琉花の隣で紫音が叫ぶ。
「琉花…紫音っ! 無事だったのか!」
そこには、廊下の中心に佇む勇士と、目の前の壁で焼かれ、項垂れるひょろ長の男。激戦の跡がそこら中に残っている。琉花はその男に見覚えがあり、目を見開く。
「この男…ッ」
「ああ、不破宇圭だ。多摩木といい、こいつといい、神宮寺功…かなりやばいぞ」
二人の会話を聞いて紫音は息を呑む。
(不破宇圭…!? 本気を出せばA級レベルと言われるあの…!? 勇士さん…分かっていたつもりですけど、レベルはそれだけ上ということですか…)
そこでふと目が勇士の手元へと行く。
「勇士さん……二刀流だったんですか…?」
勇士と琉花の表情が強張る。
「あ、ああ……。まあね」
「そ、それよりも勇士! 早く来て! 愛衣や漣と分断されちゃって…!」
勇士は体を震わせ、
「案内して!」
走り出す。琉花と紫音もそれに続く。
(強化系火属性に二刀流? ……まさか、ですよね)
頭を振って疑問を払い、紫音は走った。
※ ※ ※
勇士は不破宇圭を倒した後、意識を失う直前の言葉を心中で反芻していた。
『君…さっき人の命がどうたらと言ってたね…』
『茅須弥生。神宮寺功の秘書を務めてるロボットみたいな女に同じこと聞いてみ。まあまあ面白いことが聞けると思うよ…』
勇士は一度だけ相対した神宮寺功の秘書を思い浮かべた。
(茅須弥生、か)




