第11話・・・指名手配犯_ゴーレムとワイヤー_更に分断・・・
勇士は張り裂けそうな心臓を抑え込み、必死に走っていた。
シャッターで湊達と分断された直後、飛来してきた誘導ミサイルを捌きながらシャッターを破壊することはできず、その場から離れるしかなかった。何十発ものミサイルから逃れていく内に遠く離れてしまう。
そうしてやっとミサイルによる攻撃が終わり、湊達と別れたシャッターまで走っている最中………なのだが、
「!」
目の前から廊下一杯の水が滝の如く襲い掛かってきていた。
(この水の奥……誰かいる。そいつの仕業かっ)
退くのも手だが、その時間が惜しい。真っ向から向かい撃ち、速攻で倒して湊達の元へ行く!
「『炎の壁』!」
沸き上がるように現れた炎の壁によって滝水の動きが塞き止められ、水蒸気が蔓延する。相性では負けているが、それでは覆せない気量で強気な姿勢を見せる。
だが、次の瞬間、水が炸裂した。
「!?」
至近距離で巻き起こった爆風に勇士は思わず後ろの下がる。
(炸裂系水属性…!)
勇士が刀を振り、白い煙が晴れる。探知法で分かってはいたが、数十メートル前方には一人の士がいた。
勇士の表情が歪む。
「……まさかここで一級指名手配犯と出会えるとはな…! 不破宇圭!」
「僕は基本的にフリーでやってるんだけどね。今回は別件で来ていたんだよ。そしたらこんなところまで駆り出されちゃった」
明るい口調だが、そこには軽薄な感情しか感じられない。体型はひょろ長で身長は勇士を軽々越えているわりに筋肉は全く見えない。魚のような大きい目からは躊躇の知らなさと容赦のなさがひしひしと伝わってくる。あまり友達にしたくないタイプだ。
(不破宇圭。全国的な指名手配犯。高校生の時に傷害事件を起こし、少年院送りに。そこで作ったコネで出所後、「裏」で依頼を引き受ける仕事屋として生活している。士育成の名門校、琥珀蝶学院で当時二年生にして序列第四位にランクインしていた天才。質は炸裂系水属性。…面倒そうだな)
ここは一本道の廊下。炸裂系を相手取るには防御しつつ死角から攻めるのが基本であり定石。少し闘いにくいことは否定できない。
「それじゃあとっとと片付けさせてもらうよ!」
不破宇圭は両手を突き出し、手の平から水を放出する。
(出し惜しみしている暇はない!)
全収納器を取り出し、早速二刀流となる。
(監視カメラは見当たらない。こいつを倒せばばれたとしても漏れることはない!)
勇士は襲い来る二つの水流に対し、刀を自分の前で交差させる。
(紅華鬼燐流・三式『十字炎瓦』!)
火が噴き二つの刃を中心に大きく、勇士の体を隠すように広がる。二つの水流がその炎に直撃し、炸裂する。大きな音を立てて勇士の至近距離で炸裂するが、勇士には届かない。
『十字炎瓦』は特殊な刃を柱として出来上がった炎の壁のようなもので、その気の密度による防御力は一般的な火属性の防御技である『炎の壁』を大きく上回る。
(……あの時、クロッカスには簡単に破られたが、こいつはそこまで強くない)
不破は無駄だと理解したらしく水を打ち切る。勇士はその瞬間を逃さず、駆け出す。
(このまま一気に決める!)
(中学生のスピードじゃないねー、あは)
不破は余裕のある態度で己の武器を取り出す。
それはスプレーの士器だ。円柱型の金属。頭部にはスイッチと吹き出し口がある。
不破は笑みを浮かべたまま正面に向かってスプレーを吹く。吹き出したのは霧。勢いよく吹き出た霧は普通のスプレーでは考えられないスピードで、勇士に覆い被さるように襲い掛かる。
「くっ…!」
知ってはいたが、受けてみると面倒だ。
「『霧爆襲』。僕のこと知ってるなら、当然知ってるよね?」
霧。水属性の士には珍しくない司力だ。水を霧へと変換し、身軽さや機動力などをアップさせる。
水を霧へと変換させるのは言うまでもなく高等技術だ。それを高校生の頃に習得し、それから十数年も経った今。技の練度は格段に上がっているのは間違いない。
「本当に…面倒だ」
次々に炸裂していく霧を回避しながら、勇士は思った。
■ ■ ■
湊達は、勇士がいるであろう方向とは別の廊下を走っていた。「勇士と合流するべきじゃないの? 爆発の跡があるから追いかけやすいし」「敵さんもそう考えて絶対罠か何かを仕掛けてるよ」と簡潔に説明して、今は出口を目指している。
「次の角、左の方がいいと思うなー」
と愛衣。
「はいはい!」
「その次の角は右だと思う」
と湊。
「はいはい!」
先頭を走る琉花は二人の案内人の誘導のまま進む。どこか釈然としない様子だが、納得はしているそうだ。
一番後ろを走る友梨を抱えた紫音は、真ん中を走る湊と愛衣を複雑な表情で見ている。
先程、湊が言っていた。「実験室って大体建物の中心に作ってあるからそこからちゃんと遠ざかっていけば大丈夫だよ」
その「ちゃんと」遠ざかるのが難しい、切にそう思う。
(幾つも角を曲がって何十メートルも進んだら現在地なんてすぐに分かりなくなりますよ。…少なくとも私は)
湊と愛衣はそれを実験室を基準に脳内で完璧にマッピングしているのだ。
改めて驚いていると、前方に強大な気を幾つも探知した。
(これは…!?)
気の反応だけでは相手が誰なのかは分からない。だが、幾つもの気の塊。独特な動き方。
心当たりがある。
「琉花さん! 土塊人形が来ます!」
「分かってる!」
次の瞬間、すぐそこの角から大量数のゴーレムが雪崩込んできた。道はあっと言う間に塞がり、何十体ものゴーレムが襲い掛かってくる。
琉花は忌々し気に顔を歪めた。
(思った以上に数が多い…)
「全員後退! 逃げるわよ!」
全員して後ろを向き、琉花が矢で牽制しつつ今来た道を走る。ゴーレムはそこまで速くは走れない。湊と愛衣も言われた通り後ろを向いて走る。
だが、微妙な表情を隠せないでいた。
(相手でだって簡単に逃げられるって分かってるはずだよな…)
(そうなると……やっぱり…)
「皆さん止まって下さい!」
一転して先頭を走っていた紫音が急停止し、他の三人もそれに倣う。
「どうしたの!?」
ゴーレムに向かって矢を放ちながら琉花が聞く。
紫音の目の前の廊下には一見何もないように見えるが、違う。よく目を凝らせば見えてくる。
「ワイヤーです! 廊下の全体的にワイヤーが張られています!」
愛衣は心の中で頷く。
(気を纏ってはいない…けど、このワイヤーに引っかかった瞬間に気が流れて一気に殺傷力を上げようって寸法ね)
紫音は「友梨さんをお願いします」と友梨を湊に手渡し、レイピアと協調させた雷を飛ばすが、愛衣の見立て通りワイヤーに瞬時に気が流れ、斬れる様子はない。
(堅い! おそらくワイヤーの強度を強化してる…! しかも相手はB級相当…!)
続いて紫音は物理的にレイピアで斬り始める。これなら簡単に斬れた。
しかし、その直後ワイヤーがうねり、紫音達を襲い始める。
(このワイヤー…! 風の補助を受けている? 強化系風属性ということですかっ!)
湊達へも襲うワイヤーをレイピアと協調させた雷で弾くが、数が多い上に見えにくく、厄介で仕方がない。
琉花はゴーレムに押され。
紫音はワイヤーに押され。
挟撃によりどんどんスペースがなくなっていく。
そこで琉花はゴーレムの相手をやめ、湊達の頭を飛び越えてワイヤーの前に立つ。
「紫音! どきなさい!」
ワイヤーを切り裂いていた紫音は弓矢を構える琉花を見て後ろに下がった。
琉花は矢を引き絞り、
「『旋回風矢』!」
解き放った。
放たれた矢に平行して多数の矢が具象され、その矢全てが高速回転する。瞬時にその矢の軍勢を風が渦巻き、まるで竜巻が横向きに進んでいるようだ。
それがワイヤーで張り巡らせられた廊下の中心に風穴を空ける。ワイヤーの勢いも風の影響で弱まっている。
「今よ! 走って!」
琉花が叫び、湊から友梨を受け取って全員で走る。紫音は先頭を走り、制御を取り戻したワイヤーを片っ端から弾いている。
その時、真後ろから土の礫が飛んできたことに愛衣が気付く。言うまでもない。ゴーレム使いの仕業だ。
(速い上に多いのに気量が少ない。ダメージを与えることではなく足をすくうことを目的としてる…。おかげで琉花も紫音も気付いてない…。今から何をやっても私のこと怪しまれるわね…。今は甘んじて攻撃を受けましょうか)
一番後ろを並んで走っていた琉花と愛衣の足に着弾し、二人して転ぶ。琉花は抱えていた友梨を転倒に巻き込んではいけないと咄嗟に思い、転ぶ寸前に床に置き、前へと前転して態勢を整える。
「大丈夫!? 愛衣!」
瞬間、愛衣が閃くように直感した。
真上の隠しシャッターが下りてくる。
今現在の細かい配置は、愛衣と友梨が最後尾で、その少し前に前転で態勢を整えた琉花。その前に紫音と湊が何事かと振り向いている。
シャッターは愛衣と友梨を他のメンバーから分断する位置に下りる。
(友梨は手元に置いておきたい…このままにておくのがベスト!)
一瞬の内にそう結論を出した愛衣は、自然な動作で「大丈夫大丈夫」と立ち上がる。
そして予想通り、シャッターが下り、友梨を再び抱えようとした琉花の目の前が遮られた。
■ ■ ■
「え……」
と驚きを隠せない、という体を装いつつ、友梨の元へ寄る。近くにはシャッターに挟まったワイヤーがあるが、動く様子はなく、制御は失ってると見て間違いない。ワイヤー使いの士もその気になれば動かすことはできるかもしれないが、その必要はない。
そこに無遠慮な声が掛かった。
「よう、久しぶり…ってほどでもねえか」
振り向くと、ゴーレム達の動きは止まっていた。
そのゴーレム達の頭や肩を踏んづけながら愛衣を見下す位置まで来た一人の男性。スパイキーヘアの派手男、屋島だ。
「あの時は随分と舐めた真似してくれたじゃねえか。…おかげでこの様だ」
左手を無造作に見せ付けてくる。そこには包帯がぐるぐると巻かれ、指すらまともに動かせない様子だ。
愛衣は苦笑を浮かべた。
「…それは謝ってもいいけど…いいの? 友梨はともかく私なんかを分断して。琉花や紫音を分断するべきじゃなかった?」
屋島は鼻で笑う。
「聞いたぜ。お前と漣湊とかいう奴、結構頭が良いんだってな。社長がお前ら二人はできるだけ無傷で捕まえろって言われたぜ」
(……さっきのシャッターの声は拾われてたみたいね。…それにしてもあの程度で目を付けられるなんてね…。私なんか湊に比べたら全然見せ付けてないのに……)
さすがにもう油断、侮りは誘えないか。
友梨をシャッターに背中を預ける状態で置いておく愛衣。そして友梨を庇うように立ち上がる。
「……俺とやろうってのか? お得意の頭で勝算考えろよ。頭良いってのはこっちの買い被りかー? 俺としては好都合だけどさっ」
(本気出せばこいつなんて一瞬だけど、そういうわけにもいかないのよね)
愛衣は仮の武器であるナイフを取り出す。
「世の中、力にも色々種類があるって教えてあげるわ」
その言葉を皮切りに、戦闘が始まった。
■ ■ ■
シャッターで愛衣、友梨と分断された。
「愛衣!?」
シャッターに取りすがるように手を付く琉花。
「琉花さん、危ない!」
そんな無防備な琉花に襲い掛かるワイヤーを紫音が払う。
「漣! このシャッターを開けることはできる!?」
「できたとしてもさせないわ」
女性の声が聞こえた。
その瞬間、尋常ではない速度で湊の片足にワイヤーが巻き付き、魚を釣り上げるように引っ張られる。「うわああ」と湊の声が聞こえ、すぐそこの十字路の一角に放り込まれてしまった。
「漣!」
琉花は大声を掛けるが、シャッターが下り、十字路がT字路になってしまう。唇を噛み締めながら、必死に頭を回す琉花。
ワイヤーの猛攻が止まった。しかし油断はできない。
「紫音! 走って!」
琉花が先行し、紫音も慌てて続く。すると、目の前でシャッターが閉まり始めた。目の前の十字路(T字路)の前でシャッターが閉まり始めている。琉花達の真後ろには愛衣や友梨と分断されたシャッター。このままでは挟まれてしまう。密閉空間で毒ガスでも噴出されたら風属性の琉花でも対処仕切れるとは思えない。
琉花と紫音はギリギリのところでシャッターと床の間に滑り込む。
(…早く…勇士と合流しなきゃ…!)
僥倖と言うべきか、湊と愛衣の知能はおそらく自分達より上。敵を倒せずとも逃げてくれることを祈るしかない。もしシャッターの時の音声がもれているとすると、『厄害博士』なら二人に興味を持っている可能性はある。そうだとすれば、いきなり殺すとも考えにくい。
都合のいいように考えてしまっている自覚はあるが、的外れな考えとも思えない。
(今はそれに賭けて、勇士と合流するのが先決!)
湊達と分断したことでシャッターの効果は絶大さを取り戻している。おそらく、この先で幾つかシャッターが閉まってることは確実だろう。
でも、それでもいい。
少しでも勇士に近付ければそれでいい!
罠を張られているとは言っていたが、そんな悠長なことを言ってはいられない。勇士だってこっちに向かって来ているはず。
できるだけ現在地を特定させないように角を曲がってシャッターから振り切りながら、琉花と紫音は走った。
■ ■ ■
湊は自分の足に巻き付いていたワイヤーを仮の武器であるナイフで切り、立ち上がる。ずれたヘッドホンと乱れた髪を整える。
防げるのに防げない。満足に受け身を取るのもなんか怪しい。そんなことを考えながら湊は飛ばされていた。
(…稲葉は愛衣が傍にいるからまあ大丈夫だろ。風宮とわたぬきさんは…風宮はあれでも頭は回る方だし経験も積んでるから大人しく捕まりはしないでしょ)
勇士と分断された時も、罠に気付かず戻ろうとしていたが琉花なら「起こる」前に危険に気付けてはいただろう。
琉花も『あの家』に関わる者だ。そう簡単に遅れは取らない…と思う。
(取りあえず今は……)
湊は微妙な目付きで目の前の女性を見捕らえる。
「こんにちは、漣湊くん。私、美戸佳夕っていうの、よろしくね」
(こっちを何とかしなくちゃな)
強化系風属性。
ロングヘアにドレスにも似た戦闘服を着用した色気のあるお姉さんがウインクしながら手を振ってくる。
キャバクラや風俗で働いてそうで、胸元が大きく露出している。それで戦えるのかと心配になるぐらいだ。美戸と名乗った女性の周囲にはワイヤーが漂っている。
美戸は恍惚した危ない光を放つ瞳で湊をじっくり見詰める。
「聞いてた通り、可愛い顔してるのね。欲しくなっちゃう」
「それはどうも…」
「ねえ湊くん。君のことは無傷で捕まえてって言われてるんだ。だから大人しく捕まってくれないかな? 悪いようにはしないわ。お姉さんと楽しいことしましょう。ね?」
色気のある声で湊を誘ってくるが、湊の頭は至ってクールだ。
半分嘘で半分本当。
湊はそう結論を出してナイフを構える。
「すみません、そういうわけにもいかないんですよね」
美戸は変わらずに恍惚とした表情を浮かべている。
「あらあら…いいわ。そういう子、嫌いじゃないし、相手して上げる」
ワイヤーが一斉に襲い掛かってきた。




