第5話・・・分断_逃走_「…分かりました。話します」・・・
土塊人形の猛攻を琉花と紫音が何とか防ぐ。
琉花の全身を冷や汗が覆う。
このままではまずい。
当初は攻めつつ後退する予定だったが、4人を囲むゴーレムに隙ができない。琉花と紫音だけなら可能だろうけど、愛衣と友梨を連れて逃げるのは厳しい。
「琉花さん」
紫音が3体のゴーレムを一時怯ませ、琉花の隣に飛び降りてきた。声を潜めて紫音は言った。
「陽光源を使います。それでこの場を抜けましょう」
「っ……なるほど!」
(ゴーレムはマニュアル操作型。今もどこかで私達のことを監視しながら一体一体を操っているということになる。光でここら一帯を覆えば相手の士の目も眩んで操作が効かなくなる! …A級レベルにもなれば気に意思を反映させて自動操作型にすることも容易だろうけど…、可能性は低い!)
「琉花さん、サングラスは具象できますか?」
「ええ。それぐらいなら」
「では私が合図したら具象してかけてください。私は持ち歩いているのでいりません。敵も具象系ですが、隙は作れるでしょう。……そうしたら愛衣さんをお願いします。私は友梨さんを。私の後に付いてきてください。全力で逃げます。幸い、結界は張られていないようなので」
「分かったわ」
(適格な状況判断力…『御十家』というだけはあるようね)
紫音は跳び、三方向から突進してくるゴーレムをレイピアと協調した雷を飛ばす。ゴーレム達のスピードが落ちる。土に雷では相性は悪いが、これなら物理的な効果が出る。紫音は屈み、レイピアを横に振った。雷の刃で間合いを大幅に広げ、数メートル先にいるゴーレムの足を斬る。土でできているので怪我もないしすぐ再生してしまうが、多少の時間は掛かる。
紫音は琉花の方を見やり、ちょうど二体のゴーレムを片足ずつ砕いた時を見計らって、懐からステーキを切る時に使うような細く小さめのナイフを8本ほど取り出す。
「琉花さん!」
合図を出し、それを周囲に投げつけ、地面や木に刺し立てる。
「『陽光領域』」
瞬間、周囲が光に包まれる。
『玄牙』のリルーも使っていたポピュラーな技だ。技の定義は光源体を複数周囲に置いて巨大な光を放つこと。必ずしもナイフでなければいけないわけではない。紫音はただリルーを参考にしただけだ。性格は最悪だったが、腕は本物だったので、真似させてもらった。強者から技を盗むのは士として成長の為の一歩だ。
紫音は手筈通りサングラスを掛け、友梨の元へと跳ぶ。
※ ※ ※
「眩しっ…。仕方ない。あまり手荒なことはしたくなかったけど……ごめんねぇ」
※ ※ ※
順調な策だと思ったが、それは失敗だったようだ。
眩い光の中、琉花と紫音は突然の光に戸惑っている2人の元へ駆ける。
だが、突如として感じ取った膨大な気に、2人の動きが止まる。
(この圧迫感のある気…まさか炸裂ッ? どこ!?)
琉花は至近距離から感じる気の位置をすぐに探知した。それは5体のゴーレムだった。
(まさか!? ゴーレムを生成する際、中に爆弾型士器を…ッ!? まずい!)
「紫音!」
「分かっています!」
逃げても背後から炸裂にやられるだけ。
防御するしかない。
「愛衣! 友梨! これ使って遠くまで逃げなさい! 方向は今愛衣が向いている逆! 分かったら早く逃げて!」
琉花はサングラスを投げて叫ぶ。
愛衣が「分かった! 無理しないでね!」と友梨の手を引っ張って素早く逃げるのを確認する。ここ数週間で分かったことだが、愛衣は頭の回転が良い。力はともかく、頭の良さは間違いなく愛衣の方が上だ。ついでに湊も頭がいい。なんで悪知恵の働く2人が…、とよく思っている。
でも愛衣は紫音に負けない判断力を有しているようで、すぐに友梨を連れて逃げてくれた。才能に恵まれてるな、と少し嫉妬してしまう自分の感情を抑え込み、炸裂に備える。
琉花と紫音は逃げる2人に被害が及ばないように技を発動する。
「『風の壁』!」
「『雷の壁』!」
二方向に風と雷の壁が広がる。
琉花の脳裏に2ヵ月程前に勇士が交戦した相手、琉花が今まで会った中で間違いなく上位に組み込む相手、クロッカスが楽々使っていた一面結界が思い浮かぶ。あれが使えれば…、と泣き言を考えてしまったが、すぐに頭を切り替えた。
そして次の瞬間、ゴーレムが炸裂した。
■ ■ ■
すぐ近くで爆発が起こるが、林の中を走る愛衣と友梨にはそれほど被害は無かった。
琉花と紫音が盾になってくれたおかげに違いない。
「る、琉花さんと紫音さんが…」
「大丈夫よ! 2人はそんな柔じゃないわ!」
友梨が手を引っ張られて走りながら2人の身を案じる。愛衣は大丈夫とさっきから何度も叫ぶ。
(士器での炸裂は物にもよるけど、今のは精々C級上位レベル。多少まともに受けても全治3ヵ月くらいの重症を負うぐらいで死にはしない。ターゲットを殺すわけにはいかないけど、手荒な手段は厭わない、てことね。…取り敢えず琉花と紫音なら無事ね。問題は敵の狙いだけど……、どうやら「こっち」が正解みたいね)
「こんにちは、お嬢さん方」
男が目の前に突然現れた。
愛衣と友梨の足が止まる。
口調は丁寧だが、見た目はヤンキーを大人にしたような印象最悪の男だった。逆立ったスパイキーへアに指輪やピアスなどの金属が目立つ。
こちらを蔑んだ笑みが似合う残念な大人。
愛衣は友梨の表情を一瞥して、2人の間に面識はないと確認。だが男の視線は雄弁に狙いが友梨であると物語っている。
(琉花と紫音は……》探知法だけでできる限り分析する愛衣。《…なーる。結界法で敢えて2人を囲って、足止めしてるわけね。狙いが紫音であると錯覚させてもいる。結界の中で琉花たちは適当に操作された大量のゴーレムに手こずってる頃かな)
男は余裕な態度で話し掛けてくる。
「えっと…今は稲葉友梨、だっけ。まあ何でもいいや。……とにかくこっちに来い」
ビクンと友梨の肩が跳ねあがる。
「理由は言わなくても分かるよな?」
「……っっ」
ぎゅっと愛衣の服を握る友梨。
愛衣は友梨を庇うように立ち、男に尋ねた。
「どちら様ですか?」
「君が知る必要はない。大人しくその子を渡してくれないかな? そうすれば無事に帰してやるからよ」
(嘘ね。狙いが紫音だと思わせてる以上、私を逃がすはずがない)
「…愛衣さん…迷惑かけて申し訳ありませんでした……」
友梨が愛衣の服から手を放す。ずっと震えていた、か弱い手を。
友梨の表情は悪いなんてものではない。恐怖からこの場を逃げ出したくなる思いを、愛衣に迷惑をかけたくない一心で堪えているのだ。
「お、偉い偉い。素直なことはいいことだぞ」
軽薄な声を無視して、愛衣は前に進もうとする友梨の腕を掴んだ。
「ダメよ」
「愛衣……さん?」
愛衣は友梨を引っ張り、自分の後ろの再び庇う。
「大切な友達を渡すわけにはいかないわ」
生意気な表情で生意気なことを言う愛衣。
男は舌打ちし、溜息をついた。
「ガキは友情ごっこが好きだなぁ……じゃあ実力行使と行くか」
淡々と台詞を吐き、司力を発動する。
愛衣と友梨の周囲の土が局所的に盛り上がり、そこから姿を現したのは言うまでもなく土塊人形だ。全部で5体いる。
愛衣は友梨の手を取り、即座に逃げの一手に徹した。
無論、本気を出せばすぐに片付くが、リスクが大き過ぎる。
愛衣はこの男程度なら頭だけで何とかなると判断した。
男の向かって右方向に走る愛衣と友梨。当然その先にはゴーレムが立ちはだかる。男は遠隔操作するのみで動こうとしない。
愛衣はそれも織り込み済みだ。
ゴーレム3体、突進してくる。
男はすぐに片付くと踏んでいた。
(あの小娘2人なら3体で十分だな。『妖具』の娘はまだ力を使いこなせるわけねえし、もう一人の方も情報はないが、俺より強いとは思えない。加速法も大したスピードじゃねえだろ)
「愛衣さん…!」
「大丈夫」
友梨の不安の声に安心の言葉を返す愛衣。
ゴーレムを前にしても平然としていられる愛衣の神経が友梨には理解できないと同時に羨ましく思った。
(あの男、バカね。ゴーレムには分かりやすい弱点があって、さっきもそこを突かれたばかりなのにその対策をしている様子がない。…甘いったらないわ)
ゴーレムとの距離数メートルのところで、愛衣は手を握っていない方の手を横に突き出した。開いた手の平から「今の愛衣のレベル」の水の塊を男と愛衣たちの間の地面に放つ。
一瞬とは言え土と水が爆発するように巻き上がり、目晦ましとなる。
「なっ…くそ!」
土煙の向こうから男の間抜けな声が聞こえる。
愛衣は友梨の手を引っ張り、動きが雑になったゴーレムの横をすり抜ける。
そのまま走るが、あの男が自ら動き、見付かればすぐに捕まってしまう。
愛衣は周囲に自分が水の弾を撃ち、目晦ましを絶やさない。自分の居場所が分からないよう工夫するとどうしても気量の減少が早くなる。
(さすがに周囲の人が異変に気付いてると思うけど、助けが来るのはまだ先よね)
愛衣は状況を細かく分析していく。
「友梨、絶気法、使えるよね。ずっとその状態でいて」
「わ…分かりました」
(これで探知法対策はできた)
愛衣も水の弾を放つ時以外は瞬時に気配を絶っているので、その一瞬では見つかることはないだろう。
(それに結界内で琉花たちの足止めのために常時生成と操作を行わなければならない。こうしてる間も相当量の気を消費しているはず)
しかし油断はできない。
(とはいえ「今の私」じゃ見付かるのは時間の問題。逃げ切るなら……)考えることコンマ2秒。(あそこね)
髪が逆立った柄の悪い男はガキ2人を探し回った。
探知法と加速法で探し回るが発見できない。
「くそ!」
このままだとまずい。
これだけ派手にやれば公園の客が気付かないはずがない。やっぱり最初から結界を張るべきだったか。『御十家』の関係者に顔を見られるのはまずいと温存したのが祟った。
具象系は使用する気の密度を越える物を具象できない。1から10の物は作れない。
ゴーレムは分身法ほど器用ではないが生成しやすく数に頼れるなどの利点がある。しかし、その分操作が難しい。切られたら再生、足りなかったら生成。
今のように相手を見ずに操作するのは神経が磨り減る。
(面倒なのは四月朔日の娘だけだと思ってたのに…あのサイドポニーの小娘もまあまあやりやがる! くそ! 時間がねえ!)
男は紫音達を相手にしているゴーレムを解き、気の消費を抑える。結界があれば数分は時間が稼げる。
元々時間はそんなに残されていない。
(速攻で見付ける!)
しかし、いくら探してもターゲットは見付からず、見切りをつけて男はその場を去った。
■ ■ ■
愛衣たちはマンホールの下の下水道にいた。
あの状況では敵の盲点をつく必要がある。
あまり頭が良いとは言えないあの男では、ここは思いつかないだろう。
愛衣は下水道を少し歩いたところで2人肩を並べて座っていた。
さっきから友梨は俯いて黙ったままだ。水の流れる音と湿気と鉄の混じった匂いが感覚を占める。
「…愛衣さん」
友梨が強張った声で話し掛ける。下げていた頭を少し上げただけで目を合わせようとしない。できないのだろう。
「申し訳ありません……こんなことに巻き込んでしまって…」
愛衣はそっと友梨の頭に手を回し、頭と頭をくっつける。
「気にしないで。…私はそれよりも友梨の身に危険が迫ってることが心配なんだけど。……私には話してくれない?」
言いたい。けど、怖い。
知ってしまったら私を見捨てるんじゃないか。
縁を切られるのではないか。
最悪の事態を考え………友梨の心に雫が落ちたように冷静さが戻ってきた。
見捨てるなら見捨ててくれて構わない。縁を切られるならそれで構わない。
自分なんかと一緒にいていいはずがない。
友梨は気持ちを入れ替え、隣でずっと自分の返事を待ってくれている友達に聞いた。
「愛衣さん……話す前に一つだけ、聞いてください。今から言うことを聞いた上で私の話を聞きたいのなら、話します。私とは今後一切の関係を持ちたくないと言うなら、私はおとなしく愛衣さんの前から消えます」
「…分かった。言いたいことって?」
一拍置いて、友梨は告白した。
「私の体は『妖具』に呪われています。秘密にももちろん『妖具』が関わっています。……それでも、聞きたいですか?」
愛衣の表情に驚愕が走る。
だが、すぐに元の、優しい表情に戻る。動揺が少なく思うが、それは彼女の持前の冷静さと頭の回転力から来る天性の認識力のおかげだろう。
愛衣は優しい表情を絶やさない。
「うん。聞きたい。友梨の力になるためにも」
「………分かりました。話します」
友梨は過去を、語り始めた。




