第3話・・・久しぶり_確信_動き出す・・・
休日土曜の午前。
『Long time no see,Minato. How are you?(久しぶり、湊。調子はどう?)』
流暢な英語だ。
湊はテーブルの上に置かれたスマホから映像がホログラムのように浮かび上がり、そこに映っている人物と会話をしている。
「School is hard. …It's easy for you,Alison.(学校が大変だよ。アリソンは楽でしょ)」
金髪ウェーブの美少女アメリカ人。
アリソン=ブラウン。
ギャング「グランズ」のお嬢でもある。
画面の中のアリソンは湊と会話できることに心底楽しそうな笑みを浮かべている。
『そんなことないよ。私と同じくらい上手い人だっているし、ロケットだって才能あるしね』
「ロケットは最近どう?」
『毎日運動ばっかり。筋肉かなり付いてきたよ』
「アリソンに追い付こうと必死なんだろうね」
好きな女の隣に並んでも恥ずかしくない強さが欲しい。
ロケットはそういう奴だ。
「運動ばっかか…俺のルームメイトも似たような奴なんだよな。今度紹介するか」
『ミナトの同居人? 前に手紙で書いてた凄い子のこと?』
「うん、アリソンより全然強いよ?」
自分より強いことを指摘されてもアリソンの表情にこれといった変化はない。彼女が強さを欲しているわけではないことを表している。
『そうなんだ。…でもその彼は英語喋れるの?』
「その時は俺が通訳するよ」
湊のノリのいい口調から何かを感じ取ったのだろう。
アリソンはジト目になって。
『面白おかしく通訳しようとか思ってない?』
「あ、ばれた?」
『隠そうともしてなかったくせに』
今までは手紙のやり取りだけで話すのは久しぶりだが、2人の様子に変化はない。仲は良いままだ。
アリソンは会話が一段落すると、満面の笑みを浮かべて聞いてきた。
『ところでミナト、仲の良い女の子とかできた?』
「……」
もう一度確認するが、笑顔だ。
そこいらの男なら瞬殺も容易なのではないかと思わせる笑顔だ。
「……まあ俺にだって女友達はできたよ?」
『……告白とかは?』
何度も確認するが、笑顔のままだ。
「誰からもされてないな。俺のルームメイトがかなりのイケメンでさ、女の子はみんなそっちに流れてる」
『…ミナトから見て、ミナトが好きな女の子はいないってことでいいの?』
「……」
湊が押し黙る。
咄嗟に浮かんだのは愛衣だ。
愛衣は本当に分からないところが多い。試験の時いきなり話し掛けてきてから、今に至るまで、謎が深まる一方だ。
『いるんだね』
笑顔のアリソンが断定口調で言ってくる。
「いや待て、俺も正直分からないんだ。だからその笑顔やめよう? いつものアリソンの可愛い笑顔が見たいな」
『……はあ、ミナトがモテるのは分かってたけど、今のミナトの様子から察するに相当手強い恋敵がいるみたいね』
「え? 今ので何が分かるの?」
『女の勘を舐めないでくれる?』
「すみません」
女って凄い。怖い。
『そうだ、ミナト』
「?」
アリソンの声のトーンが真剣さを帯びた。
首を傾げる湊に、アリソンは懐かしい出来事を口にした。
『ミイラの事件、覚えてるよね?』
「まあ、な」
忘れるはずがない。
去年の秋に起きた事件だ。アリソンの正体を知った事件でもある。
世間ではミイラが捕まり、首謀者は行方不明という形で幕を下ろした。首謀者はまた新たな道具を見付け、何かやらかすとアメリカの警察は考えているようだが、その心配はない。
「それがどうかした?」
『そのミイラが日本人だったことは言ったよね』
「うん」
そう。湊も驚いたことだが、アメリカでアメリカ人が起こした事件で使われたミイラは全員が日本人だったのだ。『聖』が捕らえたミイラ3体も同じく日本人だった。
首謀者、ザックス=クラウドは日本人からミイラを買ったというのが『聖』の見解だ。
『アメリカの「士協会」はそのミイ…日本人の改造レベルの高さに着目して足取りを追っていたんだけどね。……最近掴んだミイラを作った科学者が日本で動きを強めてる始めてるらしいのよ』
「…ふーん」
アメリカはそこまでしていたのか。
『聖』は事件に関わっていたことを隠すことと特に注視していなかったことから深くは突っ込まなかったが、ミイラの改造レベルの高さから只者ではないことは分かっていた。
それが日本で動き出した、か。
『ミナト、気を付けてね』
「それは分かったけど…別に俺が狙われることはないだろ?」
『それがそうでもないのよ』
「? どういうことだ?」
『はっきりしてないんだけど、その科学者、どうも10代半ばの少女を狙ってるらしいの』
「……それ、俺関係ある?」
『大有りよ! ミナトは自分の可愛さを分かってないわ!』
「…一応聞くけど、その科学者って無差別に少女を攫ってるとか?」
『そこまでは知らないわ。情報屋は何人か消息を絶ったみたいだけど、まだ少女の被害者は出てないみたい』
「それって明らかに特定の少女を狙ってない?」
『そうかもしれないけど! 用心に越したことはないでしょ!?』
「うん……いや待て、だから俺男……」
その時、湊のスマホが振動した。
「電話だ…」
『誰?』
テレビ電話中でも着信は鳴る。正確にはバイブで伝える。
「えっと…」
愛衣だ。
このタイミングでか…。
『誰なの?』
「友達。後で掛け直すよ」
『女?』
妻が夫の浮気を咎めるような声音。
湊の背筋が悪寒に襲われる。
「お、女友達だよ。もちろん彼女じゃないよ?」
『さっきの女?』
取り敢えずその「女」っていう言い方はどうにかならないだろうか。
「さっきって何のこと?」
『へー、そうなんだ』
だんだんと会話が成り立たなくなってきている。
それなのにお互い何を言っているか分かってしまう。
凄い!
『私との電話を切ってそっちに出てもいいのよ?』
口調がもう嫁のそれだ。
「いいって。今はアリソンと話してるんだし」
『そう? 悪いわね』
ちょうどそこで着信がやむ。留守電を入れているかもしれないが、テレビ電話中にそれは起きない。
一安心して、
「別に悪くはないよ」
言いながら、湊は心の中で固まった。
(…………え)
とある人影が迫っているのだ。
湊は嫌な予感を隠しきれない。
ピンポーン。
「湊ー、いないのー?」
インターホンが鳴り、外から愛衣の声がした。愛衣の知覚力は不明だが、湊がいることぐらいは分かっているに違いない。
湊はむっとした表情を浮かべるアリソンに小声で。
「ごめん、やっぱりもう切るわ」
『ちょっ、待ちなさ』
「またな」
See you again.と手を振って映像を切る。
もし愛衣とアリソンを鉢合わせたりしたら、愛衣が面白がってからかうのが目に見えている。
湊はよっこいしょと腰の上がらない老人のように立ち上がり、いやな疲労から解放された気分を味わいながらドアを開ける。
分かっていたが、そこには2人の女子がいた。
「おはー、湊」
「おはようございます」
愛衣と友梨だ。
挨拶一つに2人の性格がよく表れている。
「今電話したんだけど気付かなかった?」
「ごめん、別の奴と電話してたから」
「え、あこっちこそごめん。お邪魔だった…?」
「いや、ちょうど終わったところ。……それでどうかした?」
「うん。暇だったし遊ぼうかなって」
「いいけど…稲葉ってサークルないの? 勇士は行ってるけど…」
友梨は運動サークル所属だ。
勇士とは別のサークルらしいが、土曜はどこもあるのが普通だ。ちなみに日曜日は運動系文化系、両方休みとなっている。
「はい…私もあるんですけど……」
友梨が口ごもる。
代わりに愛衣が質問に答えた。
「筋肉痛よ。友梨ったら無理し過ぎなのよ。私がマッサージしたからもう普通に動けるけど朝なんてちょっとしゃがんだだけど顔歪めてたんだから。それで私が無理矢理休ませたの」
「なるほど」
確かにここ最近の友梨は日々の運動の疲れが溜まった動きをしていた。そろそろ無理が来ることだと湊も思っていたことだ。
「あはは、申し訳ないです…」
友梨は笑みを浮かべるが、影が消えていない。謝罪の気持ちがよく見えた。
「ていうことで、できれば室内でだけど、遊ばない?」
「いいけど…、俺この後本返さなきゃいけないんだ。期限今日までだから」
湊は自分の机に置いてある小説を二冊手に取る。湊は暇な時読む本をよく図書館で借りているのだ。
「だったら私達も付き合うわ」
「稲葉はいいのか?」
「はい。軽く体を動かしてほぐしておきたいですから」
「そう? ならいいんだけど」
「ほら、行こう」
ドアの外で行こうとする2人に湊は制止を声をかけた。
「待って。勇士の本も返すよう言われてたんだよな……と」
勇士に頼まれていた本を小棚から取る。
「随分と太い本ね。何の本なの?」
「『宝具』と『妖具』の本」
その瞬間、友梨の表情が歪んだ。絶望と恐怖に彩られた禍々しい表情。普段の彼女からは考えられない表情に。
だがすぐに友梨はいつもの表情に戻る。穏やかで穢れのない澄んだ表情に。
しかし、その一瞬の変化を湊と愛衣は見逃さなかった。
(え? 何となく思い付いたからカマ掛けてみたんだけど……まさかの大当たり? 愛衣も勘付いただろうし、これから大変になりそうだ)
(!? 友梨っ? どういうこと…?『宝具』と『妖具』…どっち? 友梨の表情から考えると後者の方が可能性は高い…かな。友梨、何か隠してるかもとは思ってたけど…どうやら想像以上のようね…)
チラッと2人の様子を窺い、今自分が顔に出してしまった表情は気付かれずに済んだ、と心の中でホッと安堵する友梨であった。
■ ■ ■
都会に幾つも立ち並ぶ高層ビルの一つ。
そのビルの一室。広く飾ってある絵画や壺などの美術品も一級品の部屋である社長室。
そこには2人の男女がいた。
1人は一面窓ガラスをバックに、横に広い特徴的な社長席に座っている。
黒いスーツに整った顔立ち。身長は高く、体格は細め。世間では彼のことをイケメンと言うだろう。全てを見据えていそうなクールさを持つ男性は、手元の資料に目を通し、無邪気な子供のように微笑んだ。
「おやおや、どこにいたのかと思えばこんなところにいたとはね。見付けてくれた社員の給料を上げておこうか」
「社長、お言葉ですがローラー作業で見付かるのは必然。速いか遅いかの違いだけです。その社員が見つけたのは幸運であり、無闇に褒美を与えるものではないかと」
発言したのは男の前にいる女性。
完全な無表情で瞳に光も濁りもない。ショートカットの綺麗な髪にスーツ姿はよく似合っていて、美人に含まれることは間違いない容姿がよく際立っている。
クールや冷徹とも違う。強いて言うなら機械のような女性。
メリットとデメリットしか考えていないような人だ。
男は彼女とは逆に豊かな表情で首を振った。
「それは違うよ、弥生。人は褒美があるから頑張れるんだ。歩んだ先に報われるものがあるから頑張れるんだよ」
「それは普段の給料で十分では?」
「今回は事態が特別だからね。社員もそういう特別な状況下での特別な褒美を期待しているものなんだ。君の言いたいことにも一理ある。ここで僕が褒美を渡さなくてもその社員は何も言わないだろう。でも『期待に応える』というのは人と人の繋がりを保つ上でとても大切なことなんだ」
「繋がり…ですか」
「弥生には分からないかもね。ただこれだけは覚えておいてくれ。『人と人の繋がりは簡単に維持できる』。僕にはそれができるから、こうして人の上に立っているんだよ」
「そうですか」
素っ気ない返事に、男は肩を竦める。
「興味無さそうだね。…まあいいさ。それより弥生、博士を呼んでくれ」
「既に呼んであります」
「…君はそういうところは有能だね」
「普通では?」
「それができない人もいるんだよ」
その時、コンコンと社長室の扉をノックする音が響いた。
「来たようですね」
「どうぞ!」
男の声を聞いて扉が開く。
そこには杖をついて歩く白髪の老人がいた。
「お邪魔するぞ」
「よくぞいらっしゃいました、博士」
男は立ち上がり、社長室中央に用意してある接待用のソファーとテーブルへと場所を移す。
老人は静かな足取りで同じ場所へと歩く。
しわくちゃな顔の鼻に丸眼鏡をかけ、着用した白衣が異様に似合う老人。男の言う通り博士という単語がぴったりだ。
男と老人がソファーに腰掛け、女が2人の前にお茶を置く。
「して、神宮寺くん。やっと見付かったようじゃな」
「はい。多摩木博士。私の優秀な部下が見付けてくれました。お待たせして申し訳ありません」
「謝ることはない。儂の方でも捜索したのじゃが、専門じゃないばかりにすぐマークされてしまった。やはり君は優秀だよ」
「お褒めに預かり光栄です」
「で、どこにおるのじゃ? 儂の作品は」
「はい。稲葉友梨と名乗り、獅童学園に在籍されているそうです」




