第15話・・・クッキーと父_涙_戯れ・・・
更新遅れてしまい申し訳ありません。
前回のあらすじを軽く記載します。
裏組織『爬蜘蛛』の別荘へ潜入・攻撃を仕掛けたスイートピー達『小隊』ですが、近隣の森で遠隔支援していたシラーが『食人鬼』佐滝に見付かり、交戦。
腹からサイボーグのような巨大な蛇を生やした佐滝相手に善戦するが、佐滝が作り出した沼に落ちてしまい、その泥沼に全身を拘束されて絶体絶命のピンチを迎えている状況です。
それと、今日と明日で二話連続で投稿します。
どうかご覧ください。
迩橋漏電の別荘が眼下に広がる遥か上空。
夜闇に紛れるように、二人の士が歩空法によって空中に佇んでいた。
「どうするの? シャーク」
女性の士、以前イーグルと呼ばれていた方が男性の士ことシャークに尋ねる。
「タートルと連絡を取る」
イーグルの「了解」という返事と共に、二人の士の姿が消えた。
■ ■ ■
『爬蜘蛛』の構成員、今年で70を越える老人、新丞は腰を曲げてせっせと別荘のモップ掛けをしていた。
「おいジジィ! 邪魔なんだよ! そこどけ!」
「ぐっ…」
すると、清掃中の新丞の背中を別の構成員が蹴り飛ばした。
「おいおい、やめとけって。一応そいつはこの別荘を管理してるんだ。何かあったら迩橋さんに睨まれるぞ」
蹴り飛ばした構成員の連れが溜息混じりに静止する。
「ㇵッ、大丈夫だよ! こんな老いぼれが一人潰れたって変わりはいくらでもいるって!」
「はぁ、完全に酔ってやがる…」
どうやら相当酒を飲んだ後のようで、静止の声が届いていない。
「オラァ!」
そして愉快げな声を上げ、新庄の顔目掛けて蹴りを放つ。
……しかし、その蹴りが新庄に届くことはなかった。
ごすっ……と、新庄の前に突然現れた人物に当たったからだ。
「はぁ!? おい誰だ………」
その構成員の口が閉じなくなってしまう。
「み、満胴さん…!」
そしてもう一人の構成員がその者の名を呼んだ。
『シュ~~~』
と、深い呼吸音が響く。
…そう。突如そこに現れたのは迩橋漏電の側近三人の中でも最強の士、満胴だった。
ひょうきんなひょっとこの仮面がジッと二人の構成員を仮面越しに見詰めている。
何も言わない満胴に恐怖を覚え、二人の構成員が「「すみませんでした!!」」と深くを頭を下げて逃げるようにその場を去ってしまった。
「……満胴…さん…」
管理人の老人、新庄が満胴を呼ぶと、満胴が『シュ~~』と深い呼吸をしながら………新庄へと腕を伸ばした。
「み、満胴さん!?」
新庄が目を見開く。
命の危険を感じたからだ。
「な、何をするもりだ!? 満胴さん! 満胴さんッ!?」
震える足で後退する新庄へ、満胴は更に腕を伸ばした。
■ ■ ■
(く…ッ! やはりこの『湿潜沼』という技…俺のパワーでは抜けられない…!)
シラーは体に貼りつくように凝固して身動きを封じる佐滝の『湿潜沼』を鎮静の気を駆使してなんとか脱出しようとするが、無駄に気を消費するだけで何も変わらなかった。
「無駄さ」
もがくシラーの様子を眺めながら佐滝が軽い口調で告げる。
「その沼は毎秒周囲の土を取り込み、その土から粘性を抽出して沈んだ人間に纏わりつく。……強化系や炸裂系による力任せな強引な方法ならともかく、……鎮静系では無理だ」
確かに、身体に気を漠然と纏うだけでも大きな力を発揮する強化系とは違い、鎮静系は相手の技に巧みに纏って浸透させるようなテクニックを求められる。
(……まあ、クロッカス隊長なら例え俺と同じA級並の気量でもあっさり潜り抜けるんだろうな…)
自身の系統では無理と告げられ、ふとシラーが尊敬する湊を思い浮かべた。
(……)
そして、尊敬、という言葉が浮かんで、最も尊敬する人物が思い起こされた。
(………父さん…)
◇ ◇ ◇
それは、まだシラーが四歳頃のこと。
「パパー!」
朝早く。これから任務へ赴く父・アジュガの元へシラーは駆け寄った。アジュガの周りに他の隊員も何人かいた。
「シラー、こんな朝早くに起きたのか」
落ち着いた物腰の男性、アジュガが屈んでシラーと目線を合わせた。
「うん! パパのお見送りしたくて!」
「なんだよ、可愛いやつめっ」
アジュガがそう言ってくしゃくしゃとアジュガの頭を撫でる。
シラーは嬉しそうにくしゃくしゃされながら、ポケットに手を突っ込んだ。
「それとね…パパ……これ! 食べて! 早く起きてママと一緒に作ったんだ!」
そう言ってシラーが手に乗せて差し出したのは綺麗にラッピングされたクッキーだった。
「パパ、今日誕生日でしょ!」
健気なシラーの姿に、他の隊員の顔が綻ぶ。
アジュガもにっこりと柔らかい笑みを浮かべてそのクッキーを受け取った。
「ありがとな、シラー」
◇ ◇ ◇
……あの日のことを忘れたことは一日たりともない。
例えネメシアや同期たちと楽しい一日を過ごした日でも、夜ベッドで横になって目を瞑ると父親の顔が浮かび上がってくる。その度に胸が締め付けられて呼吸の仕方をわすれそうになってしまう。
『聖』の中には家族を亡くした者も当然いるが、ここまで惨めな姿で引きずっているのは自分だけだろうな、と自嘲せざるを得なかった。
(………ごめん、父さん)
シラーは一言、父に謝った。
「…さて、そろそろ終わりにしようか」
佐滝が沼に囚われたシラーを見下ろす。
「ああ、別に君から情報を聞き出そうとかそんなつもりはないよ。迩橋漏電には後でお叱りを受けるかもしれないけど………」
ぺろり、と佐滝が下唇を舐めて頬を赤く染める。
「……僕は君を味わえればそれでいいからねっ!」
そう言いながら、佐滝が『喰蛇の触腕』をうねらせ、鋭利な牙が生えた口を大きく開けた。
「さあ! 最期の命の臭いを堪能させ 」
………その瞬間、佐滝は知覚した。
ドクンッ、とシラーの気が暴れるように膨張したのだ。
「……ッ!?」
突然の妙な変化に佐滝が顔をしかめる。
未だシラーは『湿潜沼』に囚われたままで、身動きは取れていない。気は膨れ上がったが、強くなったという感じではない。
(これは……この気の躍動は………まさか…っ)
佐滝が一つの仮説に辿り着いた時、シラーが淡々とした声を上げた。
「……特別に忠告してやる。できるだけ遠くに逃げた方がいい」
「っ! 君、まさか本当に…っ」
目を見開く佐滝に、シラーは告げた。
「『聖』の隊員は全員、体内にとある士器を埋め込まれている。……簡単に言えば、自爆用士器だ」
「体内の気に強い刺激を与えて膨張させ、隊員の命と共に周囲一帯を消し飛ばす士器だ。正式名称は『血意の爆信』。『聖』の隊員が敵地で独り最期を迎える時の為の自爆士器であり……自殺用具だ」
「ッッッ!」
佐滝が反射的に数歩退いた。
しかし冷静さは失っておらず、冷や汗を浮かべながらも慎重に言葉を紡いだ。
「……『聖』は仲間を大切にする組織と聞く。そんなもの、埋め込むかな?」
「そう思うならそこにいればいい。…俺の気のアロマはばっちり覚えてるんだろ?」
しかし至って冷静に返され、佐滝が苦虫を嚙み潰したように顔を歪ませる。
(どっちだ!? 仮に自爆が本当だとして、それをわざわざ説明するメリットは…無い! 黙って僕を道連れにすればいいだけだ! 僕が逃げたら無駄死にでしかないんだから! ……それとも、仮に逃げても無駄なほど広範囲の爆破なのか…ッ?)
次第に冷静さを欠いていたことに気付き、佐滝が深呼吸して脳を回転させる。
「これがハッタリで、僕が遠くへ逃げて『湿潜沼』から解放されることを狙ってる……この可能性が一番高いけど……万が一自爆が本当だったら…。…………仕方ない)
佐滝の意思が固まった。
「嗚呼……もう少し君という人間を知ってから舌の上に君を乗せたかったけど……仕方ないね」
佐滝が気を練った。
すると、周囲の泥沼がシラーの元へ寄せられ………瞬く間にシラーの体を覆い尽くしてしまった。シラーの姿が全く見えなくなるが、それでも更に泥沼が重なるように積み盛られていく。
一見するとただの隆起した沼の一部となったシラーに、佐滝が吐き捨てる。
「自爆される前に、この『湿潜沼』の中で窒息死してもらう」
(『喰蛇の触腕』で下手に刺激して爆破されたら目も当てられない。……それにやっぱり、死体は極力傷つけたくないからねっ)
士は死と同時に堰を切ったように気が中空へと霧散していく。
佐滝はシラーの息の根を止めてこの自爆を阻止しようというのだ。
(彼の気の膨らみ方からしてまだ数分は余裕がある。ただの水中とかならともかく、僕の沼の中で生き延びることは不可能だ)
…………と、その時、
再びドクンッッと沼の中でシラーの気が膨張した。
一瞬爆破したのではないかと錯覚するほどの勢いだった。
(ッ! またこれほどの気をッ!? 呑気に対応はしてられないかッ!)
「『大蛇喰包:蓋風骨土』ッ!」
『喰蛇の触腕』が大口から硬い土を大量に吐き出し、沼の上に地層でも作るかのように被せた。
(この技は『喰蛇の触腕』の腹に溜め込んだ人骨を混ぜ込んで強度を更に上げてる。S級格の炸裂でもある程度は防ぐ強度を誇るが、僕は油断しないよ!)
佐滝が更に凝縮の気を込め、『蓋風骨土』の下にいるシラーへ全力で圧力を加えた。未だにどんどん気が膨張している。この膨張が収まるまでは気を抜けない。
(窒息死が時間かかるなら圧死だよッ!)
……しかし、そこでまた更にドクンッッッとシラーの気が膨らんだ。
(ッッッ!? まだ生きているというのか! しぶとい!)
佐滝が更に「ハアアアアアアアアアァァァァァァアアァ!!」と気を込めた。
いつものスタイリッシュさなどどこへやら。
沼の中のシラーへプレス機並みの圧力を加える。本来『湿潜沼』は拘束用の技なのでこのような使い方はしないのだが、今はやるしかない。やらなければ巻き込まれて死ぬ。
佐滝はその一心で圧力を与え続けた。
…………………………………そして。
(………………やっと………死んだ…)
佐滝がどさっと『喰蛇の触腕』を背もたれにして座り込んだ。
例え探知阻害の専門家だろうと、自身の沼に包まれている人間の状態ははっきりと伝わる。
確実に脈はない。死んでいる。
◇ ◇ ◇
「ありがとな、シラー」
シラーの手作りクッキーを受け取ったアジュガは口に運んで美味しそうに微笑む……かと思いきや。
アジュガはそのクッキーを食べず、………次の瞬間、驚きの行動に出た。
◇ ◇ ◇
「……嗚呼…久々にヒヤッとしたよ。柄にも無く本気を出してしまった………でも、」
佐滝が視線を下方に向け、ニヤッと微笑む。
「おかげで極上の死体が手に入った」
『湿潜沼』、『蓋風骨土』が割れるように解かれ、まだ湿った地面の上に紫の仮面の男が横たわっている。
喉も胸もぴくりとも動かない。体の全ての機能が完全に停止している。
鎮静系と言えど、ここまで挙動を封じるのは不可能だ。
「さて、せっかくだし顔でも拝もうか」
正に重労働を終えた佐滝は「ふぅ」と息を吐いて、好奇心からシラーの顔を拝見することにした。
佐滝は『喰蛇の触腕』に体を引っ張られないよう角度を調節しながら、シラーの傍らに降り立つ。『喰蛇の触腕』は収納するのが一苦労なので腹から出したままだ。
(『聖』は犯罪者も匿ってると聞く。おそらくこの子はまだ若そうだからそれに該当することはないだろうが、素顔から何か感じ取れるものもあるかもしれない)
冷静にそんなことを考えながら佐滝が紫の仮面に手を伸ばす。
…………………すると。
徐々に体温が失われていたシラーが……………瞬時に起き上がった。
「ッッ!?」
佐滝はわけがわからないまま脊髄反射で仰け反るように距離を取る。
「ッ! こ、これは…ッ!」
しかし、間一髪間に合わず、佐滝の首に一枚の御札が貼り付いていた。
まるで佐滝の体と一体化しているかのように強く貼り付き、体に汚染水でも浸透しているかのような不快な衰弱に見舞われている。
剥がそうとしても首の頸動脈ごと破りそうで繊細な力加減を要される。
「無駄だよ」
そんな佐滝の足掻きを眺めながら、死んだはずの男が淡々と囁いた。
「その札は『聖』の技術を詰め込んで作られた特別性だ。直接手で剥がそうとするんじゃなく、体を纏う気を増幅させて吹き飛ばすようにしないと剥がれない。まあ、高度な気操作技術が求められるけど」
親切に説明してくれる人物を切羽詰まった表情で眺めながら、佐滝が叫ぶように聞いた。
「……ッッ! な、なぜ…………君は生きてるッッ!?」
「『戦型陰陽師「螺尚牢」』……『気付二番・仮死伏真』。仮死状態にする技だよ。……最も、これは瀕死の仲間を一時的に仮死保存する技で、自分に使う技じゃないけどな」
「……ッ!」
シラーの回答を聞いて佐滝が瞠目した。
「じゃ、じゃあさっきの自爆用の士器というのは……」
「ハッタリだよ」
「ッ!」
あっさりと自白した相手に、佐滝は唖然とする。
「そんなもの体に『聖』が埋め込むわけないさ。『血意の爆信』、咄嗟に考えたにしては良いネーミングだと思わないか?」
そう。
あの自爆はシラーの完全なる自作自演。
念人法で己の心に負荷をかけ、気の流れを限界を越して掻き乱し、それを爆破の前兆だと錯覚させ、泥沼で圧迫・窒息させるように誘導したのだ。
後は『仮死伏真』で仮死状態を繕い、相手が完全に油断したところで反撃に出るだけ。
気が膨張したように見えたのもシラーが意図的に一定量の気を放出していたのだ。
(……なるほどッ)
ある程度シラーの所業を見抜いた佐滝が険しい表情を浮かべる。
(迂闊だった…! 蓋を開けてみれば、彼の〝自爆の嘘〟を皮切りに振り回されてしまった…ッ)
佐滝が深々と溜息を吐く。
「やってくれたじゃないか…! 正直駆け引きで負けたというより、純粋に騙されたって印象だ。……とんだ悪戯小僧だったな…!」
(……悪戯小僧、か)
佐滝の言葉を受け、シラーは心の中で一度反芻し、仮面越しに佐滝を見詰めた。
「……俺だって、こんな戦い方は望むところじゃないさ…」
シラーは呟きながら、ふと、真面目に生きると決めた〝決意〟の日を思い出していた。
■ ■ ■
シラーの手作りクッキーを手に取った父は、流れるような手付きで………息子の口へ滑り込ませるようにぱくっと咥えさせた。
「っっ!」
シラーが目をカッと開いた。
他の隊員が眉をハの字にしてく苦笑する中、シラーは叫んだ。
「辛あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!」
すると、シラーが口から火を吹いた。
他の隊員が「やっぱりか…」と頬をぽりぽり掻いている。
「何するんだよ! パパっ!」
クッキーをぺっと吐いて唇を赤く腫らしたシラーがキッとアジュガを睨んだ。
「それはこっちのセリフだ」
そんなシラーの額に手刀を落とす。
イタッと額を抑えるシラーをよそに、アジュガは呆れた表情でクッキーを拾い上げた。
「なるほど、今回はクッキーに唐辛子か何かの粉をかけたってところか」
ふっ、とアジュガが微笑んだ。
「悪戯小僧め。まだまだ甘いな」
そう。シラーは『聖』の子供たちの中でも有名なとびきりの悪戯っ子だったのだ。
特に父親であるアジュガにはこうして何度も悪戯を仕掛け、何度も返り討ちに遭っている。
この親子のやり取りは『聖』の名物の一つにもなっていた。
「むううううぅうぅぅぅう! 今度はうまくいくと思ったのにっ!」
と膨れっ面で叫ぶシラーの頭をアジュガがぽんぽんと叩く。
「悪戯小僧が作った食べ物は辛いか苦いって決まってるんだよ。……それとも、パパの誕生日に乗じれば上手くいくと思ったか? お前の考えなんてお見通しなんだよ」
いつもの光景だった。
シラーのあらゆる悪戯を看破してアジュガが一歩上を行く。この後シラーが「覚えててよ!」って捨て台詞を放って去っていく。
その光景を目の当たりにして日常を噛み締める……そうなると思ったが、今日は違った。
「……………ぅぅ……ぅ……」
シラーが……目尻に涙を溜めていた。
「…し、シラー…?」
息子の泣きそうな顔にさすがのアジュガも少し戸惑った声を上げる。
「パパのバカあああああああああああああああぁぁぁぁああああぁぁ!」
涙腺が崩壊するのと同時にシラーが走り去ってしまう。
「シラー!」
アジュガが大声で呼ぶが、シラーはあっという間に廊下の角へ消えてしまった。
廊下を曲がり、十分遠ざかったシラーは壁に背を付けて立ち止まり……「ふふっ」と笑った。
顔を上げると、シラーの目尻から流れていた涙が枯れるように一瞬で掻き消えた。
それからシラーは『聖』の子供の持たされる子供用携帯を取り出して発信ボタンを押してから耳に当てた。
「もしもし? ネメシア? 飾りつけはどう? うん…うん……ありがとう! ぼくもすぐそっち行くね!」
通話を切ったシラーがにっこりと笑みを浮かべる。
(朝泣いて別れたぼくが帰ってきたら誕生日を祝う! これはさすがのパパも驚くぞ~! もしかしたら泣いちゃうかも!)
大好きな父親が帰ってくることを想像しながら、シラーも誕生日会場の飾りつけの準備に向かった。
………しかし、次に見た父親の姿は………棺の中だった。
本来は死人が出るような任務ではなかったが、予期せぬ巨大裏組織の介入によって隊員達の命が危ぶまれ、アジュガは『小隊長』としてその組織の幹部と相討ちしたという。
任務は完璧に遂行され、『聖』は巨大裏組織の幹部の首という大きな成果を得た。
……ただし、それと引き換えに失ったものが、あまりにも大きかった。
……当時のシラーは他のことを認識する余裕などあるはずがなく、泣き叫ぶこともなくただただ呆然と父親が眠る棺の前で何時間も佇んでいた。
父を精一杯祝うはずだった。
自分に取っても最高の一日になるはずだった。
……特にシラーの心を埋め尽くしたのは………。
(……まさか……ぼくのせい…? ぼくが泣いたふりなんてしたから…?)
自分が余計な雑念を与えてしまったのではないか?
父の動きの精彩を欠かせてしまったのではないか?
父と最後に会話した時、一緒に周りにいた隊員は「シラーの所為じゃないからな!」「私達が不甲斐なかっただけよ…」「アジュガさんは最期まで本当に立派だった…!」と寄り添い、労わってくれた。
……それでも、どうしてもその疑念は晴れなかった。
自分のくだらない悪戯がほんの少しでも集中を散らす原因になってしまったのでは?……どうしても、どうしてもその疑心暗鬼に陥ってしまう。
……やがて母や親戚、特にネメシアの支えもあってシラーは 少しずつ立ち直っていった。
だが、もう二度と悪戯などする気には到底なれず、父のように冷静で真面目な士を目指して邁進するようになった。
悪戯小僧の面影はすっかり消え、冷静に見方をサポートする一流の士へと成長した。
■ ■ ■
(悪戯小僧…落ち着いて、真面目に、堅実に戦うことを信念としていたのに……また言われてしまったな)
だが、不思議な感覚だった。
もっと罪悪感が襲ってきたり、自己嫌悪に陥ると思ったが………そこまでネガティブな気分ではなかった。
リスクを負って積極的に相手を騙す思考で今も佐滝の裏をどう掻いてやろうかと考えているが、まるでパズルのピースがぴったり嵌ったかのように、淀みなく策が湧いてくる。
こんな思考をする自分を責める感情はまだまだ残っているが、それ以上の無敵感のような、誰にも負けない、俺が勝つ、という強気なマインドが心を占めている。
鼓動が高まる胸に意識を向けた。戦闘中でなければ手を添えていたところだ。
(なんだこの少年心……まだ残ってたんだな。俺にも)
己を客観的に分析し、シラーは改めて佐滝へと視線を向けた。
「さて、アドレナリンが出てる間に決着をつけるか」
「嗚呼……認めよう…。君は過去最高の御馳走だッ!」
いかがだったでしょうか?
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