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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第6章【番外】スイートピーサイド編

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第12話・・・アシュリーのアジト_不審な影_ラスト・フェーズ・・・

 アメリカ、夜。

「行くぜぇ!『炎砲撃ファイア・エミッション』ッッ!!」

「くたばれ!!『雷の塔(エレキ・タワー)』ッッ!!」

「死ね!!『岩の圧敷(ロック・プレス)』ッッ!!」

 静寂とは程遠い声がとある建物内で騒々しく怒鳴り響いていた。


(……ほんと、『グランズ(うち)』は華やかさとは程遠いわよね…。まあ表向きは裏社会のギャングだから仕方ないんだけどさ)

『グランズ』の構成員が暴れている様子を近くの建物の屋上で確認しながら、アリソン=ブラウンは溜息を吐いた。

 

 現在、『グランズ』は『ジグルデ』の幹部であるアシュリー=ストールンに的を絞ってアジトを襲撃している最中だった。

『グランズ』ボスのロベルト・ブラウンは漣湊が新組織を立ち上げるに当たって〝実績作りに協力してほしい〟という要望を叶えるべく、『ジグルデ』という強大な組織の幹部の一人を倒す為に湊の頭脳を貸してもらうこととした。

 そして最近は連日『グランズ』によるアシュリー・ストールンが居座っている可能性の高い隠れアジトを襲撃している。

 アリソンは戦闘への参加は許されていないが、こうして遠くから観戦することは許可された。ちなみに近くには二人の護衛がいる。

(それにしてもさすがミナトの作戦ね…。『ジグルデ』の構成員が何十人も常駐しているアジトをこうも簡単に崩せるなんて…。こういうやり方を見せ付けられたら『グランズ(うち)』の参謀達が泣いちゃうよ…)

 アリソンが他人事のように苦笑し、表情に真剣味を帯びる。 

(……でもまあ、()()()()()()()()()()()()()()()からここまでうまくことが運んでるんだろうけど)

 護衛へ連絡が入らないことを確認してアリソンは溜息を吐く。

 そう。

 これまで五つのアジトを襲撃してきたが肝心のアシュリー・ストールンの姿が見えないのだ。

 捕縛した彼女の部下も具体的な居場所を誰も知らない。目撃情報は幾つかあがるから近辺に潜んでいることは確実のはずだが、成果が振るわないでいる。

(まあ〝『ジグルデ』幹部のアジトを幾つも潰してる〟っていうのは十分な成果なんだけどね)

 アリソンが早速明日への思いを馳せた。

(明日はいよいよ最後のアジト。……早くひっ捕らえてミナトの実績にしてあげたいなぁ)



 ■ ■ ■



 夜更け。

(いよいよ決行は明日だね)

 と、ダリアは幾つものモニターと睨めっこしながら目にも止まらぬ速さでタイピングしながら思考を並列させていた。

 今小隊の最年長45歳であるダリアはデータ処理の専門家であり、現在は誰も出入りしていない廃墟の密室でモニター六つを設置してキーボードを叩き、この街にある全ての監視カメラをハッキングして現在・過去の映像を倍速で一つのモニターに複眼のように幾つも映すことで短時間で大量の映像を見聞していた。

 そして事前にチェックしていた『爬蜘蛛』関係の人間が映り込んだら逐一他の隊員に報告・更新しつつ、迩橋漏電が居座る『爬蜘蛛』の別荘のセキュリティシステムへのハッキングも行っている。

 この情報を元に他の隊員は精度の高い臨機応変な状況判断ができている。

 大規模なデータ処理作業を苦も無く順調に進めながら、ダリアは現状を整理していた。


(残る側近は『食人鬼』佐滝と『正体不明のS級格』満胴。迩橋漏電もいくつも士器(アイテム)を着飾ってA級にも届く実力を有する。……予定では、俺が佐滝を、コスモスが満胴を、…そして、迩橋漏電はスイートピーが相手をすることになってる。ネメシアの潜入手段は変わったけど、大きな変更はない。

 ……ただやっぱり気になるのは針生にかかってきた謎の電話だよねぇ。針生と繋がっていた情報屋か何かと見るべきだけど、かなり(へりくだ)っていたみたいだからね。ただの情報屋にそんな態度を取るか? 相手が上だと認めたらすぐ諂う男と言えど…んー…。

 まあ、さすがに『聖』の存在が知られた可能性は低いと思う。おそらく〝どこかの組織が『爬蜘蛛』を狙ってる〟とかそんなところだろう。

 ……やっぱり、どこかに横槍を入れられる場合に備えて、俺が早めに佐滝を倒して備えておくべきだろうね)


 コスモスとスイートピーの相手は各々一筋縄ではいかないし、ネメシアとシラーはそもそも戦闘要員ではない。

 己の役割を自覚し、ダリアは傍に置いていた脳の疲労を和らげる水薬(ポーション)を口に含む。仮面の上からでも飲みやすいよう飲み口の形状が細くなっているので、ストレスなく飲める。

(本音を言えば酒を飲みたい気分だね)

 なんて心中で冗談を呟いていると……、


「…んっ?」


 モニターの一つに、ダリアは違和感を覚えた。

(なんだ…? 今……一瞬影が見えたような……)

 ダリアがモニターの一つを巻き戻す。

 その映像は半日前の立体駐車場の高層に取り付けられた監視カメラ映像なのだが、ダリアはその画面の端に映る雑居ビルの屋上に、()()()()()()()()()ように見えたのだ。

 ダリアが巻き戻して改めて確認し、やはり影が一瞬映っていることを認識した。

(見切れてるけど、このシルエットは鳥やごみの(たぐい)じゃない。歩空法(フロート・アーツ)で空中を移動した時に落ちた影……100%とは言い切れないけど、そっちの方がしっくり来るね)

 ダリアは仮面に設置された通信機をすぐに作動させた。


 ※ ※ ※


『……〝謎の電話〟の次は〝不審な影〟……むぅ…』

 ダリアから監視カメラの報告を受けたスイートピーが唸る。

『今ダリアから送られた映像を確認したけど、確かにこれは歩空法(フロート・アーツ)の影というのが一番違和感ないわね』

 コスモスの同意を得つつ、ダリアが補足説明をする。

「今周囲の監視カメラを確認してるけど、残念ながら他にそういう影は映ってない」

『人影であれば(フォーサー)であることは間違いないけど、果たして今回の件と関係するかよね』

「いや」そのコスモスの意見をダリアは否定した。「ここは関係あると見るべきだよ。……謎で不審なことが連続してるんだ。紅蓮奏華の『天超直感(ディバイン・センス)』じゃないけど、こういう違和感は無視すべきじゃない」

『……確かにそうね』

 ダリアのベテランたる意見に、コスモスが素直に受け止める。

『コスモスさん、お願いできる?』

 スイートピーが素早く結論を下した。

『まあ、私しかいないでしょうね』

 ネメシアとシラーは現在潜入工作中でそもそもこの会話には参加していない。スイートピーは小隊長という立場である以上、簡単に動けないし、ダリアは引き続きデータ処理をする必要がある。

『しかし具体的にどうするんだい? この映像だけだと移動先しかわからないし、それも方向転換されてたら足取りを掴むことは不可能に近い』

 これはスイートピーを試すわけではなく、ダリアの純粋な疑問だった。

『足取りを掴むことは諦めるよ。……ただ、半日前の昼間ににわざわざ歩空法(フロート・アーツ)で建物間を移動していたということは、その前後で何かの〝仕事〟をしていた可能性が高いと思うの』

 スイートピーの意見にダリアが納得させられる。

「なるほど。夜ではなく、昼間に移動するやむを得ない事情があるということか」

『もちろんこれも確実じゃないけど、少し調べる価値はあるんじゃない? ……ってことで、ダリアさんにはその映像の半径1キロ以内に絞って、裏社会と繋がりのありそうな企業・団体・個人をリストアップしてコスモスさんに渡して。大雑把でいいからできるだけ早くお願い』

「わかった。この地域を根城にしている組織については事前に調べてある。五分で終わらせる」

『コスモスさんはそれを受け取り次第、そこに潜り込んでダリアさんにデータ処理をしてもらうから適当なPCにUSBを……ってこれは言わなくてもわかるか』

『ええ。……そじゃあ、ダリアお願いね』

「ああ。あと三分でできる」


 ダリアは大きな図体と太い指の割に器用に高速でキーボードを打ち鳴らし、結局三分とかからずにコスモスへデータを送った。






 

 ………しかし、結局何か情報は得られずに多大な時間を浪費しそうになったので、早々に切り上げることとなった。



 ■ ■ ■



嗚呼(あぁ)……ようやく届いた!」

 真昼間から美食家のような出で立ちの佐滝が私室でうっとりとした笑みを浮かべていた。

 その部屋は別荘の最も端に位置するのだが、それには理由がある。


 それは……佐滝が持ち込んだ〝死体〟の腐敗臭を蔓延させないためだ。


 当然、消臭用士器(アイテム)できちんと対処はしているが、それでも補えない量の〝死体〟を佐滝は仕入れているのだ。

 仮に普通の食材であっても一週間やそこらで食べきれい量だ。『爬蜘蛛』の誰も知らないが〝食べる〟以外でも()()()()()()()をしているのかもしれない。

 

 佐滝はずらりと()()()()()()()()()()()()()()に触れたり、鼻を押し付けたり、舐めたりなどして愛でた後、「今夜は君にしようか」とある女性の死体を吊るす紐を切り、その部屋から出ていった。




(…………ほんと、針生が霞むぐらいの変態ね…ッ)


 ……天井から吊るされた死体の一つ、その中に潜んでいたネメシアが息を殺しながら虫唾を走らせていた。

 

 ネメシアは今、『完似創人ビー・キャラクト』によって死体に変化(へんげ)していた。

 プランCとは、『食人鬼』佐滝が闇商から仕入れた死体に紛れ込んで潜入するというものなのだ。

 

 別荘近辺で佐滝と繋がりのある闇商を割り出すことも、そこに潜り込んで佐滝へ出荷予定の死体の一つに成りすますことも難しくない。

 ……ただ、死体の中で長時間待機するネメシアへの過負荷(ストレス)が大きいのだ。

 もちろん、厳しい『聖』の訓練を受けたネメシアの精神力はその程度で乱れることはないが、極力避けたいのもまた事実だ。

 

(……はぁ、やっぱり針生が消息を絶った後だから()()()()には厳重なチェックが入ってたけど…()()のおかげでなんとかなったわね)

 

 ネメシアが己の体に貼りついている御札に意識を集中する。

 それはシラーの司力(フォース)戦型(スタイル)陰陽師(おんみょうじ)』の武器だ。

 

 ネメシア&シラーによる一体技『鎮在(アブセンサー)護符(ごふ)』。

 複数人の(エナジー)を掛け合わせることで通常以上の能力を発揮する一体法(ユナイト・アーツ)

鎮在(アブセンサー)の護符』はシラーの遠隔操作による探知阻害をネメシアの(エナジー)で補うことで成立している。

 遠く離れればシラーの探知阻害も弱体化するが、長年共に訓練したネメシアのサポートがあって通常以上の効果をもたらしているのだ。


(シラー様々ね、ほんと。……佐滝もうちらが予想した通りの順番で死体を食べるみたいだし、……早速始めましょうか)


 ネメシアは己の変化を解き、変化していた死体と同じ死体を全収納器(ハンディ・ホルダー)から取り出して吊るし直す。

 死体だらけの部屋に改めて不快感を覚えながら、ネメシアは室外の様子を探知法(サーチ・アーツ)で探って誰もいないことを確認し、部屋を出た。


(決行は明日の夜。それまでにやることはあれとあれとあれと……)


 ネメシアの本職、潜入工作の出番だ。

 


 ■ ■ ■



 夜闇に溶け込んだ光のない河川敷の橋下。

 例え暗闇に目が慣れたとしても足下も覚束ない場所に一人の男がいた。

 光が全く差し込んでいないので顔も見えない。

「待たせたわね、シャーク」

 そこへ、一人の女性が現れた。こちらも顔は見えないが声は淡々としていて無感情な印象だ。

 シャーク、と呼ばれた男性もまた無感情な声で返した。

「遅かったな、イーグル」

 イーグル、と呼ばれた女性が淡々と返す。

「無駄話は結構。任務に差し支える理由ではないわ。……それよりも、()()()、本当なの?」

「真実だ。……タートルから連絡があった。『錯流刀』の針生が消息不明らしい」


 一拍置いて、シャークが告げた。


「近い内、『爬蜘蛛』で何かが起こる」


 

 ……こうして、夜が明け、また夜が訪れた。



 ■ ■ ■



『爬蜘蛛』の別荘を一望できる高台。

 見通しの良い高台だが、身を隠すのにちょうどいい木々の密集地帯があり、潜入中のネメシアをシラーはその木々の中でサポートしていた。

 

「お待たせしました」


 そこへ、スイートピー、ダリア、コスモスの三人が到着した。


「準備は万端だ。いつでも始められる」

 シラーが述べると、スイートピーは一つ頷いた。


 そしてスイートピーは三人の前に立ち、手短に伝えたいことを話した。

「……シラーさんにもお伝えした通り、針生への〝謎の電話〟に加えて〝不審な影〟も発見されました。はっきり申し上げて計画通りとは言えないです。……でも、この程度の〝予定外〟はいつものことです。皆さんには〝計画に沿いつつ臨機応変に対応〟という()()()()()のことをお願いします」

 スイートピーが踵を返し、眼下の別荘へ視線を向ける。



「………では、『最終段階(ラスト・フェーズ)』へと移りましょう」








(………ほんとは怖い。計画通りにいかなくて不安で仕方ない。不確定要素を全部除いてからネメちゃんを潜入させてあげたかった。……〝計画に沿いつつ臨機応変に対応〟なんて私が一番できてないけど……やるしかない。やらなきゃいけないんだ。


 お兄ちゃん、私に勇気を貸して…!)


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