第6話・・・アメリカで_ホリデー_電話・・・
アメリカ有数のギャング『グランズ』。
巷では恐怖の権化として畏れられているが、その実態はアメリカ警察と繋がりアメリカの治安を守る必要悪として仮初の姿を演じている組織だ。
そのギャングのリーダーの娘、アリソン=ブラウンが鼻歌を鳴らしながら『グランズ』本部の廊下をスキップしていた。
「お嬢、今日ご機嫌だな」
「例の頭の良い日本人と良い事でもあったのか?」
「……いや、なんか俺は嫌な予感しかしないぞ…」
そのアリソンの様子を見ながら『グランズ』のメンバーが口々にいいあっている。
「ん? 誰か何か言った?」
「いえ! なんでも!」
そしてアリソンがその内の一人の言葉に引っかかり振り向くが、その男は背筋を伸ばして全力で首を横に振った。タトゥーやピアスで迫力が増した男も、ボスの娘には形無しのようだ。
やがてアリソンが『グランズ』本部で最も重要な人物が居座る大部屋の扉をノックした。
中からの「入れ」という言葉と共に勢いよく扉が開く。
「お父さん!」
「……どうした? アリソン」
その人物、アリソンの父親にして『グランズ』のボス・ロベルト=ブラウンが溜息混じりに用件を聞いた。
格闘技のプロ選手よりまた一際大きい体格でどっしりと椅子に背を預け、座っていてもアリソンが少し視線を上げなければ目が合わない。日本ではあまりお目に掛かれない大男だ。
自分の体積の三倍以上ある男にギロリとした視線を向けられては、例え親子と言えど並みの十代なら萎縮してしまうものだが、アリソンは一切怯まずに部屋内を歩き進み、バンッと父のデスクに両手を付いた。
「ねえ、今何か困ってることとか悩んでることない?」
「………は?」
ロベルトの口から間の抜けた声が出る。
「一体何が…」
「ミナトからさっき連絡もらったの」
「ッッ」
湊、と聞いて ロベルトの視線を細められる。
「……彼がどうかしたのか?」
「なんかね、ミナト日本で新しい組織を立ち上げたみたいで、その実績作りを手伝ってほしいんだって」
「新しい……組織?」
アリソンが「その組織に関する資料も送ってもらったけど見る?」と言うので有難くロベルトは見せてもらった。
その資料を読んで、ロベルトが少しだけ話したことのあるミナトのことを思い返した。
(漣湊…。アリソンがミイラに襲われた件をきっかけに私の娘であることが判明しても仲良くしてくれたあの日本の少年か…)
昨年、湊はアメリカに留学していた際にアリソンの身分を知らずに仲良くなり、ギャングの娘であることが明かされても友達であり続け、今でもアリソンと連絡を取り合ってる。
(何度か話したことはあるが、その度に思慮深さに驚かされたあの少年が、日本で新たな組織『月詠』を設立する…と。そして『グランズ』は表向きはギャングだから、幾つかアメリカの正規組織を紹介してもらい、その他の組織と『グランズ』の双方に利のある情報を提供する、か)
ロベルトが資料の内容を要約しながら考え込む。
「で、どうなの? お父さん。何かないの?」
アリソンがロベルトの熟考に割って入る。
「……あのな」ロベルトが再び溜息混じりにいう。「アリソン、お前はミナト・サザナミの話に乗る前提で進めるつもりのようだが、俺はまだ迷っている」
「え、なんで!?」
アリソンが狐につままれたような顔をする。
その顔を見てロベルトが更に呆れた。
「なんでってな…。これは組織と組織の取引に関する話だ。おいそれと簡単には決められない。ましてや相手が日本の中学生がトップに立つ組織ではな」
ロベルトが簡潔に説明する。
これでアリソンも渋っても致し方ないと納得してくれた……かと思ったが。
「……なんだ、お父さん、ミナトの凄さ、ちゃんとわかってないんだ」
「ッッ、なに…?」
今度はアリソンの呆れが混じった視線に、ロベルトが少しだけ狼狽した。
「私はミナトのことが好き。一番好きなのは気遣いが完璧なところ、二番目はあの可愛い見た目に反して安心感を与えてくれる頼りがいの安心感のギャップ、三番目が私の知らないことを笑いを交えながらなんでも教えてくれるユーモア。……細かく分けると100個くらいになるけど、大きく分けたらこの三つ」
「………きゅ、急になんだ…っ?」
もちろん娘が湊を好いていることは自明の理ではあったが、いざこうして聞かされてはなんと言えばいいのかロベルトでもわからない。
「私はミナトのことをちゃんと知りたい……けど、どうしても一つだけ私でも100%理解できない点がある。……それが三番目の、なんでも教えてくれるって部分」
「………?」
「ミナトってさ、頭が良過ぎるんだよ。ほんとに。一切の誇張なく。……ミナトに追いつきたくて勉強頑張ってるけど、足下にも及んでない。ミナトが見てる景色を一緒に見たいのに、私には見える予兆もなく、むしろ勉強をしても近付けないミナトの頭の良さがどんなものなのか漠然と〝超頭良い〟としかわからない」
そこでアリソンが一瞬言葉を区切り、でもさ、とロベルトの目を見て続ける。
「でもさ、お父さんなら少しはわかるんじゃないの? ミナトがどれだけ頭が良いのか!」
「……ッ」
アリソンが何を言いたいのか感じ取ったロベルトがハッとなる。
「お父さんも一応頭良いんでしょ? ミナトってただ頭良いだけじゃなくて駆け引きとかめっちゃヤバイんだよ? ……私に振り向いてもらうためにクリスマスやバレンタインで友達に協力してもらって色々仕掛けたに全部華麗にスルーされて……」
「……組織レベルの駆け引きを色恋のそれと一緒にするのはどうかと思うが……確かにそうだな…」
アリソンが湊の頭の良さをしっかり理解できいないという自己分析が正確であることを認識しつつ、ロベルトは少し考えて「わかった」と頷いた。
「最初から『グランズ』と繋がるアメリカの正規組織に関する情報を流すわけにはいかないが、〝お試し〟ということでこちらが指定した案件に関する情報やアドバイスをしてもう。その出来栄え次第で検討する。そういうプロセスで進めていこう」
「さっすが私のお父さん!」
アリソンが喜びに満ち溢れた笑みを浮かべる。湊と関われることがよっぽど嬉しいのだろう。
(さて、肝心の〝お試し〟で使う案件はどうするか…。最近だと、密輸組織『ルーダック』のリーダー、ジェームズ=ベースの失踪の原因、ボストンのどれかの病院に潜む闇医者『ガルーダ』の目的と居場所、………あとは、巨大組織『ジグルデ』の幹部、アシュリー・ストールンが最近見せる不審な動きの真相、この辺か。……どれにするか。漣湊、お手並み拝見だ)
………ロベルトは気付けなかった。
己が既に、他者の掌の上であることに。
■ ■ ■
とある施設の一室。
筋骨隆々としたたくましい体のアメリカ人男性が、地べたに尻餅をついて後退りながら、涙ながらに叫んでいた。
「ま、待ってくれ! 俺には妻も娘もいるんだ…! お前達の情報も全部破棄する! だから……だから! 命だけは勘べ 」
それ以上、そのアメリカ人男性の言葉が続くことはなかった。
……首から上が消え、話す口がなくなったからだ。
「はあぁ、醜い。これから死にゆく人間なのだから、最期をどんな美しい言葉で飾り締め括るか期待したのに、どいつもこいつも恥を捨てて生に縋る醜い言葉ばっかり」
「……アシュリー様」
背後に控える黒人男性が今しがたアメリカ人男性の首を吹っ飛ばした女性の名を呼ぶ。
「そろそろお時間です」
「わかってるわよ、デイビット。………はぁあ。野心に溢れてた迩橋ちゃんがいなくなってから面白いことがなくなっちゃったわね」
色素の薄いブロンドの髪を揺らしながら、『ジグルデ』幹部のアシュリーはつまらなそうに欠伸をかいた。
■ ■ ■
『聖』アジト。
スイートピーは自室の机の前で「うーーー」と唸っていた。
(ダメだ……全く手に付かない…)
約一週間後に控えた『初一』に備え、スイートピーは休日返上で朝から策を練っている……のだが、何も名案が思い付かず資料だらけの机に額を擦り付けていた。
(お兄ちゃんなら、こういう時なんて言うかな…)
スイートピーは煮詰まった時、湊の言葉を思い出すようにしている。
目を瞑り、湊と過ごした日々を振り返った。
すると、とある言葉が想起した。
『いいか、スー。脳を休ませることを忘れるな。どれだけやる気に溢れていても、長時間活動してれば必ず脳はオーバーヒートする。その時は必ず休め。リフレッシュしようぜ』
スイートピーは椅子の背もたれに寄り掛かり、肩の力を抜いた。
(……はぁ。そうだよね…。うん、今日は大人しく休んでローズを誘って休日屋域にでも遊びに行こうかなっ)
※ ※ ※
休日癒域。
休日を満喫する為の施設が豊富に揃った区域のことだ。
『聖』のアジトは完全屋内なので休日癒域は娯楽施設を詰め込んだデパートのような造りとなっている。
訓練後の隊員がいつも浸かる温泉とはまた別の岩盤浴やサウナなど極上のリラックス施設。最新のゲーム機器やボードゲーム、ビリヤード、ダーツ、など様々な遊戯グッズを揃えたレクリエーション施設。ボーリング、バスケ、テニス、屋内プールなどこれも訓練用とは別の娯楽を重視したスポーツ施設。カフェやバーベキューなど食事とコミュニケーションを楽しむための広々としたデパートのフードコートのような飲食施設。
などなど、休日癒域は任務以外で表に出ることができない『聖』の隊員にとって、唯一の憩いの場である。
「お! スーちゃん!」
幅の広い廊下に祭りのような露店を出した『聖』隊員の一人のおじさんがとぼとぼ歩くスイートピーに声を掛けた。
スイートピーは「あ、ペンタスさん」とその者のコードネームを呼んで、そのおじさんの屋台であるわたあめ屋に歩み寄った。
「今日は一人かい? ローズちゃんは?」
ペンタスが聞くと、スイートピーはぷくっと頬を膨らませた。
「今日はお母さん……瑠璃さんと一緒に過ごすんだって。他の同期も訓練だったり用事があったりで……私一人…」
「おいおい! そんなしょぼくれた顔すんなよ! ほら! 周りを見ろ! みんな仲間だ! どっかに混ぜてもらえばいいだろ!?」
ペンタスがそう大声を上げると、近くにいた休暇の隊員達が立ち止まってスイートピーに声をかけてきた。
「えー!? スーちゃん一人なの!? 私達と一緒に回ろうよ!」「俺達のところでもいいぞ。妻と二人で来たが、気にするな」「これからカフェ行くけど、来るか? 新作スイーツ奢ってやるぞ。……まあ、ここのは全部無料だけど」
隊員達の温かい気遣いが心にじんわりと沁みたスイートピーが「……もぅ」と顔を赤くする。
「だったらスー、私達と遊ぼうよ」
そこへ、聞き馴染みのある声がスイートピーの耳に届いた。
「ガーちゃん…みんなも…」
そこにいたのは第二策動隊所属の「ガーベラ」と第一隊の「プロテア」と「ザクロ」、第六隊の「クローバー」……湊とコスモスの同期達だった。
■ ■ ■
「あれ、どうもお二人さん」
『聖』第四隊所属の総隊長瑠璃と第二隊隊長フリージアの長女、コードネーム「ブローディア」がとある二人を見付けて声を掛けた。
「従兄妹同士で仲が良いわね」
アジト内の修練場の一つ。
ブローディアが入った部屋にはシラーとネメシアがちょうど一段落ついたところなのか、壁際で給水中だった。
「あのねぇ、ブローディア……」
ネメシアが小さい肩を落として溜息をつく。
「『聖』内で生まれたらみんな遠い親戚みたいなものじゃない。それにそもそも私達は従兄妹じゃなくて又従兄妹、別の言い方をするなら再従兄妹よ」
そう。
『聖』は一種の閉鎖社会である以上、その組織内で子孫を残していくことになる。必然的に遠戚関係になることが多いのだ。
ネメシアの祖母とシラーの祖父が兄妹で、二人は再従兄妹の関係にあたる。
「ネメシアの言う通りだ」
シラーは生真面目な面持ちで汗をタオルで拭いながらネメシアに同意した。
「それに俺達は小隊を編成される時もコンビ技を買われて同じ隊に組まれることが多い。共に訓練する割合が多いのも当然だ」
「細かいわねっ」
ブローディアがけらっと笑う。
「もうあんたら実の兄妹みたいなもんなんだからさ、従兄妹でも再従兄妹でも夫婦でも似たようなもんでしょ」
「ちょっと! 最後変なの混ぜないでよ!」
「はあ…小学生か…」
挨拶がてらの冗談(?)を交わしてから、ブローディアが早速気になっていたことを聞いた。
「それで、どうなの? スイートピー小隊長は」
■ ■ ■
「……王手です」
「………参った」
食堂の一区画で、その二人の将棋に今決着した。
敗者である第四隊所属で元副隊長を務めていた好々爺ことスターチスが残念そうに力無く笑った。
「これでもクロッカスの相手を散々して鍛えられたはずなんじゃがのう……。すっかりお主には勝てなくなったのう、ダリア」
勝者である無精髭のダリアが目を瞑り静かに頭を下げた。
「恐縮です。クロッカス隊長に『小隊長』としての思考を磨くならスターチスさんに将棋で勝つのが近道だと教わりましたからね」
ダリアも謙虚に頭を下げた。
「ただ俺ほんとに不器用でいまいち『小隊長』としてのスキルがアップしたか実感湧かないんですけど、どうなんでしょうか?」
「上がっておるよ。そう遠くない未来、いずれ実感が湧く時が来るだろう」
「わかりました」
ダリアはスターチスの言葉を素直に受け止めた。
「焦らず時が来るのを待っています」
「それがよい」
スターチスが頷いてから、改めてダリアに強い意思を込めた視線を送った。
「その調子でスイートピーのことも頼んだぞ」
「承知しております」
■ ■ ■
『聖』の自室で、コスモスはベッドに座りながら、携帯を耳に当てていた。
「うん……うん……ふーん……あのアメリカで仲の良かった子と連絡取ったんだ………わかってるって。というかそんな話はいいのよ。…湊とこうして連絡を取り合える時間は限られてるんだから。………ふふっ、そうね。…それでも、私はこの時間を大切にしたい。………ねえ、聞いてよ。今度『休日癒域』に二人乗り用のゴンドラができるんだけどね……」
心から楽しそうに、湊との通話を楽しむコスモスであった。
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