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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第6章【番外】スイートピーサイド編

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第1話・・・スイートピー_湊大好き_スタート・・・

 スイートピーの系統なのですが、以前凝縮系と記載したのですがヒロイン格に凝縮系が多かったので、系統を変更しました。

 漣湊さざなみ みなと。コードネームはクロッカス。

 それはスイートピーに取って〝全て〟と言える存在だ。

 血の繫がりはないが、地獄の淵で自分を育ててくれた、心で繋がった家族である。どれだけ嫌なことがあっても、湊の顔を思い出すだけでストレスが浄化されて幸せに包まれる。

 同じ組織の『聖』のみんなももちろん家族だが、湊に対する家族愛は別格だ。……それは湊も同じように思ってくれているはずだと信じている。


 ただ湊との家族関係について、スイートピーは少し後悔がある。

 それは湊を「お兄ちゃん」と呼んでいることだ。


 物心つくころには「お兄ちゃん」と呼んでいたし、他の子供が湊を「クローおにいちゃん」や「クローにい」と呼ぶ中で自分だけが頭に何もつけずに「お兄ちゃん」と呼べることに対しては特別感があってどうしても気分がよくなってしまうのだが、それだとスイートピーは〝妹〟のままになってしまう。

 小さい頃はそれで満足だったが、スイートピーももう11歳。

 自分の湊に対する感情が〝兄〟としての愛情ではないことにもう気付いている。

 早く湊の〝女〟になりたいと一丁前に考えるけど、湊はどんどん先に行ってしまう。


 だからスイートピーも全力全開で努力し、いつか守られる存在から隣に並んで戦う存在となれるように成長しなければならない。


 そして湊と対等な関係になれたその時には結婚して子供をたくさん産んで、幸せな家庭を築くのだ。


 

『聖』第四策動隊・仮隊員、コードネーム「スイートピー」。

 将来の夢は『クロッカスのお嫁さん』。


 恋と夢を追う11歳の少女の努力の一日が、今日も始まる。

 


 ■ ■ ■



フォーサー協会』のトップ12。

『陽天十二神座・第二席』独立策動部隊『聖』。


 他組織は何人なんぴとたりとも場所を知らない本部アジト。

 その修練場では、常に待機隊員達が自己研鑽に努めていた。

 スイートピーもまた、淡い桃色のポニーテールを踊るように揺らしながら修練に励んでいた。

「スー、次はどの部屋行こっか?」

「うーん…やっぱり『氷河ひょうが』じゃない? ローズ。まだ私達の年齢と体格だと寒さに弱いから!」

 聞かれたスイートピーがそう提案すると、相手の少女は「そうだね!」と頷いた。

『聖』第一策動隊・仮隊員、コードネーム「ローズ」。

 総隊長であり母である西園寺瑠璃と同じ青みがかかった黒髪ツインテールがくるっと元気に跳ね上げている少女だ。

 ちなみに父親は『聖』第二策動隊隊長のフリージアである。

「とりあえず十分休憩~」ローズが伸びをしながら言う。「三時間も『鈍重どんじゅう』の部屋で駆け回るのはやっぱ疲れる~!」

「ん~!」スイートピーもつられて腕を伸ばす。「ね~」

 そして適当に返事をしながら、スイートピーはポケットから携帯を取り出して画面を確認する。

 ローズはそんな()()()()スイートピーの動作を見て、()()()()質問をした。

「どう? 愛しのお兄ちゃんから返信は来てた?」

 するとスイートピーは白い頬をぷくっと膨らませた。

「来てない…。今は獅童学園ではお昼休みのはずなのに……来てない……」

 ローズがそんなスイートピーの膨らんだ頬を人差し指で突く。

「そんな顔しないのっ。クローさんだって一応潜入任務中なんだから」

「でもお兄ちゃんがいつも付けてるヘッドホンに特定の振動を与えれば簡単に返信できるんだよ?」

「…でもほら、クローさんの近くには同じ『超過演算デモンズ・サイト』を持つ速水愛衣っていう『北斗』の女がいるんでしょ? 彼女の前では少しでも不審な動きはできないんじゃない?」

「でもお兄ちゃんがいるC組は次の時間、実技演習だから男子更衣室で着替えている時に返信できるはずなんだよ?」

「………で、でもほら、紅井勇士っていう『天超直感ディバイン・センス』を持つ紅蓮奏華の人間もいるんでしょ?」

「……む~、一理ある…」

 変に拗れ始めたスイートピーがローズの必死の説明でなんとか納得してくれた。

 ローズがホッと安堵する。

「もう…」

 スイートピーが溜息を吐く。

「なんなの! 紅蓮奏華の血縁って!『天超直感ディバイン・センス』って! 私とお兄ちゃんの邪魔をしないでよ!」

「……スー、あの…私も紅蓮奏華の血縁なんだけど……?」

 ローズが当たり前の事実を伝えると、スイートピーは両手をローズの頬に伸ばし、ぎゅっとつねった。

いふぁッ!」

「そうだ~~~! ここにも紅蓮奏華がいたんだ~~~~! 根絶やしにてやる~~~~!」

「待っふぇ! 待っふぇ!」

 などと少女二人が和気藹々とふざけていると、そこに第三者の声が割って入った。


「随分と楽しそうだな! お前ら!」


 声変わりの前兆を感じる少年の声だ。

 スイートピーとローズがきょろっとその声の方へ顔を向ける。

 そこには二人の11歳前後の少年が立っていた。


 一人は短髪の髪を逆立ちさせた、己の熱量や活気を体現したかのような髪型の少年だ。自信に満ち溢れた目付きと、同年代の中でも圧倒的な筋肉質の体が自慢とばかりに両袖を捲し上げている。

 身の丈以上で、横にも太い大刀を片手で軽々持って肩に乗せている。剛毅な少年だ。


 もう一人は剛毅な少年の斜め後ろに立つ、戦闘用のゴーグルを掛けた少年だ。熱気溢れる剛毅な少年とは対照的に静かな出で立ちで物事を俯瞰で見るタイプだと伝わってくる。


 当然二人共『聖』の隊員だ

 前者が『聖』第二策動隊所属・仮隊員、コードネーム「ガザニア」。

 後者が『聖』第五策動隊所属・仮隊員、コードネーム「クレソン」。

 スイートピーとローズと同い年の同期である。

 ちなみに大声を上げたのはガザニアだ。


「「…………」」

 ガザニアの大声に反応して顔を向けたスイートピーとローズは、

「「………(ぷいっ)」」

 と無視して「そろそろ『氷河』の部屋行こうか、スー」「そうだね」と何事も無かったかのように離れていく。

「待てやぁあああああああああああ!!」

 その行く手を阻むようにガザニアが回り込んだ。

「あ、いたんだ。ガザニア」

「元気してた?」

 スイートピーとローズのあからさまな挑発にガザニアが額に青筋を浮かべてピクピクと痙攣させている。

 するとガザニアと一緒にいたクレソンが。

「落ち着けー、ガザー。その二人がお前を人間扱いしてないのなんていつものことじゃないか。いい加減慣れろー」

「うるせー! クレン! お前も一言多いんだよ!」

 ガザニアはクレソンに怒鳴って、少女二人…というよりスイートピーに視線を向けた。

 そして大刀の切っ先をスイートピーに向ける。

「スイートピー! 俺と勝負しろ! 今度こそ俺が勝つ!」

「はぁ……ガザニアも懲りないね…」

 スイートピーが深々と溜息を吐く。

「最後に勝負したのが二週間前だよね」ローズが言う。「その時からちゃんと成長したの?」

「当然! なんの進歩も無しに俺が勝負を仕掛けたことがあったかよ!」

 ガザニアが言うとスイートピーとローズが「「んー…」」と少し考え込む仕草を見せる。

(そうなのよねぇ)

 ローズが悩まし気に考える。

(ガザニアって馬鹿で大雑把だけどしっかり努力家だから、何の成果も無しにスーの前に現れたりしないのよね)

 なんだかんだ言いつつもガザニアのことをローズもスイートピーも認めているのだ。

「はいはい、わかったって」

 スイートピーが桃色のポニーテールを振るように大げさに肩を竦める。

「私が勝ったら売店のカリカリポテト奢りなさいよ」

「おうよ! 俺が勝ったらクローさんと手合わせさせてもらうぞ!」

「お兄ちゃんなら時間がある時にちゃんと相手してくれるって言ってるのに…」

「俺もいつも言ってるだろ! スイートピーに勝ってからじゃないと意味がないって!」

「わかってるって」

「今なら第五修練室が空いてるからそこでやるぞ!」



 ■ ■ ■



 対人用の修練室でスイートピーとガザニアが向かい合う。

 既にカウントダウンが始まっており、室内上空にホログラムで映し出された数字は残り30秒を切っている。

 カウントは一分から始まり、緊張感を高まったこの一分以内にどれだけ戦局や策略を巡らすことができるかが鍵となる。


「うおおおおおぉぉぉぉぉおお! 行くぞおおおおおぉぉぉおおぉお!」

 今にも斬りかかりそうな雄叫びで、ガザニアが大刀を構える。

 大刀、より詳細な名称は『斬馬刀』だ。

 中国で用いられていた長柄武器であり、馬を斬ることを目的とされて作られたものだ。破壊力は刃物の中でもトップクラス。

 しかしその威力に応じて重量も増すのが特徴で、例えフォーサーと言えど軽々しく扱えるものではない。

 それをガザニアはサイズを調整しているとはいえ、常日頃から片手で軽々しく肩に乗せているその腕力は同年代の中では随一だ。

「また〝強化〟の腕を上げたみたいね。ガザニア」

「当然! お前に負けるわけにいかないからな! スイートピー! ほら! 早くお前も構えろよ!」

「何度も言わせないで」

 スイートピーが直立不動の姿勢から、ゆっくりと両手に持つ()()を構えた。

 持ち手の部分から二又に分かれて尖った先端が真っすぐ伸びた武器……兄である漣湊クロッカスと同じ武器、二本の音叉おんさだ。

 湊と同じ構えのスイートピーが不敵に笑む。

「ギリギリまで構えず、相手に一切の情報を与えない。それがお兄ちゃんの教えなのよ!」

 そのコンマ数秒後、試合開始のブザーが鳴った。

 

 ※ ※ ※


「行くぜ!『岩の壁(ロック・ウォール)』!」

 ガザニアが勇ましい声と共に防御技を繰り出した。

 土属性の汎用防御技、『土の壁(アース・ウォール)』の上級版、『岩の壁(ロック・ウォール)』。

 ジェネリックが強化系土属性であるガザニア渾身の壁である。

 そして更に。

感活法シャープ・アーツサウンドッ!!)

 エナジーを一部の感覚器官に集中する強化系特有法技(スキル)だ。

 ガザニアは聴覚を強化して全神経を集中させた。

(右か!? 左か!? スイートピーは初手から音も無く縦横無尽のあらゆる角度から先制攻撃してくる! この先制攻撃で後々の戦闘まで引くダメージを毎回与えられる! だからこうして敢えて壁で視界を遮って、左右どちらかに選択を絞ったんだ! ここで先手を取る!)

 右か、左か。

 研ぎ澄まされた聴覚が、無音の暗殺者であるスイートピーの動きを………捉えた。

「そうだよな!」

 逸早くスイートピーの動きを掴んだガザニアが斬馬刀を振り上げる。

「こういう時にお前は()から来るよな!」

 そう。

 スイートピーは岩の壁の右でも左でもなく、上から来たのだ。

 音も無く壁を上り、頭上の死角からガザニアへと一直線に向かって来ている。

 本来であればガザニアは死角から頭部に大ダメージを受けてその後の戦闘でも思考力や判断力に障害をきたしたまま戦うことになっただろう。

(よしよしいいぞ俺! この調子なら今度こそスイートピーに勝てる!)

 ガザニアの心は昂っていた。

(俺の目標は尊敬するフリージア隊長ぐらい強くなって、いつかは第二策動隊の隊長になること! そのフリージア隊長とクロッカス隊長はかつて激戦を繰り広げ、歴代最年少で隊長に就任したクロッカス隊長はフリージア隊長を始め全隊長格から一目置かれているって聞いて俺は決めたんだ! まずクロッカス隊長の愛弟子とも言えるスイートピーを倒す! そしてフリージア隊長のライバルであるクロッカス隊長から一本取れるぐらい強くなって、胸を張ってフリージア隊長の直属小隊に志願するんだって! クロッカス隊長から一本取れるなんて途方もない目標だって俺にもわかるけど……スイートピーより強くなることは、今の俺でも決して不可能じゃない!)

 ガザニアが己の信念を斬馬刀に込めて、真上から向かってくるスイートピーに渾身の一撃を叩き込むべく振り上げる。


「50点ってところかな?」


「ッ!?」

 だが、斬馬刀は空を切った。

 正確には斬ったはずのスイートピーの姿がぼやけて消えたのだ。

「『陽炎空ミラージュ』か!?」

 空気の密度を操作することで幻影を造り出す火・風属性の技だ。

(本物のスイートピーは…!?)

「下だよっ」

 ガザニアの心の声にスイートピーが答えた。

 しかし下に視線を送る隙もなくガザニアの脚に激痛が走った。

「ぐぁッ!」

 ガザニアには見えていなかったが、スイートピーは『陽炎空ミラージュ』で虚像を作ると同時に現実の自分を隠し、虚像を上から、現実の自分はガザニアが斬馬刀を持つ右手側から回り込んでいた。右側は大きな斬馬刀によって死角が多くなっているので、容易く下へと潜り込めたのだ。

 そして音叉を振るってガザニアの右膝を強打したのである。

「くそッ!」

 しかしガザニアは立ち止まる方が危険だと判断し、激痛を堪えて加速法アクセル・アーツでその場から距離を取る。同時に土煙を発生させることでスイートピーにスイートピーの追撃を防ぐことは忘れない。

 スイートピーが土煙を風で払うと、約十メートルの距離までガザニアは移動していた。

「ガザニア」スイートピーが晴れやかな笑みを浮かべる。「確かに今の岩の壁(ロック・ウォール)を使った作戦はよくできてたけど……あんた向きじゃないよ」

「……どういうことだ…!?」

「ガザニア、あんたの持ち味って何? その巨大な斬馬刀を振り回す同世代の中でもずば抜けた腕力と脚力でしょ? 今私が強打した直後でも斬馬刀を持ってそれほどのスピードを出せる丈夫な脚を戦闘開始直後に棒立ちさせるなんてもったいないと思わない?」

「……っ」

 ガザニアは何も言い返せなかった。その通りだからだ。

「それと、岩の壁(ロック・ウォール)で視界を防いで心理戦に持ち込むのもよくできてるって言ったけど……今回に限っては大悪手おおあくしゅだよ」

「なに!?」

 ガザニアは眉間に皺を寄せたが、不適で自信に溢れたスイートピーと目が合い、委縮した。

「私を誰だと思ってるの? あの心理戦・頭脳戦の大天才であるクロッカス(おにいちゃん)の妹であり一番弟子であり未来のお嫁さんなんだよ? ………その私の領域に踏み込んでくるなんて、自殺行為だと思わない?」

 嘘偽りなく堂々と言い放つスイートピーは、気丈で、気高く、美しいオーラを溢れさせていた。とても11歳の子供とは思えない洗練された重みを感じる。

「………ああ、返す言葉もないな」

 スイートピーのオーラに圧倒されたガザニアが、斬馬刀を構え直す。

「お嫁さんって部分は気になるが、確かにその通りだ。せっかく思い付いた策だったから使ってみたが、次からは時と相手を選ぶぜ。………だから!」

 ガザニアの纏うエナジー量が跳ね上がった。

「ここからは取って置きの本気だッ! 今みたいなチャチな技じゃない! 俺の新しい(ニュー)司力フォースを見せてやるぜ!」

 直後、ガザニアのエナジーが土に変化し、斬馬刀の巨大な刃を包んだ。

 一回り大きくなったが刃物ではなく鈍器のような形状となり、これで変化は終了かと思った瞬間……ぐつぐつと、まるで茹でられるように刃を包む土が音を鳴らし始めたのだ。

「オラアアアアァァァァァアァァアアアアアアッ!」

 ガザニアが叫んだ直後、ぐつぐつと茹でられた土が限界を超え、色が変化し、()()()()()姿()を現した。

「ふーん」

 額の汗を感じながら、スイートピーは()()を見て薄っすら笑みを浮かべた。

()()()、それが貴方の新しい司力フォースってこと? ……やるじゃん!」



 ■ ■ ■



「マグマ! へー! ガザニア凄いね! 土の温度を強化のエナジーで限界以上に上昇させてマグマ…要するに溶岩に変質させちゃうなんて! 私達の歳で出来る子なんて早々いないよ!?」

 対人用修練室の観覧席でスイートピーとガザニアの戦闘を観戦していたローズが感心の声を上げる。

 その隣に座るクレソンが冷静に応えた。

「ガザはフリージア隊長を目指して、本当は純粋な刀を扱う『紅華鬼燐流』を司力フォースにしたかったんだが、土属性だとどうしても相性が悪くて断念した。……でも、そこであいつは諦めず、なんとかフリージア隊長のように紅蓮の炎を司る剣士になれないかって必死に考えたんだ」

「そうして編み出したのが、琥珀色の溶岩を司る剣士というわけね。……これ考えたの絶対クレソン、あなたでしょ?」

「うん」クレソンが肯定する。「僕が尊敬するクロッカス隊長は何人もの隊員の相性適正や潜在能力を見出したって聞いたから、僕も頑張ってガザに合う司力フォースを考えたんだ」

 クレソンは第五策動隊所属だが、最も尊敬しているのはクロッカス。クロッカスは『超過演算デモンズ・サイト』を駆使して隊員達の司力フォースの新たな次元ステージを見出し、能力を引き上げた実績を持っている。

 頭脳派のクレソンとしては、地平線の彼方以上の応用力を誇るクロッカスの知能に魅了されないわけがなかった。

「でも」

 クレソンが注釈を入れるように接助を紡ぐ。

「あくまで僕は提案しただけ。……土属性に取ってA級上位である『司力フォース』、『溶岩工マグマ』を実現させるためガザの血反吐を吐くような努力あってこそだよ」

 クレソンが誇らしく嬉しそうにガザニアを褒める姿を見て、ローズは思った。

(ガザニアとクレソン、真逆の性格だけどやっぱり相性良いわよねっ)

 ローズは戦闘中の二人の方を向く。

(勝負は技術ももちろん、思いの強さも結果に大きく関わってくる。……ガザニアとクレソンの思いの強さは本物)

 ローズが改めてガザニア達を認める。

(それでも、スーは一筋縄(ひとすじなわ)じゃいかないよ?)



 ■ ■ ■



(ガザニアのレベルはギリギリA級下位に届くくらい。クレソンのサポートがあったとしても、『溶岩工マグマ』を習得したのは純粋に凄い。………みんな、強くなってる)

 スイートピーは決して表情には出さないが、常に焦りを感じている。

『聖』の隊員は全員強い。他の組織だったらもっと上の役職にいてもおかしくない人達ばかりだ。

 そして仮隊員はその予備軍であり、うかうかしていたらいつでも追い越されてしまう。

(私はお兄ちゃんみたいな天才じゃない。……お兄ちゃんみたいな天才でさえ常に努力を怠らないのに、私が一瞬でも気を抜ける暇なんてない!)

 スイートピーは己に喝を入れ、纏うエナジーを倍増させた。

 臨戦態勢である。

「やる気になったみたいだな!」

 ガザニアがスイートピーの目付きが変わって犬歯を剥き出しにする。

「教えてやる! この『溶岩工マグマ』を纏った斬馬刀を扱う『司力フォース』の名を! これを尊敬するフリージア隊長の『紅華鬼燐流』にちなんでこう名付けた!『紅熔裂砕流こうようれっさいりゅう』ってな!」

 高らかに叫び放つガザニアに対し、スイートピーはどこまでも冷静だった。

(ガザニア、いつも勝負を仕掛けてくる時素っ気ない態度取ってるけど……まあそれも本心だけど、感謝もしてるんだよ)

 スイートピーが二本の音叉を構える。

(だって、ガザニアの成長を目の当たりにさせられて、私の中の慢心が消えて焦りを忘れないようにしてくれるんだから!)

「紅熔裂砕流・一式!」

 ガザニアが斬馬刀にどろっとしたマグマをまるで絵具を付けるように纏って、スイートピーへと直進してくる。

 そしてスイートピーの元へ着く……前に、斬馬刀を振り薙いだ。

「『紅蓮飛沫ぐれんしぶき』ッッ!!」

 すると斬馬刀のマグマが振り薙いだことによる慣性で勢いよく飛散し、肌に直撃すれば大火傷必至のマグマの粒が全方位に猛威を振るう。

『紅蓮飛沫』は対スイートピー用と言っても過言ではない。

 神出鬼没なスイートピーの為の、全方位展開技でる。

「『上激振ハイパー・ビブラート』」

 対するスイートピーは音叉を鳴らし、生じた超振動攻撃で向かってくる溶岩の礫を全て落としてみせた。

「くっ…! だったら!」

 ガザニアがすぐ切り替えて次の技を発動する。

「紅熔裂砕流・二式『一閃炉いっせんろ』ッ!」

(『一閃炉』はマグマの斬撃を飛ばす技! これでスイートピーを右に寄らせて、もう一度集中的に『紅蓮飛沫』を飛ばす!)

 ………しかし。

「遅いよっ」

 ガザニアの心境とは程遠い、明るく元気な声が真後ろから聞こえた。

 首を動かし、目線だけやると、音叉を構えたスイートピーがガザニアの背中を完璧に取っていたのだ。

(そんな…! 隙を突かれないように『一閃炉』が大振り過ぎないよう訓練したのに…! さっきとスピードが桁違いになってないか…!?)

(って思ってるみたいだけど、これはさっきの高速移動とは違う。『夜見影よみかげ』っていう歩法なんだよ)

 ガザニアは加速法アクセル・アーツで数歩分の距離を取り、音叉の間合いを抜けた瞬間即座にその間合いごと斬馬刀を振り下ろした。

 超重量の攻撃。子供同士とはいえ、男女の対格差が明確になってくる11歳。

 ガザニアの斬馬刀の直撃を正面から受け止めるわけにはいかない………本来ならそう考えるのだが……。


 ガキンッ!!


 スイートピーが正面から斬馬刀を受け止めてみせた。それも一本の音叉で、だ。

 音叉と斬馬刀を持つ両者の腕がぶるぶると震えており、大した力量差がないことを証明している。

「くそ…!」

 ガザニアが押しきれないことにギリリと歯軋りをする。

 スイートピーは「ふふっ」と余裕の笑みを崩さず言う。

「忘れないでよ。……私も〝強化系〟なんだからっ」

 そう。

 スイートピーのジェネリックは強化系風属性。

 だからこそガザニアの攻撃も真正面から受け止められたのである。

「ああわかってるよ!」半ば自棄気味にガザニアが言う。「鎮静系顔負けの動きをしやがるから忘れそうになるけどな!」

 もちろん片時も忘れてなどいないが、そう言わずにはいられなかった。


 スイートピーの司力フォースは『夜瑩振死ナイトヘル・ラート』。

 これは湊と同じ司力フォースで、湊は〝風〟で音や姿や匂いを消して〝鎮静〟で効力を上げることで限界を超えた隠密戦闘を可能としているのに対し、スイートピーは〝風〟単体で隠密戦闘を可能にしている。

 もちろん精度は湊に数段劣るが、そこらのA級鎮静系に匹敵する。

 ……これは一重に、スイートピーが()()()()()の副産物である。



 スイートピーは一歳から四歳頃まで約二年半、『指定破狂区域ハザード・エリア』の中でも特に危険とされる『参禍惨域スリー・ヘルネス』の一つ、『屍闇しぐら怪洞窟かいどうくつ』で育った。

 より正確に言えば、湊に守られながら育てられた。

 洸血気オーブ・エナジーという『歪曲』の力を宿した赤黒いエナジーが充満する世界は本来人間が、それも子供が過ごせるような環境ではない。

 湊が如何にしてその環境を赤子一人育てながら生きながらえたかはとても簡単には説明できない。

 さすがに初期の頃の記憶はないが、最後の一年のことは鮮明に覚えている。一体湊がどれだけ二人の命を繋ぐ為に先の見えない『慟魔』での地獄の日々を生き抜いたか。

 鬼獣という化け物と隣り合わせでいつ発狂して心が死んでもおかしくないのに、スイートピーに愛情を注いで育ててくれたことを、どんなに辛くてもスイートピーにたくさんの笑顔を見せてくれたことを覚えている。

 そんな湊の姿を一歳の頃からスイートピーは見ていたからか、三歳前後の物心つく頃には〝風〟を媒介にして気配を絶てるようになっていた。

 きっと赤ん坊だったスイートピーも無意識の内に〝お兄ちゃんの為に頑張らないと〟〝お兄ちゃんの足手まといになっちゃいけない〟〝おにいちゃんを楽させてあげたい〟〝おにいちゃんを喜ばせてあげたい〟と思ったのだろう。

 もしかしたら湊の風操作を見たことによる刷り込みが働いたのも要因の一つかもしれない。

 

 スイートピーは地獄を生き抜く過程で、息をするように気配を消すすべを手に入れたのだ。



「さあ、行くよっ」

 次の瞬間、じりじりと歪な鍔迫り合いをしていたスイートピーの姿が消えた。

 斬馬刀が空を切る。

(くそッ! 目で追えない…!)

 己の非力さとスイートピーのレベルの高さに悔しさを感じていると。

『やっぱりマグマそのものを自在に操作することはできないみたいだね』

「!?」

 どこからともなくスイートピーの声が聞こえる。

 密閉空間内で障害物もないのにスイートピーの声だけが聞こえてどこにいるのか探知もできない。

 そしてスイートピーの推察は当たっていた。

 ガザニアは土をマグマへと温度上昇させることにリソースが全部割かれて精密な操作はまだできないのだ。耐熱耐性の高い斬馬刀に纏わせて、振り回すか飛ばすことがやっとなのである。

(く…! 完全に見切られてる…!)


『悪いけど、』


 スイートピーのまた声が響く。

 

『生涯敗北どころか一本取らせるつもりもないから!』



 ………そして、神出鬼没縦横無尽のスイートピーの猛攻が始まり、ガザニアに手も足も出させず、打ち負かした。ガザニアは最後に「まだ…か…」と悔し笑みを浮かべて気絶した。


 戦闘を終えて修練室から出た(ガザニアをクレソンに任せて置き去りにした)スイートピーは、既に強者の貫禄を放っていた。



 ■ ■ ■



『聖』総隊長室。

 青みがかった黒髪ロングヘアが優美に揺れる独立策動部隊『聖』の総隊長、西園寺瑠璃は、腹心である第一策動隊隊長であるスカーレットと、総隊長補佐であるチェリーを両脇に侍らせて、眼前の隊員に最後の確認を行っていた。

「……ということで、宜しくお願いできるかしら? コスモス」

 問われた隊員。赤髪おさげの少女、コスモスは大きな感情の機微を見せず、冷静に応えた。


「畏まりました。……スイートピーのおもり、任されます」


 いかがだったでしょうか?

 スイートピーの物語開幕!って感じで書きました。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 おかえり。 湊の恋愛面は、カオスだな。 結婚を前提にしてる分、 スイートピーが100歩リード。 書き続けてその後修正の方が 個人的には、うれしい。 実際、どん…
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