第16話・・・琉花VS乙吹_ラクシャーサ_翼・・・
本当はもっと早く書き上げる予定でしたが、二話分くらいの文字数になってしまい遅れてしまいました…。
なので今回も長いので、途中休憩挟みながら読んで頂けるとちょうどいいかもしれないです。
『指定破狂区域』を簡潔に説明すると、赤黒く変質した気が自然環境と動植物に染み付いた区域である。
人間社会にはない、動物達の嵐の如く入り乱れる剥き出しの本能は、通常淡い橙色の気を赤黒く変色させ、強化や鎮静などの七系統以外の、もう一つの特性を宿すようになった。
『指定破狂区域』で生き残った動物『鬼獣』は効力差はあれど、その赤黒い気を宿している。
そして『鬼獣』を従える『鬼獣使士』の中には、その赤黒い気を自身に移し宿すことができる者もいる。
「『鬼尤羅化』ッッッ!!」
乙吹礼香の首に『鬼獣』である蜂の赤黒い角がぐさぐさと刺さりながら、声を振り絞って叫ぶ。
「ぐ……ッ、うっ…!」
呻く乙吹に、琉花は苦渋の表情で下唇を噛んだ。
(漣から聞いてたけど、本当に使えるなんて…ッ!)
リスクを承知で今すぐにで勝負を決めたいが、かつてない殺気を纏った他の蜂達が乙吹を守護しており、迂闊に近付けない。
「あああああああぁぁぁあぁぁぁああああああぁぁぁぁッッ!」
冷静沈着な乙吹のものとは思えない絶叫と共に、蜂が角で刺した首の右側面から赤黒く発光する線が顎、右頬、右目、額と伸びていく。夜空を流れる彗星のような赤黒い線は右目の上の額で止まり……、
皮膚の内側から、赤黒い角が生えた。
赤黒い、と言っても色は黒に近く、その黒も濁っているように見える。
(………『鬼獣』の証である角、鬼赫角…ッ)
『鬼獣』が生やす赤黒い角『鬼赫角』が乙吹に生えたことを確認して、琉花は警戒心をMAXにまで上げた。
乙吹礼香の鬼赫角は色も黒く濁っていて、長さも五センチに満たない。角だけ見ただけだと、〝大したこと無さそう〟と思う人もいるかもしれない。
……それでも、琉花は知っている。
例え微々たるものでも、この角を生やす士は、常軌を逸した力を有する、と。
ようやく落ち着いてきた乙吹に、琉花は弓矢を構えながら。
(……『鬼尤羅化』。『鬼獣使士』が従える『鬼獣』の『鬼赫角』を己の肉体に刺し、特殊な性質を持つ赤黒い気…『洸血気』を移し宿す力。……そして、『洸血気』を宿す士を……、)
「『修羅鬼』、と呼ぶのよね。……まさかB級士でなれるなんて……敵ながら、尊敬するわ…」
琉花が苦笑する。
『修羅士』。星の数ほどある司力の中で、上位五指に入るとされている、唯一絶対の力を持つ士だ。
「……私なんて、大したことないですよ」
少し息が切れている乙吹が、呼吸を整えながら、答えた。
乙吹は蜂が刺した首元から額右側に掛けて淡く発光する赤い線が伸び、右眼上の額から鬼獣と同じ『鬼赫角』を生やしている。
その角を触りながら、自嘲気味に笑った。
「見ての通り、大した角ではないでしょう? 長さ4.5センチ。直径3センチ。色も黒く濁っていて、赤みがほとんどない。……『修羅士』と呼ばれることも恥ずかしいくらいですよ」
『鬼獣』、そして『修羅士』の強さは『鬼赫角』の長さや色味で天と地ほど変わる。
「確かに小さいわ」
琉花は肯定しつつ、目元を強く引き締めた。
「でも…『洸血気』を使えることに変わりはないんでしょう?」
乙吹は「ああ…」と呟き、
「これのことですよね?」
ライフル銃を構え、ババババババンッッ! と二十発以上を一気に赤黒い気弾を撃ち出した。
「ッッ!」
琉花がギョッと目を見開きながら射線から外れるように横に大きく跳ぶ。
(ライフル銃は気をチャージすればするほど威力が上がるが、逆に言えばほぼノーチャージだと至近距離のD級やE級士にもダメージが入らないッッ! ………だけど、洸血気だと話は全く別ッッ!)
そう思った次の瞬間。
「………え」
琉花が回避した先に、乙吹が放った赤黒い気弾が回り込むように琉花のこめかみに迫っていた。
乙吹から目は離していない。ライフル銃は撃ってない。
これは紛れもなく、乙吹が先程放った気弾だ。
「ッッ!」
琉花は歯を食い縛りながら、その場で倒れるように転がり、擦り傷を作りながらなんとか回避する……が、完璧に回避とはいかず、額を掠めてしまった。
(……ッ、十分距離は取ったはずだし、肉体も防硬法でしっかり守っていたのに……ッ!)
琉花は気を纏う防硬法で全身を守っていた。
ノーチャージのライフル銃では傷一つ付けることはできないはず。
……それなのに、あっさり傷を負ってしまった。
「今ので仕留めたつもりですが、やはり洸血気は扱いが難しいですね。……次は、確実に仕留めます」
冷静にライフル銃を構え直す乙吹を、琉花が余裕のない表情で睨む。
『洸血気』。
通常の淡い橙色の気が変質した、赤黒い気。
その特性は……『歪曲』。
弱肉強食の世界である森や海に住む数億数兆すら生温い無数の動植物達の剥き出た本能が気と混ざり、負荷を掛け、許容量もオーバーさせ、分子構造レベルにまで侵食し、……〝歪み〟を司るようになった。
対象物を『歪曲』させることができ、汎用性は多岐に渡るが、その中でも特に強力とされているのが、『次元歪曲』である。
乙吹は今、『洸血気』を込めた気弾を二十発以上放った。
その気弾は遠隔修正したとしても弧を描くように進む。
しかし、『次元歪曲』したことで空間を歪ませ、さながら瞬間移動のようなあべこべな軌道を描いたのだ。
……そして、この『歪曲』の最も恐ろしいとされる使い方が『気歪曲』である。
E級にすらダメージを与えられない気量で、A級の気の密度や構造を歪ませることができ、攻撃・防御を共に崩せてしまう。
琉花も、めいっぱいの気量で防硬法による防御を張ったつもりだったが、あっさり破られ、額に傷を負ってしまった。
琉花は『もしかしたら自分が一番の貧乏くじなのでは?』と思いながら思考した。
(……〝気を歪ませる〟こと自体は通常の気でも不可能じゃない。結界を破る乱流法や、相手の気を貫通する拡張系特有の貫穿法と似たようなもの。
……ただ問題なのは、ごく少量の気量で出来てしまうこと! それに次元歪曲で攻撃は不規則! しかも、妖具の瘴気ほどではないけれど、吸い過ぎれば精神が歪ませられる可能性もある…! 本当に強い…ッ!)
ちらりと、琉花は乙吹のそれほど大きくない黒く濁った『鬼赫角』を一瞥する。
(確かに言う通り、大したことない角。………それでも威力ッッ!)
掠った額に手を当てる。滲む血液が付着した。
(傷の深さは二ミリもない…それでも深く抉られたと思えるぐらい痛い…ッ!! 神経系も歪曲させられて痛覚に響く……ッ! これが手当たり次第に〝歪み〟を与える『指定破狂区域』の洸血気…ッ!!)
■ ■ ■
『鬼尤羅化』し、『修羅士』となって、『洸血気』を扱う乙吹を観ながら、亜氣羽は思った。
(……わかってたけど、大したことないなぁ。………あ、でもこれを見た後に私のを見れば、ミナトくん、驚いてくれるかなっ!?)
■ ■ ■
『修羅士』となった乙吹は、体温の上昇と乱れる呼吸を制御しながら、琉花と戦っていた。
(『修羅士』はそう長く保てない…でも、力任せに洸血気を使えば、私が呑まれてしまう…ッ。慎重に、迅速に、効率的に勝つッッ!)
乙吹はライフル銃を構えたまま、蜂達に指示を出した。
(みんな! お願い!)
上空に拡散した蜂達が乙吹と琉花のいる灰ビル屋上に一斉に雷を落とす。
琉花は「ッ!」と自分を襲う雷を躱そうと斜め後ろに跳ぶが、その付近にも雷が落ち、バランスを崩しながら回転して躱す。
琉花が回転する直前、乙吹が(今だ!)と気弾を放った。
この気弾に込めたのは『気歪曲』の効果だけである。『次元歪曲』で軌道を不規則にすると外してしまったり、直線距離で進むより時間がかかってしまうからだ。
「……ッ!」
突き進む気弾の制御に乙吹が思わず辛苦の表情を浮かべる。
(しっかり操作しなければ勝手に『次元歪曲』して軌道が変わってしまう…。本当に、扱い辛い気ですね…ッ)
そして、気弾が回転終えて立ち上がりかけた琉花を撃ち抜いた………が、同時に琉花の姿が掻き消えた。
残像を生み出す法技、残像法である。
琉花は残像で視線を逸らし、蜂達の雷を逆に障害物として乙吹の死角に移動したのだ。
「もちろん、わかっていましたよ?」
「ぅッッ!?」
琉花の顔が目を見開く。
乙吹は何もしていない。
琉花が屋上の床に足を取られ、盛大にバランスを崩したのだ。多少錆びれているとはいえ、躓くような段差はないはずだ。それなのになぜ? と琉花は少し訝しむが、とりあえず体勢を整えようと床に左手を付いた……が。
床を触った瞬間、その平な床がぼこっと凹み、更にバランスを崩して今度こそ転んでしまった。
そこへ。
「『鮮血の暴弾雨』。……今度こそ終わりです」
既に放っていた三十発以上の洸血気を込めた弾丸の雨が、琉花の頭上に迫っていた。
(蜂達の洸血気を込めた雷で屋上の床の密度を歪曲させました。見た目は平なように見えますが、実際は小規模な落とし穴のようなものです。……蜂達は大した威力は出せないから今まで使いませんでしたが、少しは洸血気の『歪曲』は扱えるんですよ)
乙吹は琉花の疑問に心中で答え、……『気歪曲』で防御がほぼ不可能となった赤黒い弾丸の雨が夥しく琉花に降り注いだ。
「『断崖風翔』ッッッ!!」
直撃する直前、琉花が床に手を当て、大量の気を込めて技を発動した。
琉花を中心に円柱状の風の壁が沸き上がり、琉花の身を守る。
これは紅蓮奏華家の紅華鬼燐流の防御の奥義である秘伝十三ノ式『断崖炎焦』をモチーフにした技である。
B級上位にも匹敵する流動する分厚い風の壁。C級の琉花にしては、上出来と言わざるを得ない。
……しかしB級レベルでは、洸血気を防ぐことはできなかった。
『断崖風翔』を障子でも破るかのように歪ませ、気弾が次々と突破していく。
……だが、ほんの微かに軌道を逸らすことに成功した……が、それも、三十発以上ある弾丸の内の、十数発に過ぎない。
「『風の二重壁』ッ!」
更に琉花は残りの気も使う勢いで風の壁を二枚張った。
『鮮血の暴弾雨』は当然のようにその二枚の風壁も突破するが、また幾つか軌道を逸らし、威力も削がれた。
「ぐぅ……ああッ…ッ! ぅぅうううううううッッ!!」
琉花は残る赤黒い気弾を防硬法で全力で防ぐ。
全身に弾丸を浴び、体を捻じられるような激痛と共に血溜を作りながらも、……琉花は耐えきってみせた。
「ハァ…ハァ…ッ」
琉花は上下する胸に手を添え、呼吸を整える。
「休んでいる暇はありませんよ」
「ッッ!?」
そこへ琉花が気付かない間に肉迫していた乙吹が、ライフル銃を鈍器のように振り上げていた。
持ち手の部分を先端にして振り下ろされるライフル銃を、琉花はぎりぎりのところで躱す。
しかし乙吹はライフル銃の持ち手の部分に跳弾法を纏っており、床に衝突すると同時に跳ね、勢いを増して、琉花の鳩尾に直撃させた。
「カッ……ハッッッ……ッ!!」
防硬法を纏っていたとはいえ、急所に一点集中のクリーンヒットを受けてしまった。
身が捩れるような鈍痛に琉花は立ち上がれず、吹き飛ばされた先で蹲っている。
「正直、『鮮血の暴弾雨』を防いだのは驚きました。気をもったいぶらず、要所を見極めて使う。……貴方は将来、強くなりますよ」
乙吹はライフル銃を構え、銃口に雷を溜めながら、「だから」と続けて。
「この敗北を糧に、どうか立派に成長して下さい」
本心を述べ、乙吹は雷の砲撃を放った。
これで終わり。
早く綺羅星や尭岩のサポートに回らなければ、……そう考えていた。
次の瞬間、琉花が、……飛んだ。
「ッッ!?」
乙吹が一拍遅れて視線を真上に向けた。
「それは……ッ!」
息を呑んだ。
乙吹の視界に映ったのは、中空に滞在する琉花。
そして………琉花の背中に生えた、〝黒い翼〟。
「『獣装法』ですか……ッ」
獣装法。
具象系特有の法技。
動物や昆虫だけが持つ翼・尾・牙・鰭などのボディパーツを己の人体に具象する中級法技だ。
琉花の翼は見事な具象精度と言える。
「だからなんだというのですか!」
乙吹が怒号を放ち、ライフル銃を構えた。
(どうやら気量だけはC級の中でも多いようですが、もう限界近いはず! おそらくこれが風宮瑠花の正真正銘の奥の手でしょうが、翼一つで打開できると思うのですか!)
乙吹は自身の体内を巡る洸血気と、少し小さくなった鬼赫角に意識を向ける。
(まだ修羅士は保つ…ッ! ここで一気に決めさせてもらいますよッ!)
「『鮮血の暴弾雨』ッッ!!」
ライフル銃から五十発以上の赤黒い気弾を撃ち出す。
琉花は翼で飛んでいるというより、引っ張ってもらってなんとか浮いているような状態だ。
不規則且つ防御も効果を為さない弾丸に、手も足も出ずに敗れ去る。
………そう思った時、琉花が翼を羽ばたかせ、弾丸の雨に突っ込んだ。
そして、驚く乙吹の目の前で琉花は、……不規則に迫る弾丸を、まるでダンスでも踊り舞うかのような優雅で俊敏な動作《飛翔》で躱していった。
「な…ッ!」
縦横無尽に迫る気弾。琉花はそれ以上に縦横無尽に動いている。
中には掠める弾丸もあるが、その痛みを堪え、ほぼ完全に躱しきりながら『鮮血の暴弾雨』の中を進んで行く。
(なんですかこの動き…! 死角の弾丸も紙一重で躱している…ッ!? わかり辛いが、風を応用した探知法を張ってるのか…ッ!? いやそれにしても並外れた反射神経を持っていなければ間に合わないタイミングですよ…ッ!? 地に足を付けた時より翼での飛行時の方が敏捷性が数倍も上なんて…!
……とても一週間や一ヵ月で身に付くレベルではない! これこそが風宮琉花の慣れ親しんだ司力ッッ!?)
※ ※ ※
映像を観賞していた愛衣がふふっと微笑む。
(琉花の本名は雲貝琉花。紅蓮奏華家傘下、『紅蓮奏華の黒矢』として代々本家の人間とツーマンセルを組む雲貝家の血族。
司力は『夜翼閃護』。近接タイプの紅華鬼燐流を空から援護するサポート系の司力。幼少から翼を具象し、一月の半分以上、足を地面に付けず生活することで翼を手足以上に使い熟すようになれる。
……琉花の翼捌きは中々上手だったけど、勝負序盤から見せたら簡単に攻略される。だから使うなら終盤の最後の最後ってアドバイスはしたけど……本当に負ける直前まで温存するとはねぇ)
琉花も勇士や紫音に触発され、この一戦に覚悟を持って挑んでいる。
そのことを実感し、愛衣は微笑を深めた。
※ ※ ※
琉花は今にもが飛びそうな頭を気合だけで覚醒させ、赤黒い気弾の弾幕を躱して躱して躱して潜り進んでいく。
縦横無尽に動きながらも、既に何ヵ所も気弾が掠っている。
(……痛い…少し掠っただけでこんなに痛いって本当に狡い………けれど! 『夜翼閃護』を解放した以上、負けるわけにはいかないッッ!)
過去に雲貝家で受けた過酷な特訓がフラッシュバックする。
一生懸命、翼を具象化した記憶。
地面に足を付けない特訓で、何度も地面に倒れて怒鳴られた記憶。
お洒落に興味が湧いても何も地味な恰好でひたすら戦わされた記憶。
……木陰で泣いた記憶。
………勇士に慰められた記憶。
幼いながら復讐者としてやる気を漲らせつつ、どこか不安定な勇士と共に頑張っていこうと奮起した記憶。
過去の艱難辛苦を噛み締めるように、ギリッと歯を食い縛る。
(私だけ停滞してるわけにはいかないのよッッ!!)
琉花は決意を新たにさらに加速し、……ついに、弾幕を抜けた。
時間にして10秒も経っていない。
ようやっと、翼を生やした琉花は、無防備な乙吹の眼前へ舞い現れた。
(ここで決め切るッ!!!)
もう矢も何も具象する余力がない。
琉花は弓に豪風を纏い、刀のようにして振り翳した。
■ ■ ■
(まさか本当に『鮮血の暴弾雨』を突破するとは…ッ)
赤黒い気の弾幕を突破し、黒い翼を広げて舞うように現れた琉花が一瞬天使と被る。
そんな考えを振り払い、乙吹は即座に防御体勢に入ろうとするが、乙吹が少し体を動かした途端、鉛でも流し込まれたかのように体に重い反動が掛かった。
(しまった…! 洸血気を使い過ぎた…ッ!)
『鮮血の暴弾雨』で倒すつもりだったので多少無理をしてしまい、体がコンマ数秒硬直してしまった。
「『風牙一文字』ッッ!!」
そのコンマ数秒の内に琉花が弓に豪風を纏い、振り翳した。
雲貝家の矢ではなく弓を使った風の斬撃技。本来近距離まで近付かれた際にカウンターとして使う技だが、数少ない近接技であるが故に、極めに極めたこの技の威力は非常に高い。
その威力を乙吹も悟り、目を瞠る。
(この威力…ッ!! 直撃だけは避けなければ…ッ!)
反動の所為で満足に迎え撃てず、自身の体に雷を流してショックを与え、なんとか体を動かして背後へ跳び、回避行動を取る。
「逃がさないッッ!!」
「ッッ!?」
しかしここでも、乙吹は計算を誤った。
背後へ跳んだ乙吹を、翼を羽ばたかせた琉花が追い、距離を離すどころか縮まってしまった。
(……………早期決着を狙い、『鬼尤羅化』したことが失敗だったんでしょうか…)
乙吹は、反省していた。
完全に使いこなせてはいない洸血気で無理して戦うより、時間が掛かっても蜂達と共にじっくり戦うべきだったのか。
それだと綺羅星達への援護が遅れるが、敗北して行けなくなるより良いのか。
……答えは出ない。
(……………しかしッッ! だからと言って諦めるわけにもいきませんッッ!)
乙吹の目はまだ死んでいなかった。
まだ僅かでも可能性があるなら勝負を捨てない。
綺羅星が常々言っている教訓だ。
(気をありったけ纏った防硬法で一か八か防ぐッッ!)
修羅士に成ることで身体的な耐久度も一時的に上昇している。
急所だけ防いで攻撃を受ければ、まだチャンスはある。
(『士協会』に絶望した私に手を差し伸べてくれた綺羅星さんの為にもッッ!! 負けるわけにはいかないんですよッッッ!!)
………そして、琉花の風の斬撃が繰り出された…………その時。
乙吹を庇うように、大勢の蜂達が盾となって現れた。
乙吹が瞠目する。
蜂達には指示を出していない。
自分達の意思で、蜂達は乙吹の壁となるべく動いたのだ。
……その光景に、乙吹は驚愕と……悲哀に支配された。
(やめて…! みんな…ッ!)
…………琉花の風の斬撃を受ければ、半分以上の蜂達が死んでしまう。
乙吹は、それが恐怖だった。
※ ※ ※
……乙吹に取って、蜂達は〝家族〟だ。
最初は〝駒〟として利用するつもりだったが、中学三年の15歳から育て、自分にどんどん懐く蜂達に、すっかり絆されてしまった。
獅童学園を卒業する直前、武者小路源得が『君は冷静なようで優し過ぎる。合理的な選択もいいが、時には自分の感情を優先してくれ』と言っていた意味がようやくわかった気がした。
『士協会』の職員に就職したら激務の連続だったがやりがいはある職場だと思った。
様々な正規組織と連絡を取り、均衡・秩序を調整する。
それは乙吹の性分に合っていて、辛いことは多々あれどやりがいは感じていた。
…………………………一部の組織が、乙吹の蜂達を利用するまでは。
『鬼獣使士』たる乙吹の司力、『索連蜂』の索敵能力があまりにも便利過ぎたのだ。
その話を持ち掛けられた乙吹は、度重なる激務で疲労していたこともあり『蜂達を使い捨てて死なせたりしない』という空手形を鵜呑みにしてしまったのだ。
そもそも、相手がそこそこの権力者であれば、断ることはできない。
……結果、とある組織の任務に同行し………最初の一回で、100匹以上いた蜂の、三分の一を死なせてしまった。
あっさりと〝家族〟が死に、乙吹は放心状態となった。
……しかも、何故か乙吹の蜂達を利用する予約枠のようなものができており、乙吹は悲しむ間もなく次から次へと蜂達を利用され、最終的には十数匹しか残らなくなってしまった。
乙吹は心の整理も付かないまま、蜂を抱えて逃げるように『士協会』を辞めた。
そんな自暴自棄になっていた乙吹の前に、綺羅星が現れた。
自棄になり死ぬことすら考えていた乙吹の心を丸裸にし、また乙吹に〝生きたい〟と思わせてくれた。
乙吹は蜂で戦うことに抵抗があり、一度は逃がそうとも思ったが、他ならぬ蜂達が乙吹から離れようとはせず、子供を産んでまた増えていたこともあり、また蜂達と共に一から頑張ろうと思ったのだ。
※ ※ ※
琉花の『風牙一文字』による風の斬撃が迫り来る中、まるでスローモーションにでも掛かったかのように、乙吹は絶望に顔を染めながら心中で叫んだ。
(『鍾玉』に入ってから対人相手に近距離で戦うのは初めてだったから蜂達はこれが殺し合いだと勘違いした!? …いや、違う! 私の〝負けたくない〟〝諦められない〟って思いに呼応したんだ…ッ! 馬鹿ッ! 貴方達を犠牲にしてまで勝とうとなんてするわけないじゃないッッ!)
………そして、乙吹は、蜂達を庇うように、前に出た。…………手の焼ける子供を持った、母親のような表情を浮かべて。
…………………そして、次の瞬間、琉花が………風の斬撃を空振り、………そのまま力尽きて屋上に倒れ込んだ。
「……………………………………………え?」
乙吹は、倒れた琉花を前に、理解が追い付かず、呆然と立ち竦んだ。
■ ■ ■
「……………ははっ………ざん…ねん…っ」
琉花が地面に頬をつけながら、霞む意識の中、呟いた。
「まさか…」
既に修羅士状態を解いた乙吹が、琉花を見下ろしながら、震える声で問うた。
「今……わざと外したんですか…ッ!?」
琉花の『風牙一文字』は確実に乙吹や蜂達を斬れる軌道を描いていた。
それを、途中で完全に逸らしていたのだ。
「なんで…ッ!?」
「なんでって……」
信じられないと動揺する乙吹に、琉花は当たり前のように告げた。
「あなたの蜂を……殺しちゃうと思ったから…よ」
「ッッッッッッッッッッッッッ!?」
乙吹は驚愕のあまり、息が止まった。
琉花は倒れたまま微笑を浮かべて。
「この一週間……貴女のことは調べたのよ…。…獅童学園ではどんな生徒だったか…とか………もちろん、『士協会』でのことも…」
琉花も紫音同様、相手の事前情報をしっかり頭に入れていたのだ。
乙吹礼香の『士協会』でのことは簡単に知れるようなものではなかったが、そこはさすが『御十家』の武者小路家と言うべきか。徹底的に調べ上げてくれた。
「武者小路学園長が言ってたわよ。……〝何もしてやれなくて、不甲斐ない〟って」
しばらく思考が働かなかった乙吹だが、次第に琉花の言葉を受け入れ、自嘲気味に苦笑した。
「…………ふっ、学園長は相変わらずなんでも背負い込むのですね…」
乙吹は大きく深呼吸して、琉花の顔の傍で、膝を突いた。
「私の蜂…いや、家族を殺さないよう気を遣ってくれて、ありがとうございます」
考えてみれば、最初から瑠花は乙吹の蜂を狙おうとはしていなかった。
蜂を高所に配置して狙い辛くしていたつもりだが、そもそもそんな気がなかったのだ。
乙吹は最大限の敬意を持って、琉花に告げた。
「申し訳ありません。これが一対一の勝負であれば、私の負けを認めるところですが……私の矜持よりも大切にしなければならない仲間が、今も戦っています。だから、貴女を置いてそちらへ向かう私の厚顔無恥さを、笑って下さい」
「別に……いいですよ」
「だから、」
琉花の言葉に被せるように、乙吹が続けて。
「勝手ですが、これで手打ちとさせて下さい」
乙吹は自身の指輪を外し、琉花の手に握らせた。
「え…」
琉花が驚くのも無理はない。
それはこの『宝争戦』で各陣営が血眼になって取り合う指輪だ。
乙吹の陣営は自分達の分以外に三個奪わなければならない。
それなのに、乙吹は自分の指輪を差し出して、琉花のを取ろうともしない。
実質、琉花が勝ったようなものだ。
「……みとめて………くれ……た………の……?…… 」
最後に問い呟き、風宮瑠花は…………意識を失った。
「『認めてくれた』? ……ああ」
琉花の最後の言葉の意味がよくわからず、乙吹は首を傾げたが、すぐに理解した。
『私のこと覚えてくれてたんだ。漣と交渉してた時も空気だったし、てっきり記憶にないかと思ってた』
最初対峙した時に琉花が言っていた。
まだ気にしていたのか。
「…………はあ、何をそんなに卑下しているんですか。………………さっきも言った通り、もうとっくに認めてますのに」
溜息を吐いた乙吹は、琉花をお姫様抱っこで灰ビル内に運び、寝かしつけてからその場を去る。
窓から差し込む夕日で、琉花の指と手の平にある二つの指輪が、オレンジ色に輝いていた。
風宮瑠花対乙吹礼香の勝負は、
琉花・戦闘不能だが指輪を獲得、
乙吹・戦闘続行可能だが指輪を喪失という、
複雑な結果となった。
■ ■ ■
「ええ……ええ……わかったわ」
綺羅星桜は、電話を切り、目の前の勇士に告げた。
「今、私の仲間の乙吹礼香から連絡があったわ。……四月朔日紫音は尭岩と相打ち。乙吹は…どうやら風宮瑠花の気遣いで辛勝したっぽいわ。だから指輪は風宮瑠花に上げたって。貴方の女友達、やるじゃないっ。……これは舐めて油断していたと言われても何も反論できないわね…」
綺羅星が首を傾げる。
「それで? 紅井勇士くん。貴方はどうなの? …………もう、ボロボロだけど」
刀を地面に突き刺し、息を切らしている勇士がグッと下唇を噛んだ。……その下唇から、血が滴り落ちた。
いかがだったでしょうか?
二話に分けようと思ったのですが、区切りどころが見付からず、一話にまとめたいとも思い、こうなりました…。
長過ぎると読み辛かったりしますかね…? もしよければ感想で教えて頂けると嬉しいです。
場合によっては、今後二話に区切って再投稿するかもしれません。
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