第12話・・・先代_素直とか苦悩とか_夜の各々・・・
独立策動部隊『聖』・第五策動隊隊長「クレマチス」。
歳は24。
少し猫背のストレートネック、目が隠れるほど長い前髪。
陰気なオーラを放つ青年だが、それを上回る集中力と静かな気迫を溢れさせており、只者ではないことが玄人目ならわかる。
西園寺瑠璃がクレマチスに聞いた。
「事前に報告書を見てもらった通り、その亜氣羽って子は別己法の使い手みたいでね。クロッカスの『超過演算』も深く効かない状態だから、一先ず本物が現れてから今後の動向を決めようと考えてるらしいの。……それで、クレマくんに聞きたいのが…、」
「どれだけ第五隊の人員を割けるか……ですよね…?」
先んじてクレマチスが言う。
瑠璃は流石と言わんばかりに微笑を浮かべ、「ええ」と頷く。
クレマチスは首を傾けて考える仕草を取りつつ、答えた。
「…はっきり言って厳しいですね。……第五隊の隊員は……『屍闇の怪洞窟』で、いっぱいいっぱいですから…」
日本にある『指定破狂区域』の中でも、特に危険とされる三つの区域『参禍惨域』の一つ、『屍闇の怪洞窟』の名を出す。
クレマチスが続けて言う。
「……個人的には『慟魔』の方も着手したいですが、…さすがにそれだと隊員達が過労死必至…、デンファレっていう滅茶苦茶強い新隊員は頂きましたけど、『指定破狂区域』探索に関してはまだ素人ですし。……やっぱ、他の隊から人員もらえると……ありがたいですね…」
デンファレ、とは淡里深恋の父、『憐山』の元幹部、『十刀流のジスト』のことである。無事コードネームを授かり、第五策動隊に配属されたのだ。
「そうなるわよねぇ」
瑠璃が予想通りの回答に肩を落とす。
「…ただ、」
そこに、クレマチスが語気の強い接続詞を入れた。
「もし『慟魔』の優先度が高いのであれば、……『屍闇』には必要最低限の隊員だけ残して、『慟魔』の方に人員を移すことは…可能です。………なんせ、『屍闇の怪洞窟』の探索調査率はおかげさまで、『聖』が独占状態ですからね……。…多少手を休めても、問題はないです」
クレマチスの考えに、瑠璃が「なるほど」と顎に手を当てる。
すると瑠璃の背後に控えていた双子の女性の片割れ、スカーレットが口を出す。
「しかしそれは一時的なものです。『屍闇』をそのまま隊員数少なくするわけにもいきません。……今後のことを考えると、やはり大胆な人事は必要かもしれません」
「仰る通りですよ。……スカーレット隊長」
クレマチスがどこかふざけ気味に畏まった態度で同意しつつ。
「…てゆうか、俺としては何よりその亜氣羽って子がすごい気になるんですけど。……『指定破狂区域』の『慟魔の森林山』で暮らしていたとか。……前例もあるし、クロッカスの報告を信じないわけじゃありませんが、……それでも日常的に暮らせる場所じゃないです」
クレマチスの疑問に、今度は双子のもう片割れのチェリーが応える。
「それについてはクロッカスも言及してたよね。……特殊な結界とか、『源貴片』の効果を使って居住できる環境を作ってるんじゃないかって」
するとクレマチスが首を傾げて。
「…クロッカスはお得意の『交渉』でその辺の情報を…入手できそうですか? ……てゆうか、そもそも……『交渉』に持ち込めそうなんですかね…?」
瑠璃が手元のタブレットをスライドして資料を確認しながら答える。
「クローくんの現在の見解としては、亜氣羽という少女は底知れない力を秘めてはいるけど、精神や思考は年相応で手に負えないことはないみたい。……ただ彼女の上にいる〝ババ様〟なる存在の情報が一切皆無に等しくて行き詰ってるみたいね」
「……はあ…『超過演算』も万能じゃないってことですね~……」
クレマチスが溜息混じりに言うと、瑠璃がくすりと笑った。
「もう…相変わらず、クローくんには遠慮がないわね」
瑠璃に言われ、クレマチスが「ふん」と鼻を鳴らす。
「いいんすよ。……俺はクロッカスの第二の師匠みたいなもんですから……。みんなみたいに凄い凄いって甘やかしたりしません…」
クレマチスの難癖付けるような物言いに瑠璃、チェリーが顔を綻ばせた。ちなみにスカーレットは呆れている。
そしてチェリーがにやにや笑みを浮かべながら言い返した。
「師匠っていうか、兄弟子でしょ?」
「同じですよ」
「そもそも隊長の歴としてはクロッカスの方が長いし」
「関係ありません」
クレマチスが顔を逸らして言い放った。
「……もういいですか…? ……俺の方でも人員とか見詰め直してみますが、…取り敢えずクロッカスがその亜氣羽って子を読んでからでないと……始まらないでしょう…?」
「そうねぇ。…クレマくん月数回しかいないからその間に方向性だけでも決めておきたいけど、仕方ないわね」
「…クロッカスの報告書頂ければ……時間を見付けて俺と副隊長で考えまとめておきますよ……」
瑠璃の「わかった。ありがとね」と笑む。
クレマチスは一礼して踵を返し、部屋を出て行こうとした……その時。
「そう言えば、クレマチス」
「…?」
スカーレットに呼び止められてクレマチスが振り返った。
「昨日は〝彼〟の月命日ですが、お墓参りはしましたか?」
スカーレットのストレートな言葉に、クレマチスが「…っ」と歪ませる。
更にスカーレットが続けて。
「半年前に隊長に就任してから一度もないでしょう? 前は毎月のルーティンでしたのに。……多忙になったのもわかりますし、貴方なりのけじめがあるのかもしれませんが、たまには顔を出して上げてください」
その言葉を受け止め、クレマチスが参ったと言わんばかりの微笑を浮かべて言った。
「……敵わないですね。スカーレットさんには」
スカーレットも微笑を浮かべ、言葉と加え添えた。
「そんな大した話をしなくていいんです。……いつものように、〝彼〟の師匠であるスターチスの老化が進んでいたとか、〝彼〟の同期である私やチェリーの愚痴とか、」
そこでスカーレットは一瞬言葉を区切って、少し微笑を深め、述べた。
「〝彼〟のコードネームを受け継いだ今のクロッカスがどれだけ成長したか、など」
「………」
「そんな他愛のないことでいいので、伝えて下さい」
スカーレットの優和に満ち溢れた言葉に、クレマチスは静かに息を吐いて、出口に向かって歩きながら答えた。
「わかりましたよ。……〝兄さん〟と、そろそろ兄弟孝行してきます」
先代クロッカスこと、自分の兄のことを思い浮かべながら、クレマチスは部屋を後にした。
※ ※ ※
クレマチスが退出した総隊長室で、西園寺瑠璃・スカーレット・チェリーが言葉を交わす。
「……クレマくんって本当に責任感強いわよね。その所為で変に片意地張っちゃうのが少し難点かな?」
瑠璃が苦笑して肩を竦めると、チェリーがからから笑いながら。
「大丈夫ですよっ。副隊長に就任した時もあんなもんだったでしょう? あいつの姉貴分の私達からすれば、いつものクレマのペースです。ね? スカー」
振られたスカーレットが、優しい笑みを浮かべて「ええ」と同意する。
「兄である先代クロッカス、理壱の意思を引き継いでいます。……いずれ総隊長となる現クロッカス、湊の強い支えとなるでしょう」
第五策動隊隊長「クレマチス」。
将来を嘱望された、若き隊長の、一人である。
■ ■ ■
夜。
獅童学園、女子寮。
風呂上りの女子生徒達が廊下や多目的スペースで雑談している時間帯。
速水愛衣は首に掛けたタオルでまだ少し湿っている亜麻色の髪を拭きながら、他の女子生徒達を尻目に廊下を歩いていた。
階段に近付いたところで、上階から見知った女子生徒が下りて来た。
「あ、琉花っ」
「……愛衣」
見るからに疲労の溜まった風宮瑠花が、着替えを携えている。今から風呂のようだ。
愛衣が労いの笑みを浮かべる。
「昼間湊に付き添って外出したのに、帰ってからも特訓してたみたいね」
「……ええ。なんだか自分が不甲斐なくてね…」
琉花が何を考えているか、おそらく愛衣でなくてもわかる。
湊の腕力に頼らない頭と心の強さに差を感じ、嫉妬心を掻き消すために特訓していたのだろう。
「……紫音はどうなの? 愛衣が特訓の面倒見ることになったのよね?」
「まだ初日だけど、順調かな?」
「決戦は一週間後になったけど、そんな短期間で完敗した相手に勝てるの…?」
琉花に詳細な部分を突かれた愛衣は、クスリと少し小悪魔染みた笑みを浮かべて。
「まあ、私の魔改造が完成すれば、勝てると思うなっ」
愛衣の言葉に、琉花は深々と溜息を吐いた。
「魔改造って…はぁ。……漣といい、愛衣といい、そういう余裕が羨ましいわ」
そして琉花は浴室に向かって再度歩き出し、最後に一言。
「頼りにしてるから、頑張りましょう」
それだけ言い残す。
力無く歩いていく琉花の背中を見ながら、愛衣は思った。
(直情的なところはあるけど、素直に相手が上だと認めるところは、紫音や紅井より全然大人なんだよね。琉花って)
■ ■ ■
紅井勇士は自室で座禅を組み、瞑想していた。
ルームメイトの湊はお風呂で部屋にはいない。
この瞑想は蔵坂鳩菜から教えてもらった、簡単にできる精神統一の訓練だ。
綺羅星桜に負けた勇士は担任であり『聖』の疑惑がある蔵坂鳩菜に指導を受けることとなった。
最初は探るつもりだったが、悔しいことに、これが中々効いていると言わざるを得なかった。
『紅井くんは気量と身体的性能は申し分ないからね。まず最初の三日間は、じっくり心の修行に当てましょう』
開口一番、蔵坂鳩菜はそう言った。
悠長なことを言っている、そう思ったが、こうして自分の心と向き合ってみて、まだ浅瀬のはずだが、己の未熟さを改めて痛感させられたのだ。
こんなに苦しいとは思っていなかった。
(……………マジで自分が嫌いになるぜ……これ。……でも、でもやらなきゃ…っ!)
勇士は顔を歪ませながらも、やめたい気持ちを抑えて瞑想を続行した。
■ ■ ■
武者小路源得は、学園長室ではない自室のデスクで考え事をしていた。
(……儂の『霊魂晶』を狙う裏組織『終色』の構成員、獏良はまだ目立った動きはない。獏良は他の裏組織を金で雇って後方から動かすことを得意とするから、おそらく今はその裏組織の根回し段階。
それまでになんとか紅蓮奏華家とは取り決めを完結させたいが……、紫音ちゃんのこともあるし、やはり四月朔日家にも一声掛けるべきか…? いやしかし、四月朔日家の現頭首は中々食えない。場合によっては九頭竜川に情報が渡ってしまうかもしれん…。
……それに何より、亜氣羽という少女が思った以上の大物だったことがここにきてもう一つの悩みの種となってしまったッ)
源得は頭を抱えた。
生徒や猪本には見せられない、少し情けない姿だが、そうせずにはいられない。
(……『指定破狂区域』? 『参禍惨域』? 『慟魔の森林山』? ……勘弁してくれ…)
そしてこの情報を教えてくれた漣湊は、源得に対してこう言った。
『交渉の場に「紅蓮奏華家」と通ずる風宮もいたから、学園長にも素直に全部話しますけど、これ俺が手に入れた情報なんで、絶対誰にも言わないで下さいね? あ、猪本先生ぐらいならいいですよ」
子供らしい笑顔でそう言われた源得は思わず顔を引き攣らせた。
年の功とポーカーフェイスにも多少自信はあったが、それでも感情が顔に出てしまった。
(……これは踏み絵か? もし儂がこの情報を阿座見野家などに売ったら、儂は一切信頼されなくなると言いたいのか? ……今の段階では確証がないから情報としての信憑性も薄く、どうすることもできないが……もし一週間後のバトルイベントで 漣くんが何か掴んだら? そもそもそれを共有してくれるのか? ……頭が痛くなる…。
元より生徒が握った情報を売るつもりなどないが、『鍾玉』という一味や風宮くんが紅蓮奏華家にどう伝えるかなど気掛かりな要素が多過ぎて、何もしないわけにもいかないのではないか…?)
源得が更に頭を抱え込む。
(……その『鍾玉』の参謀らしき女性…乙吹と言ったか? 漣くんとのパイプを作るためとはいえ、大きな情報を落としてくれたのう…………………ん?)
と、その時、源得の脳裏に古い記憶が過った。
「まさか…!」
源得は慌てて立ち上がり、部屋の壁一面にずらりと並んだ棚へと向かった。
棚には源得の活力の根源である過去の卒業アルバムがある。
約十年ほど前のアルバムを手に取り、中を見て、その人物を見付けた。
源得の視線の先には、湊と交渉を交わした冷静な女性、乙吹礼香の学生の頃の写真があった。
「乙吹くん…! 君だったか…!!」
(……夢だった『士協会』に務め、しばらくして辞めた時は連絡も取れなくなって心配していたが……今、元気にやっておるのか…?)
その答えは、返ってこない。
源得は情けなくて、寂しくなった。
■ ■ ■
亜氣羽は、高層ビルの端に座りながら、沈んだ表情を浮かべていた。
(………ミナトくん………ミナトくん………………はぁぁ…。………………この際、一緒に〝館〟に来てくれないかなぁぁ…?)
…………そして、あっという間に、一週間の時が経った。
いかがだったでしょうか?
そろそろ今章の最終盤です。
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