第3話・・・待ち人_ハザード・エリア_ベタ?・・・
その少女は、人気のない公園のジャングルジムの頂上で本を読んでいた。
かつて、とある館で老婆から〝亜氣羽〟と呼ばれていた15歳前後の少女だ。
心底楽しそうな表情で本を読みながら、瞳をキラキラさせていた。
(うん、決めた…!!)
■ ■ ■
『今度の休みとか、一緒に出掛けない?』
勇士が愛衣を誘ってから数日後の休日。
獅童学園がある区域の隣町。
紅井勇士は駅前にある噴水広場で人を待っていた。
「お待たせしました、勇士さん」
「来るの早くない? 勇士」
そしてその噴水広場に二人の女子が現れた。
四月朔日紫音と風宮瑠花だ。
「よう。そうか? いつも通りだと思うけどな」
勇士は特に驚くことなく手を上げて迎えつつ、琉花の疑問に軽く答えた。
「そう? まあいいけど。漣と愛衣はまだ?」
「湊とは一緒に来て、今トイレ行ってる。速水はまだだな」
「ふーん。それじゃあ、気長に待ちましょうか」
琉花が納得しつつ、近くのベンチに腰掛けた。
すると紫音が勇士の隣に立った。
「それにしても、勇士さんがこういう遊びに誘ってくれるのって珍しいですね」
「……まあな」
言いながら、勇士が少し視線を逸らした。
そう。名目上、今日の集まりは勇士が提案したものとなっている。
『今度の休みとか、一緒に出掛けない?』
という勇士の誘いに対し、愛衣は笑顔でこう答えた。
『いいよ。みんなで遊ぼう』
ここで『いや、二人で』と訂正する度胸は勇士にはなかった。
結果、勇士が琉花達三人を誘い、今日みんなで出掛ける運びとなったのだ。
勇士はこの愛衣の回答の真意を測りかねていた。
(……速水のあれは避けられたのか…? いやでも俺の気持ちに気付いてるとは限らない……そんな素振り見せたこともないはず…。でも愛衣は頭がいいからな……今後の振舞いは気を付けなければな…)
勇士が考えを巡らせていると、湊が戻って来た。
私服姿にヘッドホンを首にかけた湊も相変わらず女っぽい。
「あ、二人共来てる。じゃあもう行こっか」
湊がそう声をかけると、勇士が眉を顰めた。
「いや、速水がまだ来てないぞ」
「愛衣少し風邪気味みたいで、来れなくなったんだって」
「え…」
顔が固まる勇士に、湊が携帯の画面を開いて愛衣からのメッセージを見せた。
そこには『ごめん湊! 昨日の夜から咳がすごい出てて行けそうにない! 代わりにみんなに言っておいて!』という文が記されていた。
「じゃあしょうがないわね」
「ですね。今日は四人で遊びましょうか」
「うん。てかこれ俺いる? 邪魔じゃない?」
湊の軽口に琉花が「うるさいっ」と突っ込みを入れるのをよそに、勇士は心の中のもやもやが大きさを増していっていた。
(……え、これって……いや…それは考え過ぎ…か……)
愛衣に遠回しに断られたことを自覚せず逃げる勇士であった。
湊はそんな勇士を視界の端に捉えながら。
(愛衣ー、気持ちはわかるけど今はまだ穏便な手を打ってくれってー)
と面倒になった現状に、少し嘆いていた。
■ ■ ■
淡里深恋は獅童学園の図書館で調べものをしていた。
晴れてラベンダーとして『聖』の一員になった深恋は、表面上は変わりなく学生生活を続けていた。
(『聖』に入って色々な話を聞かせてもらった。皆さんの過去に何があったか、協会にも未報告の潰した裏組織の数々、第四策動隊の隊員がどの組織や会社に潜入しているか…)
その中でも、特に気になったことがあった。
今深恋はそれについて調べていた。
「あれ、深恋じゃない? 何読んでるの?」
「っ! 愛衣っ?」
しかしそこへ、この学園で最も警戒すべき人物が声を掛けてきた。
速水愛衣。『陽天十二神座・第八席』の秘匿強行探偵事務所『北斗』の室長の一人だ。
深恋と愛衣は試験でペアを組んだ仲である。
普通であれば愛衣に正体が見破られてしまうが、深恋は『完偽生動』という身体動作全てを偽装しする技術で『超過演算』すら欺き、正体を暴かれずに済んでいるのである。
深恋は愛衣の登場に驚きつつも『聖』の隊員としての動揺はおくびも出さず、カリスマ性溢れる優等生としての振舞いで接した。
「今日は琉花や紅井くん達と出掛けるって聞いたけど」
「ちょっと体調不良でね…」
少し濁した言い方をする愛衣に、深恋が小首を傾げる。
「そうは見えないけど」
「ぎくっ!」
「わざとらしい「ぎくっ!」ね…。仮病使って休んだの?」
「……まあ、とある人に暗に伝えたいことがあってね」
(……紅井くんのことかな?)
湊から色々と聞いている深恋は正解に辿り着きつつも、それ以上は踏み込まないでおいた。
「なるほど。……それで、私が何を読んでるかだっけ?」
話題を変え、ほら、と愛衣に本の表紙を見せる。
愛衣が意外な本に「へー」と呟く。
「『指定破狂区域』について調べてたんだ」
『指定破狂区域』。
国が指定する危険区域であり、主に森や洞窟などがそれに含まれる。
世界中の人間が体内に気を宿すと同時に、動植物なども一部気を宿すようになった。
そして森や洞窟などの動植物に濃縮な気が宿り、暴走・狂暴化した一定区域を『指定破狂区域』と呼称している。ちなみに、気を持つ獣を『鬼獣』と呼ぶ。
場所によってはA級やS級にも匹敵する『鬼獣』が潜んでいるため、気軽に足を踏み入れれば命の保証はなく、その出入口は『士協会』が管理している。
「何か気になることでもあるの?」
愛衣の疑問に、深恋は本音を隠して答えた。
「一ヵ月くらい前に『指定破狂区域』から『鬼獣』が出て来て人に危害を加える事件があったでしょ? 夏休みに入れば獅童学園は危険度が低めの『指定破狂区域』で実戦遠征を行うし、今の内に予習しておこうと思って」
「あー、そういうこと。物騒なこと調べてて何事かと思っちゃった。さすが優等生」
「茶化さないでよ。……でも、改めて勉強してみると奥が深いね。『鬼獣』にも質があるから、火や雷など属性は表に出やすいけど、系統は初見では見極め辛いから、まずそこの観察から始まる。鎮静系だと思って突っ込んで、強化系だったら大惨事だもんね。……それに何より難しいのが、素材の問題」
素材、と聞いて愛衣が「そうねぇ」と同調する。
「確かに。『鬼獣』や、『指定破狂区域』にある草花は気を内包してるから、それだけで貴重な士器の素材になるのよね」
「愛衣の言う通り。特にA級・S級の『鬼獣』は討伐依頼が出てるけど、素材に傷があるかないかで報酬金額が倍以上違うから、どこの組織も沢山お金もらおうと討伐計画立てて、計画段階で断念したり、計画が上手くいかずに討伐失敗になるってケースが多いんだよね」
深恋の言葉を受け、愛衣が肩を竦める。
「まあそもそも、レベルの高い士は『士協会』でも上位の組織にいるし、協会の中では『御十家』の一つの阿座見野家や『陽天十二神座・第十二席』の武装探検集団『森狼』が情報や討伐技術を独占している節があるから、他の組織も手を出そうとせず、必然的に『指定破狂区域』の『鬼獣』討伐や調査ペースは遅れていくのよね…」
深恋が真剣な面持ちで言う。
「……私達が遠征で行く下級の区域はともかく…、『参禍惨域』レベルになると、利権とか度外視で早く潰してほしいなぁ」
『参禍惨域』。
『指定破狂区域』の中でも特に危険とされる、S級士をも殺し得る『鬼獣』が多数生息する日本の三つの区域である。
愛衣が「確かに」と頷く。
「『参禍惨域』に関しては全体の10の1くらいしか調査できてないっていうしね。……まあ、危険とはいえ『裏・死闘評議会』とかの裏組織の方が優先度は高いから仕方ない部分もあるけどね」
「うん。……って、あ、真面目な話しちゃったね」
愛衣の意見に納得しつつ、深恋が我に返って眉をハの字にする。
「いいよいいよ。暇してたし。こういう話好きだし」
愛衣が屈託ない笑みで手を振る。
「あーでも私が元気そうにしてたってあんまり言わないでね? 後々面倒なことになるかもだから…」
続いて愛衣が申し訳なさそうに言う。
深恋は苦笑して、「おっけ」と答えた。
その後も二人は図書館で『指定破狂区域』について雑談がてら勉強していた。
「……そう言えばもう一つあるのよね」
その最中、不意に愛衣が言う。
「? 何が?」
深恋が促すと、愛衣がするすると答えた。
「『指定破狂区域』の調査をする組織。阿座見野家と『森狼』の以外に、一応もう一つあるの」
「それは…?」
深恋は表面上は知らなかった体を装って聞いた。
そして愛衣が述べた。
「『陽天十二神座・第二席』の『聖』。……あそこの第五策動隊も一応『指定破狂区域』の調査採取隊だったはず。あんまり成果を上げてるって話は聞かないけど、雑誌で読んだことあるわ」
「へー、そうなんだ。……じゃあ『聖』にも頑張ってもらわなきゃね」
「『聖』は強いけど人数少ないから厳しいと思うけどね」
愛衣の的確な意見に、深恋は苦笑を浮かべた。
「うん。私も言っててそう思った」
深恋と愛衣は笑い合い、そんな中で深恋は『聖』で聞いた話を思い出していた。
(…『聖』の第五策動隊……先代の〝クロッカス〟がいた隊…)
■ ■ ■
昼2時。
勇士、琉花、紫音、湊の四人は買い物に行ったりカフェに行ったりと、充実した休日を過ごしていた。
愛衣が来ないと知った勇士は最初の方こそ沈鬱な表情を時折見せていたが、時間が経つに連れて勇士も心を持ち直したようで、今ではすっかり楽しんでいる。
…それでも時々、魚の小骨が喉に引っかかった表情を浮かべているが。
昼ご飯を食べた四人は繁華街から離れた人込みの少ない通りを食後の運動がてら散策していた。
雑談の中で湊が言う。
「この後どうするー? カラオケで歌う? 森林公園で花畑でも観賞する? トレーニングジムで汗水垂らす?」
「最後の選択肢なんなのよっ」
すかさず琉花が突っ込む。
そんな二人の掛け合いをよそに、前を歩いていた紫音と勇士が言葉を交わす。
「この後ほんとにどうするかー。ほんとにノープランだったからなー」
「勇士さんってそういう一面もあるんですね」
少し取り繕ったような勇士の言い方に紫音は気付かず素直に言葉を返した。
「ま、まあな…」
勇士が若干顔を逸らして引き攣った顔を死角に隠す。
………その時だった。
目の前の曲がり角から、突然自分達と同い年くらいの少女が飛び出してきたのだ。
サイズの大きいベージュ色のキャスケット、トレンチコートも袖で手が隠れるほど大きく、全体的にオーバーサイズでまとまっている。そしてキャスケットから伸びるセミロングの淡い銀髪、エメラルドのように澄んだ瞳、コートの上からでもわかる豊かに発育した肢体は彼女の魅力を余すところなく引き出している。
顔に幼さが残っているので蠱惑的というより、神秘的な印象が強い。
無垢な妖精が突然舞い降りたかのような衝撃に勇士のみならず琉花や紫音も性別関係なく固まっている。
そしてその妖精のような少女は勇士を見るや否や、いきなり勇士の胸に飛び込んできた。
「「「ッッ!?」」」
勇士、琉花、紫音が様々な意味で驚愕する。
琉花と紫音が怪訝な表情を浮かべているのを知ってか知らずか、勇士は顔を赤らめながら自分の胸のところをぎゅっと掴む少女に声をかけた。
「ど、どうしたの…?」
そしてその少女は涙を溜めた瞳を勇士に向け、切羽詰まった表情で叫んだ。
「お願い! 助けて! 変な男に追われているの!」
その言葉に、勇士、琉花、紫音の三人が雑念を混じえつつも表情を引き締めた。
………そんな中、湊は表面上は勇士達と似たように驚いていたが、内心では四人の中で一番驚いた。
(…………なに……? この女……ッ)
いかがだったでしょうか?
そろそろ本編開始といったところです。
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