第2話・・・演習_未熟_初めての・・・
獅童学園にある演習場一つで、湊や勇士が属するC組は実技の授業を行っていた。
担任である蔵坂鳩菜が運動着に着替えた生徒達の前に立ち、授業内容を説明している。
「今日は三大基礎法技に質を掛け合わせる練習をするわよ。足に気を集中して速さを増す加速法、体に気を厚く纏って防御力を高める防硬法、気をレーダーのように飛ばして周囲の物体の位置を把握する探知法。
この三つがどの戦闘においても必須となる三大基礎法技と呼ばれてるわけだけど、これに自分の系統や属性を掛け合わせることでより精度の高い法技となるわ。例えば、加速法に強化系の気を掛け合わせて一層速くしたり、防硬法に凝縮系の気を掛け合わせて防御力を上げたり、探知法に風属性を掛け合わせて索敵範囲を広げたりね」
鳩菜が説明するが、生徒達は微妙な表情を浮かべている。
その多くの表情が〝今更することか?〟と語っていた。
その気持ちを汲み取った鳩菜が更に説明を続ける。
「……まあ、教科書上は〝応用〟と分類されてるけど、はっきり言ってこれも〝基礎〟レベル。普段の実技演習や先日の試験で法技と質を掛け合わせることが出来ている子もいたから〝今更することか?〟って思ってるかもしれないけど……、私から言わせればまだまだ甘いわ」
鳩菜がぴしゃりと言い放ち、生徒達が強張る。
「みんな、加速、防硬、探知の内の一つは極めてるけど、それ以外がお粗末ってパターンが多い。今の内はそれでごり押しできるかもしれないけど、高校に上がったらすぐに通用しなくなっていくわ。……この三大基礎法技の水準をしっかり上げること、それが強く立派な士になる道よ」
鳩菜の講釈に生徒達は聞き入り、危機感とやる気を漲らせていく。
そんな中で一人、全く別のことを考えてた者がいた。
(……蔵坂…鳩菜……っ、こうして見ると普通の教師……あの時の俺の直感はやっぱり間違い…? あの時は確かに俺の『天超直感』が閃いた感覚だったが………くっ、わからない…っ)
勇士は試験の時に鳩菜と戦い、『聖』のカキツバタではないかという直感を覚えた。
以来、勇士は鳩菜に対して常に疑いの目を向けている。
「まずは属性ごとにグループを作って練習しましょうか」
みんなが「はい」と答える中、勇士は答えられなかった。
※ ※ ※
演習場での実技授業。
蔵坂鳩菜は5グループそれぞれに最初やるべきことを説明していた。
「この風属性のグループではまず防硬法の練習をしましょうか。ただ漠然と風を纏うのではなく、風を渦巻くように常に流動する状態をイメージして。そうすれば相手の攻撃を受け流し安くなるし、加速法にも自然に繋ぎ安くなる。……〝風は常に動かす〟、これが大事よ。ある程度できるようになったら組手も是非してみてね」
練習内容を伝えた後、蔵坂は他のグループの元へ説明しに去って行った。
漣湊は風属性のグループで、指示された通りの練習をしながら、隣で一緒に練習をする風宮瑠花に話しかけた。
「風宮、もう傷は大丈夫なん?」
湊が聞いているのは試験時に淡里深恋が琉花や来木田岳徒に負わせた傷のことだ。
意識はすぐに取り戻したが、実技授業は激しい内容は見学しがちだったので素直に心配したのだ。
琉花は「ええ」と頷いた。
「むしろ漣に叩かれた頭の方が痛いかも」
「根に持ってるなぁ」
試験時、風宮瑠花は来木田と接戦を繰り広げてなんとか逃げ延びた後、待ち伏せしていた湊にナイフの柄で頭を叩かれてリタイアさせられたのだ。
琉花としては突然試験内容が変更したりと、武者小路家をしっかり警戒したかったのに湊に台無しにされた形になったので根に持っていても仕方がない。
「冗談よ。漣は悪くないし、結果的にうまくいってるしね」
とはいえ、琉花も子供ではないのでそこは納得しているようだ。
「そう言ってもらえると助かる」
湊が苦笑する。
さすがに周りに多くの生徒がいる中で機密事項を話すことはできない。それを当然琉花もわかっているので、話題を変えてきた。
「……漣ってこうして見ると弱々しいわよね…」
湊の練習中の防硬法を見ながら、琉花が言ってくる。
「あははっ、え、急に暴言?」
思わず湊が吹き出してしまう。
「感心してるのよ。……気量はまだF級…それで今までよく戦ってこれたわよね」
「まあ、気も多ければいいってもんじゃないんだよ」
「それあんたが言うと説得力半端ないわね」
肩を落としながら琉花が言う。
そんな琉花を見ながら、湊が言った。
「………まあ、そんな落ち込むなって」
「……人を勝手に落ち込んでるって決め付けないでくれる?」
「じゃあ、落ち込んでないの?」
気丈に琉花が振舞うが、湊は見透かしたように聞き返す。
すると、琉花は湊に生半可な嘘は通用しないと判断したようで、自嘲気味に微笑んだ。
「仕方ないじゃない…。ここ最近、無力なことが多いんだもの…」
「確かに、風宮ってあんまり活躍することないよね」
湊のド直球な意見にショックを受けた琉花が気を乱す。
「うぐっ、……あんた、女の子に追い打ちかけて楽しい?」
「嘘でも〝そんなことない〟って言ってほしかった?」
湊が聞くと、風宮は「それは…」と言葉を濁った。
「でも正論を突き付け過ぎたね。そこはごめん」
湊が言い過ぎを素直に認めて謝罪する。
「でもでも、試験の時の映像見たけど風宮の『一面結界』、あれは良かったよ」
試験時、琉花は来木田から逃げる際、『極小・一面結界』という手の平サイズの小さな壁を駆使していた。
空間内の気に干渉して壁を張る『一面結界』は、スケールの大きい結界法よりもコンパクトな分、逆に難易度が高くなる。『一面結界』自体、一瞬で作れるわけではないので応用も難しい。
「ほ、ほんとっ?」
風宮が顔色を伺うように聞く。
「ほんとほんと。だってあれ、気操作精度と干渉力に長けたB級上位の士でなんとか張れるっていうレベルでしょ? 小さいとはいえちゃんと使えてるなんて上出来じゃん」
それは湊の素直な気持ちだ。
琉花がC級と考えれば見事というのは本心である。
「……それは…ありがと」
琉花が少し恥ずかしそうに御礼を述べる。
「『一面結界』を取り入れたのって、獅童学園に入学する直前に勇士が戦った〝あの人物〟の影響?」
それは、湊のほんの悪戯心から湧いた質問である。
予想通り、琉花は頷いた。
「聞いたのね。…そうよ」
琉花は声を小さくして続けて言った。
「……『聖』の、クロッカス。勇士の攻撃を『一面結界』だけで簡単にいなした巧みな手際に、自分の新たな力を見たの。……勇士には悪いけどね」
「なるほどね」
湊は少し心の中でいい気分に浸りつつ、思考を回した。
(俺の『一面結界』は風属性と掛け合わせて極限まで効率化してある。C級士に見破られるはずはないけど、同じ風属性として何か感じ取ったのかな?)
■ ■ ■
「この火属性グループでは加速法に掛け合わせる練習しましょう。加速法で踏み込む際に火を噴出するイメージで足に集中させるの。ただ火力を上げるだけじゃ足が持っていかれて思うように動けないから、そこの加減を気を付けてね。……ある程度熟せるようになったら、三つの法技だけで組手をしてみてちょうだいね」
蔵坂鳩菜が火属性グループに練習内容を伝える。
説明が終了し、各々練習をするべく立ち上がろうとした瞬間、
「先生。俺と組手して下さい」
紅井勇士がビシッと挙手して、組手を要望した。
火属性グループの生徒が目を丸くし、鳩菜が「私と紅井くんで?」と首を傾げる。
勇士は続けて述べた。
「自分は法技に属性を掛け合わせる練習は必要ないと思ってます。ですので、早速実戦形式の組手で細かい改善点を見て頂けないかと」
これは方便だ。
(もし、蔵坂先生が『聖』のカキツバタなら戦っている中でボロを出すかもしれない…っ。それに、俺の『天超直感』が何か感じ取って閃いてくれるかもしれない…っ。先生と直接拳を交えられる機会なんて滅多にない。……ここで、俺が何か掴んでみせる…っ)
勇士の脳裏には、今朝来木田岳徒に言われた言葉が思い浮かんでいた。
『……少しは駆け引きの余地を見せたらどうだ? 漣だったら言葉を使って多少探りを入れてくるぜ?』
勇士の心に突き刺さった、言葉だ。
(俺に〝言葉〟は向いてない。だったら〝拳〟で、俺のやり方で探ってみせる…!)
「紅井くん」
勇士を思考から現実に戻すように、鳩菜が呼んだ。
凛々しい表情で返事を待つ勇士に、鳩菜はどこか寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「それは、自分を特別扱いしろって意味かしら?」
「ッッ!」
勇士は動揺を隠しきれず、目を瞠った。
反射的に火属性グループの他の生徒を見て、複雑そうな表情のみんなと目が合う。
「い、や…、そういうわけでは…っ」
「紅井くん」
再度鳩菜が勇士を呼ぶ。
弾かれるように目を合わせた勇士に、鳩菜は優しい笑みを浮かべた。
「貴方は他人の気持ちを蔑ろにするような人ではないことはみんなわかってる。……ちょっと鈍感なところはあるけどね」
鈍感、という言葉に周囲の生徒が顔を弛緩させた。
風宮瑠花と四月朔日紫音の気持ちに気付いていない勇士のことを暗に弄ったのだ。
悪い空気にならないようにそういったユーモアを交えつつ、鳩菜は勇士に真っすぐ言った。
「確かに紅井くんは凄い才能を持ってる。それは他のみんなもわかってる。……もし紅井くんが学生の枠を大きく超えた実力なら私もそれ相応の対応をするわ。かけ離れた実力の子を小さな世界に押し留めるのもよくないからね。……でも、私から言わせれば紅井くんもまだまだ甘いわよ」
「……あ、甘い…?」
首を傾げる勇士に、鳩菜は人差し指を立てて言う。
「ええ、甘々よ。…紅井くんは膨大な気量と強化系として理想の肉体を持ってるから、多少気操作が覚束なくても漠然と気を纏って強引に攻め込むだけで今まで勝ててきたと思う……けど、それまでよ。雑さに磨きがかかって、間違ったまま体に馴染んじゃう。そうなる前に、しっかり基礎練習しなさい」
「…ッッ!」
その時、勇士のとある記憶が、フラッシュバックした。
『勇士……お前はちょい出来損ないなんだ。これからは気操作が課題だから、そのつもりでな』
とある人物の、とある言葉。
(………克服したつもりだったが、まだまだだったみたいだな…俺は……本当に……全然ダメだ…)
鳩菜に組手を申し込んだ時の言葉はほとんどが建前…とはいえ、本心も多分に含まれていたのも事実だ。
そんな一瞬の心の油断を、鋭く指摘されてしまった。
勇士は今にも頭を抱えて布団に潜りこみたいという気持ちを抑え込んで、深くその場で頭を下げた。
「申し訳…ありませんでした……」
「うん。立派な士になりましょうね」
■ ■ ■
実技授業の途中休憩。
何人かがお手洗いに行く中、紅井勇士は外の空気を吸いたくて演習場脇の校舎裏のような空間にいた。
すると、そこには先客がいた。
「速水…」
「あ、紅井だ」
亜麻色の髪をツーサイドアップにした少女、速水愛衣。
湊と同じ類稀な頭脳の持ち主であり…勇士の想い人でもある。
愛衣は演習場裏の木に寄り掛かりながら、缶に口を付けていた。
「こんなところで何やってるんだ…」
「屋内にある自販機で私の好きなエナドリが売り切れてたのよ。この演習場裏を通って表通路に出たところに次に近い自販機があるから、そこまで行ってきたわけ。そんでせっかく外出たし、空でも眺めながら飲もうかなって」
「…な、なるほど」
納得した勇士に、今度は愛衣が聞いた。
「紅井はこんなところで何を? 自分の未熟さを思い知って外の空気でも吸いたくなった?」
聞いた、というよりかは事実の確認に近かった。
完全に見抜かれていることを悟り、勇士は苦笑した。
「わかってんならわざわざ言うなって」
「ごめんごめん」
勇士は愛衣の迎いに腰掛けながら、首を落とした。
「…いやあ、最近自分の無力さを思い知らされるばっかりだよ」
「まだ中学生なんだし。未熟で無力は当たり前じゃない?」
「……でも、湊や速水はいつも大人って感じで凄いじゃん」
「私達は頭脳タイプだからね。……視野が広くてメンタルコントロールに長けてるのは当然よ。紅井の才能と比べられるものじゃないわよ~」
「……そっか」
「そうそう」
「………なあ」
「ん?」
その時、どうしてそんな台詞が出てきたのかは勇士自身、よくわからない。
少々自棄になって〝どうにでもなれ〟という気持ちが強かった、としか言い様がない。
「今度の休みとか、一緒に出掛けない?」
紅井勇士、初めてのデートのお誘いである。
いかがだったでしょうか?
一応日常編のつもりです。
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