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コメディー短編(異世界恋愛)

病弱な令嬢だって!? はっは~! そんな君にはプロテイン

作者: 多田 笑

少しでも笑っていただけたら嬉しいです。

 妹のリリーナは、生まれついての虚弱体質でした。


 少し冷えればすぐに熱を出し、埃が舞えば激しく咳き込み、食も細い。


「苦しいの……」


 震えるような声でそう訴えるその姿は、誰の目にも“儚げな美少女”と映ったことでしょう。


 わたくし――伯爵令嬢エリーゼ・コーケンは、幼いころから何もかもを妹に譲ってきました。


 ドレスも、髪飾りも、宝石も。

 そして――婚約者ですらも。


 リリーナが少しでも安らげるのならば。

 そのためなら、わたくしは自分の気持ちを押し殺すことを、何度も選んできたのです。



 わたくしは、王宮に仕える薬師。


 この道を選んだ理由は、ただ一つ。

 妹の病を、根本から癒したい――それだけでした。


 けれども──。


 咳止め薬。

 滋養強壮薬。

 気付け薬。


 どれほど薬を調合し、飲ませても、妹の体質は変わりませんでした。


「……対症療法だけでは、意味がない」


 そう言ったのは、異国で医学を修め、つい先日帰国した医師――マルス・ロテイン様です。


 彼は、薬に頼る治療だけを良しとせず、身体そのものを作り替える“体質改善”を重んじる人物でした。


「重要なのは、体を整えることだ」


 その静かで揺るぎない言葉に、わたくしは次第に、この方を信頼するようになりました。



 ある日。


 わたくしは、マルス様にリリーナのことを相談しました。


「なんだってぇ!? 病弱な妹だってぇ!?」


 その瞬間、マルス様の目が、異様なほど輝きました。


「ぜひ、会ってみたい!」


 ……ああ。

 この方も、か弱い女性がお好きなのね。

 きっとリリーナの魅力に、心を奪われてしまうのでしょう。


 それでも――妹の病が少しでもよくなるのなら。


 わたくしは、その願いを飲み込み、案内することにしました。


「いやっほ~い!」


 そう叫びながら、マルス様は診察室を飛び出していかれました。


 ……今のは、聞き間違いではありませんよね?


 その日のうちに、わたくしはマルス様と共に、リリーナのもとを訪れました。


「はっは~! 気分はどうだい? はっは~!」


 ……キャラが、違いますわ。

 あまりにも、違いすぎますわ。


「お姉さま……こちらの方は……?」


 困惑した様子で、リリーナがわたくしを見上げます。


「はっ……失礼しました」


 マルス様は咳払いを一つし、ようやく医師らしい声音で名乗りました。


「私の名は、マルス・ロテイン。“病弱”という言葉を聞くと、少々、我を失ってしまいまして」


 ……“少々”では済んでいない気がいたします。


「さて」


 マルス様はリリーナの周囲をぐるりと回り、じっと観察なさいました。


「……なるほど。顔色は良好。呼吸も安定している。脈も問題なし」


「で、ですが……」


 リリーナは、わざとらしく胸元を押さえ、か細い声を作ります。


「少し動くだけで、苦しくて……はぁ……はぁ……」


「ふむ」


 顎に手を当て、マルス様は深く頷きました。


「病弱というより――」


 嫌な予感がいたしました。


「筋力不足だな!」


「……はい?」


 わたくしとリリーナの声が、見事に重なります。


「筋肉が足りない。圧倒的にだ!」


 なぜか誇らしげに胸を張り、マルス様は言い切りました。


「身体を支える基礎が弱いから、すぐ疲れる。刺激に耐えられない。つまり――鍛えれば治る!」


「……鍛える、ですか?」


 恐る恐る尋ねると、マルス様は満面の笑みを浮かべます。


「その通り!」


 彼は鞄を開け、中からずっしりとした缶を取り出しました。


 描かれているのは、筋肉美を誇る謎の天使。


「これが、私の研究の結晶――“魔法のプロテイン”だ!」


「ぷ、プロテイン……?」


「そうさ! 筋肉こそすべて! 筋肉は裏切らない!」


 そう言った瞬間、なぜかタンクトップ姿になり、サイドチェストのポージング。


「どうだい? この筋肉、素晴らしいだろう?」


 胸筋が、ぴくりと動きました。


「ひっ……あ、憧れませんわ……! わたくし、か弱いままで結構ですの!」


 リリーナは、完全に腰が引けています。


「はっは~! 遠慮はいらない! 私たちは今この瞬間に出会い、マッスル仲間になったのだから!」


 ……出会っただけで仲間扱いされる世界なのですね。


 そうして、半ば強引にプロテインを飲まされたリリーナは――


「……あら?」


 次の瞬間、目を輝かせました。


「なんだか、力が湧いてきましたわ! お姉さま、見て!」


 サイドチェスト。


 ……ええ、まだ貧相ではありますが。


「よし! まずは腕立て伏せだ!」


「はっは~! わかりましたわ!」


 床に並ぶ二人を見届け、わたくしは静かに部屋を後にしました。


 正直――

 あの熱量には、ついていけませんでした。



 その後。


 王宮内にあったマルス様の診察室は、いつの間にか“マッスル道場”と名を変えていました。


「ワン! ツー! マッスル!!」

「ワン! ツー! マッスル!!」


 医療とは程遠い掛け声が、毎日響いています。


 リリーナは見事に鍛え上げられ、“病弱なフリ”など、完全に不可能になりました。


 今では王国最強の武闘家として名を馳せ、自ら率いる“筋肉令嬢隊”をまとめ上げています。


 かつて「守ってあげたい」と言われていた妹が、今や「守る側」になるのですから――人生とは、不思議なものです。


 なお、リリーナは事あるごとに、わたくしにも鍛練への参加と入隊を勧めてきます。


「お姉さまも、きっと素晴らしい筋肉に出会えますわ!」


 そのたびに、わたくしは丁重にお断りしています。


 ……今のところは。



「ワン! ツー! マッスル!!」


 マッスル道場から掛け声が聞こえると、ほんの少しだけ胸の奥が高鳴るのは――


 きっと、気のせいではありませんわ。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
筋肉……筋肉……←ない 面白かったです! 最後のオチまで……笑 これからは寒いので!脂肪!脂肪が必要なのです! 決して、食べすぎるとか、そういうことじゃなくて!
拒否が保留のところで特に腹筋と表情筋が鍛えられました〜w ヾ(・ω・*)ノ 電車の中だったので危なかったです。 (^~^;)ゞ 筋肉は裏切らない‼️ ᕦ(ò_óˇ)ᕤ
マッスル、マッスル〜!素敵です!読むと元気になります(◕ᴗ◕✿) 筋肉痛だって!?はっは〜!そんな君には下り坂 すみません、すみません、ほんの出来心でございます……¯\(◉‿◉)/¯(反省の色がみえな…
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