病弱な令嬢だって!? はっは~! そんな君にはプロテイン
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
妹のリリーナは、生まれついての虚弱体質でした。
少し冷えればすぐに熱を出し、埃が舞えば激しく咳き込み、食も細い。
「苦しいの……」
震えるような声でそう訴えるその姿は、誰の目にも“儚げな美少女”と映ったことでしょう。
わたくし――伯爵令嬢エリーゼ・コーケンは、幼いころから何もかもを妹に譲ってきました。
ドレスも、髪飾りも、宝石も。
そして――婚約者ですらも。
リリーナが少しでも安らげるのならば。
そのためなら、わたくしは自分の気持ちを押し殺すことを、何度も選んできたのです。
◇
わたくしは、王宮に仕える薬師。
この道を選んだ理由は、ただ一つ。
妹の病を、根本から癒したい――それだけでした。
けれども──。
咳止め薬。
滋養強壮薬。
気付け薬。
どれほど薬を調合し、飲ませても、妹の体質は変わりませんでした。
「……対症療法だけでは、意味がない」
そう言ったのは、異国で医学を修め、つい先日帰国した医師――マルス・ロテイン様です。
彼は、薬に頼る治療だけを良しとせず、身体そのものを作り替える“体質改善”を重んじる人物でした。
「重要なのは、体を整えることだ」
その静かで揺るぎない言葉に、わたくしは次第に、この方を信頼するようになりました。
◇
ある日。
わたくしは、マルス様にリリーナのことを相談しました。
「なんだってぇ!? 病弱な妹だってぇ!?」
その瞬間、マルス様の目が、異様なほど輝きました。
「ぜひ、会ってみたい!」
……ああ。
この方も、か弱い女性がお好きなのね。
きっとリリーナの魅力に、心を奪われてしまうのでしょう。
それでも――妹の病が少しでもよくなるのなら。
わたくしは、その願いを飲み込み、案内することにしました。
「いやっほ~い!」
そう叫びながら、マルス様は診察室を飛び出していかれました。
……今のは、聞き間違いではありませんよね?
その日のうちに、わたくしはマルス様と共に、リリーナのもとを訪れました。
「はっは~! 気分はどうだい? はっは~!」
……キャラが、違いますわ。
あまりにも、違いすぎますわ。
「お姉さま……こちらの方は……?」
困惑した様子で、リリーナがわたくしを見上げます。
「はっ……失礼しました」
マルス様は咳払いを一つし、ようやく医師らしい声音で名乗りました。
「私の名は、マルス・ロテイン。“病弱”という言葉を聞くと、少々、我を失ってしまいまして」
……“少々”では済んでいない気がいたします。
「さて」
マルス様はリリーナの周囲をぐるりと回り、じっと観察なさいました。
「……なるほど。顔色は良好。呼吸も安定している。脈も問題なし」
「で、ですが……」
リリーナは、わざとらしく胸元を押さえ、か細い声を作ります。
「少し動くだけで、苦しくて……はぁ……はぁ……」
「ふむ」
顎に手を当て、マルス様は深く頷きました。
「病弱というより――」
嫌な予感がいたしました。
「筋力不足だな!」
「……はい?」
わたくしとリリーナの声が、見事に重なります。
「筋肉が足りない。圧倒的にだ!」
なぜか誇らしげに胸を張り、マルス様は言い切りました。
「身体を支える基礎が弱いから、すぐ疲れる。刺激に耐えられない。つまり――鍛えれば治る!」
「……鍛える、ですか?」
恐る恐る尋ねると、マルス様は満面の笑みを浮かべます。
「その通り!」
彼は鞄を開け、中からずっしりとした缶を取り出しました。
描かれているのは、筋肉美を誇る謎の天使。
「これが、私の研究の結晶――“魔法のプロテイン”だ!」
「ぷ、プロテイン……?」
「そうさ! 筋肉こそすべて! 筋肉は裏切らない!」
そう言った瞬間、なぜかタンクトップ姿になり、サイドチェストのポージング。
「どうだい? この筋肉、素晴らしいだろう?」
胸筋が、ぴくりと動きました。
「ひっ……あ、憧れませんわ……! わたくし、か弱いままで結構ですの!」
リリーナは、完全に腰が引けています。
「はっは~! 遠慮はいらない! 私たちは今この瞬間に出会い、マッスル仲間になったのだから!」
……出会っただけで仲間扱いされる世界なのですね。
そうして、半ば強引にプロテインを飲まされたリリーナは――
「……あら?」
次の瞬間、目を輝かせました。
「なんだか、力が湧いてきましたわ! お姉さま、見て!」
サイドチェスト。
……ええ、まだ貧相ではありますが。
「よし! まずは腕立て伏せだ!」
「はっは~! わかりましたわ!」
床に並ぶ二人を見届け、わたくしは静かに部屋を後にしました。
正直――
あの熱量には、ついていけませんでした。
◇
その後。
王宮内にあったマルス様の診察室は、いつの間にか“マッスル道場”と名を変えていました。
「ワン! ツー! マッスル!!」
「ワン! ツー! マッスル!!」
医療とは程遠い掛け声が、毎日響いています。
リリーナは見事に鍛え上げられ、“病弱なフリ”など、完全に不可能になりました。
今では王国最強の武闘家として名を馳せ、自ら率いる“筋肉令嬢隊”をまとめ上げています。
かつて「守ってあげたい」と言われていた妹が、今や「守る側」になるのですから――人生とは、不思議なものです。
なお、リリーナは事あるごとに、わたくしにも鍛練への参加と入隊を勧めてきます。
「お姉さまも、きっと素晴らしい筋肉に出会えますわ!」
そのたびに、わたくしは丁重にお断りしています。
……今のところは。
「ワン! ツー! マッスル!!」
マッスル道場から掛け声が聞こえると、ほんの少しだけ胸の奥が高鳴るのは――
きっと、気のせいではありませんわ。
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