第97話「入り江の戦い」
マリアたちが発見した洞窟は入り口こそ亀裂といった感じで狭かったが、しばらくすると二人が並んで歩けるほど広くなっていた。地面には松明の残骸や人の手が加わった食べ物の食べ残しが転がっている。マリアはそれを見ながら少し眉間に皺を寄せた。
「う~ん、ここ人が通る道みたいだよ?」
「おー、どこに出れるか楽しみだな。宝箱があるかも知れないぞ」
冒険らしくなってきたことに上機嫌なクリリは、特に気にした様子はなく手にした松明を振り回している。こんな場所にそんな物あるわけがないと思ったマリアは呆れた様子で首を横に振っている。レオは所々に落ちている食べ残しの臭いを嗅いでは、嫌そうな顔をして鼻を鳴らしている。
そこからしばらく進んだところで、ようやく先が明るくなって来て潮の音が聞こえてきた。
「海の音だぞ、マリーア! 外じゃないか?」
「そうだね……もう疲れちゃった」
狭く暗い一本道を延々と歩かされたマリアはすでに冒険に飽き始めていたが、対するクリリとレオは楽しそうにはしゃぎながら駆け出していた。通路を抜けると開けた空間になっており、海の水が流れ込み入り江になっているようだった。
「わぁ! なんか船があるぞ?」
「えっ、洞窟の中に?」
そこは港のようになっており、桟橋の他にいくつかの建物もあった。桟橋には大型船と中型船が一隻ずつ停泊していた。この通路からは石の階段がその港まで伸びていた。
「人がいるぞっ? おー……もごもご」
人を見かけたクリリが大声で呼びかけようとしたが、マリアは慌てて彼女の口を塞いだ。クリリは暴れてマリアの手を退かすと怒り出す。
「マリーア、何をするんだ!?」
「ちょっと静かにっ! アレ見てよ、どう見ても海賊か何かだから!」
マリアの言う通り、船の近くにいる男たちは如何にも荒くれ者と言った風貌だった。どうやら大型船から中型船に積荷を次々と運び込んでいるようだ。大型船の甲板には巨大な釜のような物が置いてあり、今はそれを運び出す準備を進めているようだった。
「あれ、何してるんだろ?」
「さぁ? それよりレオが先に行っちゃったぞ?」
「えっ!?」
マリアがクリリに構っている間に、レオはこっそりと階段を駆け下りて港に行ってしまっていたのだった。
◇◇◆◇◇
「おい、積み込みはまだ出来ないのか?」
フード付きのローブを目深に来た男が苛立ち気味に尋ねる。強面で屈強な船乗りたちの中で一人だけ場違いの印象を受ける男に、文句を言われた船乗りは呆れた様子で答える。
「割れて良けりゃ、今すぐ放り投げてやるが?」
「ま……待て、それは困る! とても貴重な物なのだ」
フードの男が慌てた様子で取り繕うと、強面の船乗りはフンッと鼻を鳴らして作業に戻っていった。現在は大型船から巨大な釜を木造のクレーンで吊り上げて、中型船に乗せかえる作業を行っている。貴重な物ということで途中で落とさないように厳重に固定をしている最中だった。
フードの男は作業している船乗りたちから少し離れると、船のマストから吊るされた旗を見ながら愚痴をこぼすように呟いた。
「異国人めっ!」
この大型船が掲げている旗は、スパタルト連邦という別の大陸にある国の物だった。国交はあるものの輸出入の品に関しては厳しく規制がされており、今運び込まれている物は所謂ご禁制の品と言うものだった。
「ムカつく連中だが我慢しなくては……この釜が最後の品なのだ」
フードの男はここ数ヶ月、この荒くれ者たちと行動を共にしてほとほと嫌気が差していた。懐から豪華な装飾を施された護符を取り出すと、天を仰ぎながら祈りの言葉を呟く。
「聖堂に輝きを。司教様の元まで安全に送り届けられますように……」
しかし、その祈りをあざ笑うかの如く、船の下の方で怒鳴り声が聞こえてくるのだった。
「おい!? なんだ、こいつぁ!」
「あっちに逃げたぞっ!」
フードの男と作業を止めた船乗りたちが船舷から下を覗き込むと、真っ白な獣が肉を咥えて逃げ回っていた。
「何事だぁ?」
「へい、そいつが俺の昼飯を盗っていきやがったんでさぁ」
「あぁん? どこから入ってきたっ!? 作業の邪魔だ、さっさと殺せっ!」
当然ながら、この白い獣は勝手に降りてきたレオである。どうやらお腹が空いていたようで、船乗りたちの食事を奪い取ったところを見つかったようだった。強面の船乗りたちはテーブルなどに置いてあった太いサーベルを引き抜くと、ジワジワとレオに近付いていく。
炙った肉を咬み切りながら、近付いてくる男たちを見ていたレオは顔を上げると唸り声をあげる。
「ぐるるる……ガァ!」
レオの黒い角が雷を纏うと顔の前に雷球が現れ、そのまま迫ってくる船乗りたちに向かって雷撃が放たれた。
「うわっ!?」
「なんだ、こいつぁ?」
船乗りたちは何とか躱したが、その雷撃はクレーンに掠り大きく揺らす。これには船上の船乗りやフードの男も顔面蒼白になって怒声を浴びせる。
「おい、今のは何だっ!?」
「クレーンを傷つけるなっ!」
この秘密の港のクレーンを補強するために、何度も木材を運び込んでいるのである。これを破壊されたら堪ったものではない。結果としてレオを取り囲む男たちはさらに増え、逃げ回っていたレオも港の隅の方に追い込まれていってしまった。
「ごらぁ、いい加減に大人しくしろぃ!」
「ぐるるるる」
追い込まれたレオは毛を総立てて唸り声を上げている。まさに一触即発といった感じである。しかし男たちが一歩レオに近付いた瞬間、後頭部に何かが当たって前に倒れ込んだ。
「なんだぁ!?」
男たちが慌てて振り向くと、石の階段の途中に二人の少女が立っていた。
◇◇◆◇◇
時間は少し遡る。レオが男たちに追いかけられ始めたころ、それを見ていたマリアたちは慌てていた。
「レオくんが危ないっ!?」
「助けにいこう、マリーア!」
「わたしたちだけじゃ、あんな数に入っていくなんて無理だよっ!」
マリアの判断は正しく、荒くれ者たちは少なくとも五十人以上はいるようだった。この場に仲間がいれば対処も可能かもしれないが、マリアとクリリだけでは取り囲まれて終わりである。それに二人ともメインウェポンの弓と盾を置いてきてしまっている。
「マリーア、これ持ってて」
「えっ?」
クリリに松明を押し付けられたマリアが驚いていると、クリリはその場でドカッと座りこみ腰に巻いてあったロープの残りで何かを作り始めた。
「何を作ってるの?」
「投石器だぞ。近付かなければいいんだろ?」
ロープと布の切れ端を組み合わせた即席投石器に、転がっている石をセットするとグルグルと回し始めた。それを見ていたマリアが首を傾げながら尋ねる。
「そんなの使えるの?」
「当たり前だ、モルドの民はこれを馬の上から使うんだぞ」
モルドの民が良く使う戦術の一つに火壷というものがあり、油の入った壷に火を付けて投石器で投げるのだ。男衆と混じって戦闘訓練にも参加していたクリリは、投石器の扱いもよく知っていた。
「あっ! レオくんが危ないっ!」
追い詰められていたレオを見てマリアが叫ぶ。クリリはそんなマリアに指示を出しながら投石器の狙いを付けていく。
「マリーアは石を拾ってくれ」
「えっ、わかった!」
クリリが第一投を放つと、レオに群がっていた男の後頭部に直撃した。狙った男から三人ほどズレていたが、あれほど集まっていればどこに当たっても関係なかった。
「やった!」
「次の石っ!」
「はい、これでいい?」
マリアから石を受け取ったクリリは、投石器にセットして再びグルグルと回して投げる。いきなり石が飛んできた男たちは騒然とし始めた。
「なんだぁ!?」
「あっ、あそこにガキどもがいるぞっ!」
男の一人がそう叫ぶと、男たちは一斉にそちらに睨む。しかし次々飛んでくる石に、慌てて身を躱していく。レオがその隙を見逃すわけもなく、男の背中に跳びかかると一気に飛び越えた。
「うわっ!?」
そして一目散にマリアたちの元に駆けていった。船上にいたフードの男はマリアを見て眉を吊り上げる。
「あ……あれは、まさか聖女巡礼団の……おいっ! そいつらを逃がすなっ!」
その声と同時にレオと合流したマリアたちは、通路に戻るために階段を駆け登り始めるのだった。




