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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
東方激動編
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第94話「出航」

 クレスと共に幽霊船の討伐を手伝うことになったソフィたちは、さらに詳しい話を聞くことになった。


 クレスはハーランの街と、その近海が書き込まれている地図を広げた。そして手元の資料を見ながら、その上に赤い石を置いていく。二十個ほど置いたところで、ようやく顔を上げてソフィたちを見た。


「幽霊船が目撃された場所は、こんなところだね」


 赤い石の位置はかなり集中しており、三つほど少し離れた場所に置かれている。ソフィは首を傾げながら尋ねる。


「随分、目撃情報が集中してるんですね?」

「この辺りは交易船の航路になってるんだよ。そのせいじゃないかな?」


 続いてイサラが少し離れている石を指差して尋ねる。


「この少し離れている三つは?」

「この辺りは……えーと、漁師たちが見たらしいね」


 手元の資料を確認しながら答えるクレスに、イサラは少し考え込む。その間にクリリが石が置いてある中心辺りを指差すと、ニパッと笑って提案してくる。


「じゃ、ここに行けばいいんだな。このぐらいの距離ならファザーンで、すぐいけるぞっ!」

「アンタねぇ……ここは海の上よ。ファザーンで行けるはずがないだろう」


 クレスは呆れた様子で首を横に振っている。クリリは頬を膨らませて拗ねてしまった。ソフィたちには見せなかった表情に、ソフィはくすくすと笑っている。


「調査するにも船の用意は出来るんですか?」

「あぁ、知り合いの船を出して貰えることになってる」


 フィアナの質問にクレスは頷いて答えた。用意できたのは小さな商船だが、乗っているのは一流の船乗りということだった。


「幽霊船はやっぱり夜に出没することが多いんですか?」

「いや、目撃情報は早朝が多いらしい。急に霧が出てきて幽霊船が現れたと思えば、また霧の中に消えていくんだそうだ」


 そんな説明を聞きながらじっと地図を見つめていたソフィは、何かに気付いたように首を傾げると密集していた赤い石を少し退けて地図上の一点を指差した。


「この小さいのは島かな?」

「あぁ小さな灯台があるらしいな。漁師たちがたまに休憩するのに使うらしいが、何か気になるのかい?」

「いえ、少し気になっただけです。とりあえず、この海域に行かないと始まらないみたいだね」


 ソフィが尋ねるとクレスは軽く頷いた。この目撃情報はギルドが集めた物らしく、これ以上聞いて回っても新しい情報は得られないだろう。


「出没は早朝が多いようだから夜中に出発したい。クリリは大丈夫かい?」

「当たり前だぞ!」


 クリリが自信満々に胸を張る姿にクレスはクスッと笑う。


「それじゃ、日付が変わる頃にギルド前に集合ってことで頼むよ。食料や水はこっちで用意しとくから」

「わかりました。それではまた後で伺いますね」


 こうして幽霊船の捜索するために、夜中に出発することになった一行は、ここで一旦解散することになったのだった。



◇◇◆◇◇



 翌日の深夜、再び冒険者ギルドに集まった一行だったが、それを見たクレスは呆れた様子で首を横に振った。


「クリリはやっぱり起きなかったか、昔から寝付きが良かったからねぇ」

「この子いくら起こしても起きないんだよ!」


 眠っているクリリを担ぎ上げて連れてきたマリアが、文句を言いながら彼女を降ろした。それでもクリリはムニャムニャ言いながら眠っている。クレスはため息をついて担いでいた槍をグルンと回すと、無造作にクリリに向かって突き出した。


 その瞬間飛び起きると、動物のように身を低くしながら腰の短剣を引き抜く。


「フゥー!」


 威嚇するように唸っているクリリだったが、首を振って周辺を確認するとスクッと立ち上がって


「ここはどこなのだ?」


 と尋ねてきた。ソフィはクスクスと笑って彼女の肩を掴むと短剣をしまうように窘めた。


「そんな危ない物はしまってクリリちゃん、ここは冒険者ギルド前よ。これからお船に乗るのよ」

「おーもうそんな時間か? ずいぶん暗いなっ!」


 船に乗ると言うイベントにさっそくワクワクし始めたクリリは、ニコニコと笑いながら短剣を鞘に戻した。クレスは呆れた様子で笑うと、一行を連れて港に向かうのだった。



◇◇◆◇◇



 港に着くと辺りは真っ暗だったが、焚き火をしているのか一箇所だけ明るいところがあった。クレスはそのままその灯りに近付いていく。


「やぁ、待たせたね。アジョットさん」

「おー来たか、クレスの嬢ちゃん」

「いい加減、嬢ちゃんはやめてくれよ」

「はははは、まぁいいじゃねぇか」


 二人は知り合いのようで気心知れた感じで挨拶をしあっている。アジョットと呼ばれた中年男性は、肌の色は浅黒く、顔は皺が多く短めの顎鬚をを蓄えている。声の張りから見た目よりは随分若いようだった。


「えっと、そっちが今回乗せる神官さんと妹ちゃんか?」

「ソフィーティアです。今日はよろしくお願いしますね」


 ソフィが微笑みながら挨拶をすると、残りのメンバーも続けて挨拶していく。


「おぅ、俺がこの船の船長のアジョットだ。よろしく頼むぜ」


 アジョット船長は、港に係留させてある小型の帆船を指差して答えた。二本マストの縦帆船で如何にも商船と言った感じだったが、両舷に三門ずつ砲門があった。所謂武装商船と呼ばれるものだ。ルスラン帝国の東部に広がるライズン海には海賊が出るため、このような自衛手段を持つ商船も多いのだと言う。


「頼んどいた物は積んどいてくれたかい?」

「あぁ、もちろんだ。水や食料、それに寝具とかだろ?」


 巡礼団と別れたクレスが、先に頼んで必需品を積み込んでもらっていたようだ。アジョットはニカッと笑うと親指で船を指した。


「それじゃ、俺の『大海原の処女号(オーシャン バージン)号』に乗ってくれ」


 その名前を聞いた時、ソフィはクスッと笑って変わった名前だなと思ったのだった。



◇◇◆◇◇



 大海原の処女号(オーシャン バージン)号の乗組員は、船長のアジョットを除いて七名ほどだった。操舵士と船長を除くと、操船するのにはギリギリの人数である。


「目的地に変更はないんだな? クレス嬢ちゃん」

「あぁ、とりあえずあの灯台に向かってくれ」


 クレスの注文を確認したアジョットは、部下の船員たちに向かって号令を掛けていく。


「オメェら出航だ! 帆を張れ、ロープ外せぇ!」

「アイアイサー! 船長、人が足りねぇんだ、ロープの方を頼みまさぁ」

「ちっ、締まらねぇなぁ!」


 船員たちがマストを登り手際良く帆を広げ始めると、アジョット船長は船首の方で係留用のロープを巻き上げている。ソフィが手伝おうと声を掛けるとアジョット船長は首を横に振った。


「こいつぁ、俺らの船だ。神官の姉ちゃんたちには口を出して貰いたくねぇ。大人しく座って……いや、あそこではしゃいでる子供を何とかしてくれ。海に落ちても知らねぇぞ!」


 ロープを巻き上げながら渋い顔をしているアジョット船長の言葉で、ソフィが振り向くとマリアとクリリがはしゃぎながらマストの上を見つめたり、船の縁から顔を覗かせていた。ソフィは慌てて彼女たちに近付くと、落ち着くように言って聞かせるのだった。


 それから動き出した船に初めて船に乗る者たちは、ワクワクしながら暗闇の海を見ていた。しかし、日が登り空が白み始める頃になると、すっかり大人しくなっており甲板の隅でガクガクと震えていた。


「うぅ、気持ち悪い……」

「ぐるぐる回るのだぁ~」

「うっ!」


 マリア、クリリ、フィアナの三人は揺れる船に早くもダウンしており、船に乗った経験があったイサラとソフィだけは全然平気そうな顔をしていた。ソフィも初めてだったが、彼女の場合はいくら乗り物酔いしたところで、永続回復(オートリジェネ)の効果で無効化できるのである。


「まったく三人ともだらしがないですよ?」

「うぅ~そんなこと言ったってぇ……うぷっ」


 ダウンした三人は、かなり調子が悪そうだったため、ソフィは自分の肩掛け鞄から水筒を取り出すと、三人に飲ませていった。


「はい、三人ともゆっくり飲んでね」

「あ……ありがとうございます。ソフィ様」


 受け取った水を飲むと少し落ち着いた様子だった。そこにクレスが声を掛けてきた。


「そいつらは大丈夫?」

「はい、ちょっと船酔いしたみたいで」

「情けないなぁ、そんなことで冒険者になれると思ってるのかい?」

「おー、クリリは元気だぞ!」


 寝転びながら両腕を広げても一切説得力がなかった。クレスは呆れた様子でため息をつくと、東の方を見つめながら答える。


「まぁそろそろ灯台が見えてくるはずだからな。冒険者になりたいなら、いつまでも寝てるんじゃないよ」

「もう着いたのか!?」


 クリリは飛び起きると船の縁から身を乗り出した。その瞳は新たな冒険に輝いていたのだった。

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