第93話「指名依頼」
ハーランの冒険者ギルドに入った一行は、すぐにクリリの冒険者登録をするためにカウンターに向かった。クリリが空いているカウンターにしがみつくと、受付嬢がビクッと肩を震わせた。
「クリリ、冒険者になる!」
「えっと……共用語は話せますか?」
モルド語と共用語が混じっているクリリの言葉に、受付嬢が苦笑いを浮かべて首を傾げる。
「あー……冒険、者になる」
「なるほど、新規加入の申し込みですね? それではこれを……って貴女随分若いようだけど、いくつなの?」
「二十六だぞ!」
「二十六ね……それなら大丈夫ね。って、嘘おっしゃい!」
どう見ても二十六歳には見えないクリリに、からかわれたと思った受付嬢は怒り出してしまったようだった。それまでは見守っていたイサラだったが、仕方がなく援護するためにカウンターに向かった。
しばらくして落ち込んだ様子でクリリとイサラが戻ってくると、ソフィは首を傾げながら尋ねる。
「どうしたんですか?」
「それが……」
一行は併設された酒場の席に腰を掛けて話を聞き始めた。クリリの年齢に関して帝国暦では十三歳なのを伝えたところ、最近ギルド憲章が変更になり満十五歳以上が必要になったとのことだった。理由としては若手の冒険者が増えすぎて飽和状態になっているのと、その経験不足から死亡率の高さが問題になったからだった。
「その紙にギルド憲章が書かれているの?」
「おー、そう言っていたぞ」
ソフィが尋ねるとクリリは頷いて、ギルド憲章が書いてある紙を彼女の差し出した。受け取ったソフィは必要な項目だけ読むと、ある項目を指差しながらイサラに尋ねる。
「先生、これならどうでしょうか?」
「特例:中級三人、もしくは上級以上一人から招待を受けし者は、ギルド加入に関する条件を免除する。ただし紹介者が紹介した者を、一定期間研修することが条件である。……ですか、確かにこの特例ならこの子も加入できますね」
イサラは頷いて答えるが、その表情は渋いものだった。冒険者にはいくつか階級があり、加入時は初心者、そして下級、中級、上級と上がっていき、ロビンのパーティなどは特級と呼ばれている。紹介した者が何も失敗すれば紹介者の名にも傷が付くため、何にもコネがない者が紹介して貰うのは難しいのだ。
「一応、私は中級の資格を所持してますが、残り二人ですか……」
「上級以上なら一人なんでしょ? それならロビンさんとかお願いすれば!」
「彼ですか……彼らの本拠地はギントだったはずです。ここからだとかなり距離がありますね」
ハーランからギントは直線で二月ほどかかる距離にある。帝都からの追手を躱しながらだと、もっと時間が掛かるだろう。イサラが渋るのは無理からぬことだった。
「じゃ、その辺りの方にお願いしましょうか?」
「う~ん、見ず知らずの方にお願いするのも難しいかと思います」
冒険者稼業は信頼で成り立っている業界である。信頼を損ねる可能性があることはなるべく避ける傾向があるのだ。それなりに金を積めば書くと言う輩も出てくるだろうが、それを回避するために一定期間の研修項目があるのだろう。
「そうなると、どうしましょう?」
ソフィが困ったような表情で首を傾げていると、突然後から女性が声を掛けられた。
「よぅ、昨日の神官さんじゃないか? ここにいるってことは冒険者だったのかい?」
「あら……貴女は、昨夜の?」
ソフィが後を振り向くと、そこには昨晩助けに入ってくれた褐色の美女が立っていた。突然の再会にソフィが驚いていると、今度は隣の席から大声が響き渡った。
「あー! クレス姉だぞっ!」
「あっ、クリリ!? なんでこんなところにいるのよ?」
数年前に別れたモルガル族の姉妹は、こうして再び出会ったのだった。
◇◇◆◇◇
ソフィたちはざわめき始めたギルドから、クレスの案内で二階にある一室に移動していた。それなりの調度品が揃っており、高級な宿屋のような一室である。様式が若干モルド寄りになっているのは、部屋主の趣味なのだろう。
マリアとクリリは、物珍しそうに部屋の中を色々と見て回っている。クレスに勧められて、残りのメンバーは会議テーブルのような大きな机を囲むように席に腰掛けた。
「改めて名乗らせて貰うが、クレス・モルガナだ」
「私はソフィーティア・エス・アルカディア、そしてイサラ司祭、フィアナ、マリアです。クリリちゃんは不要ですよね?」
クレスは鼻で笑うと頷いた。そして改めてソフィたちに尋ねる。
「それで、何でクリリがここにいるの? まさか私に会いに来たわけじゃないんでしょ?」
「えぇ、実は……」
ソフィはモルドゴル大平原で起きた出来事や、それによって聖女巡礼団に一緒に来ることになった経緯を話した。それを聞き終えたクレスは渋い表情を浮かべていた。
「相変わらず爺様は頭が固いようだねぇ。いまどき治癒術なんて、怖がるもんでもないだろうに……まぁ大体話はわかったよ」
クレスが納得したように頷いていると、イサラが声を掛けてきた。
「クレスさん、一つ確認したいのですが?」
「なんだい?」
「この部屋はクレスさんの部屋ですよね? と言うことは特級ですか?」
冒険者のランクで最上級である特級ランクは、様々な特権が与えられている。その一つがギルド内に個室が提供されることなのだ。ギルド内に部屋を持つことで、有能な冒険者をギルドに囲い込むことが出来るなど、ギルドにとっても大きな利点があった。
「あぁ特級ランクだよ。自分で名乗るのは恥ずかしいが『東の勇者』って呼ばれている」
「勇者!? ロビンさんとかと同じですね」
ロビンの名を聞いて、クレスは心底嫌そうな顔をして首を横に振った。
「あんたたち、あの西の勇者を知っているんだ? 何度か仕事で一緒になったことあるけど、すぐに誘ってくるしウザいんだよねぇ」
「あははは」
ソフィは苦笑いを浮かべていたが、ロビンに会ったことがないフィアナは首を傾げていた。そして改めてイサラが提案する。
「貴女が特級ランクなら話は早いですね。クリリの紹介状を書いて貰えないでしょうか?」
「加入用の紹介状かい? 時々書いて欲しいって言ってくる子もいるけどねぇ。クリリは二十五、六だろう? まだ冒険者なんて無理さ」
「クリリ、強くなったぞっ!」
部屋の中を物色していたクリリが戻ってくると、自分の強さを主張し始めた。しかし、クレスは首を横に振って答える。
「アンタにはまだ早いよ。それに冒険者ってのは強いだけじゃダメなんだよ」
「クリリは冒険者になるんだ!」
あくまで諦めないクリリに対して、クレスは少し考えると何かを思いついたように頷いた。
「それじゃ、クリリが冒険者になれるかテストをしようか? 私が今抱えている依頼を手伝ってくれよ。その働き次第で紹介状を書いてあげるよ。あぁ神官さんたちにもお願いしたい、丁度聖魔法を使える人材を捜していたんだ」
突然の提案にソフィは首を傾げると、まずはクレスが受けたという依頼内容を尋ねることにした。
「どんな依頼なんですか?」
「あぁ、近海に出没する幽霊船の討伐さ」
クレスが重い口調で答えると、イサラとフィアナは眉を顰めた。
「幽霊船?」
「あぁ、最近突然現れるようになってね。漁や交易に出てもいつ襲われるかわからないって言うんで困っているらしい。今までにも何人か討伐に向かったんだが、全て帰ってこなかった。そこで私に依頼が回って来たんだ。まったく面倒なことだ」
特級ランクは様々な特権を与えられているが、その代わりギルドからの指名依頼を断ることが出来ない。クレスの態度が渋っていながらも断らないところから、これがギルドからの依頼であることを示していた。
「人々が困っているのであれば、お手伝いするのに異論はありませんが」
「よし決まりだねっ! 安心して、ちゃんと報酬は払うから」
ソフィから了承を得るとクレスはニヤリと笑うのだった。こうして東の勇者クレスと、聖女巡礼団は幽霊船の対処を始めることになったのであった。




