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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
東方激動編
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第91話「ハーランの街」

「妙な臭いがするのだ」


 馬上のクリリが鼻をひくつかせてそう呟くと、イサラは街道の先にある丘を指差して答える。


「これでは潮の香りですよ、もう海が近いのでしょう。おそらくあの丘を越えれば見えて来ると思います」

「海!? 聞いたことがあるぞっ! でっかい池だな。行くぞ(イクザル)、ファザーン!」


 イサラの話にクリリは目を輝かせると、手綱を撓らせて丘の上に向かって駆け出した。


「ちょっと……待ちなさいっ!」


 忠告の言葉はすでに聞こえていないようで、クリリはそのまま行ってしまった。イサラは呆れた様子で首を横に振ると呟く。


「海ぐらいであんなにはしゃがなくても……」

「そ……そうですよねっ」


 そう答えたソフィも含め、マリアやフィアナもソワソワした様子で丘を見ている。ルスラン帝国は東部と南部の一部を除き大部分が内陸であり、一生の内に一度も海を見たことがない国民も多い。当然冒険者として各地を回ったことがあるイサラを除く、聖女巡礼団のメンバーは海など見たことが無いのだ。


「海って、もの凄い大きな湖なんだよね?」

「凄い大きな生物がいるって聞きました」

「新鮮なお魚が食べれるって聞いたよ!」


 ソフィ、フィアナ、マリアはそれぞれが思い描く海を話し始めると、イサラは呆れた様子でため息を付いて彼女たちに提案する。


「それじゃ、少し急ぎますか?」


 すでに興味津々な三人は一斉に頷くと、丘の上に向かって走り始めるのだった。


 ソフィがクリリが待っていた丘の上まで登ると、眼前には大海原が広がっていた。どこまでも続くと思えるほどの水平線や、日の光に反射する海面の煌めきに感嘆の声を上げる。


「凄い、これが海なのね……きゃっ!」


 海から吹き付ける強い風がフードを飛ばしそうになるのを手を押さえる。続いて登ってきたマリアたちも驚きながら訪ねてくる。


「おー! あっ聖女さま、何か浮いてますよ?」

「あれは、たぶん帆船だね。風の力で動く船だよ。ボートは見たことあったけど、あんなに大きな物がちゃんと浮くんだね」


 丘から続く街道の先にはハーランの街が広がっており、そこから何隻か帆船が入出港していた。ハーランの街は帝都を除けば、帝国内で一番大きな海洋交易都市である。


 街は均一的な赤い屋根が特長で、丘の上から俯瞰して見ると通称である『赤い絨毯』がまさにお似合いの街並みだった。その中でも一際大きな建物が二つあった。


 一つはハーラン侯爵の城館、もう一つは様式から聖堂のようである。人が集まる活発な都市では、寄付金が集まりやすいため聖堂も大きくなる傾向がある。


「ようやく見えてきましたね」


 遅れて登ってきたイサラの言葉にソフィたちは頷く。彼女は聖堂と思われる建物を指差して尋ねる。


「先生、あれは聖堂ですよね?」

「えぇ、あの様式間違いないでしょう。大聖堂に比べれば小さいですが、それでもあの大きさはかなりのものですね」

「今日はあそこに泊まるの~?」


 マリアが尋ねると、イサラは首を横に振った。


「いいえ、東部では宿を取りましょう。聖堂でも表向きは歓迎してくれるでしょうが……」

「そうだね。資金にはまだ余裕があるし」


 イサラの意見にソフィも肯定して頷いた。東部地区は聖堂派の力が強いため、念のため宿を取ることにしたのだった。しばらく海を眺めていた一行だったが、やがて飽きたのかクリリが丘を下り始めると、他のメンバーもハーランの街に向かって歩き始めるのだった。



◇◇◆◇◇



 モルドの民のクリリが居たこともあり、ハラーンの街に入る前に衛兵に止められてしまった。しかしイサラが司祭の護符(タリスマン)を見せると、逆に恐縮した感じですんなりと通してくれた。


 街に入ったときには、日がだいぶ落ちていたため宿を探すことになった。大きな街なので宿屋も多いが、ファザーンがいるため厩舎が併設されている所を選ばなければならなかった。しかし正門から入ってすぐの大通りの宿屋は旅人用で、どこも厩舎が併設されているため適当な宿に腰を落ち着けることにした。


 この宿屋も酒場が併設しているよくあるタイプの宿屋だった。ここには六人部屋があったため一部屋取ると、少し早めの夕食を取ろうと酒場に降りてきた。


 ピーク時では無いものの商談をしている商人たちや、浅黒い肌の男たちが酒を煽っていた。そんな彼らを見てマリアは首を傾げて呟く。


「こんなところにもモルドの民がいるんだね?」

「いや、あれは船乗りですよ。海上では日光を遮るものがほとんどありませんから、日に焼けてあんな感じになるのです」

「へぇ~」


 そんな話をしながら、一行は大きな丸テーブルに座った。すぐにウェイトレスが駆け寄ってきて注文を取りに来た。


「神官さんたち、注文は決まったかい?」

「この街に着いたばかりなんですが、オススメは何ですか?」

「そうだねぇ。ハーランと言えば、やっぱり海鮮だよ! スッパ ピカンテェが良いんじゃないかい?」


 スッパ ピカンテェとは、香辛料をふんだんに使った辛い海鮮スープで、ハーラン地方の郷土料理である。イサラも食べたことはなかったが、何かの話で聞いたことがあったのでそれを人数分頼み、レオ用に炙った燻製肉を追加した。そして飲み物にワインを三つと果実を絞ったジュースを二つ注文した。


 注文を取ったウェイトレスは、ニッコリと笑うとカウンターに注文を通しに行ってしまった。


「楽しみだな、マリーア!」

「そうだね、お魚美味しいらしいし!」


 食い意地が張るマリアとクリリはさっそく目を輝かせていたが、フィアナはソフィに確認するように尋ねる。


「ソフィ様、明日以降はどうしましょうか?」

「とりあえず冒険者ギルドに行かなくちゃ、クリリちゃんはそのために来たんだし」

「おー! クレスのような冒険者になるんだぞ」


 クリリは両手を広げて元気良く答えた。彼女のその様子は追放された少女のものとは、とても思えないものだった。


「ここはモルドゴル大平原から近いですし、ひょっとしたらお姉さんもこの街を拠点にしているかもしれないわね」

「それなら会えるかも知れないね。ずっと会ってないんでしょ?」

「ん~……八年ぐらい会ってないぞ」


 ソフィは八年と聞いて驚いたが、すぐに彼女らの暦が帝国とは違うことを思い出して頷く。


「ということは四年か、やっぱり随分会ってないんだね。あっ、食事が来たみたいだよ」

「おー! メシだ~」


 ウェイトレスが運んできた料理にクリリは目を輝かせている。運ばれてきた料理は、大きな鍋の中で貝やぶつ切りの魚が真っ赤なスープで煮込まれたもので、どうやら小皿によそって食べるようだ。クリリとマリアが物珍しそうに鍋を覗きこむと、むわっと湯気が上がり彼女たちの顔に当たる。


「うわっ……何これ!? 目が目が痛い」

痛いぞ(ヘデュペー)!」

「だ……大丈夫、二人とも?」


 二人とも顔を背けてポロポロと涙を流している。ソフィは鞄から布を取り出すと、クリリの顔を拭いてあげる。マリアも同様にフィアナから布を受け取って顔を拭く。


「何を遊んでいるのですか、よそっていきますから小皿を回してください」


 イサラは呆れた様子でそう言うと、大きな木の匙を使ってスッパ ピカンテェをよそっていく。


「これ、本当に食べ物なの? すごい臭いがするけど」

「当たり前です。この辺りの名物料理で少し辛いらしいですが、美味しいと聞いています」


 食事が配り終わると一行は食前の祈りを捧げる。ソフィたちは女神シルに、クリリは狩神イクタリスに、彼女たちは信じる神は違えど一緒に祈るのだ。


「それじゃ、いただきましょうか」

「フィー、ちょっと先に食べてみてよ」


 未だにこの料理に懐疑的なマリアがフィアナにそう言うと、彼女は呆れた様子で答える。


「ちょっと香辛料が強いだけでしょ? これぐらい何ともないわ」


 フィアナは匙でスープを掬うとそのまま口に運んだ。彼女は無言のまま口を隠しながら咀嚼すると飲み込んで、ジョッキを持ち上げると喉に流し込んだ。


「……少し辛いけど大丈夫よ。でも子供には早いかもしれないね」

「なにをぉ」


 からかうように言うフィアナにマリアは怒り出したが、隣ではクリリが口を押さえて、首を横に振りながらパタパタと足を動かしている。またイサラとソフィは平然と食べていた。


「貴女も早く食べなさい、シスターマリア。ほら猊下も普通に食べているでしょう?」

「うん、美味しいよ?」


 マリアはイサラを恨めしそうな目で見ている。ソフィを引き合いに出されては食べるしかないが、ソフィは何を食べても美味しいなどの褒め言葉しか言わないため、まったく参考にならないのだ。意を決して口に運ぶと、口内に旨味と共に辛さと痛みが広がる。そして額からは汗が噴き出るように出てくると、マリアは席を立ちながら果実ジュースを一気に煽った。


「辛い! 辛すぎるよっ! あっ……レオくん!?」


 マリアが涙目になっている隙にレオがテーブルに飛び乗り、いつものようにマリアの皿から食料を奪い取ろうとする。しかし口を付けた瞬間、毛を逆立てて凄い勢いで酒場の外まで走って行ってしまった。


「レオ君っ!? ちょっと連れ戻してくるから、皆は食べてて!」


 ソフィはそう言うと、逃げ出したレオを追って酒場から飛び出したのだった。

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