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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
東方激動編
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第90話「腐敗した中枢」

 翌朝ソフィたちの部屋に、エリザが宿代を払いに訪れていた。ソフィもイサラも断ったのだが「どうしても!」と押し切られ受け取ることになった。その義理堅さにイサラは少し感心したが、彼女が受け取ってくれたことに安心したエリザはもう一度深々と頭を下げると、その足でロバの世話をするために厩舎に向かっていった。


 ソフィたちも昼頃には出発しようという話になっており、朝食を取ってから旅の準備を進めていた。


 携帯食料を買いこみ、北部で買いこんだ外套以外の防寒着は売ってしまうことになった。これから向かうハーランの街は温暖で乾燥した地域のためである。さらに折れていた天幕のパーツも買い換えると、徐々に旅の準備が整っていった。


 酒場に戻り昼食を取ったあと、出発しようとしていた聖女巡礼団に戻ってきていたエリザが駆け寄ってきた。


「あぁ、良かった! まだ出発してなかった」

「どうかしましたか、エリザさん?」


 ソフィが首を傾げて尋ねると、エリザは少し照れた様子で答える。


「いえ、恩人であるソフィさんたちのお見送りをしたかったんです」

「恩人だなんて大げさだよ」

「いいえ、本当に助かりました! 最近は物騒なので気をつけてくださいね」


 ソフィたちはエリザと別れの挨拶をすると、そのままハーランに向かって出発したのだった。



◇◇◆◇◇



 聖女巡礼団が、モルドアンクを出発したころ帝都でも動きがあった。フォレスト公爵のアルバートからの書状が皇帝宛に届いたのだ。内容を確認した皇帝は鼻で笑って、側に控えていた宰相に手紙を放り投げると、興味なさそうに「お前が対応しておけ」と命じたのだった。


 それからしばらくして宮殿に登城したノイス・べス・ダーナ聖堂長は、謁見の間ではなく宰相執務室に通されると、部屋の主である宰相のルーデルが待っていた。


「よく来たな、ダーナ聖堂長」

「いえ、閣下の命令とあれば如何なる時でも……」


 やや居丈高な態度のルーデルに対して、ノイスは平身低頭といった様子だった。ルーデル公爵は皇妃の弟で、皇帝から見れば義弟に当る。ルスラン帝国内の序列では三番目に位置する人物である。


「お前を呼び出したのは他でもない。皇帝陛下の名でフォレスト公爵に送った例の勅命の返信が返ってきたのだ」

「おぉ、ではあの女狐めを討ち取ってくれたのですな?」


 ノイスの瞳は期待に輝いていたが、ルーデルは渋い顔で届いた書状を差し出した。ノイスはそれを受け取ると開いて内容を読んでいく。


「調査した結果、シリウス大聖堂の対応には問題はありませんでした。この問題を提起したハゲ頭こそ、諸悪の根源ではないかと思います。伯父上の聡明さが残っていることを、切に望むものとする……ですとっ!?」


 望み通りにながらなかったノイスは激昂して書状を握り締めていたが、やがて怒りの矛先をルーデルに向けた。


「閣下っ! ワシのことだけならまだしも、この内容は陛下をも愚弄しておりますぞぉ!」

「少し落ち着け、ダーナ聖堂長」


 ツバが飛ぶほど迫りくるハゲ頭を押しのけると、ルーデルは呆れた様子で話を続けた。


「陛下はフォレスト公爵を大変気に入っておるから、この程度のことで腹を立てたりせん。それにこの件には興味がないようだ。元々大司教の追放にも乗り気ではなかったからな」


 皇帝の勅命で帝都を追われた聖女巡礼団だったが、その件にほとんど皇帝は関わっていなかったのだ。主に動いていたのは宰相ルーデルとダーナ聖堂長の共謀によるものだった。


 ルスラン帝国皇帝アルフ三世は、政にあまり興味を示さない皇帝だった。皇太子のころは精力的に政に関わっていたが、先代皇帝の崩御後に皇帝の位につくと徐々に快楽に溺れ、仕事は宰相であるルーデルに任せるようになっていった。


 もちろんこの皇帝の堕落もルーデルの策謀ではあるのだが、歴代皇帝の堕落を何度も諌めてきた大司教も帝都には存在しておらず、宮廷内から徐々に腐敗が広がっている状態である。


 以前ソフィがギントから送った書状の返答も、全てルーデルの独断によるものだった。


「閣下っ! もしやワシを切り捨てるおつもりではなかろうな? ワシと貴方はもはや共犯者ですぞ?」

「わかっておるわ! とにかく……どうにかしてアルカディア聖堂長を帝都に呼べぬものだろうか? あの女さえいなければ、大司教(こむすめ)など何とでもなるわ」


 二人は頭を抱えながら考え込んだ。カサンドラは父親であるカトラスが死去した時ですら、帝都に戻ってこないような人物である。当時は北のスヘド王国との戦いが続いていたため、シリウス大聖堂を空けるわけにはいかなかったのが主な理由ではあるが、ソフィが大司教になる邪魔になると考えたからである。


 聖堂派は大司教選定の権限を持つ、唯一の聖堂長だったカサンドラを監禁してでも遺言を無効にしようと目論んでいたが、彼女は帝都には訪れず「遺言の通りソフィーティア・エス・アルカディアを任命するように」と書状を送ってきただけだった。


 その書状も聖騎士の一個大隊に運ばれてきたため、ノイスを中心とした聖堂派は触れることもできなかったのだ。こうして工作を失敗した聖堂派は、仕方がなくソフィの大司教就任を認めるしかなかったのだった。


 そんなことを思い出しながら、散々悩んだ後ノイスがある提案をしてきた。


「それではこういうのはどうでしょうか?」

「何か妙案でも?」

「はい、現在起きている教会内の分裂を、長く留守にしている大司教猊下の責任にするのです」


 この案には、さすがのルーデルも眉を顰めた。自分たちで追放しておきながら、いざ問題が発生すればソフィの責任にすると言っているのだ。しかし、ルーデルは口を閉ざして話の続きを待つ。この黙認に気が大きくなったノイスは、大きく手を足を動かしながら提案を続ける。


「猊下には教会を纏める力はないが、ここで大司教の職を解いてしまっては信者たちがおそらく納得しないでしょう。下手をすれば暴動が起きるやもしれません。そこで大司教の職はそのままに、新たに『聖王』という職を作り教会を総括する職にするのです」

「ふむ……それで?」


 ルーデルが頷いて話を先に進めるように言うと、ノイスはニヤリと笑って答えた。


「この『聖王』制定の宣言と同時に、候補者の選定を帝都で行うと書状を出すのです。このような重大な決めごとですから、規定では聖堂長同士の協議が必要になります。あの女狐めも帝都に来るでしょう。そこを討ち取ってしまえばいい」

「う~む……恐ろしいことを考えおるわ」


 ルーデルはニヤリと笑っている。この作戦が上手くいけば邪魔なカサンドラは排除できるうえ、邪魔な大司教も形骸化できるというものだった。


「しかし、悪くない策だ。……進めてみよ」


 ルーデルの許可が降りると、ノイスは彼から見えないようにニヤリと笑った。


「では、そのように」


 そして、そのまま退室していく。ノイスは宰相の執務室から続く廊下を歩きながら、厭らしい笑みを浮かべると


「くくく……馬鹿どもめ、こうも思い通りに動いてくれるとは」


 と呟くのだった。



◇◇◆◇◇



 帝都でそのようなことが起きているなど知らない聖女巡礼団は、今日も順調にハーランの街に向かって進んでいた。今は昼時で川の畔で休憩中である。昼食の準備をフィアナとマリアが進めており、レオがそれをジッと見つめている。ソフィはファザーンに餌と水を与えていた。


 そんな中で、イサラはクリリに対して授業を始めていた。言葉はだいぶ改善されていたが、ルスラン帝国で暮らすには彼女の知識はだいぶ偏っていたからだ。


 まず常識を教え始めたのだが、その過程で読み書きができないことが判明したため、そちらも平行して教えていくことになった。イサラは文字を書きながら同時に発音していき、さらに単語と文字の整合性をとるために絵を描いていく。


 最初は嫌がるかと思った授業も、クリリは楽しそうに受けていた。元々好奇心旺盛な子であり、新しい物を覚えるのが楽しいようだった。そのせいもあってか詰め込み式の教育であってもどんどんと吸収していった。


「貴女は本当に素直な生徒ね。シスターマリアなんてすぐに逃げ出すのですよ」

「マリーアはダメだな~」


 イサラが昔の授業を思い出して感心したように言うと、クリリはカラカラと笑っている。その言葉が聞こえていたマリアが振り返ると抗議をしてきた。


「こら~クリリ、聞こえてるぞっ! それにイサラ司祭が怒ってばっかりだったからだよ……って、あ~こら! レオくんお肉持ってっちゃダメ~!」


 マリアの意識がイサラたちの方に向いた瞬間、レオが彼女が調理していた燻製肉を咥えて逃げていった。マリアの怒声など聞く耳を持たず近くの茂みまで逃げていってしまったレオに、一行は苦笑いを浮かべるのだった。


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