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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
東方激動編
89/130

第89話「酒場での演奏会」

 吟遊詩人による演奏が始まるということで、聴衆の視線が徐々にエリザたちに集まってきていた。


「それじゃ始めるよ、クリリさん」

「おー、いつでもいいぞ」


 集まっている視線に少し緊張気味に確認するエリザに、クリリは振り返るとニカッと笑った。その笑顔に意を決したエリザは弦楽器による演奏を始めた。滑らかに動く指からは、平原の風を思わせる勇壮な曲が紡がれていく。


 クリリは短く息を吸うとモルド語による詩を歌い始めた。ソフィには意味はわからなかったが、一月ほど駆けたモルドゴル大平原を思わせる見事な歌声で、観衆も黙って聴きいってしまっていた。


 その曲が終ると聴衆から拍手と共に、野次とも声援とも取れる声が上がる。


「ねぇちゃんたち、しんみりしちまったじゃねぇか! どうせなら、もっと景気のいいのを弾いてくれよっ!」

「そうだ、そうだ!」


 確かに綺麗な曲だったが、夜の酒場で掛ける曲にしては緩やか過ぎたようだ。そんな聴衆の言葉にクリリは振り向くと笑顔で提案する。


「よし、エリーザ! アレやろう」

「えっ!? あの曲? あんまり練習出来てないんだけど……」

「大丈夫、大丈夫!」


 楽観的なクリリはそう言うと手を叩いてリズムを取っている。聴衆たちもそれに合わせて手拍子を始めた。エリザは小さくため息をつくと覚悟を決めて弦楽器を弾き始めた。先程よりだいぶアップテンポで楽しげな曲だった。


「なんだか楽しげな曲調だね?」

「これもルスラン帝国の様式ではありませんね。たぶんモルドのものかと……それにしても演奏はお上手ですね」


 かなり早い曲なのに、エリザは難なくこなしているように見える。ソフィとイサラが不思議そうに彼女を見ていると、隣の席のモルドの民が声を掛けてきた。


「なんだ、嬢ちゃんたち知らんのか? この曲はモルドの魂そのものだ」


 その男性の話では、この曲は『|大地に感謝を 狩神イクタリスと共に《ゴゼィダーン イクタリス》』というらしい。大規模な狩りに出る前や大きな祭の時に歌う定番曲とのことだった。


 最初はクリリだけが歌っていたが、次第に周辺にいたモルドの民も太鼓の代わりにテーブルを叩き出したり、ステージの近くでステップを刻んで踊り出していた。徐々に規模が大きくなっていく音楽に聴衆も大いに盛り上がっていき、それに伴い酒類の注文も増えて仏頂面だったマスターも、満面の笑顔を浮かべながら忙しなく働いていた。


 そして曲が終わると聴衆からは激しい拍手とコインが送られ、用意した箱はあっという間に埋まっていった。そして参加したモルドの民は勝手に次の曲を始め、聴いたことがない曲だったがエリザは何とかそれに合わせて弾いていく。


「……楽しそう」


 まだ少し暗かったマリアは、その楽しげな様子にボソリとそう呟いた。それに対してソフィは微笑みながら尋ねる。


「マリアちゃんも参加してくれば? きっと楽しいよ」

「わたしは……」


 マリアがまだ渋るのでソフィがチラリとフィアナを見ると、彼女は頷いてマリアの手を取った。


「行こう、マリア。いつまでも暗いのはマリアに似合わないぞ」

「わ……わたしだって、そういう時ぐらい」


 フィアナに連行されたマリアが、モルドの民たちと一緒に踊り始めるのはそれほど時間はかからなかった。あの様子ならもう大丈夫だろうとソフィが微笑んでいると、置いていかれたレオがピョンっと膝の上に乗ってきた。


「レオ君もご苦労様、マリアちゃんに付いててくれてありがとね」

「フンッ」


 レオは返事と言わんばかりに鼻を鳴らすと、ソフィの手を鼻で突いて撫でるように指示を出していく。ソフィはクスッと笑いながら、レオの頭から背中に掛けてを優しく撫でていくのだった。


 しばらくして演奏が終ると疲労困憊といった様子のエリザと、まだまだ元気そうなクリリたちがソフィたちのテーブルに戻ってきた。その腕の中には溢れんばかりの硬貨が詰まった箱を抱えていた。


「みんな、お疲れ様」

「あ、ありがとうございますっ!」


 ソフィに差し出された水を一気に飲み干すと、エリザは深々とお辞儀をした。そして椅子に腰掛けると溶けるように机に突っ伏した。


「はぁぁぁ、私こんなに盛り上げれたの初めてですっ!」


 体は疲れている様子だったが、エリザは満面の笑みを浮かべながら先程までの演奏の感想を述べる。


「とてもいい演奏だったわ」


 ソフィが率直な感想を伝えると、イサラが付け加えるように肯定した。


「確かに素晴らしい演奏でしたね。この様子なら食い扶持に困ることもなさそうですし安心しました」

「あぁ、そうですっ! 報酬を分けなくちゃ、それに宿代も払えそうです」


 エリザは嬉しそうにそう言うと、硬貨が詰まった箱から硬貨を出して数え始めた。しかし、すぐにイサラから窘められてしまった。


「こんなところでお金を数える人がいますか! 部屋に戻ってからになさい」


 モルドアンクは比較的治安がいい町のようだが、それでも大金を人目の付くところで数えるのは狙ってくれと言わんばかりの行為だった。忠告されてようやく気が付いたエリザは、すぐに周りから箱が見えないように隠した。


 その後は疲れただろうということになり、それぞれの部屋に戻ることになったのだった。



◇◇◆◇◇



 部屋に戻ったエリザは、さっそく硬貨を数え始めた。そして数え終ると半分に割ってクリリに差し出した。


「これクリリさんの分だよ。一応確認しておいてね」

「ん~? なんだ、それは? あぁクルルが集めている金ぴかだなっ!」


 クリリは物珍しそうに硬貨を一枚持ち上げると、蝋燭の光に当てて反射する光を楽しんでいた。そんなクリリにマリアは不思議そうに首を傾げる。


「ひょっとして硬貨が何なのか知らないの?」

「硬貨? これは硬貨っていうのか?」


 遊牧民であるモルドの民同士の交流は基本的に物々交換である。ルスラン帝国の民と交易とする際は貨幣を用いたりするが、そちらも生活必需品との物々交換のほうが喜ばれるほどだった。その為、貨幣に触れるのは部族の中でも交易を担当している者ぐらいなのだ。


「仕方ないなぁ、マリアお姉ちゃんが教えてあげよう」


 マリアは自慢げに胸を張るとテーブルの上に硬貨を並べ始めた。そして、銅貨から一つずつ硬貨の説明をしていく。マリアはソフィと比べると真面目な生徒とは言えなかったが、それでもイサラの教え子の一人である。貨幣や貨幣経済の仕組みぐらいはスラスラと答えられるぐらいの知識はあった。


 そして一通り説明が終ったマリアに、クリリはニカッと笑って答える。


「よくわからなかったが、マリーアはすごいな」


 その答えにマリアはガクッと肩を落とすと、銅貨を三枚ほど広い上げると掌に乗せて見せる。


「とりあえず、これぐらいあれば食事ができるの! あとはイサラ司祭に聞くといいよっ!」

「おーなるほどな、わかったぞ」


 自分ではクリリに教えるのは無理だと悟ったマリアは、即座にイサラに任せる方向に舵を切った。その間にエリザは自分の分を革袋に小分けにすると、荷物の他に外套の裏などに仕込んでいた。


「話は終った? それじゃ、そこに乗っているのがクリリさんのだから」

「クリリはこんなにいらないぞ、重いしな」

「そんなわけにはいかないわ。今日は貴女のおかげで成功したのに」

「じゃ、このキラキラしてるのを貰うのだ。あとはエリザにやるぞ」


 銀貨を一枚だけ拾い上げたが、あくまでも受け取らないクリリにエリザは困った様子でマリアを見る。


「貰っちゃえばいいんじゃない? クリリもそう言っているし、たぶん聖女さまもそう言うと思うよ」


 巡礼団の活動資金は聖堂を通して引き出せるため潤沢であり、旅の最中で資金難に陥ったことはなかった。旅を続ける資金に関しては聖堂派も一切妨害をしてこなかったのだ。おそらく活動資金を締め付けることで、帝都に戻ってくるという選択をされたくなかったのだろう。


「……それじゃ、預かっておくね」

「おーそうしてくれ~」


 よくわからないといった感じで首を傾げると、クリリは自分のベッドにダイブしていった。エリザは残った硬貨を革袋に詰めながら尋ねる。


「貴女たちの巡礼団は明日経つんだよね?」

「うん、そう聞いているよ。今度はハーランの町を目指すんだって」

「へぇ……ハーランに?」


 エリザは少し目を細めながら確認するように尋ねる。マリアは自分のベッドを占領しているレオに飛びつきながら答える。


「よっと! そうそう、ハーランだよ。エリザさんはどうするの?」

「う~ん、さっき酒場のマスターさんから明日も頼むって言われたから、もうしばらくはモルドアンクに居るつもりだよ」


 エリザの演奏の評判が良かったため、酒場のマスターは明日も同様に演奏してくれと頼んできたのだ。エリザは歌い手が明日にはいなくなると断ったが、モルドの民の歌い手は用意するからと押し切られてしまったのだ。


「ふ~ん、そうなんだ。大変だねぇ」

「ううん、せっかくのチャンスだから、頑張ってみるよ」


 マリアの何気ない激励に、エリザはぎこちない笑みを浮かべながら答えるのだった。

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