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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
東方激動編
85/130

第85話「モルガル族の掟」

 女神に祝福されし扉(ゲート オブ シル)の影響で昏倒していたソフィが目覚めたのは、野営地に戻ってから三時間ほど経った頃だった。


 ソフィは首を横に振って、周辺を確認するとイサラの顔を見る。


「……ここは? クリリちゃんはどうなったの?」

「ここは野営地です。クリリはリムロ殿が集落(バッパー)へ連れていきました」

「生きているのね?」


 イサラが頷くのを見て、安堵のため息をついた。


「しかし、今回の件でモルドの民との間に、対立が生まれてしまったかもしれません」

「私の責任ね……んっ」


 ソフィは腕に力を入れて半身を起こしたが、すぐに目の前が眩んで突っ伏してしまう。イサラは驚いて押さえるようにして彼女を再び寝かせつけた。


「猊下、今は無理はいけません」

「なんだか力が入らない……永続回復(オートリジェネ)も効いていないみたい」


 女神に祝福されし扉(ゲート オブ シル)よる神化の影響で、肉体的に相当な負荷が掛かっており、永続回復(オートリジェネ)はその修復に全力を上げていた。


 そのためソフィは、今まで味わったことがないような疲労感が襲っているのだ。気休めではあるがイサラはソフィに治癒術を掛けていく。


「ありがとう、今は夜? 朝になったらモルガル族の集落(バッパー)に向かいましょう。事情を説明しなくちゃ……先生、場所は大丈夫ですか?」

「はい、あの子たちにもそのように伝えておきます」


 ソフィは微かに笑うと、そのまま瞳を閉じた。


「では、お願いします……」



◇◇◆◇◇



 翌朝、ソフィが目を覚ますと羊馬車(ようばしゃ)に揺られていた。何やら手持ち無沙汰風に盾を磨いていたマリアは、ソフィが起きたことに気がつくと、御者台に向かってイサラを呼んだ。


「イサラ司祭、聖女さまが起きたよ~」


 御者台から荷台に移りながら、イサラが声を掛けてくる。


「猊下、おはようございます。お身体の調子はどうですか?」


 ソフィは立ち上がって手足や首などを動かして確認すると、にっこりと微笑んで答える。


「はい、もういつもの通りです」


 白くなっていた髪も徐々に色味と取り戻しつつあり、いつもと同じ状態になるのも時間の問題だった。イサラはカバンから包を取り出すとソフィに差し出す。


「これを食べてください。今はモルガル族の集落(バッパー)に向かって移動中です」


 ソフィが受け取って包を開くと、中からはサンドイッチが現れた。作ってから少し時間が経過しているようで冷めていたが、一口食べて見ると濃い目の味付けで十分に美味しいものだった。


「どれぐらいで行けそうですか?」

「そうですね。二日から三日程かと」

「わかりました。では、そのままお願いします」


 ソフィはそう言うと、先程まで自分が使っていた毛布などを片付け始めるのだった。



◇◇◆◇◇



 ソフィたちはそのまま西進して、モルガル族の集落(バッパー)まで辿り着いていた。その頃にはソフィの体調もだいぶ改善しており、髪の色も元の金髪に戻っていた。


 集落の入り口では屈強なモルガル族の男たちが門番として立っており、彼らはソフィたちに槍を向けて怒鳴った。


外来人(モルドダン)立ち止まれ(ドマーラ)!」


 フィアナが羊馬車(ようばしゃ)を止めると、イサラがモルド語で要件を伝えた。


(オップ)会いたい(アフティーナ)

待て(メー)(オップ)聞いてくる(バーグ)


 一行が羊馬車(ようばしゃ)降りて待っていると、モルガル長老とその家族、そして武装したモルガル族の戦士たちが姿を現した。フィアナは反射的に腰の剣に手をやったが、ソフィはそれを押さえて首を横に振った。


 モルガル長老は鋭い眼光でソフィを睨みつける。鋭い槍で突かれたような感覚にソフィは微かに緊張するのだった。


「よく来たな、客人。何をしに参ったか?」


 口調は穏やかだが確かに怒りを感じる言葉に、ソフィは真剣な表情で答える。


「クリリちゃんの容態が気になって、お見舞いに来ました」

「お陰さまで体は大丈夫そうじゃよ。じゃが……呪われてしまった。いや、責めているわけじゃない。勘違いするな、孫娘を救ってくれたことには感謝しておる」


 モルガル長老はシワだらけの顔にさらにシワを寄せている。おそらく治癒術を嫌うモルドの民の教えと、孫娘を生かしてくれたことに関する感謝の念との板挟みになっているのだろう。


「クリリちゃんに、会わせて貰えませんか?」

「一族の禁忌をやぶったお主を、集落(バッパー)の中に入れることはできぬ」


 モルガル長老は首を横に振って答えた。ソフィはさらに懇願しようと一歩前に出たが、イサラは彼女の肩に手を置くて止めた。


「猊下、いけません」

「でも、先生……」


 ソフィは納得は出来なかったが、この拒絶が自身の行動で起きていることは理解しているので、その場は何とか押し留まった。


「クリリちゃんは、これからどうなるんですか?」

「呪われた者は、集落(バッパー)には置いておくことはできぬ。一族から追放になるじゃろう」


 その発言を聞いて、ソフィは驚いて目を見開くと一歩前に出る。それに対してモルガル族の戦士たちも、モルガル長老を守るように一歩前に出た。


「私が悪いのはわかっていますが、クリリちゃんには何の罪もありません。あんな小さい子を追放なんてっ!?」

「掟は掟だ……これは我々の法でもある。孫娘とは言え、掟を破るわけにはいかんのだ」


 モルガル長老はそう言い残すと、これ以上話すことはないと言わんばかりに背を向けて集落(バッパー)の中に戻って行ってしまった。ソフィが追いかけようとすると、モルガル族の戦士たちに止められてしまう。


外来人(モルドダン)立ち去れ(ドマーグ)!」


 押し戻されたソフィを、イサラが抱きとめて彼女を優しく諭す。


「猊下、我々と彼らの考え方は大きく違いますが、それでも彼らの考え方を尊重しなくてはいけません」

「でも、こんなの間違っているよ……」


 ソフィは沈んだ顔で肩を落としている。イサラは彼女をフィアナとマリアに任せると、モルガル族の戦士たちの後ろから、ジッと視線を送っている女性を見た。そこに立っていたのはクリリの母のクルルだった。


 クルルはモルガル族の戦士たちを押しのけて前に出ると、大きな革袋をイサラに差し出してきた。


「これは……?」

「リムロから何が起きたのかは聞きました。子供たちを助けてくれてありがとう。これは細やかながらお礼です」


 受け取った革袋の重みや音から、どうやら硬貨や宝石の類のようだった。そしてクルルはイサラに近付くと、耳元で一言何かを告げるとすぐに離れた。イサラが目を見開いて驚いているとクルルは優しげに微笑む。


「お願いします」


 イサラが真剣な表情で頷くと、クルルは会釈をして集落(バッパー)に帰っていった。



◇◇◆◇◇



 モルガル族の集落(バッパー)を離れた聖女巡礼団は、一度モルドイーラに戻ることになった。現実的な問題で水や食料などが、モルドゴル大平原で過ごすには心許なくなってきたからである。


 積荷は軽くなっていたためナタークは順調に進んでいたが、荷台の雰囲気は重々しいものだった。クリリの処遇を聞いたソフィが落ち込んでおり、さらにレオがいなくなったことでマリアも落ち込んでいたのだ。


 そんな二人に御者台のイサラが声を掛けてくる。


「猊下、少しあそこで休もうと思います」

「……わかりました」


 ソフィは気のない返事にイサラは苦笑いを浮かべていた。そして北西方向を指差して、手綱を握るフィアナに指示を出す。


「あの丘の上の一本木のところですか?」


 イサラが指差したのは緩やかな丘になっており、高い木が一本だけ生えていた。イサラが頷くと、フィアナは手綱を操りナタークをその場所に向けた。


 しばらくして、その一本の木まで来ると羊馬車(ようばしゃ)を止めた。フィアナが荷台からナタークを解放すると、適当に歩き回って草を食べ始めた。


 イサラは木の下で薪になりそうな木片を集めると、火をつけてお湯を沸かし始めた。ソフィとマリアはのそりと敷物を敷いている。


 湯を沸かしたイサラはカップにお茶を淹れると次々と手渡していく。そしてカバンから出した乾燥した携行食も配っていった。この携行食は味は二の次だが保存性に優れ、旅をする者にとっては必需品だった。


 マリアはそれを齧りながらボソリと呟く。


「うぅ……レオくんやクリリが、捕ってきてくれたお肉が懐かしい」

「まったく、この子は……」


 イサラは呆れたようにため息を付くのだった。


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