第83話「強襲、モルガル族!」
薄暗くなる前に密猟団の拠点を発見したモルガル族の男たちは、馬を駆けさせたまま一斉に矢を番えるとキリキリと弦を引き絞っていく。
「放て!」
リムロの号令と共に放たれた矢は、ボンヤリと輝く焚き火を狙って放たれていた。いきなり飛んできた矢は、炊事をしていた者や焚き火の側で談笑していた者たちの上に降り注いだ。
「ぎゃぁ!」
「なっ、なんだ!?」
モルガル族の男たちは馬の速度を落とさぬように旋回しながら、密猟団の拠点に向けて次々と矢を放っていく。その矢の雨から逃げるように拠点の外に出てきた密猟者に、リムロは馬に括り付けてあった剣を抜き放つと切っ先を彼らに向けた。
「突撃!」
「うぉぉぉぉぉ!」
モルガル族の男衆は蛮声を張り上げると、リムロと同じく剣を抜き放ち一斉に突撃を開始したのだった。
遊牧民であるモルドの民は総じて騎乗能力が高く、馬上での戦闘はお手の物だった。主に狩りで使う馬上弓だけでなく、部族間の戦いが未だにあるため騎乗突撃などの訓練も欠かしていないのだ。密猟団は炊事時の奇襲で混乱していたこともあり、次々と蹴散らされていく。
しかし、しばらくするとオウト団長の統制が始まり、密猟団もすぐに反撃の体勢を整えて始めた。
「この野蛮人どもがぁ! 炎の子らよ、集いて奴らを焼き殺せ、炎の矢!」
オウト団長は激昂しながら剣の切っ先を襲撃者に向けると、炎の矢を発動させた。放たれた炎の矢は真っ直ぐに伸びていき、モルガル族の男に当ると一気に燃え広がった。馬が驚いて跳び上がると男は叫び声を上げながら落馬していく。
その凄惨な様子に動揺が走ったモルガル族は突撃の速度を緩めてしまい、密猟団との乱戦に縺れ込んでいく。乱戦になれば元傭兵の密猟団に分があり、今度は数が少ないモルガル族が不利になっていった。
乱戦はしばらく続き、モルガル族の男たちは全て落馬してしまい密猟団に取り囲まれていた。誰も彼もどこか傷を負っていたが、勇敢なモルガル族の男たちの中に諦めた者は一人もいなかった。
「誇り高きモルドの民よ、諦めるなっ!」
「うぉぉぉぉぉ!」
リムロの鼓舞に男たちも大声で応えた。しかし圧倒的に不利な状況は変わっておらず、まさに絶体絶命だった。
そんな時である。光輝く何かが密猟団を飲み込んでいく。悲鳴も上げれず蹴散らされた密猟団に、驚いたリムロが目撃したのは光輝く獅子の姿だった。
「ば……馬鹿なっ!? なぜ、こんなところにレオンホーンがっ!?」
一番驚いていたのは密猟団の団長オウトだった。この拠点はレオンホーンの縄張りの外だったし、仲間が消耗作戦をしている最中のはずだったからだ。
彼は信じられないといった様子で首を横に振ると
「ラーグルの野郎はどうした!?」
と叫んだ。しかし、それに対して誰も答えることが出来ず、混乱が広がっていくだけだった。歯軋りしながらレオンホーンを睨む彼は、ハッと何かに気が付くと数歩後ずさった。
「こいつらが来てから、どれだけ経った?」
「小一時間は……あっ」
ここでようやく部下たちも、レオンホーンが現れた理由に気がついた。本来ならとっくに囮役を交代している時間である。おそらくラーグルの部隊は耐えられないと判断して逃げ出したのだ。そして拠点に逃げ込む前に全滅し、レオンホーンをここまで導いてしまったのだろう。
「あの馬鹿野郎がぁ!」
オウト団長が吠えると、レオンホーンは唸り声を上げながらゆっくりと近付いてくる。こうなってしまえば密猟団もモルガル族もない。それぞれのことを気にしている場合ではなく、全員が強大な力を持つレオンホーンを警戒していた。
「グガァァァァァァ」
レオンホーンが大きく口を開けると、身に包む光がさらに輝きを増し、黒い角を中心に放電現象が起きる。そして口を中心に巨大な雷球が出来ると、そこから極太の雷光が発せられた。
その雷光に飲まれた密猟者の中には防壁を展開した者もいたが、その程度の防壁で止めれるものではなく一瞬で消し炭と化していた。恐慌状態になった密猟者はレオンホーンに挑み掛かっていくが、次々とその爪や牙の餌食になっていく。
そんな中、モルガル族はレオンホーンとの戦いは望まず、密猟団が襲われている間に負傷者を抱えて撤退しようとしていた。しかし、レオンホーンはそれを逃さず大きく跳躍すると、モルガル族の男たちに襲いかかってきた。
まさにその牙がモルガル族を襲おうとした瞬間、レオンホーンとモルガル族の間に無数の光輝く防壁が現れた。
バキーン!
と衝突して砕ける音と共に、レオンホーンは後ろに弾け飛んだ。砕け散る防壁が光の粒子を撒き散らしている中、モルガル族の男たちとレオンホーンの間に割って入ったのは光輝く聖女だった。
「大きなレオ君! 暴れるのは、そこまでですっ!」
その状況を理解できる者は、その場にはいなかった。誰も彼も目の前に現れた光輝く少女の存在が理解できず、目を見開いて固まってしまっている。
「出来れば貴方とは戦いたくありません……でも、これ以上の殺戮は許しません。『聖女執行』」
腕をクロスしたソフィが一層光輝くと、レオンホーンはかなり警戒した様子で唸り声をあげ始めた。
「グルルルルルゥ」
ソフィは右の拳を腰に構えて重心を落とし、ゆっくりと息を吐いていくとソフィから放たれている光が粒子になって右拳に集まっていく。
「ガァァァァァ!」
レオンホーンが咆哮を上げると、体を包みこんでいた雷が一気に膨れ上がり顔の前に巨大な雷球が発生した。ソフィがチラリと後を見ると、撤退中に襲われたモルガル族の男たちが倒れていた。
防壁を展開するには距離が近すぎると判断したソフィは、右拳に力を入れて意識を集中する。
「……モード:槍」
宝玉に聖印が浮かぶと、ガントレットの形状が変形していく。ガントレットの甲が槍の穂先のように変形していき、さらに光の穂先が現れた。その瞬間、レオンホーンは極大の雷撃を発射してくる。
「ヤァァァァァァ!」
ソフィは一歩前に踏み込みながら、迫り来る雷撃に向けて右拳を繰り出した。拳から射出するように光の槍が迫り出すと、雷撃がその一点から分散するように弾け飛び地面を抉り取っていく。その威力に巻きあがった粉塵がソフィたちを包みこんでいった。
そこにイサラたちが、ようやく追いついてきた。
「猊下っ!? 大丈夫ですか?」
イサラはファザーンから飛び降りると、ソフィの近くまで駆け寄る。ソフィは振り向いて微笑む。そして、イサラにモルガル族の守るように頼んだ。
「先生はモルガル族の人たちを! 防壁をお願いします」
「わ、わかりました」
イサラは、すぐにモルガル族を守るように守護者の光盾を展開した。追いついてきたレオはイサラの足元で唸り声を上げている。クリリもファザーンから降りると、他の者を助け起こしていた兄の元に駆け寄った。
「リムロ兄、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だ」
リムロは大きく頷いて答える。そして自分たちを守るように立っているソフィの背中を見つめながら呟く。
「アイツは、何者だ? ……戦神か?」
「わからない、でも、仲間だ」
クリリも首を振って答える。そんな二人にイサラは振り向きながら早く逃げるように伝えたが、リムロは大きく首を振って叫ぶ。
「外来人だけに、戦わせるなどっ!」
そして仲間たちには逃げるように指示を出すと、自身はクリリと共に武器を取って前に出る。
「|モルドの誇りを見せるのだ《モルド トローズ》!」




