第81話「雷獣襲撃」
イサラが羊馬車から投げ出された時点で、守護者の加護は効果を失い光の粒子となって消えていた。荷台の後ろから飛び出たソフィは、後から飛び出てきたマリアとレオに向かって
「マリアちゃん、先生とフィアナちゃんをお願い、レオ君はこっちに来て」
と命じてから攻撃してきたレオンホーンと羊馬車の間に割って入るために駆け出した。
「女神シル様、悪しき者から我々をお守りください……守護者の光盾」
ソフィが守護者の光盾を発動させると、巨大かつ多重展開された防壁が幾重にも重なると、次の瞬間極太の雷撃がソフィの守護者の光盾に直撃した。ソフィの展開した防壁は、衝撃すら完全にシャットアウトして防ぎきっている。
「一回、逃げよう」
ソフィの後ろにいたクリリの提案に彼女は頷く。モルドゴル大平原で暮らしているクリリですら、突然これほどの殺意を持って襲ってくるとは思ってなかったのだ。ソフィもレオンホーンは野生の猛獣であると理解していたつもりだったが、レオを見ていたせいかどこか甘い考えがあったと痛感していた。
守護者の光盾を展開したまま、イサラたちの元に向かったマリアに問いかける。
「マリアちゃん、先生たちは?」
「全然、大丈夫そう」
「フィアナちゃん、ナタークを馬車から解いて逃げて! 荷台は捨てます!」
「は……はいっ!」
ソフィに命じられた通りに、フィアナはナタークと荷台の連結を外していく。再び雷撃が放たれたがソフィの守護者の光盾は完全に防ぎきっている。地面を抉った際に巻き上がった粉塵が晴れると、一目散にソフィたちに駆けてくる白い巨獣が見えた。
「来るよっ、私が防ぐから皆は一回撤退を」
「わかりました!」
猛然と突っ込んできたレオンホーンの成獣は、ソフィの守護者の光盾に衝突した。その成獣は雄でソフィの身長よりかなり高い。四肢も太く鋭い爪が生えている。特長である黒い巻き角には雷を宿していた。
レオンホーンが爪で守護者の光盾をガリガリと削っている間に、ソフィがガントレットを振って鎖を伸ばした。ジャラリという鎖が擦れる音に反応したのか、レオンホーンは後ろに飛び退いて唸り声を上げている。
「レリ君、あの子の動きを止めてっ!」
その声に反応して、ガントレットの鎖がレオンホーンを捕らえようと伸びていく。その瞬間、レオンホーンの体が眩いばかりに発光したかと思えば、ガントレットの鎖が急速に戻り、勝手にモード:盾を展開した。
「えっ!?」
ガントレットが自分の意思に反したことも驚いたが、なにより眼の前にいたレオンホーンの姿が一瞬で見えなくなったことに驚いていた。次の瞬間、展開したモード:盾ごと強烈な衝撃がソフィを横薙ぎにする。
「きゃぁ!?」
地面を転がりながら地面を叩いて飛び上がって体勢を整えると、ソフィは衝撃の正体を睨みつける。それは雷を纏ったレオンホーンだった。
ナタークを開放して上に飛び乗ったフィアナが、その光景を見て顔を青くしながら呟く。
「身体強化! 動物が!?」
「いえ、あれは……雷獣化ですね」
雷獣化とは身体強化の一種だが自らを雷と化す技である。身体強化の中でも特にスピードの強化に特化した技で、かなり負担がかかるため人族ではほとんど使い手がいない。しかしレオンホーンの強靭な肉体があれば、どうやら連続使用も耐えれるようだ。
ソフィも即座に超過強化を発動させたが、その顔にはいつもの余裕が無かった。
フィアナとマリアはナタークに乗り、クリリのファザーンにイサラとレオが乗ると、荷台を捨てて来た道に向かって走らせ始めた。イサラは振り返ってソフィを呼ぶ。
「猊下っ!」
「そのまま行って! 私ならすぐに追いつけるからっ」
ソフィは視線をレオンホーンから外さず答えた。レオンホーンも目の前の相手がただの餌ではなく、危険な敵であると認識したようでむやみに飛びかかってこなくなっていた。
両者ともに睨み合いが続いていたが、唸って隙を窺っていたレオンホーンが、突然北の方角に顔を向けて短い唸り声を上げると、ソフィを一瞥してゆっくりと離れ始める。それに合わせてソフィも少しずつ距離を取っていく。
距離が十分に離れると、レオンホーンは一目散に北に向けて走り始めた。
「助かった……みたい?」
ソフィは安堵のため息を付いて、ガントレットをだらりと下ろした。
◇◇◆◇◇
少し離れたところで待っていたイサラたちは、心配そうに逃げてきた方角を見つめている。しばらくするとソフィが歩いてくるのが見えた。
再びファザーンとナタークに飛び乗ると、ソフィに向かって駆け出した。
「猊下! ご無事ですか?」
「はい、なぜか逃げてくれました。でも、あんなに気性の荒い動物だったとは、あんな状態ではレオ君を受け入れてくれるかどうか……」
「私も勇猛だった聞いていましたが、あそこまでとは知りませんでした」
ソフィの正直な感想に、イサラは責任を感じながら肩を落としていた。そんな二人にクリリが声を掛けてきた。
「いつもはあんなに凶暴じゃないぞ、どちらかと言えばゴロゴロしてる」
イサラは信じられないといった顔をしていたが、ソフィはじっと見つめると優しく微笑んで頷いた。
「クリリちゃんがそう言うなら、普段はそうみたいだね。じゃ何で襲ってきたんだろ?」
「う~ん、ひょっとしてレオくんがいたからかな?」
マリアがレオを見ながら意見を言うと、自分のせいにされたレオは気に入らなかったようで唸り声を上げている。
「そんな感じではなかった気がするね。それなら逃げるレオ君を追いかけてそうだし」
「レオホルはどっちに逃げた?」
クリリが首を傾げながら尋ねると、ソフィは思い出すように少し考えると北を指差して答える。
「確か北の方だったかな?」
「……ひょっとしたら、密猟団がいたのかも?」
クリリの発言に対して、ソフィとイサラの眉が少し上がった。
「密猟団に警戒していたから、あんなに気が立っていたと?」
「確かにレオンホーンは死体でも高価だと、聞いたことがありますね。一攫千金を狙って縄張りに入る愚か者が後を絶たないとか」
「でも、あの強さだよ?」
ソフィは先程相対した猛獣を思い出しながら首を傾げる。彼女は自身の強さに自惚れてはいないが過小評価もしていない。並みの実力では束になっても、レオンホーンの捕縛どころか討伐すらできなそうだと感じていた。
「あれほど強烈な固体はそうはいないでしょう。幼獣や弱い固体を狙うのではないでしょうか?」
「う~ん、どうしようか? このままじゃ近付くのも無理そうだし、何か対策が必要だよね」
ソフィたちが考えていると、ナタークを引いたフィアナが提案してくる。
「怒っているのが密猟団のせいなら、まずはそこを何とかするしかないのでは?」
「う~ん、討伐するにしても敵戦力がわかりませんし……まずは荷物をなんとかしないと、水も食料もありません」
先程の襲撃で持ち出せたのは、ファザーンに括り付けてあったクリリの荷物一式、ソフィのガントレット、マリアの盾、フィアナの武器と腰のポーチに入っていた非常食、そして荷台を捨ててまで連れてきたナタークである。
その話を聞いて、ソフィは何かを思い出したように頷いた。
「あぁ、それなら大丈夫」
「えっ?」
「戻って、レリ君!」
ソフィがそう命じるとガントレットから伸びていた鎖が、キュルキュルと巻き取られていきガントットの中に消えていく。しばらくすると荷台が凄い勢いでソフィたちの元に突っ込んできた。
「えぇ!?」
「ナタークは、ここにいるのに!?」
レオンホーンを撃退した後、ソフィは横倒しになっていた荷台を建て直して、ガントレットの鎖で巻き付けると、鎖を伸ばしながらイサラたちと合流していたのだ。
「フィアナちゃん、またナタークを繋げてくれる」
「はっ……はい、わかりました」
こうして聖女巡礼団とレオンホーンのファーストコンタクトは失敗に終ったが、何とか再挑戦の体勢を整えることが出来たのだった。




