表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
東方激動編
79/130

第79話「歓迎の宴」

 運び込まれた料理は、家畜を一頭丸ごと使ったような豪華な物だった。モルドの民にとって貴重な物で、一頭処分するような使い方はソフィたちを歓迎している証である。


 モルガル族の他の者たちも集まってきており、総勢で二十名ほどが輪になって座っている。


 彼らの会話の殆どはモルド語で行われていたため、ソフィたちには殆ど理解出来なかったが、雰囲気や笑い声だけでも歓迎されているのがわかった。クリリとマリア、そしてレオはガツガツと肉を食べており、傍目から見れば仲の良い姉妹のように見える。ソフィたちを接待しているのは、クリリの母のクルルで彼女と同じく褐色の美人だった。


 クリリの年齢から考えれば歳は低くてもイサラと同じぐらいのはずだが、クリリと姉妹と言われれば信じてしまいそうなぐらい若々しい女性だった。


「どうやらクリリが、迷惑を掛けたようでごめんなさいね。あの子は動物が大好きなのよ」


 この言葉は流暢かつ標準的な共用語だった。ソフィは驚きつつも首を振りながら答える。


「いいえ、少し行き違いがあっただけなので……クルルさんは共用語がお上手ですね?」

「えぇ、ルスランの方との取引は私が担当しているのよ。きっとそのお陰ね」


 モルドの民の男は狩猟や牧畜で生計を立てるが、剛直な性格の者が多いためあまり交渉ごとに適してはおらず、交渉ごとも含め家を守る仕事は女性が行う習慣になっていた。クリリには兄と姉が一人ずつおり、クリリのように男衆と混じって狩りを行うのは彼女の姉の影響だという話だった。


「お兄さんと、お姉さんがいたのね」

「兄のリムロは男衆と狩りに出ています。姉のクレスは数年前に冒険者になると言って、出て行ったきり顔も見せませんが……」


 そう話すクルルの顔は少し寂しそうだった。しばらくの沈黙に話題を変えようと、イサラがクルルに声を掛けてきた。


「しかしモルドの民から、こんな歓待を受けられるとは思いませんでした」

「ふふふ、追い出されるとでも思ったかしら? 貴女たちと争ったのはもう二百年は前のことよ。今は平和的に交流をしているし、モルドの民の教えでは客人は敵であってももてなせとされているの」


 この考え方はモルドの民が部族間で争っていた頃からのもので、この広い平野で出会う同胞は天候や猟場など、様々な有益な情報を持ってきてくれる者だと考えられていた。今より人の行き来が少なかった時代では貴重な情報源だったのだ。


 盛り上がっていた歓迎の宴が終わろうとしていたころ、天幕の外が急に騒がしくなってきた。丁度いい感じに酔っていたモルガル長老が何か聞き取れない言葉で叫ぶと、彼の息子モイヤーは席を立ちドカドカと天幕の外に様子を確認に向かった。


 彼らの言葉がわからなかったソフィは、イサラを一瞥すると首を傾げる。


「何事でしょう?」

「早口過ぎて、私でも聞き取れませんが……何か騒ぎがあったみたいですね」


 イサラはソフィの肩掛けカバンを取ると、そっとソフィの元に寄せる。その行動にソフィは目を細めて鞄を掴んだ。イサラとは逆側に座っていたフィアナも、置いておいた剣の鞘を掴んで立ち上がると、状況を確認するために天幕の外に向かう。


 その時、先に様子を確認にいったモイヤーが、慌てた様子で戻ってきてモルド語で叫ぶ。宴会に参加していた男衆は、一斉に立ち上がると天幕の外に向かって駆け出した。


 戸惑った様子で首を振っていたソフィに、クルルが声を掛けてきた。


「狩りに行っていた男衆が、怪我して戻ってきたみたいなの」

「大変っ!?」


 驚いたソフィが立ち上がると、イサラは彼女の腕を掴んだ。


「猊下、いけませんっ!」

「何を言っているの、怪我した人がいるのよ!?」

「彼らには彼らの信じる神がいます。寛容を持って接せよと、先代も言っていたでしょう」


 その言葉にソフィは彼らの教義を思い出したが、イサラの制止を振り切って天幕の外に出ていってしまうのだった。



◇◇◆◇◇



 天幕の外に出ると、入り口付近でモルガル族の男たちの人垣が出来ていた。その先の様子を見ようと背伸びをしていると、すぐにイサラとフィアナに追いつかれてしまった。


 状況を確認するためぐるっと回り込むと、男衆の中心に怪我をした男性とその男性を介抱している褐色の青年がいた。男性の怪我は創傷のようで左の脇腹から血を流していた。その男性の横には中年の男性が一人立っており、クリリと同じような短剣を松明で炙っていた。


「えっ……まさかっ!? やめ……」


 ソフィが制止の言葉を発する前に男性の叫び声が響きわった。中年男性が怪我に熱した短剣を押し当てたのだ。肉が焼ける臭いと痙攣する男性に、フィアナは眉を顰めると呟く。


「なんて野蛮な……」

「お前たちが見ればそうなのかも知れんが、これが我々の生き方なのだ」


 後ろから声を掛けてきたのはモルガル長老だった。


「彼に治癒術を掛けさせて貰えませんか? あのままでは助からないかもしれません」

悪魔の術(デーブクインツゥ)か、そのようなものはモルドの男には不要じゃ」


 あまりの激痛に気絶した男性に、男たちは薬草と思われる植物を貼り付けると、布でぐるぐる巻きにしていく。その治療法はソフィたちから見ればとても野蛮な治療法だったが、彼らの文化や宗教を尊重しなければならないという思いに、歯を噛み締めて我慢するしかなかった。



 そのままなし崩し的に宴は終了し、ソフィたちはクルルの案内で来客用の天幕に移動していた。天幕の中は、絨毯が敷き詰められ家具や暖炉なども設置されていた。ソフィたちの使う天幕より住居に近い印象を受けたソフィは呟く。


「凄いね……」


 そんなことを気にも留めないマリアは食べ過ぎたのか、案内された直後にレオと共に早々にゴロゴロと転がっている。ソフィたちも明朝レオンホーンの話が聞けることになっていたので、早々に毛皮で出来た寝床につくことにした。


 しかし先程の出来事を思い出し、なかなか寝付けなかったソフィは天幕から抜け出して外に出た。モルドゴル大平原の夜は寒く、外套を身に付けてなかったソフィは少し身震いする。先程の現場になった入り口の方を見ると、篝火が焚かれており監視するために門番が立っているようだ。


 門番は一瞬ビクッと震えると、弓を手にしてソフィを見つめている。視線を感じたソフィは何か用があるのかと思い男に近付いていった。男は矢を番えて弦を引こうとしたが、篝火の灯りでソフィの姿が映し出されると弦を戻し腕を下ろす。


外来人(モルドダン)! 驚かせるな(ベガス)!」

「え~と……共用語は話せませんか(スピクル テーク)?」


 なにやら怒っている青年に、ソフィは首を傾げながら尋ねる。青年は少し面倒そうな顔をすると


「少し……なら、わかる」


 と答えた。ソフィは微笑むと改めて尋ねる。


「何か怒ってたみたいですが?」

「白い……死者、思った」


 青年はたどたどしく答える。闇の中に突如現れた白い影を、この青年は幽霊かお化けの類だと思ったようだ。その勘違いにソフィがクスクスと笑うと青年は怒り出した。


笑うな(ニット)!」

「あはは……ごめんなさい。私はソフィーティア、貴方は?」


 ソフィが笑いながら尋ねると、青年は渋い顔をしながら答える。


「俺は、モルガル族の……リムロだ」

「ひょっとして、クリリちゃんの?」

「兄だ」


 ソフィが驚きながらよく見てみると、彼は先程負傷していた男性を介抱していた青年だった。ソフィは少し怖かったが、先程の男性について尋ねてみることにした。


「あの……さっき怪我していた方は?」

「奴は……死んだ」


 怪我の状況から予想していたとはいえ、その答えにソフィは悲しい表情を浮かべる。自分とは関係のないことなのに悲しそうな顔をするソフィに、リムロは首を傾げながら問い質してきた。


「なぜ……外来人(モルドダン)のお前が、そんな顔をする?」

「人が亡くなるのは悲しいでしょう? 助けれたかもしれない方なら尚更です」

「チュロが死んだのは……自然の摂理だ」


 その言葉と考え方が理解できなかったソフィは驚いてリムロを見る。しかし空を見上げている彼を見て、それ以上は何も言わなかった。代わりに指を組み祈りを捧げながら、美しく広がる星空を見上げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 其々の文化にはたどったルーツがある。自分の考えを押し付けないことをココでは學ぶこともあると思う。 ソフィも気づいてくるのかな・・。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ