表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
東方激動編
77/130

第77話「勅令」

 ソフィたちがモルドゴル大平原を順調に進んでいるころ、遠く離れた北の地でも動きがあった。


 フォレスト公爵家の城館の一室に、聖騎士アレクシオス・エス・アルカディアが呼び出されていたのだ。彼の対面に座っているのは、彼を呼び出した城館の主アルバート・フォン・フォレストである。


「わざわざ来て貰って悪いね、アレク。聖堂長殿はお元気かな?」

「あぁ、元気すぎるぐらいだな」


 母のことを尋ねられてアレクは微かに笑う。アルバートとカサンドラ聖堂長は度々面会することがあり、息子であるアレクを護衛に付けることが多かったため、何かと交流の機会があった。また二人は歳が近いこともあり、今では仲の良い友人関係になっている。


「それで今日は何の用なんだ、アル?」

「あぁ伯父上から書状が届いてね。一応、確認のために呼んだんだ」


 アルバートは封が切られた書状をアレクの前に置いた。アレクは首を傾げてそれを受け取ると、一度アルバートの顔を確認してから書状を開いた。そして一通り目を通すと、渋い顔を浮かべて書状をテーブルの上に戻す。


「……なるほど」


 書状はルスラン帝国皇帝の名で書かれており、内容はおおよそ『シリウス大聖堂管轄の聖騎士団が暴走し、敬虔な信者たちを殺戮していると訴えがあった。フォレスト公爵は調査の上、事実であれば処断せよ』と書かれていた。


 つまりカサンドラが始めた聖堂派への粛清に対して、誰かが皇帝に訴え出たのだ。もっともこの件で皇帝に働きかけれる人物など一人しかいないため、誰の仕業なのかはすぐに予想できていた。


 アルバートは手紙を見つめながら、呆れた様子で首を横に振った。


「まぁ一応調べてみたさ、皇帝陛下の勅命だからね。何件かシルフィート教の信者が殺された事件があったのは確かのようだね。もっとも我が国は大半がシルフィート教徒なわけだから、珍しいことでもないのだが……君からは何か言うことはあるかな?」


 その質問に、アレクは瞼を閉じて少し考え始めた。アルバートが調べたのであれば、カサンドラが事を起こしたことはすでに承知の上である。ここで敢えて尋ねるということは、この友人は全てを知った上で不問にすると言っているのだ。しかし、そんなことをすれば帝国内での彼の立場が危うくなってしまう。


 アレクは意を決したように目を開くと、先程の質問に答える。


「……手紙の内容は真実だ。もっとも暴走ではないし理由もちゃんとある」

「う~む、君ならそう言うんじゃないかとは思ったがね。一応、理由は聞いておこうかな?」

「あぁ、事の始まりは……」


 今回の出来事について、アレクは彼に最初から話し始める。


 ソフィの帝都追放から始まり、シリウス大聖堂で起きた聖女暗殺未遂などを順番に説明していく。その事でカサンドラの逆鱗に触れ、今回の粛清が行われたことなどを話していく。その話を大人しく聞いていたアルバートだったが、次第に額に皺を寄せはじめていた。


「なるほど……事情はわかったよ。そんな事があったのか……君の母上であるアルカディア聖堂長の気性を考えれば、行動に移したのも頷ける。それに私とて、我が友を傷つける奴は許せんな」


 アルバートは少し考え込むと、少し声のトーンを落としてある提案を始めた。


「アレク……聖堂派が問題だと言うのなら、こんな作戦はどうだろうか?」

「どんな作戦だ?」


 ここでアルバートが提案する作戦に、アレクは驚いた様子で呆れながら声を漏らした。


「よくもそんなことを思いつくな……」


 その言葉に、アルバートはニヤリと笑うのだった。



◇◇◆◇◇



 クリリと出会ってから三日後、彼女は共通語がやや苦手なのを除けば、明るい性格で人懐っこい女の子だった。


 日中は聖女巡礼団の羊馬車(ようばしゃ)を先導しながら馬上で歌を口ずさみ、時々獲物を見つけては狩りに出かけて肉を獲ってくる。まだ小さな身体だったが、その馬術と馬上弓の腕は騎士であるフィアナが舌を巻くほどだった。


 食事時は皆と一緒に楽しげに食事を取り、ルスラン帝国の文化にも興味を示していた。特に料理と言語には並々ならぬ関心を示しており、この二日間だけでもだいぶ共通語が理解できるようになっていた。


 一行もクリリは普通の子なのだと感じ始めていたが、ただ一点どうしても解りあえなかったのは宗教観の問題である。


 元々慈愛の女神シルを信仰するシルフィート教は一神教ではない。近年では女神シルが絶対的な神であると、教会上層部が声高らかに喧伝することも増えてきたが、良識ある神官は女神シルもまた神々の一柱であると理解していた。


 モルドの民が信仰する狩神イクタリスも神々の一柱であったが、絶対的な力を有しているとされており、モルドの民の中では最高神的な位置付けになっていた。その教えは自然のまま生きることであり、それ以上でもそれ以下でもなかったのだが、長く続いたシルフィート教との対立の結果、教えが変容していき治癒術は忌諱するようになっていったのだ。


 クリリは狩りの際にちょっとした怪我をしても、絶対に治癒術を受け付けることはなかった。あくまで治癒術は呪われたものと教えられているようだった。


 その日はモルガル族の集落(バッパー)の近くまで来ていたが、陽も暮れてきたこともあり野営することになった。


 聖女巡礼団はいつもの通り天幕や料理の用意を開始したが、クリリはすぐ近くに円錐型の小さな天幕を用意していた。一本のポールを地面に突き刺し固定すると、布を上から被せて引っ張ると地面に固定していく。


「その天幕、設置するの楽そうだね?」

「お~集落(バッパー)から離れて、狩りに出る時によく使うやつだぞ」


 ソフィが関心を持つと、クリリは得意げに笑う。遊牧民である彼女のサバイバル能力は、冒険者だったイサラより高かった。


「料理は先生が用意してくれるから、向こうにいきましょう」

「イサーラのメシは美味い!」


 クリリは嬉しそうに笑うと、ソフィと共に巡礼団の天幕の方に歩いていく。天幕の方へ行くと、イサラは夕食の準備を進めていた。クリリは手を振りながらイサラに近付くと


「イサーラ、手伝うぞ~」

「あら、では薪を集めて貰えますか?」

「任せろ~」


 クリリは返事をするとパタパタと木の下まで行くと、薪になりそうな木片を集めていく。集落(バッパー)では乾燥させた家畜の糞を燃料にしたりするが、移動している時はなるべく薪が取れる場所を野営地に選ぶのが常識だった。


 薪を持って戻ってきたクリリが火を起こしていると、どこからか悲鳴が聞こえてきた。


「うわぁぁぁぁ!」

「どうした!?」


 クリリが顔を上げるとファザーンとナタークの世話をしていたマリアが、ファザーンに髪を噛まれて襲われていた。


「ファザーン! やめるんだ(ストエラメー)!」


 クリリがそう叫ぶと、ファザーンはマリアを放すと鼻を鳴らして威嚇する。頭を押さえていたマリアは涙目で立ちあがるとファザーンに詰め寄る。


「何なの、この子! 水をあげようとしたのに噛み付いてくるなんて、クリリと一緒で生意気っ!」

「ヒッヒーン!」


 馬鹿にするように嘶くファザーンに、マリアは地団駄を踏んでいる。そこにクリリが駆け寄ってファザーンを落ち着かせるために首を撫でる。


「ぶるるるる」

「マリーア、大丈夫か? ファザーンの世話はクリリがやる」

「うぅ……じゃ火見てくる」


 マリアは涙目を浮かべながら、クリリが準備していた火の番と交代した。クリリはファザーンの首に抱きついてさらに落ち着かせると、マリアが落とした桶を拾うと荷台から水を汲みなおしてファザーンとナタークに与え始めた。食料に関しては、彼らは草食なので食料は歩きながら勝手に食べている。


 ソフィは火の番を始めたマリアに近付くと、ボサボサになった頭に軽く治癒術を掛けていく。


「大丈夫、マリアちゃん?」

「聖女さま~痛かったです~」


 涙目で答えたマリアの頭をソフィは優しく撫でていく。頭に感じる柔らかく優しい感触に、マリアは目を瞑り気持ち良さそうに身を委ねていた。


 調理の準備を進めていたイサラは、そんな二人を見て


「やっぱり、まだまだ子供ね……」


 と呟くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ