第75話「異文化交流」
襲撃してきたクリリだったが、モルド語で話し掛けてきたイサラと穏やかな空気を纏ったソフィに説得され、話を聞く気になっていた。
「マリアちゃんとフィアナちゃんは、悪いけど天幕の方をお願いね」
実際にクリリに襲われた二人は納得していなかったが、立場上イサラとソフィが下した方針には逆らえず、渋々といった様子で完全に崩れている天幕の修理に向かった。
ソフィとモルガル族のクリリは焚き火を挟んで座った。イサラはソフィに言われた通りにお茶の準備をしていたが、クリリは警戒したまま短剣を手にしている。対するソフィはにこやかに微笑んでいるだけだった。
イサラがお茶が入ったカップをソフィに渡すと、ソフィはそれをクリリに差し出した。クリリは警戒しながらゆっくりと手を伸ばすと、カップを受け取りそれを自分の横に置いた。どうやら警戒して飲むつもりはないようだ。そんなクリリの様子にソフィは微かに笑い
「ふふふ、毒なんて入ってないよ。先生のお茶は美味しいから、良かったら飲んでね」
と言いつつ、イサラから受け取ったお茶を飲む。イサラがソフィの隣に座ると、ソフィは話を切り出した。
「さて、クリリちゃん。私たちにはモルドの民と争うつもりはないのだけど、何故襲ってきたか教えてくれる?」
「お前たち……レオンホーンの密猟者……だ。許せないっ!」
クリリが短剣をソフィに向けながら答えたが、共用語とモルド語入り乱れており、ソフィは首を傾げてイサラに助けを求める。
「レオホルがレオンホーン、ストロバァが密猟です。おそらくレオンホーンの密猟者と勘違いされているのかと」
「あぁなるほど。私たちは、レオンホーンの密猟者ではありません。レオくん~?」
ソフィがレオを呼ぶとマリアに纏わりついていたレオが、一目散に駆け寄ってきて座っていたソフィの膝の上に収まる。ソフィは膝の上に乗ってきたレオの背中を撫でながら、クリリに微笑みながら尋ねる。
「ほら、こんなに仲良しでしょ?」
「うぁぅ……レオンホーンが、そんなに……懐くなんて」
レオンホーンは基本的に強者にしか服従しない。モルドの民の中にはレオンホーンを倒せなければ、戦士として認められない部族もあるほどである。つまりレオの存在が目の前に座っている者の強さを物語っているのだ。
「お前たち……何者だ? 悪魔の術も……使ってたな?」
「デーブク……?」
ソフィが再び首を傾げると、イサラが頷いて答える。
「デーブクインツゥは、確か邪法的な意味ですね。この場合、私たちの使う治癒術のことです。モルドの民は治癒術を理に反すると忌諱してますから」
「なるほど……私たちは神官です。貴女たちが信じる神とは違う神に仕えています。モルドゴル大平原には、レオくん……レオンホーンを自然に返しに来たの」
「レオンホーン……返しに?」
クリリはジッとソフィの金色の瞳を見つめたあと、しばらく考え込んだがやがて納得したように頷くと、短剣を鞘に納めて横に置いてあったお茶に手を伸ばした。
「あぅ!?」
しかし、まだ熱かったのか慌てて口を離す。どうやら舌を火傷したようで、クリリは舌を出して冷ましていた。
「あら、大変」
ソフィが治癒術を掛けようと手を伸ばすと、クリリは慌てて後に跳び退いた。
「やめろ! 呪われるっ!」
ソフィが驚いていると、イサラが彼女の肩に手を押いて諭すように説明してくれた。彼女の話では、モルドの民は治癒術を掛けられると身が穢れると信じており、呪いと呼んで恐れているとのことだった。
ソフィは少し悲しそうな顔をすると、手を引っ込めてクリリに謝罪した。
「ごめんね、クリリちゃん。もうしないから座ってくれる?」
「……わかった」
再び座ったクリリは、改めてソフィの話を聞く気になったようだ。
「さっきの話を……詳しく話せっ!」
「そうね。私たちがレオ君と会ったのは、丁度今夜のクリリちゃんみたいな感じだったな……」
ソフィはレオを撫でながら、レオと出会ってからの話をクリリに聞かせていく。
ヤトサー山で襲われて付いてくるようになったこと、彼を攫ってきた山賊たちはすでに滅んでおり、それを手伝ったとされるキースの存在、ギントでの大立ち回りや魔狼やシハレの死霊術士戦、サイトゥの坑道での戦いなど様々な旅を共にしてきたことを話した。
戦いや旅の話にクリリは目を輝かせて興味を示していた。どうやら歳相応にその手の冒険譚が好きなようだ。
「それでレオ君を、住んでいたところに戻そうと思って、ここまで来たの」
「……話はわかった。お前ら、レオンホーンの密猟者ではない。少し……待て」
クリリはそう言うと席を立ち、天幕を修復しているマリアたちの元に歩いて行った。
マリアは完全にへし折れているパーツを、何とか繋げようと布でグルグル巻きにしている。しかし、上手くいかずフィアナに助けを求める。
「フィー、これくっつかないよ~。どうにかならない?」
「聖騎士団では壊れたら、予備のパーツと……」
「そんなの持ってるわけないじゃん!」
そこにたどたどしい言葉で、クリリが声を掛けてきた。
「おい……お前たち」
「あっ、こいつっ! 何しに来たんだよっ!」
マリアは怒って立ちあがると、先程の恨みとばかりに怒鳴りつける。慌てたフィアナが二人の間に割って入る。
「マリア、ダメよ。ソフィ様のご命令なのよ」
「ぐぬぬ……」
クリリは彼女たちの前まで来ると、突然深々と頭を下げた。
「さっきは……すまなかった」
突然の謝罪にマリアとフィアナは驚いて目を見開く。クリリは頭を上げると、マリアの持っていた折れたパーツを見て尋ねる。
「それを繋げれば……いいのか? わかった、待ってろ」
クリリは近くに生えていた木に近付くと、腰の短剣を引き抜いて枝を数本切り落とすと、真っ直ぐになるように切り揃えていく。
「貸せ」
そしてマリアから折れたパーツを奪い取るとドカッと座り込み、それを囲むように切り揃えた枝をくっつけた。それをロープでグルグルと撒いていくとガチガチに固定していく。
「ほら、これで大丈夫だ」
「えっ!? あ……ありがとう」
突然投げられたパーツを受け取ると、マリアは思わずお礼を言う。クリリが直したパーツはしっかりと固定されており、十分実用に耐えるものだった。
そんな彼女たちを見て、ソフィは不思議そうに呟く。
「マリアちゃんたちに、謝ってくれるとは思わなかったよ」
「モルドの民は誇り高いですからね。聞いた話では、過ちを認めてるのは美徳とされているらしいですよ」
「へぇ、そうなんですね」
ソフィがモルドの民に興味を示していると、クリリが戻ってきて同じ場所に座った。
「待たせたな……罪を認めたのなら早く謝罪するのが、モルドの掟だ」
「それは、良い教えですね」
ソフィが微笑んで答えると、何かを警戒している様子でクリリは少し身を引いた。しかし目を細めて尋ねてきた。
「レオホルを返す……どうするつもりだ?」
「それが……どの辺りに生息地があるかわからなくて、この辺りをぐるっと回るつもりです」
「生息……ち?」
今度はクリリが聞き取れなかったようで首を傾げる。それに対してイサラがモルド語で答えてくれた。
「私たちは、レオンホーンの巣、探している」
「あぁ、レオンホーンの巣! あっちにいるはず、結構、遠い。私が……案内してやる」
クリリは北東を指差しながら答えた。その思いがけない申し出に、ソフィはニッコリと笑って感謝を述べる。
「本当? ありがと~助かるよ」
「気にするな、誤解した……お詫びだ」
こうしてソフィたち聖女巡礼団に、案内役としてモルガル族の娘クリリが同行することになったのである。




