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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
東方激動編
70/130

第70話「彼女たちの日常」

 グランの街には予定通り一泊だけして、翌朝すぐに出発した聖女巡礼団は街道を南進していた。次の目的地は、モルドゴル大平原の入り口モルドイーラの町である。


 昨晩は簡易的な報告だけですぐに寝てしまったので、ソフィは改めてイサラに訪ねた。


「先生、詰所には何の用だったの?」

「この前発見した死者の身元確認です。結局確認は取れませんでしたが、調べて貰うように頼んでおきました」


 この言葉は嘘ではない。ソフィの真実の瞳の前では嘘など無意味だからだ。しかし、それが全てではなかった。イサラが聖騎士団の詰所に行ってきたのは、聖騎士団の動向を知るためである。


 あまりに鮮やか手口で殺されていた男女は、その護符(タリスマン)の豪華さから聖堂派の可能性が高いと感じていた。その手際よく始末されていた死体を見た瞬間、彼女はカサンドラの性格を思い出し聖騎士の犯行の可能性を考えたのだった。


 聖騎士団の詰所への訪問は、結果としては対応した聖騎士団の中隊長にはぐらかされてしまったが、その態度から疑惑は確信に変わっていた。


「まぁ些細なことですよ。今はモルドイーラの町を目指しましょう」

「えっ? うん、そうだね?」


 急に話を切り替えたイサラにソフィは首を傾げたが、何か言いたくないのだろうと思い、そのまま話を終えて歩きだすのだった。



◇◇◆◇◇



 四日後 ── 南下している影響か、気候がだいぶ暖かくなってきていた。丁度いい小川があったので、本日はここで野営の準備をすることになった。


 準備を進めながらも、フィアナが嘆いている。


「あぁ、ソフィ様ほどの方が、こんな場所で野宿など……」

「さすがに北部は寒いけど、こんなに暖かければ大丈夫よ」


 ソフィはニコニコしながら、マリアと一緒に天幕を張っている。そんなソフィの様子に、フィアナは薪を運びながら首を横に振った。


「そう言う話ではありませんっ! もっと大司教猊下として自覚をお持ちくださいと……」

「まぁまぁ、そんなこと気にしているの、フィアナちゃんだけだよ」


 マリアもイサラもすでに慣れてしまっているのか、ソフィが野宿しようが野営の手伝いをしようが、特に気にした様子はない。フィアナは諦めた様子でため息をつくと、イサラが準備した簡易的な竈の側に集めてきた薪を置いた。


 そしてソフィがやっている作業を手伝い始める。


「ありがとう」

「いえ、早く終わらせてしまいましょう」




 しばらくして料理の準備をしていたイサラの元に、姿が見えなくなっていたレオが、丸く太い鳥を捕って戻って来た。これはプクプクと呼ばれている飛ばない鳥で、草食だが捕食者に対しては発達した脚で蹴り飛ばしてくる獣だ。


 まだ生きているのか、ピクピクと動いているプクプクにイサラは眉を顰める。


「レオ、貸しなさい」

「ガゥ」


 レオがイサラの前にプクプクを放すと、彼女は目にも留まらぬ速さで短剣で引き抜くとプクプクにトドメを刺した。そして失われた命に対して祈りを捧げる。


「シル様、尊き命を糧に生きることをお許しください」


 そしてマリアに鍋を見ているように伝えたあと、レオを連れて川のほうへ向かうと、血抜きなどの処理を進めて肉に変えてしまう。作業をしながらレオに向かって窘めるように言う。


「自分の食い扶持を稼いでくるのは感心ですが、狩るときは獲物にも敬意を示すのですよ?」

「がぅ?」


 レオは、よくわからないといった様子で首を傾ける。そんなレオにイサラは苦笑いを浮かべていた。


「まぁ、この様子なら野生に戻しても大丈夫でしょうか?」


 イサラがそう呟くと、レオは自慢げに鼻を鳴らすのだった。




 その後、用意された簡易テーブルの上には、イサラが作っていたスープと一緒に、追加で焼いたプクプク肉が出てきたことに、ソフィたちは驚いていた。


「この肉はどうしたの?」

「さっきレオが捕ってきましたので」


 イサラはそう答えながら一番大きな部位をレオの前に置くと、即座に噛みつきガブガブと食べ始める。レオが食べている間に、彼女たちは目を瞑り指を組み、食事の前の祈りを捧げ始める。


「……今日も糧を与えてくださり感謝致します」

「感謝します。……わーい、肉だ~! あれ?」


 祈りを終えたマリアが、目を開けると彼女の皿からは肉が消えていた。マリアが首を振って探すとレオがさっきまでいた場所とは、逆におり肉を二つ咥えて唸っている。


「こらっレオくん! それ、わたしの肉でしょっ!」


 そう怒鳴りつけてレオを追いかけ始めたマリアに、イサラが呆れた顔を首を振りながら嗜める。


「シスターマリア、食事中にはしたないですよっ!」

「待ちなさい、レオくんっ!」

「ぐるるるぅぅぅぅ!」


 しばらく追いかけていたマリアだったが、素早いレオの動きに追いつくのは諦めたのか、肩を落として自分の席に戻ってきた。


「うぅ~わたしの肉~」

「ほらマリアちゃん、私のあげるから」


 ソフィはそう言いながら、自分の肉をマリアの皿の上に移した。マリアはパァと明るい顔になるが、それに対してイサラは渋い顔をしながら首を横に振る。


「猊下、シスターマリアを甘やかせていけません」

「私、少食だから大丈夫だよ」


 ソフィが優しげに微笑むと、イサラもそれ以上は何も言うことができなかった。フィアナはそんな様子に呆れていたが、ハッと顔を上げて横に置いてあった剣を掴むと立ち上がった。ソフィとイサラは首を傾げて尋ねる。


「どうしたの、フィアナちゃん?」

「静かに!」


 ソフィたちが黙って静かになると、耳をそばだてて目を細めて北東の方角を見る。


「馬……結構多い?」


 そこで、ようやくソフィとイサラにも蹄の音が聞こえてきた。剣を腰のベルトに通しているフィアナに、ソフィは感心したように小声で呟く。


「フィアナちゃん、耳いいね?」

「そんなこと言っている場合じゃありません。こっちに向かって来てます」


 フィアナは腰の剣を引き抜いて構える。マリアは肉を咥えたまま背嚢から盾を取り外す。ソフィは右腕を伸ばすとガントレットを呼んだ。


「レリ君、来てっ!」


 肩掛けカバンから鎖が伸びて彼女の右腕に絡みつくと、ガントレットが飛び出して彼女の右手に装着される。そして、音が聞こえる方向を見ながら金具を留めていく。


 しばらくして、明らかに野盗の類だと思われる男たちが現れた。数は十二人で装備は粗末な剣や鎧である。


「なんか煙が上がっていると思えば女だぜ~当たりだなっ」

「ヒュー別嬪さんが揃ってるぜぇ」

「ねぇちゃんたちだけで旅とか危ないぜ? 俺らみたいのが彷徨いてるからなぁ、ゲッへへへ」


 ソフィたちを見て下品に笑っている野盗の集団に、マリアがボソッと呟く。


「こういう人たち久しぶりに見たな~」

「ここより北は寒いですからね。この手の輩が活動するには厳しいのですよ」

「そうなんだ?」


 どこかのどかな雰囲気のソフィたちに、フィアナが驚いた顔で振り向く。


「ソフィ様たち、野盗ですよっ!?」

「えっ、そうだね。えっと……何か御用ですか?」


 あまりにゆったりとした口調に、野盗たちはお互いの顔を見合わせると盛大に笑い出す。


「がっははは、何か御用ですか? だとよぉ」

「ははは、状況がわかってないのか? どこかのお嬢様か何かかぁ?」

「げへへへ、楽しみだぜ。おい、捕まえてひん剥いてやれっ!」


 その言葉に野盗たちは馬から降りると、ジリジリと寄ってくる。ソフィは首を傾げて


「やっぱり話し合うつもりがないみたい」

「何を言ってるんですか、どう見ても賊ですよ! 近寄るな、貴様らっ!」

「大人しく帰ってくれそうもないし……仕方ないか」


 ソフィが深くため息を付くと眩い光を発して、次の瞬間野盗のボスの腹にソフィの右拳が突き刺さっていた。悲鳴も発せず馬上から吹き飛んだボスに、野盗たちは唖然と振り返る。


「えっ?」


 その隙を見逃さず、マリアとイサラが包囲しようとしていた男たちを倒していく。野盗と一緒に唖然としていたフィアナは、少し遅れて参戦すると何とか一人倒すことができた。


 数分後、斬られて蹲る者一名、盾で鼻を潰されたり顎を砕かれた者一名ずつ、雷撃で脚を消し炭にされた者一名、腕をへし折られて泣き叫んでいる者一名、負傷はしてないがガクガクと震えている者二名、逃げ出した者三名、そして跪いて両手を上げるボスがそこにいた。


「ひぃぃぃぃ、俺たちが悪かった! 許してくれ」

「これまでの悪行を悔い改めて、今までの近くの町で罪を告白してください」

「わかった! か……必ず、必ず自首するっ!」


 ガクガクと震えながら、懇願するボスをジッと見つめるソフィの金色の瞳。そして納得したのか微笑みながら頷く。


「わかりました。もう悪いことはしないでくださいね」

「あ……ありがとうございます」


 重傷者たちは動ける程度に治癒してもらい、最終的にはソフィたちに頭を下げていた。そして、解放される時にボスの男がボソッと呟いた。


「あの噂は本当だったんだ……」


 その呟きに、ソフィは首を傾けて尋ねる。


「あの噂って、どんな?」

「え……っと、いや大したことじゃ」


 ボスは焦った様子で後退るが、ソフィの瞳にジッと見つめられると、ガタガタ震えながら口を開いた。


「いや、西から流れてきた連中が言ってたんだ。西には光輝く白い化け物がいて、改心しない限りは決して許さないって」

「白い化け物……」

「い……いや、俺が言ったんじゃねぇ……許してくれぇ」


 ソフィの呟きに、ボスの男は今にも漏らしそうなほど怯えると、顔も真っ青になっていく。しかしソフィは微笑むと、彼らが来た方向を指差して告げる。


「もう行っていいですよ」

「ひぃぃぃぃ」


 男たちは馬にも乗らず、悲鳴を上げながら逃げて行ってしまった。

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