第69話「グランの街での出会い」
サイトゥの町の石化騒動が安定するまでには、さらに二週間必要だった。石化の病状が再発しないか確認するためでもあったが、彼女たちによって救われた町の住人たちによって、ソフィたちの功績を称えるために宴会が数日に及んだのだ。
住人はソフィたちの滞在延長を望んでいたが、それを丁重に断り現在は南に向かって進んでいた。陽気が穏やかな日で、旅立つにはいい日だった。
フィアナが歩きながら銀色の短剣に日の光を当てて、刃の様子を確認しながらニヤニヤと笑っている。傍目から見ると危ない人だったが、これには訳があった。
「新しい短剣が手に入って良かったね、フィアナちゃん」
「はいっ! やはり鉱山の町だけあって、腕の良い職人がいてよかったです」
フィアナは嬉しそうに笑いながら答える。彼女の短剣はバジリスク戦の時に失っており、サイトゥの町で職人に依頼して新調したのだ。前の短剣は鉄製だったが、今度の短剣は銀製で聖光を纏わせる守護聖衣の伝導率が良い物だった。
「フィー、短剣見ながらニヤニヤしてるの気持ち悪いよっ!」
「がぅ!」
マリアとレオが呆れた様子で言うと、フィアナは首を横に降って答える。
「騎士たるもの武具を大切にするのは当然なのよ」
「え~よくわからない~」
マリアは首を横に振って両手を上げると、そのまま走って行ってしまった。そんなマリアをソフィが慌てて追いかける。
「マリアちゃん、待って! また迷子になっちゃうから」
こうして聖女巡礼団の新たな旅が始まったのだった。
◇◇◆◇◇
サイトゥの町を出発してから三日後、街道を少し逸れたところを進んでいた一行だったが、木の陰であるものを見つけて足を止めていた。
「こんなところで……可哀想に」
一行が発見したのは、若い男女の死体だった。服装は冒険者風で男性は胸に一突き、女性は首を切られていた。死体の損傷から死んでから五日~七日は経過してそうだったが、女性の衣服に乱れもなく、荷物などを物色した形跡がなかった。おそらく犯人は物取りの類ではないようだ。
イサラが二人の胸元を確認すると、冒険者には似合わない豪華な護符を身に着けていた。イサラの眉が少し動いたが、ソフィは指を組み祈り始める。
「敬虔な信徒だったようですね。彼らを鈴の音で女神シル様の許に送ってあげましょう」
「そうですね……フィアナ、シスターマリア。鈴鳴りの儀を行います。準備してください」
「りょーかい」
「はっ!」
イサラの指示に従って、マリアとフィアナは火が飛び移らない場所に死体を運び、その周りに枯木を置いていく。そして背嚢の中から、水色の瓶を取り出すと死体に振りかけた。これは聖葬油と呼ばれる儀式用の油で、特定の条件化では非常に高い可燃性を持つ油だった。
イサラは鞄から布に鈴が付いた物を取り出すと、ソフィに手渡した。さすがにこんな場所で祭壇を作るわけにはいかないので、簡易的な鈴鳴りの儀を執り行うのである。イサラがフィアナに合図を送ると、頷いて予め用意しておいた種火を死体の上に落とした。
種火は聖葬油に点火して、勢いよく燃え広がった。送り火を確認したソフィは、手首を振って鈴の音を鳴らしながら、瞳を閉じて彼らのために祈り始めた。
「不幸にも命を落とした者たちの魂よ、慈愛の女神シル様の御許に……」
ソフィが祈っている間にマリアとフィアナは穴を掘っていた。その穴が掘り終わる頃にようやく火が消え、ソフィたちは祈りを終えて彼らを丁寧に埋葬したのだった。
「花があればいいのだけど、この辺りには無いみたい」
暖かくなって雪は降ってなかったが、季節はまだ冬であり道端に咲く花はなかった。そのソフィの呟きにフィアナは掌に、聖光で出来た花を作り出して埋葬した場所にそっと置く。
すぐに消えてしまう儚いものだが、ソフィはフィアナに向かって微笑む。
「フィアナちゃんは優しいね」
「い……いえ、教会に所属する者として当然です」
フィアナは顔を赤くしながら照れる。イサラがソフィの肩に手を置いて、そろそろ出発するように告げた。
「猊下、そろそろ……」
「そうね。行きましょうか」
再び歩き出した一行だったが、最後尾でイサラがフィアナに小声で話し掛けた。
「フィアナ、この辺りで一番近い聖騎士団の詰所はどこになりますか?」
「この辺りだと、フォレスト……いえ、進行方向上だとグランの街ですね」
グランの街はバケット地方の再東端にある北部では二番目に大きな街で、東部との玄関口として栄えている街である。
「グランの街ですか……わかりました。猊下、グランの街に用があるのですが」
イサラの提案に、ソフィは首を傾げて尋ね返す。
「グランの街ですか? 確か、もう少し東にある大きな街ですよね?」
「えぇ、少し気になることがありまして」
「わかりました。マリアちゃん、グランの街に向かうよ~東に向かって」
先頭を進むマリアとレオは振り返ると手を振って答える。
「はーい、東ですね~」
回れ右をするとマリアは、西に向かって進みはじめる。イサラは大きくため息を付くとフィアナに先導を頼む。
「フィアナ、お願いします」
「はっ!」
フィアナは敬礼をすると、マリアに駆け寄って彼女の進行を止める。
「マリア、そっちは西よ。こっち」
「えぇ~前は東は右って言ってたじゃん」
「それは北に向かってたからよ」
マリアは納得いかない顔で首を傾げながらも、東に進路を変えて歩き始める。こうして一行はグランの街に向かうことになったのだった。
◇◇◆◇◇
それから四日日後、グランの街までは特に問題なく到着することができた。土地勘があるフィアナがいることもあったが、マリアの先導でないことも大きな理由だった。
この街では、一泊の予定なので聖堂ではなく宿を取ったあと、ソフィとマリアが旅に必要な物の買出しに向かい、レオは眠そうだったので宿の部屋で荷物番、イサラとフィアナは聖騎士団の詰所に用があり別行動になっていた。
しばらくして商店で買い物を済ませた、ソフィとマリアが店から出てくる。マリアは大量の買い物した品を持っており、ソフィは苦笑いを浮かべながら尋ねる。
「さすがに買いすぎじゃないかな、マリアちゃん? 一応モルドゴル大平原に入る前に、モルドイーラの町に寄る予定だよ?」
「何を言ってるんですか、聖女さま! 大きな街じゃないと手に入らない物がいっぱいあるんですよ!」
主な荷物運びはマリアの役目なので、荷物が多くなる大変そうだと心配しての発言だったのだが、当のマリアは気にしてないようだった。
そんな時、ソフィがふと路地裏を見ると、一人の少女が必死な様子で通り過ぎていった。
「何かしら、今の?」
首を傾げていると、すぐに目深にフードを被った集団が、先ほどの少女を追いかけるように通り過ぎる。
「どうしたんですか、聖女さま?」
路地を睨んでいるソフィを不審に思ったマリアが、首を傾げながら尋ねる。
「マリアちゃん、先に宿に帰ってて」
ソフィはそう告げると、肩掛け鞄からガントレットを取り出しながら、路地裏に向かって走り始めた。驚いたマリアは
「えぇ、ちょっと待ってくださいよ、聖女さま~!」
と叫ぶのだった。少女と謎のフード集団を追いかけてソフィは路地を曲がる。
路地裏では少女は転んでおり、その周りを三人のフードの男たちが剣を抜いて迫っていた。
「待ちなさいっ! 貴方たち、何者ですか!?」
その声に振り向いたフードの男たちは、ソフィの姿に戸惑いながら後ずさる。
「なっ!?」
「おい、あの護符!」
「……まずいぞ」
その様子に交戦の意思を感じなかったソフィは、首を傾げながら続けて告げる。
「目の前で人が襲われているのは見過ごせません。退くと言うなら追いませんよ」
「おい、退くぞ!」
「あぁ」
フードの男たちは剣を腰の鞘に納めると、そそくさとその場所から逃げ出した。ソフィは一瞬見えた鞘に掘られていた紋章を見て呟く。
「あの紋章……? いえ、それより大丈夫?」
倒れていた少女に駆け寄りながら、ソフィは心配そうに手を差し伸べる。少女はソフィの顔と胸元の護符を見て驚いた表情で呟いた。
「……ソフィーティア・エス・アルカディア?」
「えっ、会ったことあったかな?」
「い……いえ助けていただき、ありがとうございます!」
少女は差し出された手を取って立ちあがると、ぎこちなく微笑んだ。ソフィは当然の疑問を少女に投げかける。
「貴女はなんで追われていたの? 彼らはいったい?」
「わ……わかりません。いきなり襲ってきて必死に逃げてきたんです」
彼女の話では、彼女の名前はエリザ・ゴートといい。見習い吟遊詩人ということだった。、各地で詩を歌って旅をしているらしい。この街に着いて友人と会ったあと、突然襲われたとのことだった。
ソフィは彼女の保護を申し出たが、エリザは首を振って「もう街を出るから大丈夫」と告げると、何度もお礼を言ったあと、小走りでその場を離れていくのだった。




