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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
北方暗躍編
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第68話「次の計画」

 サイトゥの町の外で起きていた動きのことなど知らずに、ソフィたちは石化の進行を止めるための治癒を続けていた。坑道から帰還して三日後、イサラと町の薬師が製造していた解毒薬がようやく完成していた。


「猊下、ついに解毒薬が出来ましたよ」

「よかったっ! さっそく治療を始めましょう」


 聖堂に駆けつけたイサラに解毒薬の効果を聞いたソフィはとても喜び、さっそく治癒を始めることにした。



 最初に治癒術を施した重篤患者の女性は度重なる治癒術の影響で、体力を消耗しており意識が混濁していた。その為、ソフィは彼女を最初に治癒することに決め、イサラたちと共に彼女の横に座る。


「フィアナちゃん。解毒時に暴れるかもしれないから、彼女をしっかり押さえておいてね」

「はい、わかりました」


 フィアナが頷くと、寝ている女性の上に覆いかぶさるように体を重ねる。続いてイサラが水差しに解毒薬を入れると女性の口に流し込んでいく。


「ガハッ! ゲェ!」

「少しだけ我慢してください」


 突然女性が暴れ始めたのでフィアナが必死に押さえつけていると、しばらくして女性は気を失ったのかグッタリとして動かなくなった。ソフィは脈などで女性の状態を確認してから、イサラを見つめて頷く。


「先生、お願いします」

「わかりました……解呪術(ディスペル)!」


 イサラがかざした手から複雑な魔法陣が展開されると、女性の体から呪刻が浮かび上がり光の粒子となって消えていく。


 続いてソフィが女性の肩に手を触れ


「女神シル様の大いなる慈悲を……女神シルの息吹(ブレス オブ シル)


 と唱えると、緑色の光が女性を包み込み。石化していた腕に血の気が戻り徐々に回復していく。しばらくして光が治まると女性がゆっくりと目を開き、首を横に振って周りを確認したあとソフィを見つめる。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、女神様……私は死んだのですね?」


 ソフィを見て女神と勘違いした様子で女性が言うと、ソフィは微笑んで首を横に振って答える。


「いいえ、貴女はまだ生きています。石化は治ったはずですが手は動かせますか?」


 女性は恐る恐る自分の手を見つめながら、ゆっくりと指を動かす。長い間固まっていたのでぎこちない動きだったが、確かに動く指を見て女性は涙を流す。


「う……動き……ます。動きますっ!」


 ソフィはそんな女性の手を握ると、少し力を込めて言う。


「もう大丈夫です。しばらくは動かしにくいと思いますが、できるだけ動かしてくださいね」

「あぁ、女神様……ありがとうございます」


 この女性の治癒成功を皮切りに、ソフィたちは患者たちを次々と治療していくのだった。



◇◇◆◇◇



 それから二週間後 ──


 街中にいた患者を全てに治療を施すと、ソフィたちはようやく一息付いていた。用意された部屋のベッドの上に腰を下ろしたソフィに、イサラが微笑みながら言う。


「ようやく落ち着いてきましたね」

「えぇ、後はラッカー司祭たちに任せても大丈夫だと思う」


 住民たちを石化させていた呪いと毒は全て取り除いた。あとは重篤だった者たちが長い間使わなかった手足の機能改善だけであり、その治療はラッカー司祭たちに任せて大丈夫だと思われた。


「この町はもう大丈夫そうだけど、私たちはこれからどうしようか?」


 ソフィは立ち上がりテーブルまで歩くと、広げてあった地図を見下ろした。それに合わせてイサラも同様に地図のところまで来た。そして、シリウス大聖堂を指差しながら


「やはりシリウス大聖堂に、戻るのがいいかと思いますが?」

「う~ん叔母様に、これ以上迷惑をお掛けするのは心苦しいかな?」

「アルカディア聖堂長なら、特に気にしないと思いますが……むしろ、なぜ頼らないのかと怒り出しそうです」


 イサラの言葉に、その様子を思い浮かべたソフィはクスクスと笑う。しばらく話ながら次の針路を考えていたが、途中でソフィが何かを思い出したように尋ねる。


「そう言えば……この前お風呂場でレオ君の故郷の話になったんですが、先生は知ってますか?」

「レオのですか? そうですね。レオがそこにいたかはわかりませんが、レオンホーンの生息地は、こから南側にあるモルドゴル大平原です。位置的にはこの辺りですね」


 イサラは北部地方と、東部地方の中間地点ぐらいを指差している。この辺りには広大な平原が広がっており多くの動物が生息しているのだ。この土地には、かつて狩猟を中心に生活している遊牧民の国があった。遥か昔にルスラン帝国に併呑されたその国の民は、未だに自身を帝国の民とは認めていない。


 しかし少数民族であり、帝国に害意を持つわけでもなく遊牧生活を続けており、ある種の特区として放置されている。また質のいい軍馬の生産地でもあり、彼らの生活がその生産に一役買っていることも理由の一つだった。


 「好き好んであの生活をしてる連中の気がしれない」と言うのは、ある軍馬を扱う帝国商人の言である。


「モルドゴル大平原か……」

「はい、しかし広大な土地なので、どこにいたのかはわかりませんね。レオを自然に帰すつもりですか?」


 イサラの問いに、ソフィは小さく頷いた。


「レオ君は何となく付いて来てるけど、やっぱり仲間と一緒がいいと思うの」

「まぁそうですね。正直なところ、最近は野性がどんどん薄れてる気がしますが……」


 イラサはチラリとベッドの方を見ると、マリアとレオが腹を出しながら眠っている。その緩みきった姿には野生がまったく感じられなかった。ソフィは苦笑いを浮かべている。


「とりあえず、もう少しこの町で様子を見てから、モルドゴル大平原に向かうのはどうかな?」

「わかりました。では次の目的地はモルドゴル大平原にしましょう。あの辺りは狩神イクタリスの信仰圏ですが、まぁ大丈夫でしょう」


 狩神イクタリスとは遊牧民モルドが信仰する神で、その信仰は自然のまま生きていくのが信条であり、傷を負った者はそのまま淘汰されるべきと考えている。そのせいか癒しを信条とするシルフィート教とは、友好的な関係だとは言えない宗教だった。


 それでも最後に衝突があったのは百年以上前であり、シルフィート教が他の宗教に寛容になってからは、表向きの争いは起きていなかった。


 そのような不安があったものの、聖女巡礼団はモルドゴル大平原に向かうことを決めたのだった。



◇◇◆◇◇



 時を同じくして、帝都のアルカディア大聖堂の一室では大きな音が響いていた。


 ガシャーン!


 銀製の杯が石の床に落ちて、コロコロと転がっている。若い神官の純白の司祭服が赤く染まっていく。


「も……申し訳ありません。聖堂長」


 いきなりワインが入った杯を投げつけられても、若い神官は文句も言わず深々と頭を下げた。彼からの報告を受けたノイスが、あまりの報告内容に激昂したのだ。


「それでは、何かっ!? 仕留め損ねた上に、北部に派遣した同志が全てやられただとでも言うのかっ!」

「は……はい、バケット地方にあった拠点は、全て聖騎士団に襲撃されたとのことです」


 カサンドラが指示した粛清作戦は徹底的に行われ、北部にあった拠点は根こそぎ潰されたのだ。これはカサンドラからの「聖堂派は全て殺す」という明確な意思表示だった。


「あの女狐めぇぇぇ!」


 ノイスはテーブルの上の物を全て払い除けて、テーブルを思いっきり叩いた。激しい音に若い神官はビクッと震える。


 ノイスは額に青筋を立ててプルプルと震えていたが、しばらくして身を起こすと若い神官に怒鳴りつける。


「こうなれば手段は選べん。同志カタルフを呼べ!」

「カ……カタルフ司教をですか? 司教……いえ、元司教は先代猊下に破門とされた者ですが……」


 そう答えた若い神官をノイスは睨みつけると、彼の襟首を掴み上げて殴り飛ばした。


「貴様如きが、ワシに口答えするのかっ!?」

「い……いえ、至急カタルフ司教に連絡を取ります」


 ノイスがしていた指輪で頬を切った神官は、溢れ出る血を手で押さえながら答える。そして、もう一度頭を下げると、その神官は部屋から出ていった。


 残されたノイスは椅子に腰掛けると、足をガタガタと揺らしている。


「あの女狐には聖騎士団がいる。帝都の聖騎士団はこちら側だが、数では圧倒的に向こうの方が上だ。これは陛下に助けを求めるしかないか……」


 独り言でブツブツと呟くとやがて決心したように頷いて、その部屋から出ていくのだった。


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