第66話「合流」
ソフィの声に応じて、フィアナが剣を構えて駆け出す。そして炎のブレスを吐く直前の膨らんだ喉に向かって、全体重を掛けて突き刺した。微かな抵抗を感じながらも突き刺さった傷口から炎が漏れる。
「フィアナちゃん! モード:盾!」
ソフィが叫びながら前に飛び出すのと同時に、フィアナは剣を放して後に飛んだ。次の瞬間フィアナが付けた傷口から亀裂が広がり、激しい破裂音と共に大量の炎が吹き荒れた。
しかしソフィが展開したモード:盾は、その炎を全て防ぎきっている。ソフィは盾を構えたまま振り返って首を傾げて確認する。
「フィアナちゃん、大丈夫?」
「は……はい、上手く行きましたね。ソフィ様」
吹き荒れていた炎が消えると、首から上が吹き飛んだバジリスクが横たわっていた。その近くには吹き飛んだ頭部が横たわっている。フィアナが念の為に確認したが完全に絶命している。彼女は左眼に突き刺さっていた自分の剣に手を掛けると、顔を踏み付けながら思いっきり引き抜いた。
その剣の状態を確認してから鞘に戻すと、落ちていた短剣を見つめる。
「こっちはもうダメみたい」
高温に巻き込まれた短剣は、すでに原型を留めていなかったのだ。
ソフィが考えた作戦は膨らんだ喉を突き刺して、風船のように爆ぜさせる作戦だった。しかし、この作戦には一つ問題があった。爆発した瞬間、噴き出した高温の炎に巻かれて、刺した者に危険が及ぶ可能性が高かったのだ。そこでフィアナが刺す役を受け持ち、ソフィが爆発を防ぐ作戦を取ったのだ。
結果としては見事成功しているが、少しでもタイミングがズレていれば、二人共炎に巻かれていただろう。上手くいったことに安堵した二人は、大きく息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。
「怖かった~」
「はい、でもソフィ様ってお強いとは聞いてましたが、ものすごく強かったんですね」
「ふふ……ほとんど、この子のお陰だけどね」
ソフィはガントレットを擦りながら答える。二人がそんな感じで話しながら笑いあっていると、それを見つめる影があった。
「チッ!」
その人物は倒されたバジリスクの死骸を確認すると、舌打ちをして通路の影に消えていった。
◇◇◆◇◇
しばらく休憩をしていると、ソフィたちが入った通路からイサラたちが姿を現した。イサラはソフィたちの横に倒れているバジリスクを見て、驚きながら駆け寄ってきた。
「猊下、ご無事ですかっ!?」
「あっ先生……えぇ、何とか二人とも無事です。皆も無事みたいですね」
イサラに続いて駆け寄ってきたマリアたちを見て、ソフィは優しげに微笑んだ。全員が合流したことで、それぞれに起きたことを共有することになった。マリアたちがリザードヘッドの毒を入手したこと、ソフィたちがバジリスクを倒したこと、それぞれの魔獣が人為的な処置がされていた可能性が高いことなどが話し合われた。
「とりあえず毒は入手出来たんだね。あとは無事に帰れば、町の皆を助けることができるよ……って、先生どうしたんです?」
ソフィは満足そうな顔をしていたが、イサラは難しい顔をしてバジリスクの頭部を調べていた。
「ちょっと気になることがありまして」
閉じていた口を無理やり開くと、灯火を片手に中を確認していく。しばらくして考えがまとまったのかソフィの方を向いた。
「呪刻が施されてますね。見たことがない術式ですが……まず間違いなく、何者かが何かの意図を持って、ここに放ったのだと思います」
「こんな場所に、一体どんな理由が?」
ソフィたち以外も一緒になって考えたが、やはり現在の状況だけでは結論には至らず、この件は一先ず保留とされた。
「……とりあえず、まずは町に戻りましょうか? ロータさん、ここがどこだかわかる?」
ソフィは、まずは町の人々を救うことを選択した。尋ねられたロータは首を傾げながら答える。
「う~ん、こんな広い場所は見たことないな。でも近付いちゃいけないと言われていた場所じゃないかな? 位置はだいたいわかると思うぜ」
「わかりました。では向かいましょう」
ソフィの言葉に一行は立ち上がると、出口に向かって進み始めた。
◇◇◆◇◇
しばらく狭い通路を歩いていると広い場所に出て、ようやくロータが知っている場所に出ることができた。振り返ると先程まで通ってきた通路には、立て看板が設置されており『危険、立ち入り禁止』と書かれていた。マリアは不思議そうに首を傾げるとロータに訪ねる。
「ここって、なんで立ち入り禁止なの~?」
「ん? あぁ、俺もよく知らないんだが、アース・ドラゴンが住み着いていただとか、毒ガスが出てるからだとか色々言われてたな」
「……アース・ドラゴンですか?」
イサラも興味を持ったようで話に加わってくる。アース・ドラゴンはバジリスクやリザードヘッドなどの亜種とは違い、純然たる竜種に分類される幻獣で、その血を浴びれば永遠の命を与えられるとされていた。しかし、この大陸では遥か昔に絶滅したとされている。
竜種は基本的に人類の敵になりうる存在で、ある大陸では不死の英雄がその進行を食い止めて世界を守っているという話が、吟遊詩人の詩として伝わっていた。バジリスクがアース・ドラゴンに見間違われた可能性もあったが、アース・ドラゴンが実際に現れていれば大事である。
ロータはおどけた様子で首を横に振る。
「まぁアース・ドラゴンなんて誰も信じちゃいなかったが、毒ガスの可能性は高かったから近付きもしなかったよ」
「そうですか……」
イサラは少し残念そうだったが、マリアはニヤニヤと笑いながらからかう。
「イサラ司祭、ドラゴンなんて信じちゃうなんて可愛い~……痛った~!」
イサラは無言のままマリアの頭に拳骨を落とす。マリアは涙目で頭を押さえて蹲った。そんな二人にソフィは苦笑いを浮かべながらロータに尋ねる。
「ここから出口までは、どれぐらいですか?」
「ここからは最下層だから、何もなきゃ三時間ぐらいかな」
「わかりました。では警戒しながら行きましょう」
こうして一行は、警戒態勢のまま坑道の外に向かって出発したのだった。
◇◇◆◇◇
三時間半後 ──
ソフィたちは無事に坑道を抜けてサイトゥの町に戻ってきていた。聖堂に戻るとラッカー司祭たちが出迎えてくれたが、煤や血に塗れているソフィたちを見て司祭は卒倒してしまった。
卒倒したラッカー司祭は、シスタージェニスに連れられて寝室に運び込まれていく。イサラは途中で別れて、町の薬師のところへ解毒用の薬を作りに向かっていた。
シスターサティアは、ソフィたちを温泉に連れて行くことを提案してきた。
「温泉ですか?」
「はい、火山も近いので温泉が湧くんですよ。共同温泉があるのでそちらへ行きましょう」
「いいですね」
ソフィが微笑んで同意すると、サティアは彼女たちを連れて温泉に向かって移動を始めた。そこで置いてきぼりにされたロータは、悲しそうな顔で訪ねてくる。
「おーい、サティア! 俺は?」
「アンタは、そこの井戸で水でも被ってなさい!」
「今、冬だぞ!?」
ロータの叫びは無視されて、そのままシスターサティアはどんどん歩いて行ってしまう。ソフィは心配そうな顔で声を掛ける。
「大丈夫なの?」
「えっ、あぁ大丈夫ですよ。彼とは幼馴染なんですが、危ないことばかりやってバカなんだから」
幼馴染などいないソフィにはよくわからない感覚だったが、サティアの穏やかな雰囲気に大丈夫そうだなと感じていた。
少し歩くと洞窟が見えてきた。その中に入っていくと中には天井に穴が空いた広場があり、そこにある小屋が脱衣所になっているという話だった。小屋と繋がった木製の囲いの中からは湯気が見えている。
「この時間なら誰も来ないはずなので、ご自由にお使いください。私がここで見張ってますので」
「ありがとう、では遠慮無く使わせてもらうね」
ソフィたちはお辞儀をすると、そのまま更衣室に入っていくのだった。




