第65話「連携攻撃」
バジリスクが吐いた炎の息をモード盾で防いだソフィは、空中でバランスを取ってフィアナの前に着地した。
「ソフィ様、大丈夫ですかっ!?」
フィアナが心配した様子で駆け寄ってくる。ソフィは右手の盾をバジリスクに向けながら、フィアナの方に振り返って微笑んだ。
「えぇ、大丈夫! 今度こそ、ちゃんと動きを止めてみせるから」
ソフィはそう自信あり気に答えると、右手を振ってモード:盾を解除した。螺旋状になっていた鎖は撓るように解ける。そして拳を構えると、改めて力を込めていく。
「いくよっ!」
地面を蹴ったソフィは一足で間合いを潰すと、握り締めた拳をバジリスクの胸に向かって振り上げた。胸には背中や足にあるような堅い鱗はなかったが、代わりに厚い筋肉に覆われていた。インパクトの瞬間、弾力のある感触が右拳に伝わる。
「ウァァァァァ!」
インパクトの反動で、肘と肩に掛かる負荷に顔を歪めるソフィ。叫びながら突き上げた拳は、巨大なバジリスクの上半身を打ち上げた。
「キシャァァァァァ」
そのままバジリスクの背中側まで跳び上がると、身を捩って反転しながらバジリスクに向けて右腕を振った。
「お願い、レリ君っ!」
ガントレットから伸びた鎖が、バジリスクの長い首に巻き付く。そして空中に展開した防壁を蹴ったソフィは、一気にバジリスクの背中側に着地する。その衝撃に瓦礫が舞い上がり、自重によって首を締められたバジリスクが苦悶の叫び声を上げる。
「キシャァァァァァァ!?」
前に倒れながら暴れるバジリスクに、ソフィはズルズルと引きずられていく。
「くぅ……モード:拳!」
急速に撒き戻る鎖にさらに首が絞まったバジリスクは、バランスを崩し仰向けでソフィに向かって倒れ込んできた。ソフィは一歩踏み込むと、その後頭部に向かって右フックを叩き込む。横殴りに吹き飛んだバジリスクは、回転して頭をフィアナに向けた。
「やぁっ!」
フィアナはその隙を見逃さず駆け出すと、手にした剣を構えてバジリスクの左目に向かって突撃する。鋭い刃が堅い瞼を貫き深々と突き刺さると、バジリスクは悲鳴を上げながら跳ね起きた。その反動で剣を手放したフィアナは、吹き飛ばされてしまった。
「きゃぁ」
地面に打ち付けられたフィアナに、ソフィが駆け寄って助け起こす。
「フィアナちゃんっ!」
「うっ、うぐ……だ……大丈夫です。ソフィ様、その腕は!?」
ソフィの右腕は肩が外れているのか力なく垂れ下がっており、ガントレットの中では骨が砕けているようで、繋ぎ目から血が流れ出ていた。ソフィは優しく微笑むと、超過強化を解除する。
彼女を覆っていた光が治まっていくと永続回復が戻り、腕の傷も即座に修復していく。
「私なら、これぐらいなら平気だよ。フィアナちゃんはまだいける?」
「もちろんです」
フィアナはそう言いながら、腰のポーチから短剣を引き抜いた。その短剣に力を込めると、左手に装備していた盾が徐々に消えていき、その分の聖光で短剣の先から光の剣が伸びていく。
「……器用ね」
「はい、守護聖衣は得意なんです」
「とりあえず石化の魔眼は封じたはずだけど……」
魔眼の類はいくつか種類があり、中には両目が揃わないと発動しないタイプがある。バジリスクの魔眼もそのタイプであり、片目を潰されたバジリスクはもう石化の魔眼は使えない。それでも巨大な体躯に硬い鱗、毒がある鋭い牙と爪、そして炎のブレスが残っている。
魔眼を失ったバジリスクと戦う上で最も問題になってくるのは、その重量と分厚い装甲だ。人間の何十倍とある重量と硬い鱗を殴ると、殴った腕にも相当な衝撃が返ってくる。ソフィも超過強化で強化しているため膂力は上がっているが、それによって重量が変るわけではないので、反動に打ち負けてしまうのだ。
人間相手であれば勇者相手でも遅れを取らない超過強化も、このサイズの魔獣となると分が悪かった。
勇者や冒険者たちは、その辺りをカバーするためにスキルや魔法などを身に付けている。しかしソフィの聖属性の法術は治癒術や防壁、または死霊系に有効な聖光が中心になっており攻撃系の法術は使えない。
フィアナも多少の治癒術と初級レベルの攻撃系法術、守護聖衣、そして聖騎士としての剣術が扱える程度である。
「先生かレオ君が居てくれれば、雷撃で何とかなったかもだけど……」
聖女巡礼団の中で攻撃系魔法が使えるのは、イサラとレオだけなので思わず呟いたソフィだったが、フィアナは首を横に振った。
「でも、あいつ対魔能力も高そうです。先程放った聖光槍は直撃しましたが、威力は相当減衰されていたようでした」
「えっ?」
ソフィは少し困惑したような声を上げた。彼女の知っている知識では、バジリスクの魔法耐性が特別高いという記述はなかったはずである。
「う~ん、さっきのリザードヘッドも、そんな感じでレオ君の攻撃を防いでたような? この場所にいることも含めて、何か人為的なものを感じるね」
ソフィたちが作戦を話し合っているとバジリスクは痛みから立ち直り、黄色い瞳の中にある縦に長い瞳孔がソフィたちを睨んでいた。そして喉が大きく膨らんだと思えば口の端から炎が漏れる。
「炎のブレス!?」
「やぁぁぁ!」
ソフィが気合の声と共に地面を叩くと、砕けた岩盤がめくれ上がりバジリスクの炎の息を防いでいた。
「戦いながら考えるしかないみたい。私は右、フィアナちゃんは左からお願い」
「は……はいっ!」
まずソフィがめくれ上がった岩盤の右側に飛び出ると、バジリスクがそちらに首を振る。それと同時にフィアナが逆側から飛び出て、バジリスクの右腹に斬りかかった。
「ギャァ!?」
致命傷には程遠いが、鱗に覆われている部分に比べれば多少はダメージになっているようで、バジリスクの顔がフィアナの方を向いた。その隙にソフィはバジリスクの首の下に入り込んだ。
「お腹側なら……やぁぁぁぁ!」
ソフィの気合と共に繰り出されたソフィの右拳が、再びバジリスクの胸に突き刺さった。バジリスクは叫びながら首を撓らせソフィを弾き飛ばした。
「くぅ!」
直撃はガントレットで防いだが、吹き飛ばされたソフィは一度地面に激突してから、すぐに体勢を立て直した。自分に治癒術を施しながら状況を確認すると、次々と襲ってくる牙に対してフィアナが上手く剣を振って牽制をしていた。
そしてバジリンクが再び炎のブレスのモーションに入ると、後ろに飛び跳ねて炎のブレスを躱す。
「まるで風船みたいね……」
バジリスクが炎のブレスを吹く前に、喉を膨らませるのを見てソフィはそう呟いた。この予備動作があるから、彼女たちは炎のブレスを躱すことができているのだ。
そんなことを考えていたソフィだったが、その言葉からあることを思い付いて、バジリスクに向かって駆け出した。
「フィアナちゃん!」
「ソフィ様っ!? うぇぇぇ!?」
いきなりフィアナの前に現れたソフィは、フィアナを抱えあげると後方に飛んで、バジリスクから距離を取った。
「ソフィ様、いったい何を?」
「作戦を考えたの。聞いてくれる?」
ソフィは物陰でフィアナを下ろすと、先程思い付いた作戦を伝えた。それを聞いたフィアナは顔を青くしていたが、やがて覚悟を決めると力強く頷いた。
「わかりました。やりましょう!」
「そんなに心配しなくても大丈夫、私が必ず守ってあげるから」
ソフィはフィアナの手を握りながら微笑んだ。その笑顔にフィアナの恐怖心は徐々に和らいでいく。
「私が先に出るからフィアナちゃんは、位置取りに注意してね」
「はいっ!」
フィアナが頷くとソフィは物陰から飛び出した。そしてガントレットを叩きながら、音を立ててバジリスクを挑発する。
「こっちよ、トカゲさん」
「シャァァァァァ!」
バジリスクはソフィを見かけると、一目散に襲いかかってきた。長い首をくねらせ鋭い牙で噛み付いてくると、ソフィはさらに左側に躱していく。バジリスクの体が完全に逆を向いたところで、フィアナが物陰から飛び出した。そして失った左目の影響で出来ていた死角に位置取って構えている。
ソフィも無理に突撃したりはせず、ある程度距離を開けながら、鎖を鞭のように動かして攻撃をしている。顔に飛んでくる鎖が、よほど鬱陶しいのかバジリスクの動きがやや鈍ってきている。
そして我慢の限度を超えたのか、大きく息を吸い込むと喉を膨らませ口の端から炎が漏れる。そのモーションを見たソフィは、ガントレットを構えながら叫んだ。
「今よ、フィアナちゃんっ!」




