第64話「最下層へ」
マリアがリザードヘッドと戦っているころ、ソフィとフィアナは最下層まで落下していた。崩落時、倒れていたフィアナを助け起こすと、ソフィは守護者の加護を発動させて一緒に落下していた。そのお陰で地中深くに落ちた上に、岩石に埋もれてしまっていても二人とも無傷だった。
「う~ん……困ったわ」
ガントレットの輝きで周辺の状況は確認できたが、周辺は完全に岩石で埋もれている。確認は出来なかったが隙間があるようで、息はなんとかできていた。もし完全に密封されてしまった場合は、永続回復でも窒息してしまう。
生き埋めという状況に、フィアナは不安そうにソフィの服を掴んでいる。通常であれば救出まではこの状況だが、ソフィはニコッと微笑んで彼女の肩を叩くと
「大丈夫、安心して! これぐらいの瓦礫なんとかなるから」
「ど……どうするんです?」
「崩れるかもしれないから守護者の加護は解除できない……仕方ないから防壁ごと吹き飛ばすわ。念の為に身を低くして頭を守ってね」
フィアナはよく理解できなかったが、ソフィに言われたように身を低くして頭を守る。ソフィは短く息を吸うと、息を止めて腰を落としながら右手を腰に添える。
「モード:拳」
伸びていた鎖がガントレットに飲まれていき、宝玉に聖印が浮かび上がった。そしてソフィから眩いばかりの光が放たれた。そして、軽く息を吐きながら右の拳を防壁に向かって放つ。
「ヤァァァァ!」
鐘を鳴らしたような爆音が響き渡ると、彼女たちを守っていた防壁が砕かれ光の粒子になる。その衝撃波は彼女たちを囲んでいた瓦礫を吹き飛ばした。
フィアナは、あまりの出来事に目を見開いている。
「な、な、なぁ~!?」
そんなフィアナに向かって、手を差し伸べながらソフィは優しげに微笑む。
「それじゃ、みんなと合流しましょう」
◇◇◆◇◇
瓦礫から脱出したソフィたちは、風の流れてくる通路に向かって歩いていた。灯火のお陰で光源には困らないが、落下前に歩いていた通路よりさらに狭く、一人ずつしか通れない狭さだった。
その為、前衛にソフィ、後衛にフィアナという配置になった。これは灯火を使えるのがソフィだけだからである。
「狭いね」
「はい、この狭さじゃ剣は振れそうもないです」
フィアナは自分の腰の剣を鳴らしながら答える。確かに、この狭さでは剣を抜くことすら難しそうである。そのまま徐々に登る道を、ゆっくりと進んでいくと広い空間に出た。
かなり広い空洞になっており、坑道のような人為的なものではなく。自然に出来たような様子だった。その暗闇の中で何かが光り、突然大きな音が聞こえた。フィアナは腰の剣を引き抜きながらソフィの前に出る。
「ソフィ様、何かいますっ!」
確かに前方の暗闇の中から、何かを引きずるような音が聞こえてくる。音の大きさから何か巨大なものが動いているようだ。ソフィは灯火を浮かせて独立させると、同じ手で光輝を発動させて闇に向かって投げつけた。
真っ直ぐに進んだ光輝は爆発するように弾けると、眩い光を放った。
「なっ!?」
「大きいっ!?」
光輝によって闇が晴れ、そこに現れたのは巨大なトカゲだった。正確には灰色のトカゲの体から伸びた、長い首に蛇の顔といった姿の魔獣がそこにいた。
「何あれ? ひょっとしてバジリスク!?」
「そうかも知れません。私も聖堂の図書館で見たことがっ! ソフィ様、あいつの目を見ないでくださいっ」
バジリスクとはリザードヘッドと同じく、地竜属亜種でトカゲ型の魔獣だ。鋭い牙や爪には毒があり、その瞳には魔力が籠もっており睨みつけると、相手は石化すると言われている。
「キシャァァァァァァァ!」
突然放り込まれた眩い光にバジリスクは怯み、叫びながら暴れていた。巨大な体躯や尻尾が壁に当たり岩石を撒き散らしながら、あちらこちらが崩れ始めている。
そんな中、フィアナは剣を立てると目を閉じて集中する。それに呼応したのか剣が輝き出した。
「神聖執行! 守護聖衣!」
フィアナが目を見開きながら唱えると、彼女の体が身体強化のように輝き出した。その光が徐々に形を成して、彼女は純白の鎧と盾を身に付けた姿を現した。
守護聖衣 ── 強化魔法の一種、神聖力を具現化させて鎧のように硬化させる魔法である。かなり高等な魔法であり、普通の聖騎士は使えない。ソフィが装備しているガントレット:レリックのモードチェンジは、この魔法と同種の能力だと考えられている。
「フィアナちゃん、守護聖衣が使えるなんて凄いねっ」
「ソフィ様、あそこを見てください」
フィアナが剣で示したほうを見ると、バジリクスが暴れている後方にそこそこ広い坑道が見えた。
「ソフィ様、私がヤツの注意を逸しますので、あの通路まで走ってください」
「貴女だけじゃ無理よ。この魔物が街に出て来たら困るし、それにマリアちゃんたちが出会ったら危ないからっ!」
フィアナは躊躇したが、暴れていたバジリスクが蛇のような威嚇の音を立ててくると、ようやく腹を決めたのか武器を構えた。
「わかりました。……どうしますか?」
「まだ光輝の目眩ましが効いているみたい。まず厄介な魔眼を封じたいわ。私が動きを止めるから、フィアナちゃん瞳を攻撃できる?」
フィアナは剣を握った手に力を込めると力強く頷く。
「剣術には自信があります。それに少しは攻撃用の法術も扱えますので、援護も任せてくださいっ!」
「それじゃ行くよ。聖女執行」
ソフィの宣言と共にガントレットの宝玉が輝き、彼女自体も超過強化の輝きに身を包む。力強く地面を蹴るとバジリクスの左前足の近くまで一気に間合いを潰す。バジリスクが反射的に噛み付こうと首を振った瞬間、フィアナも飛び出して剣先をバジリスクに向ける。
「女神シル様の我が穂先に大いなる力を……聖光槍!」
フィアナが構えた剣先に光が集まると、光の槍がバジリスクの顔に向かって放たれた。その攻撃は顔に直撃したが、大した衝撃にもならず煙のように消え去ってしまった。
「なっ!?」
しかし視界を奪われていたバジリスクは何かが当たった感覚に驚いて、反射的に大きく顔を仰け反らせる。ソフィはその隙に左前足を掬うように右フックを叩き込んだ。
「グゥ……」
その攻撃にバジリスクが少しバランスを崩したが、ソフィの顔が苦痛に歪んだ。バジリスクの硬い鱗を殴った衝撃が、ソフィの右拳を破壊したのだ。右拳に走った激痛に耐えながらソフィは横に飛んだ。
その瞬間、先程までソフィがいた場所を、バジリスクの鋭い爪が通り過ぎ地面を抉り取っていく。その紙一重の攻防に、フィアナは今にも心臓が破裂するような感覚を味わっていた。
「ソ……ソフィ様っ!」
フィアナの聖光槍ではダメージになっておらず、剣を使っても堅い鱗で攻撃がまともに通らないのは目に見えていた。
魔眼を封じるためには目を狙いたいが、バジリスクの長い首のせいでそもそも剣が届かないのだ。つまり現状ではソフィを信じる以外は、フィアナに出来ることはチャンスを待つ以外なかったのだ。
「なんて硬さなの」
バジリスクの攻撃を躱したソフィは、右拳に治癒術を掛けながら呟く。
「キシャァァァァァァァ!」
バジリスクはソフィに向かって蛇のような威嚇音を出す。ソフィは右足で地面を蹴って、今度は右前足の近くまで飛んだ。それに合わせたようにバジリスクの鋭い爪がソフィに襲いかかる。
ソフィはその攻撃を宙返りするように躱すと、バジリスクの顔を踏んで更に上空に飛び上がった。
「モード:鎚!」
ガントレットの宝玉に聖印が輝くと、形状が変形して輝く光の拳が現れた。しかし、その拳を振り下ろそうとした瞬間、バジリスクの口から炎が漏れているのが見えた。ゆっくりと口が開き炎が見えると、ソフィは前に読んだ本に、バジリスクは炎を吐くと記述があったことを思い出していた。
「ソフィ様っ!」
フィアナが叫び声で、ハッと気がついたソフィはそちらを向く。そして彼女の持つ盾から、ある事を思いつくと右拳を前に突き出した。
「炎を防ぐイメージ……モード:盾!」
ソフィが叫ぶと同時に、バジリスクの炎の息が彼女に襲いかかった。
ガントレットから急速に伸びた鎖が、螺旋状に旋回して炎を防いでいた。その鎖の間に光の防壁が紡がれると、ソフィの右手は光り輝く巨大な盾になっていた。




