第63話「リザードヘッド戦」
そこには闇が広がっていた。目は開いている感覚はあるのに、どこまでも闇が広がっている。額に痛みが走り頭を押さえると、ヌルリと生暖かいものが指に纏わりつく。闇の中に手を這わせると岩肌のザラザラした感触があり、徐々に全身に痛みを感じ始めた。
痛む身体に耐えながら、そのまま闇の先に手を突き出して法術を発動させるために集中する。
「……灯火」
灯火が発動し、周辺が照らされると周りの状況がわかってきた。岩石が散乱しており、指を見ると赤い血がついている。どうやら上の階層から落下したらしいが、自分の他には誰もいないようだった。
「猊下はどこに?」
イサラは立ち上がりながら、血を流していた頭を中心に治癒術を施していく。幸い大した怪我ではなく、すぐに痛みが消えていった。腰のランタンは落下時に壊れてしまっていたため、イサラはため息を付いてランタンを外してその場に置いた。
さらに注意深く周りを確認していくといくつかの穴が空いており、他の仲間たちは更に下に落ちたようだった。
「ここを降りるのは無理そうね……」
イサラが降りれそうな場所を探していると、山になっていた瓦礫の一部が突然爆発した。驚いたそちらを見ると砂煙の中でレオが唸り声を上げていた。怪我をしているようで白く美しい毛並みが赤く染まっていた。
「レオ! 無事だったのね。今、治してあげるわ」
「ぐるるる」
レオは興奮しているのか唸り声を上げていたが、イサラは気にせず手を向けて治癒術を掛けていく。傷が塞がって痛みが治まったため、唸り声も控えめになっていった。
「とにかく猊下と合流しなくては……」
もう一つ灯火を発動させると、一番大きな穴に向かって放り投げる。ゆっくりと落下していく灯りで、下の様子が徐々に見えてくるが、かなり深いこと以外はわからなかった。
「レオ……貴方、猊下の位置はわかるかしら?」
「がぅ」
レオは鼻をピスピスと動かしながら答えた。イサラはニコッと笑うとレオを抱える。
「良い子ね、後でお肉をあげるわ。……それじゃ、行くわよ。浮遊術」
イサラはレオを抱きかかえたまま、浮遊術を発動させて穴に飛び込んだ。
◇◇◆◇◇
「いたたた……ここどこ~?」
マリアが防壁を解除しながら、岩石を跳ね除けて起き上がると周りを見回した。足元を見るとロータが倒れており、その腰のランタンが輝いていた。その灯りを見つめながらマリアは首を横に降って、先程起きたことを思い出そうとする。
崩落が起きた時、マリアは守護者の光盾を解除すると、近くにいたロータに駆け寄って守護者の加護を発動させていた。その結果、二人を包んだ防壁ごと奈落に落下したのだ。そのお陰なのか二人とも大きな怪我はしてないようである。
とりあえずマリアは、ロータを揺すって起すことにした。
「ちょっと起きて! ここはどこなの?」
「うぅ……うわっ!?」
気がついたロータは飛び起きて周りを見回す。そして側にいたマリアに首を傾げながら尋ねる。
「……ここはどこだ?」
「こっちが聞きたいんだよっ!」
期待していた答えではなく、マリアは叫びながら地団駄を踏む。その音に反応したのか瓦礫の中から動く影を感じた。マリアは瞬時にその方角に盾を構える。
「何っ!?」
「シャァァァ」
「うげっ、さっきのトカゲぇ!」
随分とボロボロになっていたが、間違いなく先程のリザードヘッドだった。フィアナが刺した左目の傷からダラダラと血が流れている。
「ロータさんは下がってて、わたしが相手するからっ!」
そう告げたマリアの顔には余裕がなかった。元々彼女の攻撃手段は盾で殴るのみである。フィアナの剣でも通らなかった硬い鱗に、自分の攻撃が効くのか自信がなかったのだ。
リザードヘッドは、その太い脚で地面を蹴ると一直線にロータに向かっていく。マリアは盾を構えたまま、その間に入ると守護者の光盾を発動させる。
再び激突した両者だったが、リザードヘッドに先程までの突撃力はなく今度は力関係が均衡していた。
「ぐぅぅぅ……やぁ!」
マリアは身体強化を発動させて無理やり押し返した。そして、わざと力を抜いて僅かに出来たスペースを利用して、盾を構えたまま体勢を低くして掬いあげるように頭を打ち上げた。
「ガァァ!」
元々バランスの悪いリザードヘッドは、頭を浮かされたことで盛大に引っくり返った。マリアは両方の盾を振り上げて、腹を見せていたリザードヘッドに向かって飛んだ。
「やぁぁぁぁ!」
そして二つの盾を、リザードヘッドの腹に向かって思いっきり叩き付けた。腹部は表面ほど堅い皮膚に覆われておらず、リザードヘッドは苦しみながら暴れまわって、マリアを蹴り飛ばした。その強靭な蹴りに吹き飛んだマリアは地面に叩き付けられてしまう。
「あぐぅ」
「シスターさん!」
倒れたマリアにロータが駆け寄る。マリアは何とか立ちあがると自身に治癒術を掛けていく。
「だ……大丈夫、このぐらい……わたしだって出来るんだからっ!」
強い決意を宿した瞳でそう叫ぶと、マリアは盾を打ち鳴らして再び構えた。リザードヘッドもすでに立ち上がっており、怒りに満ちた瞳でマリアを睨んでいる。
「シャァァァ」
一度咆哮を上げたリザードヘッドは、地面を蹴って突進してくる。対するマリアの構えている盾は小刻みに震えていた。盾を保持できるほどダメージが回復してないのだ。強がってみてもマリアの治癒術では、全快するまでに時間が掛かってしまう。
もう駄目かと頭に過ぎった瞬間、天井を貫き轟音と共に雷の柱がリザートヘッドに突き刺さった。呪紋が浮かび上がり、一瞬抵抗を見せたがそのまま雷の柱に飲まれていった。咄嗟に守護者の光盾を発動させると、砕かれた無数の破片が防壁に向かって飛んでくる。
雷の柱はバチバチと音を立てて消えていくと、先程まで柱があった場所に残ったのは黒焦げのリザードヘッドの姿だった。
「なっ……なにが起きたの?」
マリアが唖然としていると、天井に出来た穴から一匹の白い獣が飛び出てきた。
「レ……レオくん!?」
「がぅ!」
レオはマリアの足に駆け寄ると身体を擦りつけていく。そして遅れて降りてきたイサラの姿に、マリアはフッと力を抜いて座りこんでしまった。
「イサラ司祭、おそいよ~」
「顔を見るなり文句を言うんじゃありません。どうやら、ここにも猊下はいないようですね。とりあえず、貴女たちだけでも無事で何よりです」
イサラはそう言うと、マリアの頭を撫でながら治癒術を掛けていく。さすがにソフィほどの速攻性はないが、イサラの治癒術でマリアの身体もだいぶ楽になっていた。
マリアに治癒術を施したイサラはロータの様子を確認したあと、ちらりとリザードヘッドを見つめると困ったような表情を浮かべた。そして、丸焦げのリザードヘッドを調べはじめた。
閉じていた口を無理やり開き、中を確認したあと短剣や瓶などをポーチから取り出して脇に並べる。それに対してレオが興味を示して、鼻をピスピス動かして匂いを嗅いでいる。そして短剣を手にすると、口の中に手を突っ込んで何かを取り出して瓶に詰めていた。
「必要な部位は何とか無事のようですね。それにやはり呪術の加工痕がある。黒焦げでほとんど分からなくなっていますが……」
イサラが隣を睨むと、先程まで横で作業を見ていたレオがいなくなっており、いつの間にかマリアの後ろに隠れていた。
「とりあえず毒に関してはこれでいいでしょう。あとは早く猊下と合流しなくては」
「聖女さまとフィーは、どこに行ったんだろ?」
「ぐるるるるる」
レオは下に続く穴を覗き込みながら唸り声を上げている。ソフィたちの匂いが下からするようだった。イサラが穴を覗き込みながら少し考え込む。
「う~む……もっと下まで落ちたみたいですね。猊下なら大丈夫だと思いますが、フィアナも心配です。急ぎましょう……灯火」
再び灯火を穴の中に落とし、マリアとロータを近づかせると、レオを抱き上げて浮遊術を発動させた。
「では、行きますよ」
こうして一行は穴に向かって飛び降りて、さらに下へ向かうのだった。




