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放浪聖女の鉄拳制裁  作者: ペケさん
北方暗躍編
62/130

第62話「坑道へ」

 解毒薬の材料を手に入れるために、魔物討伐に向かうと決めたソフィだったが、フィアナが凄い剣幕で反対しはじめた。


「ソフィ様! そんな得体も知れぬ魔物がいる場所に向かうなどいけませんっ! アルカディア聖堂長からも、ソフィ様を危ないところに行かせないようにきつく言われています」

「でも……このままじゃ、この人たちが助からないわ」


 ソフィは未だに苦しんでいる患者たちを指して、フィアナに見るように示した。それでも彼女は頑なに首を横に振る。


「それでもいけません! 何もソフィ様が行く必要はありません。ここにお残りください。どうしても必要なことなら私が行ってまいります」


 自信満々に胸を叩いて言うフィアナに対してソフィは困ってしまい、助けを求めるようにイサラに視線を送った。意図を感じ取ったイサラは、フィアナを落ち着かせるように嗜める。


「貴女は知らないかもしれないけど、猊下は貴女より確実にお強い。魔物程度なら遅れを取ったりしないわ」

「そこまで言うなら、わかりましたっ! 私に勝ったら……」


 フィアナがそこまで言うと、突然眩い光が輝き思わず目を細めた。次の瞬間トンッと自分の首筋を軽く触れられる感触に思わず


「きゃっ!?」


 と悲鳴を上げて数歩前に出て振り向く。そこには先ほどまで目の前にいたはずのソフィが苦笑いをしていた。


「ごめんなさい。でも言い争ってる時間はないの。どんな魔物なのかわからないので全員でいきます。これは大司教としての命令です!」


 一本取られた上に大司教として命じられてしまえば、フィアナに逆らうことは出来なかった。


「ラッカー司祭たちは引き続き彼らの看護をお願いします」

「は……はい」


 患者をラッカー司祭たちに任せて、坑道に向かおうと動き始めると患者の青年が声をかけてきた。


「おい、あんた! 本気で坑道に行くつもりか?」

「はい、そのつもりですが?」


 ソフィが首を傾げて答えると、青年は呆れた様子で首を横に振る。


「坑道内は迷宮のようになってんだ、他所者のあんたたちじゃ迷うだけだぜ」


 確かにソフィには坑道に入った経験などないし、イサラは冒険者時代に何度かダンジョンに挑んだことはあるが、その時は仲間に斥候(スカウト)がいた。


 ソフィが困ったような表情を浮かべてイサラの意見を求めると、彼女も少し考えた後に肯定するように答える。


「……確かに斥候(スカウト)、少なくとも案内役は必要かもしれません」

「その役目、俺にやらしてくれっ! あんたに助けて貰った恩があるんだ、何かで返したい」


 青年はそう言いながら自分の左腕を擦った。その腕は先程ソフィの治癒術を施して貰った腕で、彼は初期症状だったこともあり動かせるぐらいまでは回復していた。


「わかりました。お願いできますか? えっと……」

「俺はロータって言うんだ、よろしくなっ」


 こうして聖女巡礼団は、ロータと共に坑道内に潜む魔物退治に出発することになった。



◇◇◆◇◇



 途中で採掘ギルドに寄ったロータは、ランタンやロープ、つるはしなどの準備をする。ランタンはロータ、イサラ、フィアナの三人が持つことになった。フィアナは剣を扱うために腰のベルトに吊るし、他の二名は手で持っている。


 ソフィとイサラは灯火(ライト)の法術も使えるが、今回はランタンを使う方を選んだようだ。先頭には案内役のロータとマリア、そのすぐ後ろにフィアナとレオ、最後尾にソフィとイサラという陣形を組むと一行は慎重に坑道に入っていく。


 坑道の入ったばかりは通路も広く、そこから伸びる道も五人が並んでも歩けるほど広かった。ロータの話では徐々に狭くなっていくとのことだった。通常であればこの通路には明かりが灯っているらしいのだが、現在は緊急事態であり鉱山自体が稼動していなかった。


 しばらく進むと、二人が並んで歩くのがやっとの道幅になってきた。そんな坑道の壁を見つめながらソフィが呟く。


「狭くなってきたね」

「えぇ、この狭さではろくに戦えないかもしれません」


 イサラがそう答えるとロータは振り向いて、この先に休憩所に使っている広場があると伝えてきた。


「わかりました。そこで少し休みましょう。ロータさん」

「あぁ、わかったぜ」


 しばらくしてロータが言った通り広場に着いた。木材や手頃な岩が囲むように置いてあり、ソフィたちはそこに腰を下ろした。ソフィは水を飲んだあと苦笑いを浮かべる。


「確かに迷路でしたね……私たちだけでは確実に迷子になってました」

「そうだろ? 俺に任せておけっ!」


 ロータは自慢げに胸を張って答える。イサラは目を細めて先に続く通路を見つめながら


「この先ですか? 最初の被害者が掘っていたという坑道は?」


 と尋ねた。ロータはイサラが見つめていた先を指差しながら答える。


「あぁヒゴット爺さんが掘ってたのは、あっちの坑道さ。いい爺さんだったんだけどなぁ」


 イサラが患者や司祭たちから集めた情報では、最初の被害者は右足から石化していたらしい。


「そのヒゴットさんは、何か言ってませんでしたか?」

「そうだなぁ……確か異様に顔がでかいトカゲが跳び出してきて、足を噛まれた言ったぜ。すぐにつるはしを叩き付けたら逃げたらしい」


 その話を聞いて、イサラはあるモンスターを思い出していた。


 リザードヘッド ── 巨大な蜥蜴の顔に短い手と強靭な脚が生えたような姿をしている蜥蜴型の魔獣。毒性のある牙で獲物を石化させ、石になった獲物をバリバリと喰らい尽くすと言われている魔獣だ。分類学では地竜属亜種の一種とされており「地竜もどき」の通称がある。


「もしリザードヘッドなら、面倒なことになりそうですね」

「強いんですか?」

「そうですね。非常に堅い鱗に覆われていて、剣などで倒すのは難しいです。一匹でも初級の冒険者パーティなら、下手すると半壊する程度ですね」


 イサラの戦力分析を聞いた限りでは、攻撃力がないロータやマリアが単独で出会わなければ問題にならない程度である。しかしリザードヘッドに噛まれたからと言って、今回のような伝染するような症状が出るとは聞いたことがなかった。


 その時レオが通路に向かって、唸り声を上げ始める。


「ぐるるるるぅ」


 一行は咄嗟に立ち上がって、その通路を睨み付ける。イサラはランタンを腰のベルトに付けながら、一行に指示を出していく。


「どうやら来たみたいですね。シスターマリア、通路を半分塞ぎなさい」

「はーい」


 マリアは返事をして通路の前に出ると両手に持った盾を構え、守護者の光盾(ガーディアンウォール)を展開した。フィアナは剣を抜いて、マリアの少し後に立つとソフィに向かって


「ソフィ様は下がっていてください。ここは私たちが!」


 と告げた。ソフィが確認するように一瞥すると、イサラは頷いて答える。


「猊下はレオと一緒に下がっててください」

「わかりました……レオ君!」

「がぅ」


 ソフィが両手を広げて呼ぶと、レオはピョンと飛び跳ねてソフィの腕の中に納まった。そのまま数歩下がって、ソフィは状況を見守る。


 そして通路の闇の中から何かが飛び出してくると、マリアが展開していた守護者の光盾(ガーディアンウォール)の防壁に衝突した。大きな激突音と共に衝撃が走り坑道全体が揺れる。


 受け止めたマリアも、そのまま引きずられるように押し込まれていた。盾の隙間から相手を見ると、予想通りに茶色いリザードヘッドの頭が見える。マリアは歯を食いしばって押し返しながら助けを求めた。


「ぐぬ~……フィー!」

「わかってるわっ! やぁ!」


 フィアナはマリアを回り込むように前に出ると、リザードヘッドの頭に剣を振り下ろす。しかし、その刃は弾かれてしまい衝撃が腕全体に走る。


「本当に硬いっ!? まるで岩みたい!」

「いいから早く~」


 押され気味のマリアが叫ぶと、フィアナは剣を構え直して突きの構えを取ると、全体重を乗せてリザードヘッドの目に突き入れた。リザードヘッドは


「グアァァァァァ!」


 と叫び声を上げると、顔を激しく降ってフィアナを吹き飛ばす。


「キャァ!」

「フィアナちゃんっ!?」


 ソフィが吹き飛ばされたフィアナに向かって駆け出すと、その腕からレオが飛び降りる。


「ぐるるるるる……ガァ!」


 倒れているフィアナに、更に追い打ちをしようとしていたリザードヘッドに向かってレオの雷撃が放たれる。しかしその雷撃は直前でねじ曲がって壁を破壊した。


 崩れてきた岩石と巻き起こった煙の間からは、リザードヘッドの表面に呪いで使う模様が浮かび上がっていたのが見えた。それを確認したイサラが目を見開いて呟く。


「あれは……呪紋?」


 その瞬間、坑道全体が激しく揺れ始めた。地震のような揺れに全員立っていられなくなり、その場で膝をつく。


「なっ……崩れ……!?」

「きゃぁぁ」


 亀裂が走った地面が崩れ浮遊感を感じると、そのまま全員闇の底に落ちていった。


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